EP2-028:蘇るこころ
飛鳥と光弐が振り返ると、明らかに常人ではない目つきをした背の高い男性が立っていた。
つい先刻まで気を乱していたせいか、私はそれに全然気が付けなかった。
飛鳥「……貴方、誰?」
龍哉「答える義務は無い。俺からも質問がある」
男から返って来たのは、なんとも横暴な返答。
龍哉「この施設で"母親を殺す夢"を見る人物を捜している」
光弐「そんなの知らねーよ」
飛鳥「私も知らない――」
――待って、何か引っかかる。
母親を、殺す、夢?
そういえば眠っている建一が、呻きながら呟いていた。
父親と母親を呼び求めてから、『コロシテヤル』と確かに聞いた。
飛鳥「(まさか、そういう事なの……?)」
両親の命を奪った者を殺してやるという意味じゃなく、むしろ自分が殺す側の夢を見ていたの?
例えそうだとしても、こんな得体の知れない奴に建一の事を話す訳にはいかない。
龍哉「ほう、女の方は心当たりがあるようだな」
光弐「え、そうなのか飛鳥?」
飛鳥「…心当たりなんて無いわよ」
考えている事を言い当てられて動揺が表情に出そうになるが、なんとかポーカーフェイスを保つ。
龍哉「無駄だ。隠しているつもりだろうが、俺の目は誤魔化せない」
飛鳥「……なんの事だか」
なるべく表情には出さないように気をつけていた筈なのに、男は全てを居抜くような眼光で私を睨む。
龍哉「確信というよりは『そうかもしれない』という曖昧な動揺に見えるが、どうなんだ」
飛鳥「だから知らないって言ってるでしょう…!」
この男はいわゆる、相手の膀胱の動きから考えを読む事が出来るタイプなのだろう。
建一の存在を悟られる前に、なんとかしなければならない……
……そう脳裏に過らせた地点で『しまった』と思った。
龍哉「そうか」
飛鳥「…っ!?」
その男の視線の先には、建一を休ませている部屋の扉があった。
建一の事を考えて一瞬扉の存在を意識した、ただそれだけの事で悟られてしまうだなんて。
光弐「馬鹿! なんか知んねぇけど、コイツ建一を狙ってるんだろ!? 早く行け!!」
渡が私と男との間に立ち塞がる。
飛鳥「渡……!」
龍哉「邪魔をする気か」
男の瞳は幾徒のような悪意に満ちたものとはまた違う、背筋に寒気がするような威圧感を放つ目だった。
躊躇してる暇なんて、無い。
飛鳥「…っ!」
私は、渡に言葉を掛けるのも忘れて建一の元へと走り出していた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
最後に俺が日常を感じたのはいつだったか。
俺が居て
父さんが居て
母さんが居て
ただそれだけで良かった、他には何も要らなかった。
たった数日間で嘘のように消えて無くなってしまった、思い出の中だけの幸せ。
命以外の全てを奪われた俺は、ただ流れる時間に身を任せて過ごしていた。
このまま消えてしまいたい、ただそれだけを考えて空を見上げる日々。
そんな時に現れたのが観崎だった。
何も知らずに心底幸せそうに笑うアイツの事を、最初は酷く嫌っていたものだ。
羨ましかったのだ、自由奔放で楽しそうに生きている観崎が。
ある日突然、観崎は「大切なものを捜してあげる」などと言い出した。
婆ちゃんに変な事を吹き込まれて正義の味方を気取っているのだろうと、どうせ最後には何事も無かったかのように約束を破棄するのだろうと、信じて疑わなかった。
それと同時に、観崎が諦めるまで見届ける事を暇潰しにしてやろうとも考えていた。
けれど、何年経っても観崎は諦める事は無かった。
結局、死が訪れる瞬間まで約束を破らないまま、俺を置いて居なくなってしまった。
そう、俺の『暇潰し』はこれでおしまい、ただそれだけなのに。
何故か、涙が、悲しみが、止まらない。
人は脆すぎる、簡単に死んで俺に孤独を与える。
そんな『人』という存在をいくら求めたって、最後には孤独になり、求めた分だけ悲しみも大きくなる。
建一「……もう、嫌だ」
もう二度と置いて行かれる悲しみは味わいたくない、だからもう何も求めない、欲しくない。
俺みたいな生き甲斐も見出だせない奴の為に、観崎を死なせてしまった。
何故、生きているのは観崎じゃなく俺の方なのだろう。
建一「ごめん、よ……」
誰に語り掛ける訳でもなく天に捧げた謝罪と共に、目の前が漆黒に染まった。
『その程度の事で、生への執着を無くすのか』
漆黒の闇の中で、誰かの言葉が俺の脳裏に届く。
建一「(……いったい、誰だ)」
『弱者に語る名など無い。静山飛鳥を救おうとした時の貴様は、何処に消えた』
その声の主は嘲笑っているのではなく、怒りと失望を抱いているように感じた。
建一「(もう、誰との繋がりも欲しない。飛鳥も例外じゃない、それだけだ)」
『……そうか、ならば終わりの時だ。貴様のシカバネは――』
意識が闇に飲み込まれ始め、それに身を任せそうになった刹那―――
飛鳥「……赤羽!」
その闇は、飛鳥の声によって掻き消された。
建一「(飛鳥、か?)」
逃げたければ1人で逃げればいい、俺の事なんて放っておけば良いものを。
飛鳥「赤羽っ、立ちなさい! ずっとこのままだなんて許さないわよ…!」
飛鳥は必死に俺の腕を引っ張ろうとしている、冷静な彼女にしては取り乱しすぎだ。
その態度から察するに、このままここに居れば俺は楽になれるのだろう。
飛鳥「立ってよ、お願いだから! 愚痴でも泣き言でも言いたい事があるなら聞いてあげるから! 黙ってないでなんとか言ったらどうなの!?」
何を言うかと思えば……確かに俺は飛鳥達に何も伝えていなかったな。
もう、俺は何も要らないのだと。
建一「……離せ」
飛鳥「えっ」
慌てて掴んでいた建一の腕を離す飛鳥。
カマをかけたとはいえ、今まで人形のように無反応だった建一が言葉を発した事に戸惑いを隠せない。
建一「もう生きて帰る目的は無い。さよならだ飛鳥、元気でやれよ」
まるで機械のように、感情の欠片も感じない乾いた言葉を呟く建一。
それを見て、胸が締め付けられるような気持ちになった。
飛鳥「嫌…だ……」
今はこんなでも、きっと建一を笑顔にしてみせると決めた。
少し拒まれたくらいで諦める事は出来ない。
飛鳥「赤羽とさよならなんて、私は絶対嫌……」
建一「無理矢理生かされるなんて迷惑だ。"死にたくない"んだろ、早く逃げろよ」
眼光を宿さない冷たい建一の瞳が私を睨む。
飛鳥「(……そう、確かにそうだった)」
私の"死にたくない"という意思の為に、建一は私を助けてくれた。
けれど、それは以前の私の話。
飛鳥「違うっ、違うのよ! 私は、人と信頼し合える事の温かさに気付けたから……ここで赤羽を見捨てるなんて、もう出来ないのよ!」
建一「……そんな脆い温かさにすがっても、いつかは失う事になる」
そう呟いた赤羽の瞳の奥には、ほんの少し悲しみの色が滲んでいるような気がした。
建一「飛鳥達は、俺の為に命を投げ出すなんて馬鹿な真似はしないでくれ」
飛鳥「赤羽……」
そうだったのね、初川さんの死に責任を感じていたから……二度と同じ事を繰り返すまいと。
守られてばかりて守れなかった事、なにも恩返しできなかった事、それらが建一を苦しめている。
でも、それでも……
飛鳥「できないわ」
建一「なんで、だよ……」
冷たい瞳の奥深くに、悲しみの色が見え隠れする。
私の言葉を、その奥にまで届かせる事は出来るだろうか?
分からない。
だけど私は全てを伝える、きっと届くと信じて。
飛鳥「貴方の事が好きだからよ、建一」
建一「え……」
予想外の言葉だったのだろう、建一は戸惑っているように見える。
飛鳥「私は建一の前から居なくなったりしない、命も投げ出さないと誓う。二度と貴方を孤独にはさせないから……!」
建一「そんな、そんな言葉……っ、信じられるか!!」
今まで呟くように話していた建一が、声を上げて叫ぶ。
彼は今、約束を果たさないまま亡くなってしまった初川さんの姿を脳裏に浮かべているのだろう。
飛鳥「だったら―――」
胸ぐらを掴んで、無理矢理建一を立ち上がらせる。
女性の私でも、今のパニックに近い状態の建一になら負ける気がしなかった。
飛鳥「―――信じさせてあげるわよ!!」
暴れる建一の両腕を掴んで、壁に押し付ける。
建一「は、離せ……っむ!?」
飛鳥「―――」
そのまま、私は建一の唇を強引に奪っていた。
建一は何が起きたか分からないような表情で瞬きをしている。
不思議と恥ずかしさは感じず、私は満たされていた。
飛鳥「ちゅ……っ、これで、信じて貰えたかしら?」
建一「お……俺は――」
建一が何かを言いかけた、次の瞬間。
龍哉「大人しくその少年を渡せ」
勢い良く扉が開き、頭に銃口を突き付けられた渡と、あの男が現れた。
飛鳥「わ、渡…!」
建一「…!」
渡は特に目立った怪我はしていないようだが、実際のところはよくわからない。
龍哉「選択の予知は無い。お前達がこれを拒めば、そこの少年を除いて皆殺しにせざるを得ない」
光弐「汚ぇ……ぞ!」
渡は後ろから男に首を締められるような形で捕まっており、言葉を発するだけでも苦しそうに表情を歪ませている。
飛鳥「……」
龍哉「その沈黙は、肯定と解釈して良いのか?」
どう考えてもこの状況で最善の選択は、建一をこの男に渡して不毛な争いを避ける事。
結果的に仲間を売ってしまう事になるが、皆殺しにされるよりはいくらかマシだ。
……と、昨日までの私ならあっさり建一を引き渡していたんでしょうね。
飛鳥「ふん、何を勝手に自分の都合の良いように解釈してるのかしら?」
龍哉「なに?」
飛鳥「だってそうでしょう? 建一を渡せば私達の命は助かるって保証は何処にも無い。なのに素直に信じて貰えるとでも思ってるの?」
それは自分の事だけを考えていたら、絶対に辿り着かなかったであろう答え。
私はどうやら、本当に変わってしまったようだ。
それとも、これが"本当の私"なのだろうか?
龍哉「それは対等な立場である事が前提の選択肢だと知れ」
男は渡の頭に突き付けていた銃口を、そのまま私へと向ける。
龍哉「無意味に死人を増やす事は避けたい。もう一度言うぞ、その少年を渡せ」
飛鳥「嫌、建一は絶対に渡さないわ!」
幾徒と敵対した時と同じくらいの緊張感に包まれる。
一歩先に垣間見えるのは"死"の結末。
そんなどす黒い雰囲気が、場を支配してゆく。
龍哉「―――残念だ」
光弐「飛鳥ぁ…!」
男が銃の引き金を引こうとした、その時。
建一「待てよ」
龍哉「…む?」
私と男との間に、建一が割って入って来る。
建一「渡すだの渡さないだの、人を物扱いしやがって……」
飛鳥「け、建一?」
光弐「建一っ!?」
それは私が知っている優しい建一でもなく、悲しみに心が壊れた人形のような建一でもない。
怒りと決意に満ち溢れた、初めて見る建一の姿。
龍哉「自分の為に誰かが死ぬのを、見ていられなかったか」
男の言葉を建一は鼻で笑った。
建一「それだけは勘弁願いたいね。元より俺がターゲットなら誰も犠牲にならないんだから、好都合にも程がある」
龍哉「ほう……」
建一「何度失っても、何度傷ついても、心の底では人との繋がりを求めてる」
壊れた建一の心の破片が蠢き始める。
まるでパズルのピースをちりばめるように、建一の瞳に生気が宿っていく。
建一「だから、俺の事を想ってくれる人が居るのなら……こんな所でそいつを死なせる訳にはいかないんだよ!!」
そして建一は、人には向けない筈だった拳銃を手に取った。




