EP2-027:カミングアウト
渡は私と話をする前に、赤羽をこれ以上傷付けまいと考慮して、近くの空室で寝かせて来た。
そして私の所に戻って来るなり、互いに何を話せば良いのか分からずに沈黙する。
飛鳥「(あの紙を、早く捨ててしまえば良かったのだろうか……)」
自分が過去を背負う証として持ち続けていた、ただ文字が綴られているだけの、古びた紙。
今まさに、背負い続けていたものが明るみに出ようとしていた。
光弐「お、俺を疑ったりは……しないのか?」
飛鳥「……疑える訳、ないじゃない」
―――これで良いの?
―――本当に?
私の心はまだ、暗闇の迷路で迷っている。
これをカミングアウトする事はつまり、赤羽や渡とは決別せざるを得ない選択肢だ。
飛鳥「(それは嫌だけれど。私はもう、嘘を重ねたくない)」
嘘を吐いて逃げ続けても何ひとつ変わらない事、変えられない事を、私は知っているから。
飛鳥「――これは"私のもの"だから」
そう渡に告げて、私は紙を拾い上げる。
もう後戻りはできない。
光弐「……なっ、なんで? 建一の父さんと知り合いだって事を、わざわざ隠してたのかよ!?」
飛鳥「分かっている癖に、私に言わせたいのね。まだ何かの間違いだと、信じてくれているのかしら?」
その文字がよく見えるように紙を突き出すと、渡は数歩後退る。
飛鳥「10年前、赤羽の父親である『赤羽裕武』の命を奪ったのはわたし。他の誰でもない、この静山飛鳥よ!」
光弐「―――!!」
幾徒の事もあって冷静ではなかったのかもしれない、私は自分が犯した罪の全てを吐き出してしまっていた。
渡は何かを言おうとしたが、それは声にならずにただの空気として吐き出される。
光弐「……っ! …ぁ…………あす――」
予想も覚悟も出来ていただろうに、それでも渡は軽蔑と恐怖の眼差しを私に向けていた。
当然だ。私は人殺しという許されざる罪を犯し、殺した人の息子に真実を告げぬまま、何食わぬ顔で彼の隣を歩いていたのだから。
赤羽裕武を殺してから、私の全てが変わってしまった。
罪を償える訳でもなく、無愛想な顔をした仮面を被り、見えない恐怖から逃げ続けた。
いつか必ず相応のしっぺ返しをくらう、そんな恐怖に何度も眠れない夜を過ごした。
その"しっぺ返し"が、ようやく今この瞬間にやって来ているのだ。
光弐「飛鳥! お前っ、どうしてそんな事を…!」
信じられないといった表情をする渡、母親がいない彼にとっても、私の行いは最低最悪のものなのだろう。
その問いに対して、私の中に溜まっていた何かが爆発した。
飛鳥「だって、だって……仕方がなかったのよッ!!」
ポケットに入っていた『もう1枚』の紙を取り出し、渡に叩き付けた。
それには、10年前に私の生存条件だったものが綴られている。
私の条件は『1人の殺害』、赤羽裕武の『殺害が生存条件に含まれた人物の殺害』という条件と最悪の相性だった。
渡も10年前に私と赤羽裕武がどういう状況に陥っていたかは理解したらしく、複雑な表情で紙の文章を睨む。
飛鳥「彼を殺さなかったら、私はとっくに死んでいたのよ! ねぇ渡、貴方だったらどうするの。私に見知らぬ人の為に死んでやれば良かったっていうの!?」
光弐「そ、そんな事ない! 殺さずに済む方法が、きっと……!」
憶測でしかない意見を最後まで言い切れずに、渡は顔を背ける。
それでもやはり、私の行いが最善だと認めてはくれなかった。
飛鳥「10年前よ、私は小学2年生だった。そんな私に、死の恐怖を押し殺して綺麗事を貫けと言いたいの? 当事者でもない癖に、何様のつもりよ!?」
長い間抱き続けていた理不尽な思いが口から溢れて止まらない、渡は何も悪くないのに困らせてしまっている。
気が付くと、私の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
光弐「……飛鳥?」
飛鳥「分かってるわよっ! いくら開き直っても私は間違ってる、最低の行いよ! それを後悔してない訳ないじゃない! 他に方法があったかもしれないって、私だって本当は……本当は……っ!!」
光弐「お、落ち付けよ! 悪意があってやった訳じゃないのは分かったから。それでも人殺しは許されないし、誰も飛鳥を裁けない……そうなんだよな」
少し考え込んで、渡は哀れむような目で私を見つめていた。
光弐「飛鳥は、もしかして建一に償いをするつもりだったのか……?」
飛鳥「……そんな、大層なもんじゃないわ」
勿論、最初は償いたい気持ちと、赤羽に全てを知られたら殺されてしまうのではないかという恐怖の間で揺れていた。
赤羽に救われて、私は彼に償う方を選択した筈なのに、結局は何もしてあげられなかった。
飛鳥「私は"建一"の事が好きだから。彼と一緒に居たかった、そんなくだらない理由よ」
建一の父親を殺しておいて、私は彼に心底惚れてしまっていた。
誰かを救おうとする建一の姿は、痛々しくも真っ直ぐで、輝いて見えた。
私が建一に救われてからも全てを話せなかったのは、仲間という一時的な関係でも崩れてしまうのが恐かったから。
赤羽建一、貴方が愛しい。
出来る事なら、側で貴方をずっと支えてあげたい。
けれど、私には償う事は出来ても建一と共に歩く資格などありはしない。
飛鳥「ねぇ、私はどうすればいいの? 人殺しの私に何が出来るの? 今更、建一が好きだって気持ち、無かった事になんて出来ないわよ……」
光弐「飛鳥、お前……」
最初に建一が赤羽裕武の息子であると確信した時は、とても恐かった。
もしかして私は建一の復讐の為に誘拐されたのではないかと、胸の奥底でそんな可能性ばかり考えていた。
けれど建一は逃げるように死に急ぐ私を救ってくれて、そんな建一に対して好意が芽生えていった。
今までの罪の全て取っ払って、純粋なままの私で彼と出会う事が出来たなら……と、何度も考えた。
飛鳥「私はこういう女よ。殺した人の息子を好きになってしまうなんて、滑稽でしょう?」
光弐「……なぁ」
飛鳥「私を憎いと思うなら、殺してくれたって渡を恨んだりはしないわ」
光弐「なぁ、おい」
渡は複雑な心境を隠しきれず、頭をポリポリと掻きながら私に声を掛ける。
飛鳥「なによ」
光弐「10年前に飛鳥がどうすれば良かったかなんて、俺には難しくて分かんないけどさ。誰かを好きになるとか……そういうのは、罪とは別の話だろ」
飛鳥「……へ?」
渡の言っている事が一瞬理解できなくて、間抜けな声が出る。
楽観的すぎると否定しようと思ったが、何故か言葉が出ない。
飛鳥「(私、もし本当にそうだったらいいな……って思ってる)」
だから、それが例え楽観的な意見だとしても否定したくないんだ…。
光弐「今は、そういう事にしておけよ。俺達が居るから建一はひとりじゃないって、観崎ちやんも言ってただろ」
飛鳥「でも、私は…」
納得がいかない、自分で自分が許せない。
彼を好きになって、側に居て、支えてあげて……その役割はきっと私なんかよりも相応しい人が居る筈だ。
光弐「あぁーーもうっ! 止めだ止めだ! こんなの俺には向いてねぇ!」
飛鳥「わ、渡?」
光弐「今の建一に必要なのは償いなんかじゃない、もっと別のモンだろ。このままじゃ建一も飛鳥も不幸のドン底から這い上がれない」
面倒臭そうに銃を取り出して、渡は建一を休ませている部屋に近付いていく。
光弐「だったら建一が事実を知ってしまう前に、俺がくたばらせてやるよ」
飛鳥「なっ……!」
耳を疑った、渡の言葉は冗談には聞こえない。
確かに、この先建一にこれ以上の苦しみを与えてしまう位ならという考えも理解はできる。
けれど私は……!
飛鳥「待って! 嫌よ、そんな事させないわ…!」
渡の手首を掴んで静止させる。
振り返った渡は、優しく微笑んでいた。
光弐「ほんと手間かけさせてくれるよな。それが飛鳥の気持ちなんだろ?」
飛鳥「あ……これは、そのっ」
普段の私なら直ぐに見抜けただろうに、渡の口車にまんまと引っかかってしまったようだ。
光弐「飛鳥が人殺しだからどうするかっていうのは、建一が決める事だ。その時が来たら全部ぶつければいい」
飛鳥「全部、ぶつける……」
私は赤羽の事が好き、だから彼の側に居て彼を支えてあげたい。
私は赤羽裕武を殺した犯罪者だけれど、それは恋愛感情の足枷じゃない、決めるのは建一なのだから。
例えその解釈が間違った解釈でも、自分の願いを妨げてしまうくらいなら間違えたままでも良いんじゃないか……
飛鳥「……渡」
光弐「なんだい? 素直になれない不器用な恋する少女さんよ」
このお気楽でお節介焼きな少年は、それを私に教えてくれたのだ。
飛鳥「お礼は言わないわ、これは貴方が勝手にした事だもの」
光弐「そーだな、飛鳥と建一が上手くいって幸せになって欲しいっていう私欲まみれなお節介だ」
全く、この渡光弐という人は……
飛鳥「でも、貴方にはいつかきっと、良い彼女が出来ると思うわ」
欝陶しいけれど、それはとても純粋な欝陶しさで、不愉快じゃない。
そんな彼の事を好きになる人に、悪い人なんていない筈だから。
光弐「そうだといいけど、ここから生きて帰らない事にはなぁ。俺的には、飛鳥が彼女になってくれれば未練なく死ねr」
飛鳥「嫌よ」
光弐「ですよねー」
全く本当に、素直すぎて欝陶しい人。
飛鳥「赤羽をあのままにはしておけないし、早く行きましょう?」
飛鳥は建一への気持ちに気付いた時とはまた違う、吹っ切れたような爽やかな笑みを浮かべていた。
光弐「とりあえず、第一関門突破……ってとこか」
飛鳥「…なんの事?」
光弐「いんや、こっちの話だ」
飛鳥がようやく心の底から笑ってくれたような気がして、光弐は安堵する。
それと同時に、建一に心の底から笑って貰うのは一筋縄ではいかないとも考えていた。
飛鳥「まったくなんなのよ貴方って、人殺しだってカミングアウトしたのに随分簡単に気を許しちゃって。調子狂うわ」
光弐「可愛さが全てなのです。惚れてもいいのよ?」
飛鳥「……聞かなければ良かったわ」
光弐「真面目な話をすると、心の整理は出来てないんだけどね。でも、今はまだぐちゃぐちゃなまんまでもいいかなって思ってな……俺1人じゃ建一にはなんもしてやれそうにないからよ」
光弐は悔しそうな表情で、天井のライトを見上げている。
もしかしたらそれは、その先にある青空を求めている事から来る動作なのかもしれない。
飛鳥「どうして渡は、ここで会って間もない他人同然の私達にそこまでするの?」
光弐「愚問だな。真の男は美少女の笑顔の為になら身を投げ出せるものさ」
飛鳥「……赤羽も、笑ってくれるかしら」
光弐「それは俺達の行動次第……だな」
この時、2人はいつか建一を笑顔にしてやるという気持ちで満ちていた。
どんな困難も、どんな苦痛も必ず乗り越えられる、そう信じて歩き出す。
「止まれ」
しかし、それは唐突に現れた。
背後から突然聞こえて来たのは、低く威圧感のある声。
飛鳥「っ!?」
光弐「!!」
飛鳥達が振り返ると、そこには、ついに自ら生存者に接触を始めた神堂龍哉の姿があった。




