EP2-026:操り人形
いつからだろう、自分が行う行動に疑問を抱き始めたのは。
銀河「(あれから俺は、何を取り戻した訳でもない)」
記憶の断片を垣間見ただけで無意識に珠田に刃を向けていた俺が、本当に全てを取り戻す事などできるのか。
記憶を取り戻すという唯一の目的に迷いを抱く事になるとは、目覚めた当初は考えもしなかった。
銀河「(しかし、今はそんな事を考えている場合ではないか)」
俺と珠田は運良く早々に地図を手に入れて、B4Fの階段前まで到達した。
その扉に記されていた条件はこうだ。
『開錠:Adjuster15機以上の破壊と1人以上の成功が確認されている事』
アジャスターの破壊は今までと同じだが、ここに来て"成功"という新しい項目が現れた。
銀河「俺達を誘拐した何者かの思惑、それを誰かが成功させたという事か?」
まる「分からないから悩んでるんじゃないですか~、ちんぷんかんぷんですよ」
確かにそうだ。
この"成功"という項目の意味が分からなければ、ここから先に進むのは他人任せになる。
分からない事はいくら考えても分からない、まずはアジャスターの破壊を優先しよう。
銀河「(アジャスターを壊す事は容易だが、探すのには手間がかかるな)」
そういえば、B6Fの階段前にアジャスターの群が押し寄せていた事があったのを思い出す。
その直前に扉に飛び込んだ2人が、アジャスターの群を誘き寄せる行動をしていたのだろう。
その方法が分かれば苦労はしないのだが……
つまり、どちらにせよ情報が不足している訳だ。
――バンッ! バンッ!
突然の銃声に、思考を中断させられる。
まる「ひゃわ!? トラブルの予感です!」
銀河「行くぞ、珠田」
まる「いえっさー! 割り込み上等ですね!」
これから戦場に乱入するというのにこの笑顔だ、毎度の事ながら調子が狂う。
相次ぐ銃声を追ってその音源に辿り着くと、予想通りの光景が繰り広げられていた。
オレンジ髪のサイドテールの少女が、アジャスターと交戦している。
加えてアジャスターの装備は大柄のナイフとハンドガン、普通のアジャスターより劣っていた。
銀河「(アジャスター1機に随分と苦戦しているな。銃が扱えるなら破壊は容易な筈だが、素人か?)」
楓「このっ、コイツ……! なんで、なんで当たらないの!?」
しかし、銀河の見解とは違い楓はむしろ良く戦っている方だった。
可憐に死を与えた邦和に復讐を誓った彼女は、傷付く事を恐れずに持てる力の全てを出しきっている。
銃の照準も完璧とまでは行かないが、狂いかけの精神状態でもある程度は正確にアジャスターの頭部を狙っている。
しかし―――
銀河「……!」
その銃弾にアジャスターの機体が反応し、まるで壁や天井を駆け回るように通路を一回転して回避する。
磁力による浮遊の特性を生かした、アジャスターならではの回避だった。
銀河「(つまり少女が弱いのではなく、異常なのはあのアジャスターという事か)」
銀河達が今まで戦ってきたアジャスターは、言わば「破壊させる」為に作られたような節があった。
しかし、今楓と交戦しているアジャスターは何かが違う。
そもそも、アジャスターの装備はブレードとライフルであると犯人側が記述しているにも関わらず、それ以外の武装をしている地点で何かがおかしいのだ。
楓「くっ……そ!」
アジャスターの拳銃が火を噴き、楓の足元を掠める。
たった一発の銃弾だったが、楓はそれから逃れようとした結果、足を縺れさせて尻餅をついた。
楓「痛ッ……!」
銀河「(無駄弾無しの一発で戦況を激変させた。明らかに異質な機械……いや、機械だからこそなのか?)」
楓「なんなのよ、こんな奴に足止めされるなんて…!」
アジャスターは立ち上がろうとする楓に急接近し、ナイフを振り翳す。
楓は咄嗟にハンドガンで受け止めようとしたが、逆にその武器を弾き飛ばされてしまう。
元よりアジャスターも、武器を弾き飛ばすのが目的の一撃にも見えた。
楓「嘘!? なによコイツっ、なんなのよぉ!?」
今まで雑魚同然に葬っていたアジャスターごときに追い詰められ、楓は怒りとパニックが混同したような状態になっている。
銀河「(勝負あり、か。このままでは、あの少女は助かるまい)」
まる「あ、銀河さんっ!?」
―――俺の足は、彼女に向かって走り出していた。
理由は分からない、正義の味方を気取るつもりでもない。
ただ、目の前で命を絶たれようとしている少女が他人ではないような気がしてならなかった。
少女とアジャスターの間に割り込み、俺が引き抜いたナイフとアジャスターのナイフとが交わり耳障りな金属音を立てる。
楓「えっ、わ、私……知らないわよ! 頼んだ覚えなんて無いんだからねっ!」
そう俺に叫ぶと、少女は一目散に逃げて行った。
まる「あ、えとっ…」
楓「…どいて!」
何かを言い掛けた珠田の隣を擦り抜けて、少女は俺達の視界から居なくなってしまった。
このままアジャスターを放置して追う事は出来ない、少女の方は諦めるしかなさそうだ。
銀河「……」
重ね合わさっていた刃を素早く引き戻し、アジャスターの背後を取るべく床を蹴って回り込む。
――キィィィ…!
しかし、アジャスターも俺と同じように背後を取ろうとしていたようで、お互いの位置が入れ代わった状態での沈黙が続く。
銀河「……お前、本当に機械か?」
アジャスターは何も答えず、武器を構えたまま佇むのみ。
通常のアジャスターならターゲットと見れば問答無用に攻撃を行う筈だ。
銀河「何者かの意思を感じる。こいつは――」
―――カチッ
妙な音が聞こえ、アジャスターは両腕を下ろして戦闘体制を解く。
隙だらけの機体に迷わず銃弾を浴びせようとするが……
まる「ぎ、銀河さん! 背中にっ、ろぼっとさんの背中になにかついてますよ!?」
銀河「…!」
妙な音と共に戦闘体制を解き、背中に何かがついているらしいアジャスター。
嫌な予感がして、俺は即座に後方に飛び退く。
――瞬間、アジャスターの背中に取り付けられていた"爆弾"が爆発した。
銀河「……くっ!」
爆風で身体が飛ばされるが、直前で勘づいたのが幸いして致命的な傷は負わずに済んだ。
まる「あわっ、あわわわわわ!? 銀河さん、血が……!」
遠巻きで見ていた珠田が、今にも泣き出しそうな表情で駆け寄って来る。
全身を打ち付けた痛みが大きく気付いていなかったが、どうやら爆発で飛んで来たアジャスターの破片が右腕に刺さってしまったらしい。
銀河「落ち着け、俺の利き手は左腕だ。致命傷ではない」
まる「むしろなんで銀河さんは落ち着いてるんですかぁ!!」
銀河「焦ったところで、どうにもならない。止血すれば命には関わらない」
まる「う~! ……と、とにかくそれっぽい部屋に行かないとですよ!」
俺の発言が気にくわなかったのか、珠田は若干不機嫌そうにデジタルカメラを弄り出す。
銀河「(それにしても、今のアジャスターはいったい何だったんだ……?)」
爆破されてしまった今となっては確かめようも無い事だが、気になって仕方がなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ここはB4Fの隅に位置する、"情報室"という名の部屋。
勿論、廻廊に閉じ込められた者達に利用させる為の部屋だ。
真っ暗な部屋で光るモニターには、生存者数、この階のアジャスター、ビースト、コマンドマンの残り体数などのリアルタイム情報がズラリと表示されている。
個人を特定している方法は分からないが、ステータスの確認も可能だ。
そこに1人佇んでいる男は、手にしていた機械の電源を落とし、そこにコードで繋がれているメットのようなものを頭から外す。
龍哉「……仕留め損なった、か」
それは龍哉にとって、想定外の出来事の連続だった。
彼は偵察目的として、自ら改造を施したアジャスターを遠隔操作していた。
しかし、隠密に行動させた筈の機体がいとも簡単に楓に発見された。
龍哉「(……志崎楓。彼女が拉致されている事は予想していたが、なんの変哲もない一般人の筈だ)」
機械越しとはいえ、彼女に発見されてしまった事で偵察機を失うきっかけを作られてしまった。
しかし、最も驚かされたのはその後だ。
龍哉「(何故"彼"が、この施設に紛れている……?)」
数刻も経たずに、銀河が以前話に聞いたもう1人の"イレギュラー"なのだと龍哉は理解する。
龍哉「無記憶媒体が現れた。つまり、同時に漣が現れる可能性も生まれる……なんという事だ」
表情ひとつ変えずに、龍哉は静かなため息をつく。
彼が目的を果たす為には、中盤以降の階層でより多くの人物を調べる事が必要があった。
偵察機を失い、想定外の人物を確認し、状況が悪化した事に僅かに焦りを抱く。
龍哉「……地道な作業に勤しんでいる場合ではなくなった、か」
改造アジャスターを操作していた装置を踏み付けて壊すと、龍哉は情報室から離れていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
光弐「飛鳥っ……おい、飛鳥っ!」
飛鳥「え…!?」
私を呼び掛ける声に、ふと我に帰る。
振り返って顔を確認する事で、ようやくその声の主が渡だと理解した。
それ程に、あの幾徒と名乗る男の事がショックだったのかもしれない。
光弐「…ったく、心配かけやがって。とりあえず怪我は無さそうだな」
渡は赤羽をおぶさった状態で屈んでいる、どうやら無理矢理連れて来てくれたらしい。
飛鳥「ごめんなさい。私には何もできなかった…」
通路を遮った壁に視線を向けて、自分の無力さに唇を噛み締める。
光弐「それでいいんだよ。敵討ちだのなんだの、結局殺すって意味では奴と同類になっちまうだけさ」
飛鳥「……渡」
珍しく真剣な表情をして話す渡を見て、それがいつもの軽い冗談などではない事を悟ってしまう。
光弐「立てるか? まぁ俺は両手塞がってるから何もできないけど」
飛鳥「…えぇ」
私は立ち上がって、スカートについた埃を払う。
光弐「とりあえず、行ける所まで行くぞ。観崎ちゃんの携帯にこの階の地図の写真があった」
飛鳥「……わかったわ」
渡が普段通りに話そうとしてくれているのを見て、私も落ち込んでばかり居られないと表情を引き締める。
光弐「よいこら……せっと!」
渡も私に続いて立ち上がると、赤羽を背負い直した。
―――ひらり
渡のポケットから"何か"が風に揺られ、床に吸い込まれてゆく。
飛鳥「あの、渡? 何か落ち……っ!?」
違う、"これ"は渡のものではない。
色褪せたコピー用紙と、『赤羽裕武』という名前が印刷された紙は、本来私が持っていた筈のものだ。
光弐「ん、どうし……げっ!?」
渡もそれに気付いたようで、"しまった"という感情が見て取れる。
――どうする?
ここで知らないフリをして、逆に渡を疑い問い詰めるというのが自然な反応だとは思う。
飛鳥「(私、卑怯者だ。こんな下らない事ばかり考えて……いつも本当の自分は逃げてばかり)」
やっと手に入れた信頼できる人達にも、私は嘘を吐いて、偽って、醜く生きて行くの……?
飛鳥「……」
私は瞼を閉じて、自らがその古びた紙の本当の所有者であるという肯定の沈黙を貫く。
不思議と、仲間に失望され信頼を失う事に、悲しさは感じなかった。




