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シカバネアソビ  作者: Mr.バナナ
Episode1~サマヨイアソビ~
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EP1-005:最初の犠牲者

死の瞬間が迫っていた。


目の前に佇むのはライフル銃を構えたアジャスター、そして観崎を助けた勢いでよろめく俺の身体。



―――死ぬ、間違い無く



俺は何をやっているんだ…


咄嗟に観崎の日常を壊すのが恐くなって、それでも俺が死ねば観崎にはきっと俺の居た日常は戻らなくて…



こんな死人同然の俺の為に頑張ってくれた唯一の人間、初川観崎。


必要以上に明るく振る舞って、馬鹿やって、笑いかけて…


ずっと一緒だった。


あの日から、初めて出会ったあの瞬間から…



それを、こんな所で終わらせていいのか?



観崎「あ……」



俺に突き飛ばされて倒れゆく観崎の表情が絶望に染まっていく。



こんな所で死んで良い筈が無い、観崎が約束を破棄するまではせめて生きていてやろうと決めたんだ。


けれど、この状況を回避する手段は思い付かなくて…











―――俺は、死んだ


それは数歩先に迫った未来で


―――俺ハ、死ンダ


それは絶対に避けられない現実で




俺は、オレハ………



回避など不可能だった。










―――"オレ"ハコンナ場所デ死ヌヨウナ弱者デハナイ





……不可能な、はずだった。






ドクンッ!


建一「……!」



倒れゆく観崎の身体、アジャスターの動作、空気の流れ、身体が感じる感覚。


目に見える世界の全てがスローになり、停止に向かって歩みを進めてゆく。


もう、訳がわからなかった。




―――俺は、死んだ


それはお前が決め付けた「空想の未来」に過ぎない。


―――この状況を回避する手段など存在しない。


それもまたお前が勝手に決め付けた「空想の未来」だ。


道を切り開きたいのなら己の脳に命令しろ、頭の髪の先端から足のつま先までの全てを思考によって支配しろ。


決まりきった未来など存在しない。


あるのは過去と現在…


…そして現在が未来に歩みを進めている僅かな瞬間だけだ。






…っ!?


思考が何かに乗っ取られたかのように、俺の頭がこの状況を回避する為の手段を勝手に考え始める。




…アジャスターも平たく言えばただの機械だ、一定の決まりきったプログラムがあって初めて動作する。


先刻から「一定時間ごとに」聞こえていた連続した銃声。


もしアジャスターの射撃するメカニズムが、人口知能などではなく決まりきった物だとしたら…?


そして、下半身の代わりにこの建物と連動した磁気の力で浮遊する機能。


カメラと温度センサーによって人物を補足する機能。


俺の持ち物は、観崎から借りたブレードの「初川包丁」と、鞄の中のありふれた日常用具くらいか…


そう思考している途中、ポケットからはみ出した「何か」が俺の視界に入る。




―――やれる…のか?




アジャスターの射撃開始までの残り時間は、まだ僅かに残っているが……





観崎「あぐっ!」


スローモーションの世界の中で、ようやく俺に突き飛ばされた観崎が床に倒れ込む。


俺の死を確信したのだろう、観崎が今にも泣き出しそうな表情をしている。



……いや


やれるか、やれないか……そんな予想をする必要は無い。


所詮、俺の考えた空想の未来は現実ではないからだ。


俺はまだこんな所で死ぬわけにはいかない、観崎との約束がある限り………絶対に!





観崎「いっ…嫌ぁぁぁぁああああっ!!」


観崎が絶望の叫びを放つと同時、停止に向かっていた世界が時間を取り戻していく。


アジャスターが次に射撃を行うのは、恐らく2秒後。



―――2



行動は最速に、そして失敗は許されない。


俺は、先刻ポケットに入っているのが見えた封の切られていない「カイロ」を取り出した。


観崎を突き飛ばしたせいで不安定な体制のまま壁に身体が叩きき付けられるが、俺は出鱈目に封を開け、スナップを効かせてカイロを振る。



―――1



建一「届けぇぇぇえええっ!!」


それをアジャスター下腹部に向かって全力投球した。



―――0



射撃再開時、アジャスターの銃口は自身の下腹部に向いていた。


そこにはアジャスターの電磁石にカイロが張り付いている。


カイロはその材質上、磁石に引っ付く特製がある。


そしてカイロの発熱にアジャスターの温度センサーが反応、射撃優先度の高いであろう1番近くの熱を持つ物体に銃口が向けられた…という訳だ。


上手くいく保証は無かったが、なんとか成功したようだ…



―――でも、これではまだ何も問題は解決していない。



アジャスターは恐らく自らの下腹部を打ち抜き、転倒する。


それだと磁力を失って転倒する際に、周囲の人間に流れ弾が当たってしまうかもしれないのだ。


建一には、この隙に通路から避難するという選択もできた。


だが赤羽建一という人間は、誰かが死ぬ事で起きる悲しみの連鎖を考えると、どうしても自分だけ助かる気にはなれなかったのだ。



ズダダダダダダッ!


アジャスターの銃口が火を吹く。


建一「間に合うかっ…!?」


下腹部のパーツが壊れ、アジャスターの機体がバランスを崩して倒れてゆく。


俺は観崎の初川包丁を構えると、アジャスターに向かって走りだす。


建一「壊れろ、このクソ生意気機械がっ!!」


俺がブレードを振り下ろすのが先か、アジャスターの軌道の反れたライフル銃が誰かを打ち抜くのが先か。


この一瞬で、全てが決まる…!





◆◆◆◆◆◆◆◆





建一「どう…だっ」


カランッ


左腕に激痛が走り、両手で握っていたブレードを落としてしまう。


俺がブレードを振り下ろす刹那、アジャスターの放った銃弾が左腕に命中したのだ。


恐る恐るアジャスターの方を向く






…バリッ、バリバリッ!


アジャスターの頭部は観崎包丁によって見事に寸断されており、首の断面からは行き場を失った電流が音を立てて放電している。


建一「や、やっ…た?」


信じられない。


俺があの一瞬で全てを終わらせられただなんて……火事場の馬鹿力という奴だろうか?


観崎「けっ、けけけ、けん…い…ち!?」


目を反らしていたのか、何が起きたのか分からないといった表情で俺を見る観崎。


落ち着いて辺りを見渡し始めて、ようやくアジャスターが壊された事と、建一が左腕に怪我をしている事だけは把握出来た。


観崎「建一ぃっ。血が、血が出てるよっ、大丈夫なの!?」


建一「は、ははっ…痛いけど死にはしないと思う。 心配するな」


そう言葉をかけて頭を撫でると観崎が俯いて涙を流し始める。


観崎「バカっ!」


ぺしこ


建一「痛ぇっ! き、傷を叩くなよ…!」


観崎「本当に死んじゃうかと思ったんだよっ!? なのに『思う』なんて曖昧な事言わないでよっ、バカぁぁぁぁぁっ!」


ぺしこぺしこ


涙を流しながら一心不乱に俺の傷口を叩く観崎。


建一「い゛っ! わ、わかったから…謝るから!」


観崎の奴、本当に心配してくれてたんだな。


良かった、観崎を気付けずに済んで…


「君が…あの機械を破壊したのか……ぐふっ、ゲホッゲホッ!!」


アジャスターの側で倒れていた男性が俯せになったままかすれた声で呟いた。


建一「だ、大丈夫ですかっ!?」

アジャスターにばかり意識が行っていて姿をよく見ていなかったが、倒れていた男は20代の若手サラリーマンといった風格だった。


晶人「私は、涼路晶人(すずろ あきひと)…っ。 き、君達は…」


アジャスターの弾が心臓に近い部分に命中したのだろう。


即死ではなく、だが確実に彼の命の灯は弱まってゆく。


建一「…俺は、赤羽建一です」


観崎「う、初川観崎だよ?」


晶人「そう…か、赤羽に初川か。助けてくれるつもりだったなら、見て…の通りだ、ゲホッ! 俺はもう…助からない」


男の人…涼路さんの言う通り、既に大量の血液が流れ出ていて、意識があるのが不思議なくらいだ。


建一「そんな…っ!」


晶人「私にも、守って…やりたい人が、ぜぇぜぇ。助けてやりたい人が…いたんだがな」


晶人はチラリと観崎の方を見る。


建一にとって観崎こそが「助けてやりたい人」だというのは、今のやりとりを見れば一目瞭然だった。


建一「涼路さんっ、しっかりして下さい!」


慌てて涼路さんに駆け寄って、その身体を起こす。


彼が助からない事はわかっていだが、そうせずにはいられないほど彼は辛そうだったのだ。


晶人「私はもう、あいつを…守り通せそうにないっ。 だから…」


涼路さんがポケットから何かを取り出して、俺に手渡す。


晶人「だから君は、最後まで守り通してくれ…」


建一「分かりました、約束します」


観崎「ちょ、ちょっと!」


建一の言った事に対して観崎が赤面する。


―――本当にお似合いだな、この子達は


晶人は穏やかな気持ちになるのと同時に、罪悪感を覚えた。


ははっ、私とした事が…


あんな物を差し出して、誰かに私達の事を覚えていて欲しくて…最低だな。


相手はまだ子供だというのに


晶人「ふふっ…正直、1人で死ぬのは…辛かっ……た、お前達………に出会………え……………て…………」







―――良かった。



最後の言葉を紡ぎ終える前に、涼路晶人は絶命した。


建一「す、涼路さん!? 涼路さんっ…!!」


観崎「う、嘘…」


涼路さんはもう二度と目覚めない。


俺は結局、自分の身を守る事に精一杯で彼を助ける事は出来なかったのだ…






俺達がこの建物に幽閉されてから小一時間。


ついに最初の犠牲者が、その命を儚く散らしたのだった…

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