EP2-025:闇の一端
泣き叫ぶ建一の後ろ姿を見つめながら、飛鳥下唇を噛んで震えていた。
飛鳥「(全部、私のせい……)」
赤羽の苦しみも、悲しみも、孤独も全部。
彼は幸せになる筈だった、幸せになるべきだった。
それなのに、残酷な現実は、再び彼から全てを奪ってみせた。
飛鳥「(……私のするべき償いは、贖罪)」
観崎という人の命を奪った男が、遥か先の通路で横道に姿を消すのが見えた。
赤羽を嘲笑っているように見えた。
飛鳥「――許さない」
絶対に、許さない。
あの男だけは、生かして帰す訳にはいかない。
私は既に人殺し、手を汚すのは赤羽でも渡でもない、この私が引き受けるべき役割だろう。
幼馴染の骸を抱きしめながら、涙を流し放心している赤羽の隣を通り抜ける。
光弐「お、おいっ。何処行くんだよ!!」
今まで赤羽に声を掛けられず、私と一緒に黙り込んでいた渡が口を開く。
飛鳥「赤羽の事、頼んだわよ」
死を覚悟していた私は、渡にそう言い残して返事を聞かずに走り出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
建一を残して飛鳥を追う訳にもいかず、光弐は仕方なく走り去るその背中を見送る。
飛鳥が呟いた「許さない」という言葉から、復讐に向かったと理解するのに時間は掛からなかった。
光弐「建一! おいっ、建一!!」
建一「―――」
肩を揺さぶっても建一はその力に抗う訳でもなく、ただ頭がカクンカクンと力無く揺れるだけだ。
光弐「飛鳥があの男を追って行った。お前の代わりに復讐する為にだ!」
建一「―――」
光弐「悲しむな、だなんて無茶苦茶な事は言わない。けど、これでいいのか? 俺達が必死こいて助けた飛鳥が、居なくなるかもしれないんだぞ!?」
建一「―――」
何を話しても、死体のようにピクリとも反応を示さない建一。
俺も母親を失い悲しみに捕らわれた事はあるが、俺には親父が居たし影斗が居た、孤独じゃなかった。
だから、何もかもを無くした建一の気持ちは分かってやれないのかもしれない。
そんな俺の言葉なんかじゃ、今の建一には届かないのだろうか。
光弐「(こんな時こそ、お前が側に居てやらなくてどうするんだよ……飛鳥)」
これじゃあ観崎って子が命懸けで守った建一が、まるで死人みたいじゃないか。
◆◆◆◆◆◆◆◆
飛鳥「ちょっと貴方、止まりなさいっ!」
ようやく男に追い付き、その背中に向けて銃口を向けて静止を呼び掛ける飛鳥。
「……フ」
振り向いた男は、笑みを浮かべていた。
飛鳥「(こいつ……!)」
つい先刻、人を殺したばかりだというのに、笑っているだなんて。
こいつの瞳に宿る眼光は、天真のように命を奪い合う事に快楽を感じる類いの者とは違う。
呼吸をするが如く、さも当然のように銃のトリガーを引いたのだ。
たった一時視線を交えただけで、それを理解させられた。
飛鳥「(こんな奴が私と同じ"人間"ですって? ……冗談じゃない!)」
銃のトリガーに沿えた指は、天真と相対した時のように奮えてはいなかった。
飛鳥「(こんな男の生を奪う事に罪悪感なんか抱くものですか。これは私の為じゃなく、赤羽の為の償いなんだから!)」
躊躇や恐怖といったものは無く、研ぎ澄まされた"殺す"という強い意思をトリガーに乗せて解き放つ。
「――淀み無き純粋な殺意だ」
しかし、その男はあろう事か腰に携帯していたハンドガンの銃口を掴み、その柄で銃弾を"叩き落とした"。
飛鳥「な――!?」
「どうした、静山飛鳥。折角猶予を与えているのに、もう終わりか」
男が私の名前を知っている事に驚きながらも、目の前で起きた事は何かの間違いだと証明するべく、再びトリガーを引こうとする。
「――クク」
気が付くと、真横から聞こえる男の嘲笑。
早すぎる、こいつは本当に人間で無いのではという考えさえ脳裏に浮かぶ。
飛鳥「…っ」
そして、耳の上辺り感じるひんやりとした鉄の感触に銃を突き付けられた事を悟る。
「有難く思えよ、静山飛鳥。貴様に"借り"が無ければ、赤羽息子もろとも皆殺しにしていた所だ」
飛鳥「か、借り……? 私は貴方の事なんて知らないわ!」
「当然だ、私達に直接の面識は無いのだから。……が、もう頭の中では理解しているのではないか?」
男の言葉に、私は数刻考え込む。
この人は私と赤羽を知っていて、更に赤羽の事を「赤羽息子」と呼んだ。
つまり、この男は赤羽の父親と面識のある人物……?
私と赤羽と、赤羽の父親。
この3人の関係性が導き出す真実は、あまりに信じ難いものだった。
飛鳥「貴方、何者なの。何処まで知っているの……?」
動揺を悟られないように、声が震えそうになるのを抑えながら問い掛ける。
「聞かない方がいいと思うがね。人は常識を逸脱した情報を信じられない」
飛鳥「…見くびらないで。貴方が思っている程、私はヤワじゃない。そこまで勿体振っておいて、話す気が無いなんて言わないわよね」
「それは悪い事をしたね、クク……」
飛鳥「いいから、早く言いなさいよ…!」
長々と焦らす男に耐え兼ねて、私は睨みを利かせて威圧する。
「10の屍に顕現する悪魔は、その意思の表れそのものが勝利なのだ――」
男は訳の分からない事を呟き、妙な緊張感の漂う沈黙が場を支配する。
疑問に思って再び横目で男の顔を確認すると、男は心底楽しそうに口の端を更に吊り上げた。
「閏坂幾徒、それがワタシの名だ」
飛鳥「――え」
唐突に思い出したくもない記憶がフラッシュバックし、全身に鳥肌が立つ。
きっと、私は間抜けな表情をしていただろう。
飛鳥「(閏坂って、まさか――)」
まさか…
まさか……
まさか―――!!
幾徒「我が息子が粗相をしたようだね。まぁ、何れは経験する事が少々早まったとでも思ってくれたまえ」
飛鳥「ひっ……!」
知られたく無い事実を平然と語られて、思わず声を漏らす。
幾徒「まぁ、与えた役割も果たせないからと気まぐれに他者を襲う輩などとは、既に縁を切っているがね」
飛鳥「ま、待っ……待ちなさいよ! おかいしでしょう、あいつは10年前に今の貴方と同じ位の年齢だった。貴方が彼の父親である筈が無いわ!」
雅が生きていると仮定して、彼の現在の年齢はおおよそ30代半ば。
その父親となれば、50代の年齢層である事は間違いない。
そうだ、年齢的にどう考えてもおかしい。ただのハッタリだ……!
幾徒「矛盾しているだろう? それについては自分で答えを見つけたまえ。私も懐かしさのあまり、少し話し過ぎたようだ」
どうやらこれ以上、この男について知る事は出来ないらしい。
飛鳥「死人に口無し…って訳?」
目をつむって、死を受け入れる覚悟を決める。
幾徒「何か勘違いしているようだね、貴様を殺すならとっくに殺しているさ」
幾徒は銃を下ろして、私に背を向けて離れてゆく。
思えば雅の時もそうだった、彼も私を殺すという選択肢を選らばなかった。
ギリギリの所まで追い詰めておいて、殺さない。
飛鳥「どうして…」
幾徒「"今"の君達に用は無い、私にも目的というものがあるからね」
幾徒はポケットの中から携帯電話を取り出して操作する。
飛鳥「このまま逃がすとでも思ってるの…?」
私なんかが幾徒を殺す事は不可能だと諦めているが、引き下がる訳にもいかず彼に銃を向ける。
幾徒「私が逃げるのではない。貴様に、私から逃げるチャンスを与えてやっているんだ、静山飛鳥」
操作を終えたのか、携帯電話を弄る手を止めて振り返る幾徒。
幾徒「生きていればまた会う事になるだろう。その時は、赤羽息子ともゆっくり話をしたいものだ。……君が彼から何を奪ったのかについてね」
幾徒がそう言い終えるのと同時、彼と私との間に厚い鉄製の壁が落下し、轟音が通路に響く。
"閏坂"という恐怖の対象から解放された事と、最後に彼が残した言葉への動揺から、膝から力が抜けてその場に座り込む。
飛鳥「全て、赤羽に知られてしまう……全て、す……すべ……て…………」
赤羽はお人好しだ、けれどそれは自分が「両親の死」によって経験した経験が理由で行なっているもの。
だったら、人殺しである事をひた隠しにして、騙しながら接して来た私は……?
死地から助われ、抱いていた想いに気付かされ、けれど事実は今更変えようが無い。
ついさっき、赤羽は唯一と言える心の支えを失ってしまったばかりなのに。
あの幾徒という男に、全てをバラされてしまったら――
飛鳥「――赤羽は、きっともう何も信じられなくなるわ」
嫌われるとか、関係が崩れるとかじゃなく、赤羽がどうにかなってしまう。
私は、今ここで閏坂幾徒を殺せなかった事を酷く後悔していた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
『施設内に死体反応アリ。回収を行うので、死体から離れて下さい』
警報が鳴り響き、建一になんと言葉を掛ければ良いのか迷っていた光弐は焦り出す。
光弐「"回収"だって…!?」
建一は観崎の亡骸を抱き抱えたまま、一向に離れる気配が無い。
光弐「おい…建一、建一! 離れる…ぞっ!」
無理矢理、建一の身体を観崎の遺体から引き離す。
建一「―――」
相変わらず建一は反応ひとつ示さずに、人形のようにあっさりと引き離された。
光弐「(まるで屍が2つあるみたいだ。……って、何を不謹慎な事を考えてるんだ、俺は)」
自分で立ち上がる気配も無い為、光弐は仕方なく建一を数メートル引きずってから再び観崎の遺体を振り返る。
光弐「後は……ごめんな観崎ちゃん、ちょっと失礼するぜ」
観崎の衣服のポケットをまさぐり、携帯電話を取り出す光弐。
無情に見えるかもしれないが、脱出するという最終目的は変わらない為、少しでも情報を集めようとするのは正しい判断だった。
光弐「(それが建一の役に立つなら、本望だよな……観崎ちゃん?)」
ガコン、と開いた床に吸い込まれていく観崎の遺体を見送った。
光弐「……建一、行くぞ?」
返事は返って来ないが、建一を背中に抱える。
光弐「(観崎ちゃんも言ってたろ、お前は孤独なんかじゃない。だから、建一は彼女の死を無駄にしちゃいけないんだ!)」
最後まで建一の力になる事を強く決意し、光弐は歩き出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
観崎の死を見ていたのは、建一達だけでは無かった。
光弐が建一を背負って立ち去った後、その人物はおぼつかない足取りで、残された血溜まりの元に歩み寄る。
それは観崎に命を救われ、再び会うべく廻廊を徘徊していた由乃の姿だった。
由乃「――どうして……こんな事って」
誘拐されて、最初は不安で押し潰されそうだった。
そんな心の弱い私は、自分らしく明るい笑顔を振り撒く初川さんに支えられた。
その優しい笑顔を、私は心から守りたいと思った。
……思っていた。
由乃「なのに、どうして……ですか。私は、今度こそ逃げずに守る筈だったのに……」
気が付けば私は逃がされていて、再会した時には既に手遅れ。
幼き日に目を背けて後悔した時の少年も、今目の前で居なくなってしまった初川さんも、私は救えた筈なのに。
由乃「……誰」
観崎さんは心の強い人だもの、機械なんかに殺されたりはしない。
由乃「誰が、殺したんですか……っ!」
何度涙を拭っても、また涙が溢れて視界がぼやける。
由乃「……」
そっと、握っていたハンドガンを両手で胸に当てて目をつむる。
この子だけは、何があっても私を裏切らない。
私が望む力になる。
由乃「(初川さんに守られ生き長らえたこの命で、きっと私が思い知らせてやります)」
再び由乃の瞳が開くと、そこには冷たい炎のような眼光が宿っていた。




