EP2-024:崩れ落ちる景色
建一は武器管理室を出てからというものの、妙に落ち着きが無かった。
早足で移動し、何かを探すように周囲を見回したり、何より飛鳥と光弐に迷惑が掛かっている事にも気付けない程に焦っている。
飛鳥と光弐はそれを咎める事は無く、逆に何が建一をそうさせるのか疑問を抱きながら心配そうな表情をしていた。
飛鳥「待ちなさいよ、いったい何をそんなに焦っているの?」
建一「……分からない」
光弐「分からないって……おいおい、大丈夫か?」
普段なら気を遣われないよう即座に「心配いらない」と言い返している所だが、今回ばかりは建一も自分の行動が普通ではない事を自覚していた。
それでも建一の感じている胸騒ぎは治まる事を知らず、彼はとうとう走り出す。
飛鳥「あっ、ちょっと赤羽!?」
光弐「…ったく、しゃーねーなっ!」
飛鳥達が困惑した表情でついて来ているのをようやく理解するが、建一は走る速度を緩める気にはなれなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
晶人に肩を貸しながら、観崎は彼が倒れそうになるまで自分を頼らなかった事に腹を立てていた。
観崎「あのねっ、無理してる事を隠し通せたらそれは確かに心配をかけずに済むけど……分かっちゃったら余計にたくさん心配しちゃうんだよ」
晶人「―――」
俯いたまま、晶人は沈黙をつづけている。
観崎「みぎゅ、返事くらいしてくれたって―――」
観崎が屈んで晶人の顔を覗き込むと、その瞳からは光が欠落していた。
晶人「――クク」
不気味な笑みと共に、晶人は腰のハンドガンを引き抜く。
観崎「どうしたの、晶人さ………ッ!?」
晶人「――死の手向けだ」
その銃口が向けられた方向には――
――観崎もよく知っている人物の姿があった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
――バンッ!
建一「…!?」
光弐「な、なんだ?」
飛鳥「――銃声」
通路に鳴り響いた発砲音に、建一達は周囲を警戒する。
彼等は調度、十字路の中心にいたので自然と左右を見渡す形になる。
建一は最初に右方を向き、残る2人は左方を向いた。
光弐「オイ、あれ…!」
飛鳥「なんて事……」
2人の反応から、建一は一足遅れて自分の真後ろで何かが起きている事を理解する。
建一「(本当は見たくない、逃げ出してしまいたい……)」
けれど、ここで現実から目を背ける事には何の意味も無い。
覚悟を決め、息を飲み、ゆっくりと振り返り、その光景を目に焼き付けてゆく。
建一「―――」
まず、最初に視界に入ったのは俺達に照準を合わせて銃を構えている眼鏡をかけたスーツ姿の若い男の姿。
先刻の銃声はその拳銃から放たれたもので、男が建一達を狙って発砲したのは明らかだった。
では、どうしてその銃弾は建一達に届かなかったのか。
―――男に技術が無く、単に外しただけ。
真っ先にその楽観的思考が建一の脳裏を過ぎるが、次に視界に入った"もの"を見て、直ぐにその考えが間違いである事に気付かされる。
それは、男の足元で血溜まりの中に横たわっている"何か"。
瞬間、建一の思考は白一色に染まった。
建一「―――は?」
有り得ない、こんな事が現実に起こる筈がない。
だって■■は、日常の象徴のような存在で……
こんな"非日常"の世界に■■が存在していい筈がないのだ。
―――そうだろう?
だって、もし……
……もし、俺の目の前に居るのが本当に■■なのだとしたら。
建一「観――」
俺が戻るべき日常は――
俺を向かえてくれる笑顔は――
――この世界から、俺の目の前から、消えて無くなってしまうじゃないか。
建一「観崎――――ッ!!」
自らを支え続けてきた大切な人の名を叫びながら、建一は倒れた少女の元へと走り出す。
飛鳥達は建一に危険だと忠告する前に、聞き覚えのある「観崎」という名前に反応して判断が鈍る。
建一はとうに、男に撃たれるなどという考えは捨てていた。
……いや、もはや男の存在さえ忘れてしまう程に建一の精神は危うい状態だったのだ。
建一「観崎っ、観崎……っぐ!?」
足をもつれさせて転倒するも、痛みなど感じていないかのように床を這いずりながら血溜まりへと進んでゆく。
建一「(嘘だ、嘘だ嘘だ! 何かの間違いだ、こんなっ……こんな事ッ!)」
なりふり構わず進む建一を見て、銃を構えた男はつまらなさそうに見下す。
「…脆すぎる。この程度で壊れるか」
それは建一の心の事を指したのか、人の命の事を指したのか。
男は建一達に背を向けて、歩き出した。
観崎「――けほ……っ」
建一「…っ!」
まだ心の何処かで何かの間違いだと信じ込んでいた、信じたかった。
けれど、目の前で血溜まりの中に横たわるのは、やはり見知った幼馴染の姿。
建一は震える手で、血まみれの観崎を抱き起こす。
建一「お前……こんな所でなにやってんだよ……っ!」
観崎「えへ、えへへへ……守ってあげるって、約束だった…でしょ?」
1日ぶりに聞いた幼馴染の声は、途切れ途切れで弱々しい。
目も虚ろで、まだ観崎が生きていると教えてくれるのはその身体の温もりだけだった。
建一「なんでだよっ! そんなの、身体を張ってまでやる事じゃないだろう。もっと、自分を大切に……っ」
建一の瞳の端から、涙が頬を伝う。
そんな事を今更述べても、既に悲劇は起こってしまったのだ。
観崎「嫌……わたし、後悔して……ないもん。けんい……ち、まもれ、て」
建一「うるさいっ! そんな勝手な事されて、俺を置いて先に逝くなんて許さないぞ!」
まだ、終わりじゃない。
観崎はこうして生きているじゃないか。
建一「直ぐに止血して――」
観崎「建一…だめだよ」
観崎が建一の手を握り、首を左右に振る。
建一も本当は分かっている、観崎はもう手遅れなのだと。
けれど認めない、認めたくない。
建一「…嫌だ、嫌だっ! やめてくれ……もう、俺を1人にしないでくれよ!!」
止めどなく溢れる涙は、10年ぶりに味わう"孤独"への恐怖。
観崎「(建一……やっぱり、昔のままだ。私じゃ、変えられなかった)」
すがるように泣きつく姿は、観崎に「建一の時間が止まっている」事を確信させた。
表面上は明るくなったように見えても、心の奥底では膝を抱えて屍のように空を見上げる少年の姿のまま。
そんな建一が少しでも前に進めるよう、観崎は最後の言葉を紡ぎ始める。
観崎「…だい…じょ、ぶ」
視界がぼやけているのか、観崎は建一の身体を触って確かめながら、その手を頭の上に添える。
そして、まるで息子をなだめる母のように頭を撫でた。
観崎「建一は……もう、ひとりじゃ、ない。新しい、おともだちが…きっと、一緒に……そしたら、さみしく……ないから」
観崎は、建一の背後で立ち尽くしている飛鳥と光弐をチラリと見る。
正確に言えば、ぼやけたシルエットしか見えていないが、それでも「建一をよろしくね」と言わんばかりの満面の笑みを浮かべた。
光弐「……!」
飛鳥「っ!」
2人もその表情を見て、目尻に涙を滲ませる。
観崎「だから……ね、笑ってね、建一。私はずっと……心……か、ら…笑った、建一の笑顔が……」
建一「笑って欲しいなら、観崎……こんな所でくたばらないで、ずっと側に、居てくれよぉ……っ」
弱々しい声で、観崎の身体を強く抱き締める建一。
観崎「あはは……それ、なんか、プロポーズみたいだよ」
建一「みたいなんかじゃない、失いそうになってやっと気付けた。俺は観崎が――」
観崎「…駄目だよ。そんなこと……言っちゃ、駄目」
観崎の目尻からも涙が溢れ、ずっと笑みを浮かべていた表情が崩れる。
何かを捜すように視線を四方八方に送り、もうその瞳で建一の姿を捉える事ができないのが伺える。
建一「観崎、俺はここだ。ここにいるぞ……っ」
建一の顔も涙でぐしゃぐしゃになっていて、観崎には見えていないというのが唯一の救いだった。
笑顔を見せて欲しいと言われたのに、泣きっ顔を見せ続けてしまうような最後は建一も望んでいなかったから。
建一は自分の場所を教えるように、観崎の頬に手を置く。
観崎「…みぎゅ」
……観崎は笑っていた、いつものように。
10年、建一の人生の半分以上を共にしてきた笑顔。
その笑顔が消えて無くなる刹那――
観崎「けん…い……ち――」
――だい す き
最後は、言葉にならず小さく口が動くだけだった。
観崎もまた、建一と同じように最後になってようやく自分の本当の気持ちに気付けたのだ。
建一「―――」
それは驚く程あっさりと、建一の前から消えて無くなった。
身体には僅かに温もりが残っていて、建一はまだ何が起きたかを理解していなかった。
脳裏を過る最悪の結論を拒み、観崎の身体を軽く揺さぶる。
建一「……観崎?」
けれど、観崎から返事が返って来る事は、もう2度とない。
建一「観崎、観崎っ!」
それでも信じる事ができず、建一は呼び掛け続ける。
当たり前のようにずっと側にあった笑顔が見たいと、自分が孤独ではないと信じたいが為に。
しかし、否定し続けた"事実"は揺るぎなく、徐々に建一を蝕んでゆく。
……そして「観崎は死んだ」とようやく理解した瞬間。
――ピシリ、と。
硝子に入った亀裂が広がるように……音も、感触も、目に映る景色も、何もかもが崩れ去る。
建一「うあ、あ、あぁ……観崎、観崎ッ、観崎ぃ…!」
こんなの、何かの間違いだ。
夢、芝居、幻覚、なんでもいい……どんなに悪趣味な冗談でもいいから、こんな光景は早く終わりにしてくれよ。
俺には観崎が必要なんだ、他の誰でもない……初川観崎という女の子が。
今まで観崎と一緒だった10年間の記憶が、色褪せて過去形になっていく。
心の亀裂から流れ落ちて、満たされていたものが空っぽになっていく。
――まだまだこれからじゃないか、観崎。
やっと、お互いに抱いていた想いに気付けて、ここから始まるんじゃないか。
それなのに、俺は……また失うのか。
父さんと母さんを失った時のように、今度は観崎を失ってしまう。
10年、無駄だった、全部。
こんなにもあっさりと崩れてしまうものなのか、俺が追い求めていた日常というものは。
日常など脆く簡単に崩れ去る事など、とっくの昔に知っていた筈なのに……何を期待していたんだろうな、俺。
流す涙は、零れ落ちる心。
遺された骸は、逃避から現実に繋ぎ止める楔。
彼の生は再び意義を見失い、未練がましく亡骸にすがる。
建一「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
心の崩壊は悲痛な叫びとなって、廻廊に響き渡った。




