EP2-023:Soul disappear
銀河とまるの2人はB4Fの廊下を歩きながら、名前も知らない筈の建一の姿を追い求めていた。
ただ一瞬、扉の中に駆け込む建一の姿を見ただけで、銀河は「彼は自分の記憶と関係性がある」と微塵も疑わなかった。
それだけに、建一達を見失ってしまった事はかなりの痛手だった。
銀河「(俺は何者なのか、誰でも良いから答えて欲しい。それは、こんなにも上手くいかないものなのか……)」
感情の表現が苦手な銀河が、珍しく誰が見ても分かる程に落胆していた。
まる「あの時、お二人さんが扉に入って直ぐに、派手にバンバンやっちゃってましたし、どのみち逃げられてたかもですよ」
銀河「……そうか」
まるは銀河が正気を失って異常な行動をしたフォローのつもりで口にしたのだが、銀河は自分の行いのせいで2人を見失った可能性を上げられて余計に落胆する。
まる「あわわわわわわ! じょ、冗談、冗談ですよ? 上まで音が届く訳ないじゃないですかー!」
想像以上に打たれ弱くなっていた銀河を見て、まるは慌てて発言を取り消す。
銀河「だが、無意識にあの様な行動を取ってしまったのも俺――」
まる「わ~わ~っ! そんな事より、早く進んだ方がいいですよ!」
まるは自分が殺されかけた時の恐怖を払うように、咄嗟に話題を変える。
銀河「――お前」
まる「な、なんですか?」
銀河「…いや、なんでもない」
まる「…??」
まるは首を傾げながら、銀河の後ろを着いて行く。
銀河「(まさか、恐怖を抑え込んでいるのか? こんな子供が)」
俺が珠田を殺そうとしていた時の事を口にした途端、顔色を変えて話を中断させにきた。
その時の珠田の表情には、確かに隠しきれない恐怖が滲み出ていた。
銀河「(俺にしてやれる事は……これくらいか)」
銀河は振り返り、右手でまるの左手を握った。
まる「……っ」
びくっと身体を震わせて驚いたのは最初だけで、まるは照れくさそうに握り返す。
まるは口では平常心を装っていたが、銀河に対する恐怖が完全に取り除かれた訳ではなかった。
ずっと我慢していたものが緩んで、まるの瞳から涙が溢れる。
まる「(つめたい手。でも、いつもの銀河さんだ……っ)」
その後ろ姿を見ながら、まるは銀河が豹変した時の事を思い返す。
まる「(やっぱり、お話で見た事がある"たじゅーじんかくしゃ"なんでしょうか)」
幼稚園にイマジナリーフレンドを持つ友人が居るために、まるは多重人格者の存在を疑わなかった。
まる「(とにかく、あんな恐い目をするのは銀河さんじゃないです)」
そう割り切って、自分でうんうんと頷く。
そういえば、他にもなにかおかしい事があったような…?
まる「…あ、そうだ銀河さん。はじめてなのに、まる拳銃使えましたよー! これって"さいのー"っていうんですよね?」
銀河「…どうなんだろうな、俺も気が付いたら自然と使えていた」
まる「銀河さんのは覚えていないだけな気がしますけど……うぅん」
それ以降、二人はたいして銃については気にする事もなく歩いてゆく。
異常なのは明らかだが、その辺りの常識を二人とも持ち合わせていなかったのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
意識が覚醒する。
呼吸は乱れ、酷く寝汗をかいていた。
建一「……はぁ、はぁ」
母親を殺した血まみれの少年が、朝焼けに照らされた土手を歩行する。
そんな夢を見ていた。
建一「(まったく、とんだ悪夢だ…)」
思わずため息が漏れてしまう。
飛鳥「目が覚めたのね」
隣のベットに腰掛けていた飛鳥が立ち上がり、建一に声をかける。
建一「あぁ…」
飛鳥「…その、うなされていたみたいだけど、大丈夫?」
うなされていた自覚など無かったが、あんな悪夢を見ていたのだから仕方がないのかもしれない。
建一「正直、夢で良かったよ……心配かけて悪かったな。光弐は何してるんだ?」
飛鳥「外で見張りをしてくれてる。私もさっきまで寝ていたわ、領域に入ってから丁度4、5時間って所かしら」
建一「そうか、とりあえず光弐に声かけないとな」
仮眠室の扉を開け、外に出ると――
光弐「ぐぅ~」
――壁にもたれて爆睡している光弐の姿。
もしアジャスターや天真に襲われていたら、間違いなく死んでいただろう。
飛鳥「……」
流石にこれは予想外だったのか、飛鳥も引きつった笑みを浮かべている。
建一達は知らないが、領域の中には「アジャスターが一定時間毎に巡回する」という内容のものもある。
もし、その条件がこの領域にも存在していたなら、光弐は間違い無く死んでいただろう。
建一「……起こすか、罰も兼ねて」
飛鳥「そうね、罰も兼ねて」
◆◆◆◆◆◆◆◆
光弐「ぱくぱくもぐもぐむしゃむしゃ!!」
直ぐに出発しようと思ったのだが、光弐が起きて早々に朝飯が食いたいと叫び出し、領域内にあった調理室で食事中である。
光弐「何故か、俺の頭はズッキンズッキンと激しい痛みを訴えている。……あ、キュウリうめぇ」
建一「それは俺達が殴ったからだ。……おっ、この玉子焼き良い半熟加減だ。醤油醤油と」
光弐「殴るなんて酷いじゃないか。このスパゲティに納豆かけてぇな」
建一「いやいやいや、どう考えてもお前が寝てたからだろ。味噌汁おかわり」
飛鳥「……貴方達。食べるか口論するか、どちらかにしなさい」
気がつくと、俺達にエプロン姿の飛鳥の冷たい目線が突き刺さっていた。
建一「わ、悪かった…」
光弐「天地神明にごめんなさい、2重の意味で」
その後は、別にずるずる引っ張るような話題でも無かったので普通に食事を進めた。
食事を終えた光弐は何かを思い出したのか、手を打って話し出した。
光弐「そういや、見張りをやる前に領域の探索もしてたんだけど『武器管理室』とかいう物騒な部屋があったぞ」
飛鳥「いい機会ね、流石にずっとあんな重い物持っていられないもの」
壁に立て掛けてあるライフルを横目で確認する飛鳥。
建一「(銃器なんて使いたくないっていうのが本音だけど、そんな贅沢が通る場所じゃないか…)」
抵抗を続ける自身に言い聞かせるように「念のため、一応だ」と建一は呟いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
私が晶人さんの異変に気が付いたのは、資料室を出てすぐの事だった。
観崎「みぎゅ。だ、大丈夫ですか……?」
晶人「だ、大丈夫…」
頭を押さえながらフラフラと歩く晶人さんは、とても大丈夫そうに見えない。
思い返すと、晶人さんはずっと無理をしていたような気もした。
それなのに何度も遭遇したアジャスターを破壊してくれて、その度に表情に苦痛が滲み出ていた。
観崎「(何処か、休める所は……)」
私は早速、たった今携帯で撮った地図を確認した。
少し遠回りになってしまうが、治療室という場所が丁度良さそうだった。
観崎「あの、肩貸した方が――」
晶人「初川さんにそこまでさせる訳には……ッ」
そう言い切る前に晶人さんはよろめき、壁に手を付いて今にも倒れそうなのを耐えている。
晶人「(いったい、私の身体はどうしたっていうんだ……?)」
心配をかけまいと「大丈夫だ」と訴え続けていたが、もう私の身体に異常があるのは隠せそうにない。
最初はたいした事のない頭痛の筈だった。
けれどそれは最初だけで徐々に痛みは増してゆき、今ではもう鈍器で頭を殴られたような後のような激しい痛みと化していた。
観崎「あの…無理しないで何処か休める所に行こう?」
私を心配してくれている初川さんが、今亡き妻の姿と被って見えた。
見てくれが灯に似ているという訳ではないが、本質的なものが似ているのだろう。
晶人「……すまない」
申し訳なさを感じながらも、私は彼女に甘えてしまっていた。
私はまだ、心の何処かで灯りに頼りたいと思ってしまっている。
彼女がこの世に存在しないという事実を、まだ受け入れられないでいる。
しかし、このままだ私まで居なくなってしまったら、娘の木蔭は1人になってしまうのだ。
晶人「(早く…木蔭の所に帰りたいな)」
初川さんに支えて貰い、ようやく真っ直ぐ歩く事が出来た。
我ながら情けない姿だ。
晶人「…?」
前方に人影が見える。
初川さんは私の方を向いて何かを話しているせいか、気付いていないようだ。
晶人「初川さ…」
……途端、視界がブラックアウトする。
晶人「(な、なんだ?)」
目がどうかしてしまったのかと思い、手の甲で目を擦ろうとするが……
晶人「(……っ!)」
固有感覚とでも現せばいいのか、私の身体というものが一切感じられない。
何か、悪い夢でも見ているのだろうか。
「……」
真っ暗な視界の中、誰かが姿無き私を見つめている。
それは魂が抜けたように佇む"私の身体"だった。
晶人「(あそこまで行く事ができれば、或いは…!)」
今すぐに走り出したい衝動に駆られるが、残念ながら今の私には走るのに必要な足すら存在しないのだ。
「――フ」
魂の抜け殻……"屍"と言ったも同然である筈の私の身体が、突如笑みを浮かべた。
晶人「(そんな……私の意思はここに確かに存在している筈なのに、何故)」
直接問い掛けようにも、私には言葉を発する術が無い。
すると私の身体は、笑みを浮かべたままひとりでに喋り始めた。
「この通り、涼路晶人は死を迎えずして"屍"と化した。貴方はゲームオーバー、そしてここからが"ワタシ"のスタートゲーム」
その言葉が何を表しているのかは分からないが、私が何かに"敗北した"という事実だけは理解する。
「残留意思は早く眠るがいい。そこからが、本当の始まりなのだから…」
私の"屍"の鋭い眼光に睨まれるのと同時、意識と存在が揺らぎ消滅してゆくのを感じる。
晶人「(待ってくれ、私は……私はッ!)」
――灯に誓った約束を…
木蔭という、この世界でたった一人の娘を守るという約束。
死ぬまで側で見守ると決めていた、妻を失ったあの日から。
それすら守る事ができない、守らせてくれない。
もし、こんな世界を創造した神が存在するならば…
神とはきっと、この世界で最も罪深き存在だと思う。
晶人「(――こか……げ)」
いつの間にか、私の"屍"も何処かに消えていた。
もう2度と、私はあの身体に意識を戻す事は出来ないのだろう。
晶人「(いったい、私に何が起きたって…いう……ん………だ…………)」
娘の元に帰る為に、最後まで意識を途切れさせぬよう粘っていた晶人だったが、その抵抗も虚しく彼の意識は完全に消滅した。
―――そして、1つの終わりは1つの始まりを招く。
誰に知られる事も無い涼路晶人の意識の消滅は、ここから始まる悲劇の幕開けを意味していた。




