EP2-022:罪と葛藤
B6F、再び階段前に戻って来た彼等が見たのは、破壊されたアジャスターが山のように転がっている様だった。
観崎「みぎゅ、全部壊れてる……血痕がないから、怪我しないでここまでやったのかな」
晶人「(初川さんの話では、アジャスターの群は峰沢という人を追って行った筈のなのに、これはどういう事なんだろう?)」
まさか途中でターゲットが建一達に変更され、巡り巡って階段前に戻り銀河達に全機撃墜されたなど、晶人は知る由もない。
観崎「やっぱり由乃ちゃんがやったのかなぁ」
晶人「私にはそうは思えないんだが、峰沢さんはそんなに強いのかい?」
すると初川さんは顎に人差し指を当てて、しばし考え込む。
観崎「銃の扱いとかは多分上手なんじゃないかな。玩具のなら練習してるって言ってたよ」
晶人「…そ、そうか」
変わった趣味を持っているんだなと思いながら、再び周囲のアジャスターを観察する。
すると、明らかに刃物で破壊されたであろう残骸が存在する事に気付く。
しかし初川さんに言えば、再び友人の安否を心配してしまうだろうと考え、口にはしないでおいた。
観崎「…あ、晶人さん」
晶人「どうした?」
観崎「階段への扉、開いてるみたい…」
晶人「…!」
つまりそれは、誰かが人の手によって殺されてしまったという事か。
表情には出さずとも、生きて帰るのが困難である事実に恐怖を感じる。
晶人「…行こう」
観崎「う、うん」
とにかく前に進もう、立ち止まっていても何も始まらない。
それに、アジャスターの群を撃墜したのは峰沢さんではない可能性が高い。
初川さんがそれに感付いてしまう前に、一刻も早くこの場所から離れたかった。
――ドクンッ!
晶人「…っぐ!?」
呼吸が止まりそうな心臓の鼓動に、思わず立ち止まる。
心なしか頭が重く、全身が酷く疲れているうな感覚がした。
観崎「みぎゅ、どうしたの晶人さん?」
晶人「あぁ、いや……大丈夫だ。なんでもないよ」
私が初川さんに心配をかけてどうするんだ、しっかりしなければ。
ふと、妻に言われた「頑張りすぎ」という言葉が脳裏を過ぎるが、私は首を横に振ってそれを忘れようとする。
晶人「(今こそ頑張らなければならい時、多少の体調不良がなんだっていうんだ)」
晶人は、観崎に身体の異変を悟られないように階段を登ってゆく。
その小さな"異変"が、ただの体調不良ではない事に気付かないまま。
◆◆◆◆◆◆◆◆
移動を再開した建一達は、遥か先の通路に妙な物を見つけた。
光弐「なぁなぁ、あそこの通路だけなんか黒いよな?」
建一「…確かに黒いような気がしないでもない。遠くでよく見えないけど」
目を凝らしてようやく見える位置だが、他の白色の通路と比べると確かに黒い色をしていた。
飛鳥「適当にぶらぶらしているよりはマシね、行ってみましょう?」
笑みを浮かべながら、軽い足取りで先を歩いてゆく飛鳥。
今までの冷静で刺々しい雰囲気とは打って変わって、建一達に気を許しているのが分かる。
建一「(飛鳥の笑った表情って、初めて見たかもな。心境の変換だろうか)」
首を傾げながら、それに続いて建一も歩き出した。
そのまま黒い通路との境界に到達すると、その通路についての説明文と思われるプレートが壁に取り付けられていた。
『領域:この領域内ではあらゆる射撃武器が強制的にロックされる。また、この領域に対してAdjusterは射撃を行わず、領域内では移動速度が半減する。』
飛鳥「領域…ねぇ。時刻が時刻だし、確かに休むならここが丁度良いけれど…」
飛鳥の言葉で思い出したように携帯電話の時刻を確認すると、確かに日付が変わるまで数時間を切っていた。
建一「問題なさそうに見えるけど、なにかマズい事でもあるのか?」
飛鳥「えっと…あの赤髪の男、名前は…」
光弐「天真邦和な」
飛鳥「そう、その天真って奴に目をつけられたら簡単には反撃できないでしょう?」
確かに領域の中でこそ射撃武器はロックされるが、外からの攻撃は許してしまう。
確かに天真のような奴に目をつけられたら、ただでは済まないだろう。
建一「パッと見じゃあ安全地帯にしか見えないのに、一瞬で気付くなんで凄いな」
飛鳥「まぁ……ね、これと似たような映画を見た事があるせいかしら」
実際、映画というのは嘘で飛鳥自身が10年前に経験したゲームの話なのだが、建一達にそれを知る術は無い。
光弐「それよか風呂っぽいのがあるけど、先に入ってもいいかな? 俺、誘拐されたのが徹夜帰りの所でさ、昨日風呂入ってねぇんだよ」
領域内にある銭湯のマークがついたプレートを見るなり、光弐はそれを指差した。
他にも料理室や仮眠室などの休憩にもってこいの部屋が密集しており、先刻飛鳥が述べたリスクを考慮しても立ち寄るべきだった。
建一「お前が言うと何か裏があるような気がして仕方がないな」
光弐「まぁまぁ」
光弐は建一に向かって近くに来るよう合図をして、小さな声で囁き始める。
光弐「邪魔者がいたら出来る話もできないだろう。俺は見張りも兼ねてぶらぶら時間潰すから、濡れ場に入っても大丈夫だぞ?」
建一「おまっ――!?」
建一が驚くのと同時、光弐は一目散に風呂場に向かって逃げていった。
建一「(に、逃げ足の早い奴めっ!)」
飛鳥「…渡に何かされたの?」
建一「うっ…い、いや……なんでも……」
光弐の言葉を少なからず意識してしまい、建一は飛鳥を直視できない。
飛鳥「あの…」
建一「な、なんだ…?」
飛鳥「赤羽は……私が逃げた理由に納得してないって、言ったわよね」
それは、建一が強引に聞くのではなく飛鳥から切り出すのを待っていた話。
建一「場所、変えようか」
飛鳥「…えぇ」
◆◆◆◆◆◆◆◆
建一にはああ言ったものの、俺は自分の選択が正しかったのか自信が無い。
光弐「ふぅ、一番奥手なのは……俺なのかもな」
ポケットから、飛鳥を助けた時に拾った古びた用紙を取り出す。
『以下に記された条件を満たせ。
赤羽裕武:規定時間内に殺害が条件に入った人物を殺害せよ』
何度確認しても、そこに綴られた名前が変わる事はない。
建一と同じ『赤羽』、話によると彼の父は10年前に亡くなったのだという。
これを偶然とは思えない、裕武という名前は建一の父親だと考えざるを得なかった。
光弐「俺に勇気があれば、飛鳥に直接尋ねるんだけどな…」
この用紙について訪ねて、これはお前の物なのかと聞けばいいだけだ。
…ただそれだけの事が、出来ない。
本当にこれが飛鳥の所有物だったとすると、彼女はそれを俺達に隠そうとしている事になる。
それをわざわざ掘り返す事で、折角心を開きかけている飛鳥と俺達との間に大きな亀裂を作ってしまう。
そんなのは御免だった。
光弐「あ~、止めだ止め! 確信を得られるまでは隠しておくんだ、おk? 渡光弐」
用紙をポケットに戻して、服ごと脱衣場の籠に放り込む。
光弐「とりあえず、ひとっ風呂入って心も身体もリフレッシュだ」
建一と飛鳥の間に存在するかもしれない"関係性"、それに対して光弐はただの部外者。
だからこそ、彼は自分に出来る事の少なさに一人悩んでいた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
飛鳥の要望で、建一達は背を向けた形でお互いベットの反対側に腰掛けている。
話しにくい内容なのだろうと、建一は飛鳥が話し始めるのを何も言わずに待っている。
飛鳥は一度深呼吸をして、話を始めた。
飛鳥「私はね、前にもこんな風に誘拐された事があるのよ」
建一「…!?」
いきなり驚かされたが、よく考えてみると最初から常に冷静だった事にもこれで納得がいく。
飛鳥「あの時はまだ子供だったから……誰も助けに来ない、守ってくれない、自分でどうにかするしかない。それだけで心が折れそうだった」
大人でも誘拐されて命が脅かされれば多少の恐怖はあるだろうし、それは幼い飛鳥の心を酷く掻き乱したに違い無い。
飛鳥「私には誰か一人を殺せば帰れるという条件が当て嵌められたけれど、いざ目の前に相手が現れても……何もできずに痛めつけられて、それで……」
飛鳥はその先を語ろうとはしなかったが、言葉にもしたくないような目にあった事は察しがついた。
飛鳥「そんな事があったから、その次に出会った人を信用するなんて出来なかった。『君に協力させてくれ』って言ってくれて、心強くて、頼もしかった……筈なのに」
嬉しさ苦しさが混じった、複雑な表情を浮かべる飛鳥。
飛鳥「……その人もまた、私を殺せば帰れる条件だったから。私は素直にその言葉を受け取る事ができなかった」
人の心に眠る恐怖の感情を刺激して、醜い殺し合いをさせる。
一人一人に条件が当てられている分、今の自分達の境遇より余計にたちが悪い。
飛鳥「それから先の事は……まだ、話せない。けれどこれだけは言わせて。私は恐かった、裏切りが、死が…!」
建一「(そうか、それで飛鳥は…)」
目の前で行われた天真邦和の"裏切り"に昔の記憶が蘇り、俺にもいつか裏切られるのではと逃げ出したのか。
飛鳥「ごめんなさい、これに同情して許してくれとは言わないわ。ただ、これを話す事で、私がもう赤羽を疑っていないという証明がしたかったの…」
建一「…そうか」
飛鳥「案外、何も言わないのね」
建一「何か言って欲しい事でもあるのか?」
そう建一が聞き帰すと、クスッと飛鳥は笑みを溢す。
飛鳥「私が要望した事を赤羽が復唱しても意味ないでしょう、ふふっ」
建一「じゃあ、話してくれて有り難う……かな」
飛鳥「赤羽だって、私に両親の事を教えてくれたじゃない。おあいこよ」
建一「はは、そうだった……な」
背後から、ぼふっという音が聞こえる。
何が起きたのかわからずに振り返ると、赤羽が布団に倒れていた。
飛鳥「あ、赤羽っ…!?」
建一「――」
どうやら寝ているだけのようだ、疲れが溜まっていたのだろうか。
その無防備な寝顔を見て、思わず息を飲んだ。
飛鳥「……」
飛鳥「…………」
飛鳥「……け、けんい……ち」
折角だから赤羽を名前で呼んでみるが、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
飛鳥「(ひ、卑怯者っ。何をやっているのよ、私は…)」
好きだと確信した人が隣で寝ているだけで、どうも平常心が保てない。
その寝顔に誘われるように、右手の指先で赤羽の頬に触れた。
建一「……さ…ん」
飛鳥「っ!」
ハッと我に帰って慌てて手を離す。
建一「……お父…さ……おかぁ………っ」
飛鳥「――あ」
赤羽の閉じられた瞼の端から、一滴の涙が頬を伝う。
飛鳥「(頬に触れられて、両親の温もりを思い出してしまったのかしら…)」
赤羽には初川観崎という支えがある、それに比べて私には彼と結ばれる資格なんて無い。
建一「う……うぅ…ッ」
赤羽がうなされているのを見て、せめて手を握ってあげるくらいなら……と、奮える手を握ろうとする。
建一「―――」
ピクリ、と私の手が止まる。
飛鳥「……え?」
―――コロシテヤル
聞き間違いだと思いたかったが、赤羽が発したその言葉が脳裏に焼き付いて離れない。
飛鳥「あ、あぁ……ぅ」
気が付くと、私の身体まで奮え始めていた。
飛鳥「わ、わた…し…」
――こんなに近いのに
――こんなに好きなのに
私には彼を求める事も触れる事も許されない、私自身が私に嵌めた枷。
飛鳥「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい…」
うなされている赤羽の傍らで、届く事のない謝罪を続ける。
まだ赤羽の左手には、茶色に変色した血にまみれた私のハンカチが巻き付けられている。
特に思い入れのあるハンカチでもないし、感慨を抱くようなものでもない。
それなのに……
そのハンカチを赤羽に巻いてあげた事が、遥か遠い昔の思い出のような気がしていた。




