EP2-021:記憶の破片
元々は飾物のひとつも無い殺風景な通路に、アジャスターの残骸が大量に横たわっていた。
頭部に風穴を開けた物もあれば、首のコードを切断された物、無数の弾痕を刻んで数の暴力で破壊された物もある。
その散らばった残骸は屍の山のようで、戦場としての景色を彩らせていた。
銀河「残りは、4機か」
アジャスターの機数を確認する銀河。
並外れた戦力の銀河でも、十数機のアジャスターに正面から挑むのは無謀。
そこで彼は、物影から頭部を狙い撃ち、時には妥協して乱射し、突貫を許した機体は引き付けて首を裂いた。
地道な作業だったが、なんとか残り4機になるまで破壊を続けて現在に至る。
銀河「(なるべく早く済ませたい。4機なら……ここで仕掛けるか)」
アジャスター達の正面へと身を投げ出す銀河。
一見無謀に見える行為だが、近接ではブレードを優先して使うアジャスターに対しては、距離を積めるのも選択肢のひとつだった。
銀河「決まりきった行動、それさえ覚えてしまえば……ただの鉄屑か」
アジャスターの行動プログラムが射撃から近接に移行される刹那に、銀河は首のコードを引き裂いた。
切断されたコードからは鮮血の代わりに小さな火花が吹き出し、また1機のアジャスターが床に倒れて沈黙する。
銀河「後、3機」
それと同時に残りのアジャスター達は銀河に射撃を始めるが、今まで十数機の放つ銃弾を凌いでいた銀河からしてみれば、ゴム鉄砲程の驚異も無かった。
いくら正確に銀河に狙いを定めているとはいえ、そのトリガーを引く速度は人間のそれと大差ない。
銃弾の雨を掻い潜りながら銀河はアジャスターのうちの1機に接近し、先刻と同じ容量でナイフで首を引き裂く。
銀河「後、2機」
距離を縮めた事で、片方のアジャスターがブレードを振り上げて近接戦闘を仕掛けて来る。
目の前で沈黙させたアジャスターの残骸からリーチの長いブレードを拾い上げ、そのまま頭部のガラス部分に勢いをつけて突き刺す。
ガラスが割れる音と共にアジャスターが動かなくなり、ブレードが突き刺さった哀れな姿のまま倒れる。
銀河「後、1機」
残った最後のアジャスターは銃を構えているが、銀河にとってはもう勝利が確定したようなものだった。
銀河「(…こんなものか)」
気分が沈むのは、俺は心の片隅で鉄屑共に期待していたからだろうか。
『死ぬかもしれない』と思えるような死闘が出来れば、何かを思い出せるかもしれない……そんな淡い期待。
しかし、やはり期待は期待止まりだった。
こいつを破壊して、一刻も早くあの黒髪の少年を追う事にしよう。
銀河「時間の無駄…だ…ッ!?」
ライフルを拾い上げて最後の1機を仕留めようとした瞬間、俺は強烈な目眩に襲われてる。
自分が立っているのか膝を付いているのかさえ分からず、構えた銃の向きが定まらない。
銀河「(くそ、もたついていれば相手が鉄屑だろうと射殺されてしまうというのに)」
身の危険を感じて出鱈目に銃弾を放つが、アジャスターの装甲に弾かれた音だけが返ってくる。
…その瞬間、俺は死を覚悟していた。
まる「銀河さんっ!」
――バンッ!
ほぼ同時に、珠田の声と銃声が聞こえた。
それはアジャスターが放ったものだったのか、それとも……。
歪んだ視界と全身の感覚が消失していく中、何者かが俺に触れた温もりを感じた気がした。
………
……
…
病室、真っ白な部屋と窓から差す日の光。
ベッドに寝たきりの少年と、その少年を見下ろす2つの人影。
1人は女性で、もう1人は男性。
「ごめんなさい、これは私の我儘が生んだ結果…」
「…謝るなよ。俺だって心の何処かで、その我儘に加担してたんだ」
少年を見下ろす2人は深刻そうな表情で会話している。
頬を撫でられた少年の虚ろな瞳が、ゆっくりと2人に向けられる。
「…誰」
少年が問い掛けると、2人の表情が揺らぐ。
「貴方は銀河、柳原銀河。私達は、貴方の…
……"主"よ」
その女性は目を伏せて辛そうな表情で呟くが、少年はそれに気付いてはいない。
銀河「なら僕は、"主"に従わないといけないね。何をすればいい? 分からない。知りたい事が、沢山あるんだ」
「っ…!」
堪えきれなくなったのか、男性が顔を手で覆い隠しながら病室から出て行く。
「そう……ね。今や私達よりも貴方のほうが、抗う為の手段としては相応しいでしょうから……」
女性は一冊のノートを取り出して、少年に渡した。
――ザッ、ザザッ!
夢の風景にノイズが差し掛かり、一瞬でその風景が別のものへと変わる。
場所は飛行機の中、銀河の姿は成長した青年になっていて、かなりの月日が流れた事が伺える。
奇妙な事に、飛行機の客室には銀河以外に1人の男性がいるだけで他に人の姿は見当たらない。
「……ふぅん、来たんだ」
銀河「……」
男性は銀河の姿を見ると、納得したかのように座席の1つに腰を下ろす。
「意外だね、わざわざこんな所まで追って来るなんて。俺を追うよりも、"彼等"を止めるべきなんじゃないかな?」
銀河「…だから居場所を聞きに来た、それだけだ」
その瞳には、今現在の銀河には無い明確な感情の灯火。
激しい怒りと、憎悪。
「わざわざ俺の所にまで来なくとも、直ぐに分かるというのに」
銀河「…どうかな」
確信に満ち溢れた表情で、銀河は男性を睨む。
銀河「10の屍と、10の悪魔。その11人目……と言えば口を割るか」
「…ふふっ、はははは! へぇ、そんな事まで知っているのか。これは少し、柳原の血筋を舐め過ぎていたかな?」
余裕ぶっていた男性の表情が一変、口の端を吊り上げて笑い出す。
銀河「吐け。あいつは、何処に居る!?」
「知ってどうするのかな。まさか、彼を殺すだなんて馬鹿げた理想を語ったりはしないよねぇ?」
銀河「うるさい」
「まぁ、君の方から現れてくれたのは俺としても好都合だ。腕ずくで聞いてみればいいよ、やれるものならね」
銀河「元より、そのつもりだ!」
大柄のナイフを手に銀河は男性に向かって駆けてゆく、反撃される事も想定した隙の無い突貫。
……しかし
「そんなじゃ駄目だ。駄目駄目だ」
男性の声と共に、銀河の認識出来ない速さと角度で後頭部に鈍器が振り下ろされていた。
銀河「ぐっ!?」
「『人並外れた』程度の強さで渡り合えると思っていたのかい? 俺達の住まう闇の巣窟では、君程度の強さなんて当たり前なんだよ」
靄に包まれていく意識の中、心は悔しさと絶望に侵食されていく。
憎い、この手で息の根を止めてやりたいとさえ思う程に。
何もかも奪われて、何ひとつ取り戻せず。
俺は、俺は――!!
「………ん!」
うるさい。
「………さん!」
黙れ。
殺してやるんだ、お前達の存在など誰一人望みやしない。
「………が…さん!」
しつこい、耳障りだ。
終わらせてやる、全部!
まる「やめてください、銀河さんっ!!」
銀河「!?」
気が付くと、恐怖に震える珠田の顔が目の前にあった。
先刻までの飛行機や男性の姿は見当たらず、周囲には俺が破壊したアジャスターの山が散らばっている。
まる「こ、恐いです…よ」
震える珠田の首に、ブレードが突き付けられている。
…いったい、何故?
その刃物を握っているのは、他でもない俺自身だった。
銀河「…っ」
訳が分からないまま、珠田の首を傷付けぬようにブレードを床に捨てた。
珠田はぺたんと床に座り込み、啜り泣き始めた。
まる「うっ…ううっ」
銀河「(どうして、俺はこんな…)」
自らの両手を眺めても、答えは分からない。
意識が先刻のビジョンに支配されている間、俺の身体が勝手に珠田を殺そうとしたとでもいうのか。
まる「うぅ……ぐすっ」
銀河「泣いているのか…」
これは、俺の責任か。
俺自身の意思で珠田にブレードを向けつもりなど無いが、それでも……
銀河「…すまない」
珠田にとっては、他でもない"俺"に殺されかけた事実に変わりはないだろう。
銀河「恐怖を感じたのなら、逃げればいい。お前にはその権利がある」
珠田は涙を袖で拭いて、床に座り込んだまま俺を見上げる。
まる「ぐすっ…銀河さんは悪くない…です」
銀河「…なに?」
まる「あんなのは、銀河さんじゃないです。だから、"銀河さん"は悪くないです」
銀河「俺じゃ…ない?」
確かに、俺という自我がもたらした行動でない事は確かだろう。
…しかし、それを他人でも理解出来る程に別人のようだったのか、俺は。
まる「それに、まるがいなかったら今頃銀河さんは死んじゃってますよ」
銀河「俺が気を失う直前の銃声、やはり最後のアジャスターは珠田が破壊したのか」
確かにそこらじゅうにライフルは散らばっていたが、この幼い身体でよく扱えたものだ。
偶然かどうかは、直接目にしていないだけになんとも言えない。
まる「そーですとも! 銀河さんには、まるが必要なのかもです!」
銀河「何故だ……何故、俺に付き纏う。無意識にお前を殺そうとするような奴を」
まる「一緒に居たいからじゃ、駄目なんですか。さっきは確かに恐かったですけど、1人になるのだって恐いんですよ?」
それでも俺は、珠田の答に納得できなかった。
いつ豹変するとも知れない相手の側に居る選択に、何の利益があるんだ。
銀河「…理解できないな」
いつものように、銀河はそっぽを向いてポツリと呟いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
楓がその場所に戻ると、四方八方に散った血液だけが残されていた。
逃げ惑う最中に「死体の回収を行う」という内容の警報音が聞こえていたため、身体が残されていない理由も理解している。
楓「か、可憐…さ――」
もう楓の心は、壊れる寸前だった。
死の恐怖さえ消え失せ、それ以上の悲しみと憎悪が心を支配する。
楓「なんで……可憐さん、どうして居なくなっちゃうの」
カラカラに渇ききった、魂の抜け殻のような声で呟く。
純粋でマイペースな彼女に救われて、この人と一緒に生きて帰るんだと意気込んでいた。
楓「どう……して……」
白鷺可憐は死んだ、私はそれを受け入れられずにいる。
楓「可憐さん、私……生きてるよ。ねぇ……」
そっと、彼女の温もりを求めて血溜まりを指先でなぞる。
…とても、冷たかった。
楓「可憐さん……私、悔しいよ」
まるで、それが可憐さんであるかのように指先に絡みついた血に語りかける。
楓「……憎い、きっと可憐さんもあの男の事が憎いんでしょ。…殺してやりたいんでしょ?」
冷たく赤い液体は、何も答えない。
指先に絡まった鮮血がなんだか勿体無く感じて、私はそれを舐めとる。
楓「大丈夫、後は私がやってあげるから」
口の中に広がる鉄のような味が、不思議と美味しいような気がした。
楓「…ちゅぷ。ふっ、ふふふ…!」
他人の血を舐めながら、楓が心の底から笑い始める。
まるで可憐の魂が楓の身体に染み渡っていくかのように、その瞳に復讐の炎が灯ってゆく。
楓「これで、可憐さんと"一緒"……2人で、あの男に復讐ができるね?」
自身を恐怖から救ってくれた恩人の死、その復讐を決めた楓の精神は、もう後戻りが出来ない程に狂っていた。
楓「あっ、そうだ! あの男を殺したら、他にも復讐してやりたい奴が沢山居るの。殺して、殺して……きっと楽しいよ? フフッ、フフフフ……!」
あたかも可憐が自分の中で生きているかのように呟きながら、楓は血溜まりの中で立ち上がる。
楓「フフッ、ハハハッ…! 殺してやる。憎い奴等全てを、"私達"が殺してやるわ! ……キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
鮮血で彩られた廊下の中央で、楓は自らが涙を流している事にも気付かないまま、狂ったように笑い続けていた。




