EP2-018:決死逃走劇
いくら若くて体力が有り余っている思春期とはいえ、人間が走り続けるのには限度というものがある。
それに対して機械であるアジャスターは、電力消費はあるだろうがスタミナ切れは無い。
時間の経過と共に不利になっていくのは明らかだった。
建一「(1機でも苦戦したのに、あんなに沢山…逃げ切れるか?)」
地図を確認しながら現在地を見失わないように階段を目指しているが、アジャスターが上の階まで追ってくるのか分からないのが痛い。
光弐「あー、俺なんとかできるかもわかんね」
建一「絶対嘘だ」
光弐「話を聞く前から否定しないで!?」
建一「それで、どうするんだよ」
すると、光弐は小さな電子機器を取り出してチラチラと俺に見せる。
光弐「これこれ、これだよ。確かメモがこの辺に…」
『封鎖壁:発動地点から1番近くに存在する封鎖壁を下降、または上昇させる事が出来る。封鎖壁の種類は場所により異なる。
ステータス消費:30』
その説明書きを見て、建一は呆れ顔でため息をついた。
建一「そういうの、あるならもっと早くに話してくれよ…」
光弐「こういう土壇場で『いや、まだ方法はある!』とか言う、この俺渡光弐。恰好良いとは思わんかね」
建一「確信犯はアウトだろ」
光弐「て訳で、行くぜ。スイッチ・オーン!」
だが、何も起きない。
光弐「あ…れ?」
◆◆◆◆◆◆◆◆
こんなに清々しい気分になるのはいつ以来だろう。
私はもう復讐や罰に恐怖したり、見えない何かから逃げ続けたりしなくていいんだ。
あとは、この赤髪の男が私を裁いてくれるのを待つだけ。
邦和「ふっ…フハハッ、フハハハハハハハッ!! 何を言うかと思えば『殺して下さい』だと? こいつは拍子抜けだな、小娘」
私に"死"という罰を与えてくれる断罪者が何かを言っている。
飛鳥「(伝える事は伝えた。無駄話なんていらないから、早くして頂戴…)」
邦和「…チッ、目が逝ってやがるな。安心しろ、言われずともお前には犠牲になって貰うつもりだった」
飛鳥の反応を見てつまらなさそうに舌打ちをした邦和は、倉庫の1つに向かって歩き出し、首で飛鳥について来るように催促する。
拒絶する事なく、フラフラと意思を持たない人形のように飛鳥は歩き出す。
飛鳥「(どうせなら、死ぬ前にもう1度…日の光を浴びてみたかった)」
贅沢よね、人殺しの私にはそんな事を願う権利なんて無い。
邦和「ここだ」
携帯の画面と倉庫を見比べている邦和、その携帯には以前の階で手に入れたのであろうイービルフロアの地図があった。
倉庫の扉を開け、その裏に書かれている開錠条件を確認する邦和。
邦和「自分がどうやって死ぬのか、よく見ておくんだな」
邦和に続いて倉庫の中に足を踏み入れた飛鳥は、扉の裏側に記された条件を流し見た。
『改造電気椅子:生きた状態の人間を座席に固定する事で作動。電流は時間の経過に比例して出力が上昇し、対象者が死亡するまで継続する。作動した地点で開錠条件は満たされ、作動後計5分以上の介入が確認された場合、この倉庫は爆破される』
飛鳥「(へぇ、より死を実感できるように、じわじわと殺してくれるって訳…)」
私の望む"罰"という単語がピッタリ当てはまるような機械の存在に、恐怖どころか有難みを感じる。
邦和「座れ」
男に言われるがままに、私は座席に腰掛けた。
邦和「ったく、納得できねぇな。…お前、人を殺した事があるだろう」
飛鳥「…っ」
邦和「その程度の事は目ぇ見りゃ分かるんだよ。一度はその手を血に染めておいて、何故足掻かない」
飛鳥「無駄話は止めて」
男の人に向けて呟いた声は、自分の発した言葉とは思えない無気力さだった。
邦和「そう急く必要は無い、俺はお前のような弱い小娘に興味など無いからな。何を心配する事も無いだろう」
男の言わんとしている事は分かる。
無抵抗な年頃の少女と、法の届かない地下施設。
そんな状況で、邪な考えを抱く男も多くいるのだろう。
飛鳥「(どうせ死ぬのだから、何をされても構わない……いらぬ心配よ)」
邦和「殺す前から死んだようなツラしやがって、面白くねぇ奴だ」
そう口にしながら、邦和はひとつひとつ拘束具を飛鳥に取り付けてゆく。
首、腹部、両腕、両足にそれぞれ拘束具を固定すると、邦和はまるで玩具で遊んでいる子供のように、心の底から溢れ出た笑みを浮かべていた。
邦和「発動完了っと。ククッ……いくら死人のような小娘だろうと、死に間際にはさぞ美しい表情をするんだろうな。直接拝めないのが残念だよ、本当に」
パリッ、と早くも微弱な電流が走り始める。
飛鳥「くっ…」
邦和「あばよ、これはお前が望んだ事でもある。ゆっくり楽しむといい」
その言葉を最後に、邦和は倉庫の扉から姿を消した。
飛鳥「(始まった。私の償い、与えられる罰)」
心臓の鼓動が激しくなる、それは微かに残った死への抵抗。
パリッ、パリッと徐々に電流の出力が上がり始める。
飛鳥「(赤羽。貴方は…幸せになりなさい)」
罪を犯した分、私は不幸になり。
今まで辛い思いをして来た分、赤羽は幸せにならなければならない。
それが、世界のあるべき姿というものだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
飛鳥の死のカウントダウトが始まっている事など知らずに、建一達はアジャスターの大軍からの逃走を続けていた。
建一「何も起きないぞ」
光弐「おっかしーな、もしかしてステータスとかいうのが足りてないのか?」
陽気に話す光弐からは緊張感が全く感じられない。
建一「ステータスねぇ、人として光弐のステータスは低いって事か」
光弐「いや違うだろ!? こういうのはバッサバッサと雑魚を蹴散らしてレベルアップを…」
雑魚を蹴散らして…
蹴散らして…
建一「…意外と、それなんじゃないのか?」
光弐「ステータスじゃなくてEXPだったら一瞬で分かったのにな」
確かに俺達はアジャスターと殆ど闘っていない。
俺が破壊したのも、飛鳥を守った時の1機だけだった。
光弐「壊すか…」
そう言って光弐が取り出したのは、1丁のハンドガン。
建一「なんでそんなに用意周到なんだよ」
光弐「土壇場で新アイテムを取り出すこの俺、渡光弐。実にイケイケだろ?」
建一「だから確信犯はアウトだろ…」
光弐は慣れない手つきて銃を弄り出し、途中で首を傾げる。
建一「どうした」
光弐「あ、いや…なんだろう。銃なんて学生の時にダチのモデルガン触った事があるくらいなのに、慣れた感じがするというか」
"学生の時に"という単語に違和感を感じつつも、俺はもう片方の話題に着目した。
そういえば俺も、最初にアジャスターと闘った時にこのブレードがやけに手に馴染んだな。
あれと似たような物だろうか?
光弐「射出!」
奇妙な掛け声と共に光弐が放った銃弾は、一直線にアジャスターに飛んでゆき、腹部のアーマーらしきものに弾かれた。
建一「カッコつけて変なポーズするから、逆にカッコ悪くなるんだ」
光弐「…いや、うん。自覚もあるし反省してる」
そんな会話をしている間に、今度はアジャスター側が発砲してくる。
アジャスターが銃を構える予備動作は目に見えていたので、光弐の首根っこを掴かんで脇道に入った。
光弐「あ、危ねっ!?」
建一「そのステータス云々、試すなら早くしてくれ!」
光弐「わ、分かった!」
ようやく光弐にも焦りが出てきたのか、今度は真面目に両腕で銃を構え、一度立ち止まってから引き金を引く。
光弐「ダイナミック光弐シュウウウゥゥゥト!!」
建一「黙って撃てんのかお前は!?」
ふざけた掛け声と共に、今度はちゃんと頭部のセンサーを打ち抜いた。
やはり、光弐の"慣れた感じがする"というのは感覚だけの問題では無いらしい。
光弐「これで使えんだろ。スイッチ・オン!」
光弐が再び、あの電子機器のスイッチを押す。
しかし、何も起きない。
光弐「俺にリミットブレイクさせてくれよちくしょおおお!!」
建一「くっそ、ここはもうアジャスターが上の階まで追って来ない事を願うしかない!」
一応、次の階に進む為の扉までもうすぐだ。
開錠されているかは分からないが、確かめない事には始まらない。
光弐「面目ない、ガチで役に立てんかった」
建一「いや、仕方ないだろうあれは」
地図を凝視して、もう1度階段の位置を確認する…間違いない。
…あった、あの扉だ!
建一「死に物狂いで走るぞ!」
光弐「おうともよ!」
アジャスターとの距離は最初に比べて縮んではいるが、まだある程度は離れている。
扉を開ける余裕くらいはあるだろう。
そんな事を思案しているうちに、ようやくB5Fへの扉の前に到着する。
光弐「なんとか追い付かれる前に着けたな…!」
建一「幸運にも扉は開いてるみたいだな、飛び込めっ…!」
◆◆◆◆◆◆◆◆
アジャスターの大軍に追われながら、扉の中に消えていった建一達を見つめる2つの影があった。
銀河「あの黒髪の少年、何処かで見たような……興味がある」
まる「で、でもでも…あの扉の前にはアジャスターがうじゃうじゃ沸いてますよ?」
珠田の言う通り、その少年が消えた扉の前には十数機のアジャスターがわらわらと停滞している。
銀河「邪魔なものは潰すだけだ、珠田は適当に隠れていろ」
まる「さーいえすさー!」
珠田は言われた通りに空き部屋の扉を開けて、その影に身を潜める。
銀河「(何かを掴みかけているんだ。あんな鉄屑の群に足止めされてなるものか)」
こちらの武器はコマンドマン破壊時に使い辛うじて数発の弾丸が残ったライフルと、ナイフのみ、適当にアジャスターを破壊してライフルを奪えれば全機沈黙させる事も難しくはない。
銀河「奪えれば? …違うな」
必ず奪い、退けてみせる。
あの少年が、俺の記憶に繋がっているように感じるから。
◆◆◆◆◆◆◆◆
扉の中に逃げ込み、アジャスターが追って来ない事を確認するなり、俺と光弐はその場に座り込んだ。
光弐「つ、疲れた…もう走れん」
建一「あぁ、ここを登ったらしばらく休憩しよう…」
今更だが、もしこの扉が閉まっていたら俺達はどうなっていたのだろうか。
アジャスターが扉を通過する事が出来る可能性についても同じ事が言える。
建一「(まぁ、運要素もあったとはいえ、俺達は生きている。今は、それでいいか。………ん?)」
階段に腰かけていた建一は急に立ち上がり、階段の上の方を見上げる。
光弐「…どうかしたか?」
建一「今、上の階から何か聞こえなかったか?」
光弐「どうだろう。さっきから扉にガツガツとアジャスターがぶつかる音はしてるけど」
建一「……」
嫌な予感がする。
気のせいかもしれないが、それは確かに聞き覚えのあるような……。
建一「俺、ちょっと見てくるよ。何も無かったら迎えに戻って来るから」
光弐「あいよ」
さっきまでずっと走っていたからか、階段を登る1歩1歩がやけに重たく感じる。
同時に嫌な予感も徐々に膨れ上がってゆき、階段を登り切るのと同時に予感は確信に変わった。
「…ぁ……ぁああ…!」
建一「…!」
扉越しでよく聞き取れないが、それは確かに誰かが呻いているような声だった。
何が起きているのかは分からないが、今は手遅れでない事を願い、B5Fに足を踏み入れるしか無かった。




