EP2-017:苦しみの棘
まるで迷路のように広がる廻廊と、その中で一際目立つ「資料室」と綴られたプレート。
その中から姿を表した光弐は、残念そうな表情をして俯く。
建一「…ここもハズレか」
つまりは、そういう事だった。
俺と光弐は「とりあえず地図が無ければ始まらない」と考えて、極力資料室を捜しているのだが、これが中々見つからない。
光弐「…ハズレがハズレた!」
建一「……」
…訂正、どうやら無事に地図を見つける事ができたようです。
光弐「無反応、だと…」
建一「それで、今どの辺なんだ?」
こういう面倒臭そうな話はスルーに限るというのは、観崎との長年の付き合いで覚えた。
故に、俺は光弐のネタ振りを無視して話を続る。
光弐「無反応…」
建一「で、今どの辺?」
しつこくてもスルー、この手の人物は調子に乗らせてはいけない。
光弐「無h…」
建一「じゃあいいよ、自分で見てくるし」
資料室の扉は、中に人が入っている時には外から開ける事が出来ない仕組みになっている。
つまり、だ。
この鬱陶しい会話を振られる事もなく、落ち着いて階段までの移動ルートを決める事が出来る訳だ。
光弐「MA☆TTE! 何故にスルーなんだよぉ!?」
建一「面白くないからに決まってるだろ!」
バタン、と建一は勢いよく資料室の扉を閉める。
廊下に残されて光弐は1人、何も無い天井を見上げていた。
光弐「………」
光弐「……」
光弐「…」
光弐「ブワッ(;ω;`)」
◆◆◆◆◆◆◆◆
アジャスターが転倒し、ガシャンという音が通路に反響する。
由乃「はぁっ…はぁっ…!」
観崎と別れてからも、由乃は逃走を続けながら少しでもアジャスターの数を減らそうと、背後に向かって銃弾を放ち続けていた。
しかし、射撃技術は優れていても持久力の無い由乃の足には疲労が蓄積され続けている。
そして再び背後に銃口を向けた途端、由乃は足をもつれさせて転倒してしまった。
由乃「きゃっ!?」
距離を離しているからこそすぐには攻撃されないものの、このままではアジャスターの大軍が確実に由乃の命を奪うだろう。
由乃「逃げないと……痛ッ!?」
転倒時に軽く捻ってしまったのか、右の足首が痛み上手く立ち上がれない。
由乃「い、嫌……」
あんな機械に殺されるなんて絶対に嫌だ、私はまだ死にたくない。
まだ何も守れていない、私はこのまま終わる訳にはいかない。
由乃「……助け、て」
孤独だった私の心を救ってくれた、あの日、あの時のように。
また"あの子"が助けてくれるのではないか、そんなあり得ない淡い期待を抱く。
それは相変わらず私の心は弱いままで『明確な"力"というモノに頼っているだけ』という、師に指摘されてしまった事が真実である証だった。
由乃「(駄目ですよね。…こんなの)」
強くなりないなんて言っておきながら、そのきっかけを作ってくれた子に助けて欲しいだなんて、ただの我儘だ。
由乃「(先に助けを求められたのは、私の方じゃなかったっけ…)」
今から数秒もしないうちに、私はアジャスター達の放つ銃弾に撃ち抜かれて死ぬ事になるのだろう。
何か策は無いか、そう必死で考えている間にもアジャスターの機動音が"遠ざかっていく"。
……遠ざかっていく?
由乃「えっ、ええっ…!?」
流石に驚きを隠せなかった。
確かにあのアジャスター達は、私というターゲットを得ていた筈なのに……一体なにがどうなっているのだろう。
由乃「"あの子"が、助けてくれたんでしょうか…」
実際、そんな事は有り得ないだろう。
けれど今の私は、例え有り得ないのだとしても、その可能性をを信じていたかった。
由乃「ここは、何処でしょう…?」
無茶苦茶に逃げてしまったせいで、地図を見てもここが何処なのか見当もつかなくなってくなってしまった。
迷ってしまったものは仕方がない。
周囲を探索してここが地図上でどの位置に当てはまるのかを調べる事から始めよう。
由乃「(私はもう一度初川さんに会って、今度こそ彼女を護ってみせる)」
誰かを護るという事、私が望むのはそれだけ。
本当に、それだけなの…
◆◆◆◆◆◆◆◆
資料室の外から誰かが扉を強く叩いている、間違いなく光弐だろう。
光弐「ちょっ、早く開けてくれ! もう写真は撮ったんだろ!?」
建一「断る」
光弐「ばっかぁッ! 冗談抜きでヤヴァイんだって!」
「ガウッ!ガウッ!」
光弐の声と一緒に、扉越しに犬の吠える声が聞こえてくる。
そういえば、ここに来る前に見つけたハズレの資料室の情報で、こんな獣じみた吠え方をしそうなレプリカを見たような…。
携帯を操作して、その資料室で撮った写真を確認する。
『Beast:発達した嗅覚や聴覚でターゲットを追跡する。ターゲットを確認した場合、頭部の装置からAdjusterを呼び寄せる電波信号を発する。この電波信号を受信したAdjusterはいかなる場合もその電波の発信元に移動する』
扉を開けて確かめると、やはりというべきか…写真と瓜二つのビーストが俺と光弐を睨んで「グルルル…」と唸っていた。
建一「光弐、逃げるぞ」
光弐「それでも男か赤羽建一ィ!?」
建一「じゃあ光弐はあいつ達を食い止めてくれ。俺は逃げる」
光弐「あいつ達……?」
建一が指差した先には、ビーストによって呼び寄せられたアジャスターの大軍が迫っていた。
このビーストが発した信号によって結果的には由乃が救われているのだが、建一達にとってはビーストに捕捉されている限り安息は訪れない。
光弐「俺、男やめるわ」
建一「この状況で逃げ出す奴全てが男じゃなくなったら、人類は滅亡すると思うぞ」
光弐「♂がいないと繁殖できないもんな。ハッ、建一クンのエッチ!」
建一「その口調はやめろ、気持ち悪い!!」
その言葉と共に、建一と光弐はほぼ同時に走り出す。
背後にはアジャスターの大軍、先刻まで追われていた由乃がによって多少は数が減らされているものの、それでも十数機が建一達を捕捉している。
走る速度を緩めたら、死ぬ。
建一「(どうせ死ぬなら飛鳥と話をしてからだ。こんなモヤモヤした気持ちのまま終りだなんて、絶対に認めない。だから、ちゃんと生きていてくれ…)」
緊迫したこの状況で、何故か建一は自分の事以上に飛鳥を心配していた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
次の階層に続く階段、開錠された扉に最初に辿り着いたのは飛鳥だった。
飛鳥「あった…」
手当たり次第に捜す方法では時間がかかると思っていたが、案外簡単に見つける事ができた。
飛鳥「(やっぱり、人の死を強要した条件。赤髪の男はこの為に2人組を殺そうとしたのね)」
その扉はロックされておらず、当たり前のように飛鳥に道を譲った。
飛鳥「あの女の人、やっぱり殺されてしまったのね。志崎は上手く逃げられたのかしら…」
現状、可憐が無駄死にである事実を理解できるのはコマンドマンを破壊した本人である銀河達のみ。
故に飛鳥は、可憐の死によって扉は開錠したのだと考える。
飛鳥「(あれっ、あの女の人が死んだ……という事は)」
カツン、カツンと足音が近付いて来る。
扉を開けるという目的の為だけに人を殺したであろう"彼"が、階段を登る為に扉の前に戻って来る。
考えてみれば当然の事だ。
邦和「…ほう、まさか先客がいるとはな」
可憐の返り血を浴びてより不気味な見てくれになった邦和が、飛鳥の背後に現れた。
飛鳥「(じょ、冗談じゃないわ…!)」
飛鳥は既に半開きにしていた扉の中に跳び込み、一気に階段を駆け登る。
飛鳥「はぁっ、はぁっ、はぁっ…!」
なんだか、デジャヴを感じる。
以前にもこうして重たいライフルを抱えながら、階段を登った事があったっけ。
あれは、そう……赤羽を裏切って逃げ出した時だ。
彼がいてくれたら、この状況も少しはマシになったのだろうか。
飛鳥「はぁっ、はぁっ…!」
早く登り切れ、そうすればまた迷路のような廻廊が姿を現す。
そうすれば、逃げ切るのなんて簡単だ。
階段を登り終え、私はその先にある扉を勢いよく開け放つ。
飛鳥「…え?」
しかし、飛鳥が望んだ光景はそこには無かった。
体育館程の広さを持つ巨大なホールと、そこに並べられた倉庫のような建造物の数々。
今までの廻廊とは全く異なる空間、もはや飛鳥は袋の鼠だった。
飛鳥「…嘘。こんな事、あっていい筈が――」
私は多分、絶望していた。
逃げ場の無いこの空間で、どうやってあの男から逃げ延びればいいのか。
分からない、生き延びる為の活路が見出だせない。
カツン、カツンと悪魔が奏でる足音が迫る。
飛鳥「…っ!」
私が困惑している間に、背後には、あの男が追い付いて来ていた。
邦和「随分と慌てているようだが、知らなかったのか? B5FとB1Fはイービルフロアっつーらしいぞ、逃げ切れると思ったら大間違いだ」
『Evil floor:B5F、B1Fの別名。この2つの階層には開錠条件が複数存在し、それぞれ倉庫の中に記されている。また、倉庫の扉を開くと他の倉庫の扉は全て施錠され使用不能になる。
通過条件という項目が選択された場合、フロア内に条件を満たしていない者が存在する限り開錠されない』
多くの資料室を回った邦和とは違い、飛鳥はその情報を持っていない。
誰かを追跡して資料室を目指す方法のデメリット、それは情報不足だった。
飛鳥「それで、私をどうするつもり…?」
邦和「それは俺の勝手だ、親切に述べてやるつもりはない」
口の端をつり上げ、飛鳥に銃口を向けながら近付いてくる邦和。
飛鳥「それ以上近寄ったら、容赦しないわよ…!」
負けじと飛鳥もライフルを構えて威圧するが…
邦和「…オイオイ、まさかそれで脅してるつもりなのか?」
飛鳥「(なっ…なんで、どうして!?)」
邦和に定められている筈の照準は、飛鳥自らの腕の震えで揺れ続けている。
引き金に触れている人差し指が震え、カタカタと音を立てている。
飛鳥「(どうしたの飛鳥? 貴女はとっくの昔に人殺しなの! 殺した人が1人から2人に増えるだけ、それだけなのよ!?)」
思考で必死に自分に言い聞かせようとしても、身体は言うことを聞かない。
無理もない。
何故なら『人を殺めるとはどういう事か』を、私はもう知っているから。
後悔、恐怖、罪悪感……誰も信じる事が出来なくなり、何もかもが失われてゆく。
そんな経験をした事があるからこそ、更に人として道を踏み外してしまう選択に躊躇している。
けれど、このままだと私は間違い無く死ぬ事になる。
飛鳥「(…あれっ、"それだけ"なんだ)」
その思考に行き着いてしまった途端、私の中で何かが崩れていった。
他人の命を踏み台にして生き延びてからの10年間、私は幸せだっただろうか。
答えは否、私は"罪"と言う名の重荷に苦しみ続けている。
そんな人生に、更なる"罪"を重ねてまで歩み続ける価値があるのだろうか。
飛鳥「(なんだろう。私……もう駄目だ)」
ライフルから手を離すと、心の重荷が軽くなったような気がした。
そのまま全身の力が抜けて私は床に膝をつき、目の前の男の人に頭を下げていた。
飛鳥「私を……て、下さい」
邦和「…は?」
心の中が滅茶苦茶になって、半分無意識で言葉を発していた。
飛鳥「私を……」
きっと"この罪を清算したい"という思いが、私にそう言わせているのだろう。
気が付くと、目尻から涙が頬を伝っていた。
飛鳥「わたしを……ころしてくださ………い」
俯きながら呟く飛鳥のポケットから1枚の紙きれが風に乗り、ひらりと床に舞い落ちる。
その茶けたB5サイズの用紙は、かなり昔のものだと推測できる。
『以下に記された条件を満たせ。
赤羽裕武:規定時間内に殺害が条件に入った人物を殺害せよ。』
2人がその用紙に気付く事はなく、そこにはただ真実の欠片が綴られていた。




