EP1-004:Adjuster
俺達が銃声に近付いているのは、音の質でなんとなく理解していた。
位置感覚が把握出来る程の時間、銃撃が続いているという事実が俺の不安を更に加速させる。
建一「次は、右と左…どっちだ!?」
観崎「みぎゅ、また銃声が聞こえて来るまで分からないよ…」
建一「…くそっ」
意気込んで資料室を飛び出したのは良いが、銃声が聞こえるまで分岐点を進む事が出来ないのは痛い。
タタタンッ
建一「こっちだ!」
観崎「う…うんっ!」
なるべく早く辿り着けるように全力で走っていたので、観崎は少し疲れ始めているようだった。
あまり長く走り続けると、いざ目的の人達を見つけた時には疲れ果ててしまうかもしれない。
気をつけないと…
ズダダダダダダッ
建一「!」
音の質が変わった、どうやら近くまで来ているらしい。
この先のT路地を右に曲がった所、その先から銃声は聞こえてくる。
建一「手遅れになる前に…っ!」
観崎「ま…待って、建一!」
観崎が何かを言おうとしていたが、今はそんな事を気にしている場合では無い。
俺は一気に曲がり角の先に跳び出た。
建一の失態は3つ
1つ目は、誰かが死ぬかもしれないという事実に焦って冷静な判断を行わず、いきなり通路の先に跳び出た事。
2つ目は、相手が銃器を持っているのを理解していながら、自らの武装は観崎から借りたブレードのみだという事。
そして3つ目…
相手が"人間"だと勘違いしていた事。
キィィィィィィン
建一「…!」
こいつは、先刻資料室で見た機械…
Adjuster!?
建一「あ、あんな馬鹿げたものが実在する訳が…」
説明文と何ひとつ違わないアジャスターの後ろ姿に困惑して、本来の目的を忘れそうになる。
―――そ、そうだ!
銃器を持っているのがアジャスターだとして、襲われていた人は何処に…?
冷静になってよく見てみると、アジャスターの数メートル先に俯せになって倒れている人がいる。
…て、手遅れだったのか?
いや、それよりも……
観崎「はぁっ、やっと追い付いた…どうしたの建一っ!?」
建一「っ!」
……この状況
手遅れ云々以前に、俺達の方も危ないんじゃないのか…!?
キィィィィィィン…!
機械音を放ちながら、俺達へと方向転換をするアジャスター。
人間の上半身のような形、鋼色に輝くボディと頭部のガラスの奥に見えるカメラのようなもの。
その右手にはブレード、左手には…
建一「観崎ッ!」
俺は咄嗟に、アジャスターの視界に入りそうになった観崎を突き飛ばした。
◆◆◆◆◆◆◆◆
一足遅れて建一に追い付いたと思った直後、私の身体は建一の手によって突き飛ばされていた。
…どうして?
その理由には心当たりがある。
さっきまで聞こえていた銃声
建一の立っているあの曲がり角の向こうが、その音の出所なんだ……
―――えっ?
じゃあ何、建一は私を庇ったっていうの?
建一の身体は私を突き飛ばしたせいでバランスを崩している。
あの向こうに銃を持っている人がいて建一に銃口を向けられているのだとしたら、逃げられる可能性は皆無。
観崎「あ……」
床に身体が吸い込まれてゆくような感覚の中、無意味だと分かっていながら私は建一に手を伸ばした。
だって、私は…
私には……まだ、約束が…!
◆◆◆◆◆◆◆◆
彼と最初に会ったのは、10年程前だったか。
どんな季節だったのか、どんな場所に居てどんな恰好をしていたのか。
ほとんどが朧げだが、彼と交わした言葉と、まるで死んでいる人のような2つの瞳だけは覚えている。
『私は初川観崎っていうの。 …ねぇ、君の名前はなんていうの?』
そう言葉をかけたのは幼き日の私、けれど彼は答えない。
『ねぇってば』
私は俯く彼の顔を下から覗き込み、再び声をかける。
『…建一』
本当に小さな声で
けれど確かに、彼は答えた。
それが私と建一との出会い、全ての始まり。
………
……
…
その少し後だったか、元々知り合いだった建一のお婆さんである駄菓子屋のキヨ子さんと二人で話をした。
『観崎ちゃんや、建一を見て……どう思うた?』
『えと、寂しそうだった…かな』
『……そう、かい』
お婆さんは少し俯いて、苦しそうな表情で口を開いた。
『建一は、立て続けに両親を亡くしてしまってね』
『えっ…』
『私は…駄目な婆さんだよ。建一を最初に見た時………私はそれが生きているだなんて、信じられなかった……』
悲しそうな声に目を向けると、お婆さんの頬を涙がつたっていた。
『憎い、悲しい…そういった感情は確かにあるはず。それなのに、建一は心を閉ざしてしまって……』
『……』
『分かってしまったんだろうね、私が建一を"息子の形見"だとしか思っていない事に…』
何かを諦めたような眼差し、それを見て理解した。
お婆さんは建一が可哀相で涙を流しているのではなく、素直に建一の事を「可哀相だ」と思う事さえできない自分の非常さに泣いていたのだ。
『どうして、お婆さんは建一君が可哀相だと思わないの…?』
『それは……建一が―――』
――それは現実
苦しみに心を閉ざした建一への追い討ち
――現実という名の絶望
『――ちょっと、子供には荷が重すぎたね。ごめんよ』
『えっ……あ、えっと』
私は、どうすれば良いのだろう。
お婆さんに何を言ってあげれば良いのだろう。
いつか知ってしまうであろう現実、お婆さんに出来なくて一体誰がそこから建一を解き放つというのだろう。
…考えた
考えて考えて、考え抜いた。
そして私が出した結論は――
………
……
…
庭で一人空を見上げる建一を見つけると、私はなるべく明るい表情になるように意識しながら話し掛けた。
『建一君』
『……』
『ねぇ、建一君っ』
『……何?』
二度目でようやく返事をした建一の声は、やはり暗く沈みきっている。
『あの、私……!』
――私が、建一を嫌な事から守ってあげる。
――私が、大切なものを見つけてあげる。
――私が、新しい建一君の日常を作ってあげる。
そう口にすると、ずっと俯いたままだった建一が信じられないものを見るような目で私を見た。
『…どうせ、すぐに飽きる』
『やってみないとわからないよ、だから約束!』
建一の小指に、無理矢理私の小指を絡ませて指切りげんまんを歌った。
『勝手にしろ…』
『うん、じゃあ勝手に約束したからねっ』
笑顔で建一に笑いかけると、彼は少し私を睨んでから顔を背けた。
そんな約束、ちっぽけでとても大きな…
私と建一との、唯一の繋がり。
◆◆◆◆◆◆◆◆
今、目の前で建一に危機が訪れている。
守ると決意した筈なのに…
建一に新しい日常をあげると、約束した筈なのに…
床に倒れながら無意識に伸ばしたは手は、建一から遠ざかるばかり。
建一「―――」
既に諦めてしまったのか、建一の瞳から光が失われてゆく。
…もう、終わりなの?
こんなにもあっさりと終わってしまう物なの?
やっと、建一が形だけでも笑えるようになったのに…
頑張って、ようやくここまで来れたのに…
私は…まだ建一を失いたくないよっ!
ドサッ
観崎「あぐっ!」
永遠にすら感じた時間の流れが終わり、私の身体がようやく床に叩き付けられる。
それは、私達が思い描いた未来が崩れ去る瞬間。
そして…
―――私の"大切なもの"が失われる瞬間
観崎「いっ…嫌ぁぁぁぁああああっ!!」
私の叫びも虚しく、建一の死はすぐそこにまで迫っていた。