EP2-015:涼路灯
邦和と観崎が戦闘を始める、ほんの少し前。
彼……涼路晶人は、邦和のギミック効果で移動中のアジャスターの大群を追っていた。
今までにも何度か襲われ、その度に晶人は武器管理室で手に入れたハンドガンを使って沈黙させていた。
そのためアジャスターが危険だという事は十分に理解していたが、あまりに異常なその数に「何かが起きているのではないか」と気になって仕方がなかったのだ。
晶人「(ん、あれは…?)」
追い続ける事数分、彼は邦和と観崎が対峙している場所に辿り着いた。
邦和「思ったより随分な大軍だったな……軽く20機以上は通ったか? お前等をバラバラに散らして、ついでにアジャスター10機以上の破壊をこなして貰うつもりだったが、これじゃあ翡翠髪の小娘が生きていられるか怪しい」
観崎「…由乃ちゃんは死なないよ、きっと」
晶人「(…こ、これは。何故、こんな事になっている……!?)」
互いに武器を構えて話し合う姿は、直ぐに受け入れられる物では無かった。
そういえば、B7Fの階段には、1人の死亡が確認されている事が必要だとか綴られていたが…。
晶人「私はどうすれば、に…逃げる…か?」
幸い、2人は目の前の相手を警戒しているようで私の存在に気付いてはいないようだ。
私はこんな所で死ぬ訳にはいかない、死んだ妻が残してくれた娘がいるんだ。
……だが、このまま誰かが死ぬのを黙って見過ごして良いのか?
晶人「(けれど、扉の開錠に犠牲が必要なら……むしろあの2人の戦いは私にとっても好都合という事になる)」
あの2人を止めに入って身を危険に曝すような真似は、娘の元に生きて帰る為にもするべきではない。
邦和「…チッ、さっきから何なんだ? 殺されかかってる状況で自分より他人を優先するやら、自分が死んだら誰かに迷惑がかかるやら…死ぬ事そのものへの恐怖ってのが無いのか?」
ふいに聞こえたその言葉が、より一層私をここから遠ざけさせる。
死ぬのが恐くない人間など滅多に居ないだろう、私だってそうだ。
娘の為という理由も間違いではないが、死は恐ろしい。
観崎「死ぬのは恐いよ。でも、それ以上に恐い事があるから…それに比べたら、ね」
少女の言いたい事も、なんとなくだが理解できた。
私だって、妻の死はきっと私自身の死よりも辛く悲しいものだったから。
観崎「沢山の人達を踏み台にして生きてきたっていい貴方には分からないでしょ。自分の命を投げ捨ててでも守ってあげたい、そんな人の存在なんて!」
だから、彼女のその言葉は私の心の深い部分に突き刺さった。
晶人「(…そうだ、私もそうだった)」
命を投げ捨ててでも、私は、私は……!!
………
……
…
「晶人さんっ、いい加減に自分が父親である事を自覚して下さい!」
妻が、俺に向かって声を荒げて怒鳴っていた。
妻の名前は涼路灯という。
この時、妻は買い物に出掛けていて俺は自宅に持ち帰った仕事に集中していた。
しかし仕事に集中するあまり、娘の木蔭が台所で包丁を触って怪我をしてしまうのを未然に防ぐ事ができずに「どうして目を離したのか」と怒られていたのだ。
晶人「いや、本当に悪かったよ。でも俺だって仕事はしないと皆が暮らして行く為の金が手に入らない訳で…」
灯「そんな事はわかってます。でも、それでもし木蔭が取り返しのつかない事になったらどうするんですか…?」
晶人「うっ……そ、それはだな」
真っ先に言い訳を考え始める、俺の悪い癖だ。
それを見透かしてか、灯の眼光はさらに鋭くなる。
灯「そうやって"俺は俺は"って…晶人さんは自分勝手すぎます! 私だったら、自分の命を投げ捨ててでも木蔭を守ります」
晶人「灯…! 流石にそれは……!」
確かに俺は駄目な奴だ、それを自覚しているし直していくつもりだ。
しかし、灯は自分を危険に曝しすぎているような気がする。
木蔭「あの…あのね、木蔭は大丈夫だよ? なんともないよ?」
隣の部屋から、寝ていた筈の木蔭がひょっこり顔を出した。
眠たそうな目で俺と灯を交互に見つめている。
灯「あ、起こしちゃった? …ごめんなさいね」
木蔭の前にしゃがみ込み、笑顔を浮かべる灯。
それを見て安心したのか、木蔭は元いた布団へと帰ってゆく。
灯「えーっと…」
晶人「は、はい…」
灯「私が言いたいのはですね、晶人さんは頑張りすぎって事です。頑張りすぎて、大切なものに目が行き届かなくなってしまったら、本末転倒じゃないですか…」
晶人「…え?」
頑張りすぎ、などと言われたのは初めてだった。
俺は何の取り柄もない駄目な奴だから、せめて家族の為には精一杯やろうとしていただけで……。
けれど灯も、今回の件をきっかけに話してくれたのであって、ずっと前から頑張りすぎだと思わせていたのかもしれない。
灯「ま、まぁ…私は晶人さんのそういう所が好きなんですけど。度が過ぎると困ります…」
晶人「灯、そういう事を言われると…俺もどう返せばいいのか」
灯「え? …あ、いいい今のは忘れて下さい!」
どさくさに紛れて漏らしてしまった本音に、顔を紅潮させてわたわたと慌てふためく灯。
やはり俺は、こんな灯が愛しいって想える。
それと同じくらいに、木蔭の事だって大切だ。
晶人「灯、俺は。いや…私は、お前と木蔭の事が大好きだ。だからお前達を失なわない為だったら、なんだってする。自分を変えてみせる」
灯「晶人さん…」
灯は顔を紅潮させながら目尻に涙を浮かべ……
灯「…はいっ。私も、そんな晶人さんが大好きです」
微笑みながら、もう一度「好き」という言葉を口にした。
そして私と灯は、引き寄せられるように互いの唇を…
木蔭「ちゅーだ!」
合わせようとしたところで、瞬時に距離を取った。
灯「こここ木蔭ッ! あんまり遅くまで起きてたら、お母さん木蔭の弟や妹作ってあげませんよ!」
木蔭「それは嫌ー…」
晶人「私もそれは嫌だな」
冷静さを失ってとんでもない事を口走っているが、本当に徹底されたらたまったものではないので反対しておく。
灯「…へ?」
晶人「…ん?」
きょとんとした表情で私を見つめる灯。
彼女は基本的に常識人だ、間違ってはいない。
しかし冷静さを失った灯は、自覚もなくとんでもない事を言い出すのが困りものだ。
灯「別に私は……って、ひゃあああああああああああ!?」
今更、自分が口にした事の恥ずかしさに気付いたようだ。
晶人「(全く、夜中だというのに賑やかだな。後で近所の人達にお詫びして回らないと)」
この時、私はこんな幸せな時間がずっと続けば良いと心の底から願っていた。
そんな私の願いがいとも容易く砕かれるなど、心の片隅にさえ思い描きはしなかった。
………
……
…
目の前には直方体の大きな木製の箱。
泣きわめく木蔭。
私達をはじめ、多くの人達が正装に身を包んで"箱"を囲み、その表情を悲しみに変えている。
分からない。
私には分からない、いったい何が起きたのか。
……分からない。
どうして、"灯が死ななければならなかったのか"。
木蔭「ママ………ママぁ。うっ、うぁ……うわぁぁぁぁああああああああんっ!!」
木蔭の叫びが、灯の入った棺を中心に式場に響き渡る。
灯の遺体は、遠く離れた県の山中で、登山中の老人グループの人達に発見された。
死因は不明、どうしてそんな所に灯がいたのか検討もつかない。
けれど、理由が知りたいとは思わない。
慰めの言葉なんて欲しくない。
今はただ、最愛の人の瞼が二度と開く事は無いのだと……それを現実だと認める事だ。
あの耳を塞ぎたくなるような怒鳴り声も、よく自分の口走った言葉に恥じらう姿も、失わない為になんだってすると誓えた笑顔も…
…全ては、もう二度とこの瞳で見る事は叶わないのだ。
晶人「灯……私達には、まだお前が必要なのに」
灯の身体が入っている棺からは、その顔だけが見えている。
その手の業者に頼んだのか、まだ生きているんじゃないかと思うくらいに綺麗だった。
『私だったら、自分の命を投げ捨ててでも木蔭を守ります』
私は灯を見つめながら、その言葉を思い出していた。
なんとなく、ただの直感に過ぎないが……
灯は、私達を……守ってくれたのかもしれない。
『私が言いたいのはですね、晶人さんは頑張りすぎって事です。頑張りすぎて、大切なものに目が行き届かなくなってしまったら、本末転倒じゃないですか…』
晶人「私は、お前を見失ってしまったとでもいうのか…?」
その答えを知っているかもしれないただ1人の人物は、もう2度と目を覚まさない。
晶人『私は、何を間違えたッ…!?』
涙が溢れ、灯の頬に零れ落ちた。
晶人『お前を失わない為だったら、私はなんだってするつもりだった! 命だって惜しくない、惜しくないんだ…』
灯の頬に零れてしまった涙を、指先で拭おうとする。
…触れたその頬は冷たく、私の愛した人は、もうこの世には居ないのだという事を実感するのには十分だった。
晶人「なのに、なのにッ……! どうして私にはもう、出来る事が何ひとつないんだ……。くそぉぉぉぉおおおおおおっ!!」
悔しさ、悲しさ、怒り。
様々な感情が渦巻くが、何を嘆いても灯は戻って来ない。
私と木蔭はそれを理解していても、ただただ灯の躯にすがりついで涙を流す事しか出来なかった。
――木蔭、愛しき我が子。
彼女が残してくれたこの娘だけは、何があっても守り抜く。
灯が命を賭けてでも守りたいと言った木蔭を、今度は私が守るんだ。
晶人『(木蔭の事は、私に任せてくれ)』
涙を出しきって落ち着きを取り戻した私は、そう心の中で灯に告げ、ゆっくりと棺を閉じた。
………
……
…
同じだ、灯と。
あの少女には、命を賭けて守りたい"誰か"がいる。
その"誰か"は、あの子がここで死ぬ事を決して望まない筈だ。
邦和「…勝てる」
少女と相対する男のその言葉が、私に決断を急がせる。
もはや一刻の猶予もない。
晶人「(木蔭。お前を悲してしまうかもしれない、馬鹿な父親を許してくれ…!)」
決意をして視線を戻すと、少女は体制を低くして銃口から逃れようとしたのに対し、赤髪の男が更に少女を引き付けて眉間に銃口を突き付けている所だった。
観崎「…!?」
邦和「死ね、初川あああッ――!」
晶人「(今しか無い…!)」
私は迷わず"それ"を作動させていた。
観崎「…あ、れ?」
邦和「なッ、なんだ? こんな時に……!」
晶人「(本当に、銃器がロックされた…)」
晶人がポケットに突っ込んでいた手を引き抜くと、その手にはギミックが握られていた。
『射撃武器ロック:使用者から半径15m以内と、使用者の立つ通路の直線上全てにおける使用者の所持物を除いた射撃武器を使用不能にする。一度"ON"ボタンを押すと、"OFF"ボタンが押されまで可能な限り効果が持続する。
ステータス消費:1秒あたり5』
それは、B7Fで飛鳥がたまたまランダムギミックで発動させてしまった効果のオリジナルだった。
晶人はそれまで成り行きで4機のアジャスターを破壊していた。
よってステータスは20、発動時間は4秒。
晶人はそんな事など全く知らなかったが、直ぐに射撃武器のロックが解除されてしまう事だけは理解している。
晶人「(これは賭けだ。私の人生で初めて訪れた、誰かの命を救うチャンス)」
その若く儚い命を奪おうとする男に、私は牽制の銃口と共にありったけ怒りをぶつける。
晶人「大の大人が……いい加減にしないかっ!!」
灯、俺は正しい選択をしていると思うか?
間違ってると怒鳴りたくても怒鳴れないよな、ごめん。
…もし正しい事をしてるって思ってくれているのなら、天国から私を応援していてくれ。
邦和を睨み付けながら、晶人はそんな事を考えていた。




