EP2-014:声に導かれて
由乃ちゃんには「死なない」なんて大口を叩いたものの、具体的に何か勝算がある訳では無い。
ただ、諦めたら何もかもが終わってしまうような気がするから…私は諦めずに目の前の赤い髪の人と対峙する。
邦和「銃を相手にブレードじゃあ部が悪いだろう…どうする?」
観崎「ブレードじゃなくて初川包丁だもん、そこんとこ間違えないでよね!」
邦和「…くだらねぇ、特撮の見すぎじゃねぇのか。それとも、余裕ぶっこける程の策があるとでも?」
向こうは、私に何か策があるのか警戒している。
そうだ、これを上手く利用しちゃおう。
観崎「そう振られて、わざわざ親切に教えてあげる人なんていないよ」
邦和「……チッ」
こう言っておけば、少しは相手も慎重に行動して無闇やたらに攻撃する事はないだろう……ないと思いたい、うん。
まぁ、何もないんだけどね?
この緊迫した時間の中で私は考える、本当に策は何もないのかと。
この人を圧倒できるくらいの策が思い付けば良かったんだけど、生憎私はそこまで頭が良くない。
思い付きで行動してばっかりで深く考えたりするのが苦手なので、こういう事を思案していると頭がパンクしちゃいそう。
観崎「(こういう時は、建一に頼りたいよ……)」
建一は普段は流されるままに生活しているようで、いざという時はいつも頼りになる。
それは、建一の心がボロボロだった10年前からずっと変わらない……『誰かの力になりたい』と"あの建一"が明確な意思を示す瞬間。
だから、私もいつかは建一が立ち直れるって希望が持てる……それまでは護ってあげたいと思う。
観崎「(いけないな、護ると誓ったのは私の方なのに。建一に助けを求めるなんて)」
でも、だからこそ建一を護り続ける為にも、私はここで戦わなきゃいけないね!
観崎「すぅ……はぁ」
深呼吸をして気分を入れ替えると、観崎の目付きが変わる。
足りなかったのは、相手を傷付けてでも生き延びるという覚悟。
イメージするのは、立ちはだかる壁を打ち砕くビジョン。
手段は見えず、戦況も悪い。
――なら、刺し違えてでも突貫するしかないよね。
――ナラ、君ガ出セル全力ヲモッテ挑ムシカナイ。
答えは、導き出された。
結局私にはそれしかないんだから、深く考えるなんて時間の無駄。
観崎「そうだね」
邦和「…?」
観崎「私には、そういう小難しいのは向いてないんだよっ!」
ただ何も考えずに、初川包丁を構えて男の人に向かって走り出す。
当てちゃたら相手は怪我をするだろうけど、この人なら簡単には死なない筈だ…それ以上は考えない、考えても私には何も出来ない。
邦和「距離を詰める前に撃たれる事さえ分からないか」
邦和の銃口が観崎を捉え、トリガーが引かれる。
――左
観崎「…!」
銃声の直前に観崎は右に飛び退く。
邦和「ッ――!?」
赤髪の人は、私の行動に酷く驚いている。
身体に痛みや衝撃はなく五体満足、どうやら私は上手く銃弾を避ける事が出来たようだ。
邦和「運の良い奴だ……だが、二度目は無い!」
そう口にする邦和だが、内心は焦りの感情に支配されていた。
邦和「(外したのではなく避けられただと、しかも素人のそれではなく俺の銃弾を? バカな、偶然だ。ただの一般人にそんな芸当が出来る筈がない…)」
これが観崎が最初に匂わせていた『策』なのではという考えが邦和の脳裏を過る。
実際そんな事はなく、脳裏に響いた本能だけで避けているので、邦和は必要以上の警戒をしていると言えた。
それは苦肉の策で観崎が邦和を翻弄しようとした経緯があったからこその戦果。
そんな事は当の本人はもう忘れているが、謀らずとも観崎は邦和に心理戦において優位に立っている。
邦和「…クソが!」
――右下
観崎「…ふっ!」
軽くステップを踏み、右の足元目掛けて発砲された銃弾を回避し、遂に観崎の初川包丁の間合いに邦和が入る。
観崎「てぇいっ!」
振り翳される初川包丁を後退して避ける邦和も、観崎と同じく奇妙な感覚に捕われていた。
邦和「(やけに時間が遅く感じる、思考速度が上がっているのか?)」
とにかく、邦和にとってもこれは好都合。
この感覚の中でなら、どんな避け方をされようが目で追って照準を合わせる事が出来る。
邦和「…勝てる」
そう確信した邦和は再び対象に銃口を向けるが、そこで観崎の目が銃口を追っているのを理解する。
邦和「(この思考速度が上がった状態でなら、確かに俺にも銃弾を避ける芸当はこなせそうだが…?)」
それは観崎も邦和と同じ状態にあるという前提で初めて成り立つ空論。
どちらにせよ同じ条件なら、元々の銃とブレードの戦力差に戻っただけだと邦和は問題視しなかった。
邦和「(終りだ初川、この建物においての『開錠』の真偽がようやく証明される訳だ)」
実際問題、銀河がB7Fでコマンドマンを破壊した事でB6Fで10機のアジャスターが破壊されれば開錠するのだが、邦和がそれを知る術は無い。
邦和がトリガーを引き始めると同時に、観崎は体制を低くして弾道から逃れようとする。
…しかし
観崎「…!?」
邦和は更に観崎を引き付けて、その銃口が観崎の頭部に直接押し付けられる。
邦和「死ね、初川あああッ――!」
もう駄目だと、観崎も確信していた。
観崎「…あ、れ?」
恐怖につむってしまっていた瞼をゆっくり開けるが、私は何故か撃たれていなかった。
邦和「なッ、なんだ? こんな時に……!」
銃に異常があるのか、邦和は観崎に向けてトリガーを引こうとしても上手くいかないようだ。
「大の大人が……いい加減にしないかっ!!」
そんな邦和に、力強い男性の言葉が放たれた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
集めた情報の確認、整理をしよう。
地下8階層という地の底から始まった私達の脱出ゲーム。
巨大な廻廊には、資料室、料理、武器管理室、情報室など私達の手助けとなる要素もあるが、犯人達はそれ以上の妨害要素をもってプレイヤーの行く手を阻む。
アジャスターと呼ばれる破壊対象、開錠の条件でプレイヤーが破壊すべきものとして提示されていた名称だ。
恐らく、B7Fで襲ってきた人間の上半身を模した機械の事だろう。
武器としてライフルとブレードを所持。
私達を全滅させないよう行動が調節されているのか、首回りを含めた頭部の装甲が薄くライフルを乱用しない。
しかしながらライフルという射撃武器を所持しているのはあまりに大きく、遠方から頭部を撃ち抜く以外に安全な破壊方法は少ない。
偵察獣ビースト、人を感知するとアジャスターを呼び寄せる。
こちらはつい先刻資料室で情報を入手したもので、まだ直接遭遇はしていないが中々に厄介だ。
ビーストそのものの戦力はたかが知れているが、単体でなら対処のしようがあるアジャスターも集団を呼ばれてしまうと苦戦を強いられるだろう。
ギミック、アジャスターなどを破壊する事により溜まる「ステータス」を消費して様々なアクションを起こす文字通りの小道具。
ステータス、特定の兵器を破壊する事で得られる特別な数値。それぞれ得られる数値には「A、B、C、H」の記号が振られていて、それぞれを破壊した時のステータス補充値が異なる。
Aはアジャスター、Bはビーストを指しているのだろう。
Cは分からないが、Hは私の予想が正しければ…人(Human)を指しているんだと思う。
飛鳥「資料室の情報から分かる事はこれくらいね…」
次に、この建物の兵器よりもよっぽど恐ろしいもの…他のプレイヤー達。
最初の階で出会ったオレンジ髪のサイドテールの少女、既に疑心暗鬼になっている彼女はとても危険だと思われる。
次に赤い髪の男、信用させていた他人を遠慮なく裏切る彼は、私が最も恐れている類いの人種だろう。
そして、その男に裏切られた金髪の少年…といっても私より年は上だと思うけど、彼もまた裏切りを恐れて疑心暗鬼になっている可能性が高い。
最後に…
飛鳥「赤羽……建一」
私は彼と一緒に居てはいけない、勘繰りすぎて頭がどうにかなってしまいそうになる。
赤羽は何も知らないような振る舞いをしていたが、もしそれが嘘だったら…私に生きる術は残されていないだろう。
飛鳥「頭が痛い、少し考えすぎたようね」
現地点で出会った4人は、いずれも共闘に適していない。
故に地図のある資料室を探しながら、見つからない可能性も踏まえて尾行すべき地図持ちの人物を探している。
しかし私に運がないのか地図情報ではない資料室を引き当て続け、同じ資料室に再度訪れたりもした。
同じ景色ばかりの廻廊では方向感覚が狂ってしまう、という事だろう。
飛鳥「参ったわね。赤羽と遭遇しない為にも、早く階段に到達しないと…………ッ!?」
視界に入った鋼色の機体に驚きそうになるが、向こうのカメラはまだ私を補足してはいないようだ。
しかし、アジャスターが持ってる武器を見て首を傾げる。
飛鳥「拳銃とナイフ……アジャスターが持っている武器ってバラバラなのかしら?」
直接、資料室のアジャスター情報を見ていなかった飛鳥は、そのアジャスターが普通ではないと気づけない。
飛鳥「(…あれは、何か嫌な予感がする。見つかっていないのなら、関わらないのが得策ね)」
アジャスターの進行方向とは真逆に歩きながら、B7Fでアジャスターと遭遇した時の事を思い出す。
飛鳥「そういえば、あの時は赤羽に助けて貰ったんだっけ…」
あの時、私は素直に彼の未来が不幸で閉ざされる事を拒んでいた。
赤羽建一は最も警戒すべき相手、そんな事も忘れてしまうくらいに必死で彼の生を願った。
赤羽を危険人物として始末しようとする私と、赤羽の未来が幸せであって欲しいと願う私。
ふたつの大きな感情が渦巻き、私の葛藤は彼から離れる事でしか終わらないのだとよく理解した。
最もらしい理由をつけて別れはしたが、赤羽はそれで納得しただろうか。
飛鳥「…! わ、私…何を考えてるのよ」
今は自分の事で精一杯、他人を案じている余裕なんて無いのだ。
けれど――
私がした事が、全て無かった事になったとして。
そんな私が赤羽と出会ったなら、今のような関係にはならずに済んだのだろうか。
飛鳥「(仮想にすがりつくなんて、疲れている証拠ね)」
そろそろ休もうか、などという考えに行き着こうとしていた、その時。
「えっと、これを見た限りこっちだと思うんですけど」
「そう? 食事といい案内といい、ごめんなさい」
「えっ、いやいや私が勝手にやってるだけですから気にしないで!」
都合が良いのか悪いのか、地図持ちと見られる2人の女性の声が聞こえて来た。
飛鳥「(片方は聞き覚えのある声ね、あのオレンジ髪の少女かしら。まさか団体行動をしているなんて、どういう風の吹き回しよ…)」
とにかく、彼女らを追跡してこの階の扉まで案内して貰う事にしましょうか。
もう赤羽の事は忘れて、とっととこの忌まわしい建物から抜け出してやる。
自分から彼を裏切った私には、今更後戻りをする選択肢なんて残されてはいないのだから。




