EP2-013:揺るがぬ闘志
邦和の言葉の意味を最初に理解したのは観崎だった。
観崎「由乃ちゃんっ!」
邦和がハンドガンを引き抜くよりも早く、観崎は由乃の身体を邦和の正面に入らないように突き飛ばす。
由乃「きゃ――!?」
その直後に通路に銃声が鳴り響き、何が起きたのか分からないまま由乃は床に倒れ込む。
由乃「(今のは、銃声ッ!?)」
本物の銃声を聞いた事のある由乃は、その発砲音を聞いて即座に体制を立て直すと、観崎と邦和が睨み合っているのが見えた。
邦和「…外したか、まぁ想定の範囲内だがな」
観崎「みぎゅ、あそこに書かれてる条件は嘘かもしれないんだよ!?」
明らかに自分達を殺すつもりだった邦和に対して、観崎は怒りの感情を現す。
邦和「それが、どうかしたのか?」
観崎「えっ…?」
大して悪びれもしない邦和の態度に息を飲む観崎。
邦和「少なくとも、俺達はここで殺し合う事を求められているのは確かだ。下手に逆らう事はしない方が利口だろうが」
観崎「…そんなの、絶対に間違ってる!」
睨んで威圧してくる観崎に、邦和はため息をついた。
邦和「(間違い、か)」
どんなに間違っていようと、結果が全て。
"正解"という事は、どういうものを表す?
そう、例えどんなに多くの犠牲を払う事になったとしても、それが生きる事に繋がるならばそれが俺にとっての"正解"。
それ以外の事は全て"間違い"だ。
邦和「世間体では俺が"間違い"である事など、百も承知だ。お前、人を殺した事が無いだろう」
観崎「そんなの当たり前だよ!」
邦和「ククッ、なら分からなくて当然か。多くの人々を踏み台にして生きてきた者の考えなんて……なァ!」
――ピッ
邦和のポケットから、電子音のようなものが聞こえてきた。
その直後、持続した機械音が聞こえ始める。
段々と近付いて来るその音に、観崎達は聞き覚えがあった。
観崎「(これ、アジャスターの音…だよね?)」
そう、これはアジャスターが移動している時に立てる機動音だった。
邦和「オイ、さっきから俺に銃口を向けてるそこの女、逃げないと死ぬぞ?」
由乃「えっ…?」
邦和はポケットからメモ用紙のような物を取り出して読み上げ始めた。
『簡易ビースト:この階のAdjuster全てを呼び寄せる。この効果で呼び寄せられたAdjusterは、発動時に使用者から半径5m以内に存在した人物を攻撃できない。
ステータス消費:35』
それは邦和がポケットの中で作動させたギミックの説明で、最初は何を言っているのか理解出来なかった由乃も、途中からそれが『今から現実に起こる事』だと理解した。
不運にも由乃は、先刻観崎に突き飛ばされた時に邦和の「半径5メートル以内」から離れてしまっていた。
由乃「(つまり……今この場で一番危険なのは、私って事…!?)」
そこでようやく、この機動音を奏でる機体がここに来て何をするのかを観崎達は理解する。
観崎「ゆ、由乃ちゃん逃げてっ!」
邦和「人の心配をしている場合か、小娘」
――バンッ!
観崎「みぎゅっ!?」
邦和が発砲前に話し掛けて来たから気付けたものの、観崎は気を取られていた。
不自然に銃口から逃れようとしたせいで、観崎の身体はバランスを崩してそのまま転倒してしまう。
辛うじて被弾は避けていたが、このままでは観崎は邦和に間違い無く殺されてしまうだろう。
由乃「初川さん…!」
自身にも危険が迫っているのに、観崎を見捨てる気になれない由乃。
邦和に命を狙われているのに、なんとしても由乃を逃がしてあげたいと願う観崎。
互いを思う心は、逆に2人の行動を縛り停滞させる楔となっていた。
邦和「折角ギミックの説明をしてやったのに、つまらないな」
邦和は自分の命を優先してバラバラに逃げ惑う2人の姿を期待していたのだが、どうも上手くいかなかったようだ。
そうしている間にも時間は過ぎてゆき、遂にギミックの効果で呼び寄せられた数体アジャスターが姿を現した。
それを見た観崎が血相を変えて叫ぶ。
観崎「逃げて……お願いだから逃げてよ由乃ちゃん!!」
邦和「ほう…」
それでも尚、死の恐怖より由乃の身を案じる観崎を見て邦和は関心の声を上げた。
観崎「私は大丈夫! まだ死なない――いや、死ねないっ。私がいなくなったら建一に迷惑をかけちゃうから…!」
由乃「でも……」
邦和「ったく、ダラダラしやがって。俺やそこで倒れ込んでる茶髪女が流れ弾の餌食になるだろう」
痺れを切らした邦和が由乃に銃口を向け、いざという時には撃ち殺す準備をする。
由乃「…っ」
このままだとアジャスターの大軍が由乃に向かって放つ銃弾の雨が、観崎にも当たってしまうという邦和の発言は間違っていない。
自分のせいで観崎を死なせてしまう、その結末を想像した時、ようやく由乃の決意は固まった。
由乃「ごめんなさい、初川さん…!」
邦和を撃ち殺す事すら出来ない自分の甘さに唇を噛み締めながら、由乃はアジャスターの大軍に背を向けて逃げていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
背後からアジャスターの大軍が迫ってくる。
群れを成して、私を狙って……その鋼色の機体を不気味に輝かせている。
けれど私に恐怖心はなく、ただひとつの疑問が脳裏に渦巻くのみ。
由乃「初川さん…って」
あんな状況でも、死を恐がっている様子が全く無かった。
もしかしたら、私が思っているよりもずっと、初川さんは心の強い人なのかもしれない。
由乃「(私も、まだ死ぬ訳にはいかなくなりました…)」
生き延びたい、そう強く願うとドクンと心臓の鼓動が激しくなり、体中の神経が正確に銃を扱う事だけに集中していく。
まるで、流れの緩い水流の中に身を投じているような……とてもクリアな気分だ。
それは異常で、今までエアーガンを扱っていても1度も味わった事の無い感覚。
まるで世界の全てが止まっているような、そんな不思議な感覚。
邦和相手には、結局最後まで引く事の出来なかったハンドガンの引き金。
由乃「機械が相手なら、私は躊躇したりしません」
それを勢い良く引き、殺戮機械が沸く通路へと銃弾を解き放つ。
放たれた銃弾は一直線に先頭のアジャスターに飛んでいき、その頭部に風穴を開けて沈黙させる。
由乃「私は『死なない』って言ってくれた初川さんの言葉を信じます……!」
そして、私も彼女ともう一度会うまでは絶対に生き延びると決意した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
この階の全てのアジャスターを招集したという大軍の、最後の1機が邦和と観崎の前を素通りしていく。
邦和「思ったより随分な大軍だったな……軽く20機以上は通ったか? お前等をバラバラに散らして、ついでにアジャスター10機以上の破壊をこなして貰うつもりだったが、これじゃあ翡翠髪の小娘が生きていられるか怪しい」
観崎「…由乃ちゃんは死なないよ、きっと」
自分に言い聞かせるように、小さな声で観崎は呟く。
邦和「…チッ、さっきから何なんだ? 殺されかかってる状況で自分より他人を優先するやら、自分が死んだら誰かに迷惑がかかるやら…死ぬ事そのものへの恐怖ってのが無いのか?」
観崎「死ぬのは恐いよ。でも、それ以上に恐い事があるから…それに比べたら、ね」
そこで観崎は1度区切り、邦和に向けて不敵な笑みを浮かべる。
観崎「沢山の人達を踏み台にして生きて来たっていう貴方には分からないでしょ。自分の命を投げ捨ててでも守ってあげたい、そんな人の存在なんて!」
邦和「クッ………ハハッ、アハハハハハハハッ! あぁ分からないね、他人の命なんぞ踏みにじってなんぼのモンだろう。ただの小娘の癖に随分と面白い事を言うじゃないか。いいねいいねェ、それでこそ殺し甲斐があるってもんだ…!」
観崎「私は、"小娘"なんかじゃない……」
『初川包丁』と名付けたブレードを構えて観崎は立ち上がり、邦和と対峙する。
観崎「私の名前は、初川観崎だよ―――!!」
そう叫んだ観崎の声が通路に反響するのと同時、邦和と観崎の戦いが幕を開けた。




