EP2-012:キャベツ効果
飛鳥と別行動を取らざるを得なくなった建一は、ひとまず光弐に声をかけてB6Fに移動し、飛鳥との事情を話し終えていた。
光弐「へー。あの子、飛鳥ちゃんていうのか……ほんのちょっとすれ違っただけだけど」
建一「あぁ、用心深い性格みたいだし『偽名』って可能性もあるけど」
俺がこれまでの経緯を話している間、光弐は何か言いたそうだったが、俺が話し終えるまで聞いてくれていた。
光弐も相方に捨てられたばかりの筈なのに、こうも元気なのだからびっくりだ。
光弐「あのなぁ建一、自分から危険に飛び込むっていうのは…本当の意味で誰かを救う事には繋がらないんだぞ?」
建一「どういう事だ?」
光弐「あぁ…やっぱり分かってなかったか。建一が傷を負った結果、飛鳥って子が助かったのは事実だ。…けど、そのハンカチはなんだ?」
建一の乾いた血で茶色に染まったハンカチを指差す光弐。
建一「…なんだって言われても」
光弐「あぁもう、なんで分からないかなぁ……。気を使わせたんだろ、申し訳ないって思わせたんだろ? もし建一がそこでくたばってみろ、飛鳥って子は『自分のせいで建一が死んでしまった』と重荷を背負う事になる」
建一「……!」
そんな事、考えもしなかった。
生きる意味さえ見出だせない俺でも、身体を張れば誰かの役に立つ事が出来ると思っていた。
光弐「まー、男として恰好つけたいっていうんなら分からんでもないけどな? 死んだら立てたフラグなんて無効だぞ、バットエンドだ」
建一「……」
フラグやらバットエンドやら、どうやら光弐は俺が飛鳥に媚びている可能性があると見ているようだ。
光弐「…なんだ、違うのか?」
建一「違う」
光弐「嘘をつくな。明らかにあれは平均の可愛さを上回ってたぞ。あれか、ひんぬーは駄目だっていうのか? 貴重なステータスを馬鹿にしやがって…!」
建一「ちょっと待て! あのすれ違った一瞬でどんだけ隅々まで観察してんだよ!?」
光弐「俺は可愛い子限定で爆発的に視力・動体視力を上げる事が出来るのさ。名付けて『光弐アイ』!」
建一「そのまんまだな…。とにかく、俺は飛鳥にそういう感情を抱いてる訳じゃないから」
光弐「ん…あぁ、もしかして既に彼女持ちっすか? 浮気は良くないよな、うんうん」
勝手に納得している光弐、否定したいがこれ以上話を脱線させたくないので黙っておく。
建一「(彼女、ねぇ…)」
そういえば、観崎にも作れ作れってしつこく言われていたのを思い出す。
光弐「ちょっとオーバーに詮索しすぎたな……。その、飛鳥って子に置いてかれた理由に心当たりは無いのか?」
流石に言い過ぎた自覚はあったのか、光弐は頬をポリポリと掻きながら話を元に戻した。
建一「俺が無闇に危険に突っ込んでたのが理由かもしれないけど…」
光弐「う~ん、それだけが理由ってのはおかしな話だよな……別れる程の事か?」
建一「最初から飛鳥には微妙に距離を置かれてる気がしたし、理由をこじつけている感じはした」
他に理由があるのだとしても、俺には想像もつかない。
光弐「とにかく、会ってみるしかないだろ」
建一「…だな」
俺に至らない点があったのだとして、それを知らされないまま飛鳥とお別れっていうのは納得がいかない。
だから、もう一度だけ…
俺は飛鳥に"会いたい"と思った。
◆◆◆◆◆◆◆◆
放心しながら、震える足でふらふらと歩く。
一歩、また一歩と……今の私ならば幼稚園児でさえ押し倒せてしまうだろう。
私は恐かったのだ、信じたくなかったのだ。
『開錠:この階で1人以上の死者と5機以上のAdjusterの破壊が確認されている事』
それは先刻通過した扉に記されていた文章。
この施設内で、既に死んでしまった人が居るという事実、私はそれに恐怖していた。
楓「……嘘よ。そんな事が、あってたまるもんですか……」
けれど私は理解している。
私自身、一度はこの建物の中で人殺しをする寸前まで行動してしまった立場なのだから。
だからこそ、恐い。
あの時の私のように、人を殺しかねない他人と出くわす事が恐い。
楓「私が……私が何をしたっていうのよ…!」
気が付くと私の回りに友達は居なくなっていて、蔑むような視線で見られ、虐められるようになった。
それでも我慢して過ごしていたというのに、悪夢のような出来事が起こった。
私は耐えられずに、学校に行かなくなった。
現実と向き合うのが嫌で逃げ出したというのに、今度は誘拐ですって…?
楓「本当に、最悪…よ……」
人殺しかもしれない他人を片っ端から殺してやろうか…とも考えた。
しかし…
『勢いに任せて人を殺したところで、貴女には罪悪感とトラウマしか残らないわ。…彼が誘拐犯である根拠も無いのに、貴女は殺人犯になってまで不安要素を取り除きたい訳?』
…最初の階で出会った、あの銀髪の女の言葉。
それがずっと、頭から離れないでいる。
彼女の意見は正しい、正しいからこそ私はその言葉に縛られている。
不安要素を取り除けないのなら、怯えながら隠れるように行動するしかないのだ。
楓「なんだっていうのよ…もう!」
―ガツン
突然、頭を何かにぶつける。
楓「いったぁあいッ!?」
何が起きたのか分からずに頭をさすりながら前を見ると、さっきまで閉まっていた廊下の扉が開いている。
どうやら、そこに頭をぶつけてしまったらしい。
状況が理解できないまま突っ立っていると、開いた扉から綺麗な青色の髪の女性が姿を現した。
可憐「…?」
楓「…ひっ!?」
突然の出来事に、私は反射的にナイフを構える。
可憐「…欲しいの?」
楓「え…?」
一体、何を尋ねられたのかさっぱり分からなかった。
別に何かを欲した覚えはないし、要求した覚えもない。
可憐「構わない、ちょっと貸して……」
ゆっくりとした動作でナイフを私の手から持って行く女性。
楓「しまっ――」
その女性のマイペースな雰囲気に飲まれて、まんまと武器を奪われてしまった。
楓「(こ、殺される……ッ!?)」
…しかし、恐れていた反撃はいつまで経っても来なかった。
可憐「……むう」
楓「――」
その人は私のナイフをキャベツに突き刺して唸っている。
しかも、皮ではなくキャベツ丸々1個だ。
それを不器用にナイフで切り裂いてゆく。
楓「あ、あ~ぁ…」
ボロボロと床に散ってゆくキャベツの破片達を見て、思わず声が漏れる。
可憐「はい、これ」
その手に握られたキャベツは、どうやったらこんな切り出し方が出来るのか問いたくなるような物凄い形状をしていた。
勿論、悪い意味で。
楓「あの……これ、どうすれば?」
可憐「食べる」
その女性はがぶりとキャベツにかぶりつく。
可憐「…美味しくない」
それはそうだろう、生のキャベツをそのままかじる人なんて見た事がない。
その女性が出て来た扉を見ると「調理室」というプレートが設置されていた。
文字通りの意味なら、食材と料理する為の器具が置いてある部屋だ。
このキャベツも調理室から持って来たのだろう。
楓「あの……料理、しないんですか」
可憐「しても良いけど、もっと美味しくなくなる」
さっきの包丁使いを思い出すと、確かに料理が出来るようには見えなかった。
楓「(あぁ、そういえば私もお腹が空いたな…)」
この人を上手く追っ払って、単独で調理室に戻って食事をするのが安全策かもしれないけれど…。
可憐「塩でも持ってこようかな……。でも、また蓋が外れたりしそう……むぐむぐ」
青髪の女性は、相変わらず不味そうにキャベツを食べている。
楓「あ、あの…」
可憐「…?」
気が付くと、私はその人に話し掛けていた。
楓「私が…作りましょうか?」
そう言葉にした私自身が、一番驚いている。
誰とも一緒に行動しない、信じないと決めていた筈なのに、どうしてだろう。
可憐「…いいの?」
楓「は、はい…」
それはきっと『放っておけない』と思ったからで、気が付くとさっきまでの恐怖が嘘のようになくなっていた。
楓「(これは感謝しても、し足りないかな…)」
その人から受け取った不格好なキャベツを見て、私はクスリと久々の笑みを溢した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
――バンッ!
ガシャンッ
頭部のセンサーに丸い風穴を開けて、1機のアジャスターが沈黙する。
由乃「やっぱり、本物ですね」
観崎「ひ、ひぇぇぇ…」
武器管理室で手に入れたハンドガン、それが本物だと由乃は直ぐに気付いたが…観崎はイマイチ実感が持てないでいた。
だが、こうしてアジャスターが沈黙するのを見てようやくそれが恐ろしい物である事に気付いた。
由乃「これ、なんの為にあるんでしょうか…」
観崎「みぎゅ、この機械を壊す為にあるんじゃないの?」
由乃「だと良いんですけど…」
B7Fの扉に書いてあった『1人以上の死者』という条件、2人はそれを信じていなかった。
B8FといいB7Fといい、自分達が着いた時には既に開いていた。
だから、最初から全ての扉は開いていたのではないかと考え、条件が嘘か真か判断しかねていたのだ。
由乃「(これが本当だとしたら、私達は無事に帰れないかもしれません…)」
扉の条件が嘘であって欲しいと、願わずにはいられなかったた。
「知りたいか? 扉の条件が、嘘か真か……」
観崎「みぎゅ!?」
由乃「…!」
由乃達は、その人物の存在に気付かなかった。
その男の人は銃声を聞きつけて来たのか、いつの間にか二人の背後に立っていた。
「扉の真偽を知りたいなら、試してみれば良いのさ」
由乃「試す…って、何をですか」
恐る恐る、由乃はその男…天真邦和に尋ねた。
邦和「この階の扉の条件を満たして、『開錠』の真偽を確かめる。それが1番手っ取り早い、そうだろう?」
ククッ、と声を殺して邦和は笑う。
観崎「あ――!?」
そして、観崎は気付いた。
邦和の左後ろの扉に、見慣れた小さな文字が綴ってある事に。
『開錠:人の手で殺害された1名以上の死者と、この階でAdjuster10機以上の破壊が確認されている事』
それはB6Fの扉の開錠条件で、観崎と由乃は謀らずとも地図を得る事なく次の階段へと到達していたのだ。




