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シカバネアソビ  作者: Mr.バナナ
Episode2~トリカゴアソビ~
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EP2-003:遭遇

見慣れぬ施設。そこで目覚めた時、彼は言い表す事の出来ない安心感に捕らわれていた。


何故誘拐されて安堵するのか、本人にも理由は分からない。


けれど、"何かが変わる"という確かに感じる予感はあった。


建一「さて、どうしたものかな……」


果ての見えない通路を歩きながら、顎に手を当てて考える。


誘拐されるのは初めてだが、普通は拘束して何かを要求されるものではないのだろうか。


新手の誘拐……って訳でもなさそうだな。


こんなに広い建物に連れられるなんて普通じゃないし、こうする事で犯人が得られるメリットが分からない。


それにこうもぶらぶらと出歩けてしまうと、何をすれば良いのか……


建一「すると、自力で脱出するしかないな」


この広さだ、行き当たりばったりで歩いていても埒が明かない。


真っ直ぐ進み続ければ、この建物の外壁にあたる部分に着くだろう。


そこからぐるりと外壁を一周すれば、きっと出口がある筈だ。


建一「観崎に心配かける訳にはいかないからな。さっさとここを出よう」



――その時、俺は多分焦っていた。



…だから、目の前の通路を横切ろうとしていた少女を見つけた途端、彼女の心境など考えず、ただ「帰りたい」という欲求の為に声を掛けていた。



建一「…ちょ、ちょっとそこの君!」


「……!?」


建一に声を掛けられた人物…志崎楓は、自分が何故呼び止められたのか知る由もない。


楓「そ……」


故に、彼女の瞳に写るのは血相を変えて自分に向かって歩いて来る男の姿のみ。





楓「そ、それ以上近寄らないでっ! 殺すわよ!?」


恐怖心を顕にして彼女が鞄の中から取り出したのは、1丁の拳銃だった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



資料室という目立った部屋に居る以上、扉の向こう側から聞こえた声を無視する訳にもいかない。


私は扉を僅かに開き、その隙間から様子を伺う事にした。


飛鳥「(…あまり、よくない状況ね)」


扉に背を向けて拳銃を構えたオレンジ髪の少女と、それに動揺している私と同い年くらいの男性。



一触即発。


最初の犠牲者。



そんな単語が脳裏を過る。



幸い拳銃を持った少女は扉に背を向けていて、隙をつく事は容易い。


けれど、そんな危険な真似をしてまであの男性を助ける必要は無い。


飛鳥「(そうよ、私には関係無いわ…)」


例えその判断が人として間違っていたとしても、命には変えられない。



けれど、何故だろう…


…彼がここで撃ち殺される光景を思い浮かべると、全身から血の気が引くような感覚がするのは。


飛鳥「(私にも、まだ"情"というものが残っているとでもいうの…?)」


非情になったつもりでいても、人は所詮"人"。


人として決して捨てられないものに、私は突き動かされているのだろう。


でも、逆に私が最初の犠牲者になってしまう可能性も捨てきれない。


恐怖と、衝動と、葛藤。


飛鳥「(私は、どうすればいいの…?)」




◆◆◆◆◆◆◆◆



軽率だった。


彼女も俺と同じように誘拐されて来ていたのなら、見知らぬ男性に声を掛けられるのは恐いに決まっている。


それを理解しても、こう状況が悪化してしまうと収集がつかない。


楓「あ、あんたでしょう……私を誘拐したのは。何が目的なのよ!?」


建一「ち、違う! 俺は誘拐犯なんかじゃ……」


楓「黙れ! 都合が悪くなった時だけ良い人ぶっても、私は騙されない…!」


その少女は、全く俺が信用出来ないようだ。


無理もない、「もし」自分が騙されていたらという思考が止まらないのだろう。


疑心暗鬼という奴だ。


建一「(…ここで、こんな所で終わりなのか。案外呆気ないもんだな)」


あいつと……観崎と出会ってから、もう10年になるだろうか。


今でもまるで昨日の事のように、彼女との出会いは鮮明に思い出せる。


暗く色褪せた俺の世界で、観崎は目が眩みそうになるくらい輝いて見えた。


俺が居なくなったら、あいつには悲しい思いをさせるかもしれない。


けれど、どのみち観崎にいつまでも支えて貰う訳にもいかないのだから、彼女を解放してやれると思えば少しは気が楽になった。


建一「…覚悟は、出来た」


楓「な、なんの事よ…」


建一「ここで殺されても構わない、そう言っているんだ」


俺の言葉に少女はしばし絶句していたが、それを脳裏から振り払うように首を横に振り、再び俺を睨み付ける。


楓「あんた、そうやってまた私の気を紛らわすような事を言って……いいわ、望み通り殺してやるわよ!」


そう言い放って、楓が拳銃のトリガーを引こうとした――その刹那。






飛鳥「そこまでよ」


今まで姿を隠していた飛鳥が現れ、背後から楓の右手首を掴んでいた。


建一「!」


楓「い……いつの間に」


突然の介入によって、建一と楓は警戒心を剥き出しにする。


飛鳥「(やれやれ…何をしているのかしらね、私は)」


合理的でない自らの行動に失笑しつつ、飛鳥は二人を交互に見る。


男の方は…死を覚悟していたのは嘘ではなかったらしく、今更私が介入したところで動揺は少ないようだ。


問題は、この疑心暗鬼に陥っている少女。


自身も人を疑いやすい性分だからこそ分かるが、この手の人物は確かな証拠が無い限り説得が難しい。


しかし、強引ながらも説得した方が後の驚異となる可能性は減る。




飛鳥「貴女、人を殺した事はある?」


楓「は、はぁ!? 無いに決まってるでしょ!」


予想通りの返答に安堵しつつ、私は彼女の腕をより強く掴む。


楓「痛ッ…!」


飛鳥「勢いに任せて人を殺したところで、貴女には罪悪感とトラウマしか残らないわ。…彼が誘拐犯である根拠も無いのに、貴女は殺人犯になってまで不安要素を取り除きたい訳?」


全く人の事を言えた立場では無いのだが、彼女の気持ちが分かるだけに何を言えば心を動かせるのかは理解できる。


楓「それは…」


飛鳥「さぁ、理解したなら早くその物騒なものを仕舞っ……」


そう言いかけた瞬間、楓の左肘が飛鳥の腹部に向けて振り翳される。


飛鳥は咄嗟に楓を解放して距離を取るが、それは同時に飛び道具を持つ楓が優位になった事を意味する。


飛鳥「(思い切った事をするわね……。それに、見た目以上に運動神経も良い)」


冷静に分析している場合ではない、早く拳銃の射程範囲から逃げないと。




楓「……っ」


しかし飛鳥が逃げるよりも先に、楓が身を翻して走り去っていた。


やはり運動神経が良い、追うのは無理そうだ。


あとは……



建一「一応、礼を言うべきなのかな……有難う」


感情に流されるまま助けてしまったこの男をどうするかだ。


口先では礼を言っているものの、何か物足りなさそうな表情をしている。


飛鳥「…別に、貴方の為に助けたんじゃないわ」


礼を言われる事に慣れていないせいか、私は妙に照れくさくなってそっぽを向く。


建一「…そうだよな。あんな危険な真似、見ず知らずの人の為にやるような事じゃない」


男の瞳には、さっきまでは感じなかった確かな眼光が宿っていた。


"こんな事は2度とするな"と言わんばかりに私を見つめる瞳に、気圧されそうになる。


飛鳥「…とにかく、まずは移動しましょう。ここは目立つわ」


飛鳥が親指で背後の資料室のプレートを指差すと、建一も頷いて賛同の意思を示した。



◆◆◆◆◆◆◆◆



資料室から十数分程度離れた所で、建一と飛鳥は近くの空き部屋に入る事にした。


飛鳥「ここまで来れば問題無いでしょう」


飛鳥は携帯電話の画面に映った地図を確認して、鞄に仕舞う。


建一「それ、この建物の地図か? なんでそんなものが……」


飛鳥「さっきの資料室で撮影したものよ。気持ちは分かるけれど、そう疑いの眼差しを向けないで頂戴」


建一「あ、あぁ…すまん」


先刻命を狙われたばかりで、建一は普段より用心深くなっていた。


最も、この施設において"疑う"事がどれ程重要かを理解している飛鳥は、特に気にしてはいないようだ。


飛鳥「貴方、さっきのあれは何?」


建一「何って、声を掛けたら誘拐犯と間違われただけで……」


飛鳥「そういう事を聞いているんじゃないわよ。『ここで殺されても構わない』なんて、簡単に言える事じゃないわ。貴方、何を考えているの?」


飛鳥の質問に、建一はしばし黙り込む。


建一「(…この人は赤の他人である俺を助けてくれた。話すべきなんだろうな、この人に危険な真似をさせてしまったのは俺なんだから)」


そう心に決めて、建一は話し始める。


彼女に対して、何も隠す気はなかった。


建一「ちょっとな、昔の話だ。友達なんて片手でも数えられる程度しか居なかった俺にとっては、両親が全てだった」


建一の話に、飛鳥は黙って耳を傾ける。


建一「あれは、俺の誕生日。…死に間際の父さんの映像が自宅に送り届けられてな。その2日後に、母さんも死んだ…自害だったらしい」


その話は、人を殺した事のある飛鳥にとって、自分の罪がいかに重いか再確認させられるようなものだった。


飛鳥「…凄いわね、貴方は。そんな事があっても、こうして人生を歩んでいるわ」


建一「凄いのは、俺じゃない。支えてくれた人が居るんだ……こんな俺を」


少し申し訳なさそうな、それでいて暖かい笑顔で建一は笑う。


飛鳥「…そう」


少しだけ、心の重荷が取れた気がする。


私が殺してしまった人の遺族も、こんな風に立ち直れていたら……


そんな身勝手な望みを、私は抱いていた。


建一「…けど、それでも。俺は、両親がいたあの頃が一番楽しかったから。時々分からなくなる……このまま生きていても、あの頃のような幸せな日々は戻らないんじゃないかって」


遠い目をして、魂が抜けたように無気力な笑みを浮かべる建一。


飛鳥「だから…死んでも構わないっていうの?」


建一「どちらでもいいんだ。生きていようと、死んでいようと…」


両親の死が彼に与えた傷は深い。


生きる事に意味を見出だせず、支えてくれる人の為に命ある限りは生きてゆく。


生きていて、死んでいる。


飛鳥「…もう、いいわ。貴方が何故あんな行動をしたのかは、良く分かったから」


建一「悪いな、こんな暗い話をしてる場合じゃないのに」


飛鳥「その話をさせたのは私よ、気にしないで」


私は人を疑いやすい性分だが、彼が嘘をついているとは思えなかった。


彼が自ら死を選ぶような真似をしたからこそ、私は彼の話を信じている。


…皮肉な話だ。


飛鳥「それで、貴方はこれからどうするの?」


建一「できるだけ足掻いてみるさ。一応、帰るべき場所はあるからな」


飛鳥「なら、私もそれに付き合う事にするわ」


彼が危険人物で無いのなら、暫くは行動を共にした方が都合がいい。


建一「分かった、よろしくな。……えっと」


建一は飛鳥の名前を呼ぼうとして言葉に詰まった所で、2人はまだ自己紹介さえしていない事を思い出した。


飛鳥「…静山飛鳥、飛鳥で構わないわ」


建一「あぁ…俺は建一、赤羽建一だ。改めてよろしく」









―――えっ?






飛鳥「あの、よく聞き取れなくて……もう1度お願いできるかしら?」


建一「うん? 赤羽建一だけど」


私の聞き間違いという訳ではなさそうだ。


飛鳥「(まさか、そんな……偶然?)」


そんな楽観的思考は出来ない。


もし、彼が私の事を知っていて……尚且つ私を騙しているのだとしたら。





―――私は、この赤羽建一という男を殺さなくてはならない。

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