EP2-002:2度目の悪夢
目覚めは最悪だった。
最も忌むべき記憶を夢に見たせいか、全身に冷や汗をかいていて気持ち悪い。
飛鳥「はーっ、はぁ……っ」
呼吸を落ち着かせているうちに、私は部屋の様子がおかしい事に気付いた。
白、白、白。
真っ白な塗装を施された部屋に、白いベット、白い机、白い扉…。
勿論、私の住んでいる場所などではない。
一瞬、私はまだ夢を見ているのではないかと思ってしまった位だ。
飛鳥「……え」
ちょっと待って。
これって、まさか……
――10年前と、同じ状況……?
必死に記憶を遡ると、確かに何者かの手によって意識を失わされたような気がする。
飛鳥「…嘘。私、また……?」
こうならない為に細心の注意を払っていた筈なのに、なんてザマなのだろう。
自分だけが世界から切り離されたような孤独感に、血の気が引いてゆく感覚をリアルに感じる。
飛鳥「……駄目よ。巻き込まれたからには、冷静さを失ってはならないわ」
誘拐されてしまった事にショックを受けながらも、飛鳥は状況の確認を始める。
衣服は拐われた時に着ていた制服のままで、特に拘束されている訳では無い。
それと、この白い部屋では目立つ事この上ない私の鞄。
飛鳥「また"こういうもの"が入っているのかしら…」
制服のポケットから古びた紙を2枚取り出す。
それは忘れたくても決して忘れないよう自分を戒めるべく持ち続けている、かつて私と"あの人"が生き延びる為の条件だったもの。
10年前の場所とこの部屋の様子は随分違うようだが、同じ犯人である可能性は充分にある。
飛鳥「…?」
警戒しながら鞄を手に取ると、扉から小さな物音が聞こえた。
物音の正体を確かめるべくその扉に歩み寄ると、小さな文字が綴られている事に気付く。
『開錠:部屋に用意した貴方の私物を所持する』
飛鳥「成程、そういう事……」
その記述を見て、先刻の物音はこの扉のロックが解除された音なのだと確信する。
同一犯なのかは分からないが、10年前と似たような事に巻き込まれてしまったのは確かなようだ。
飛鳥「荷物の中には……特に変わったものは無いわね」
携帯電話や学習教材、ハンカチや財布、空の弁当箱など、誘拐前と何も変わっていない。
期待などしていなかったが、携帯電話の電波表示は「圏外」を示している。
入れた覚えが無いのは携帯電話の充電器くらいだが、これは今後携帯電話が必要になる状況があるという事だろうか。
飛鳥「ここに居ても、これ以上は何も分かりそうにないわね…」
ここから生きて帰る為には、再びこの手を血に染める事になるのかもしれない。
けれど、それでも構わない。
私は絶対に生き延びる。
罪を重ねる事になっても、命だけは絶対に失いたくない。
…私は変わったのだ、10年前とは違う。
飛鳥「そうよ……私は、変わったのよ」
自分に言い聞かせるように呟き、ドアノブを捻る。
そして、2度目の悪夢は静かに幕を開けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
薄暗い部屋で複数の液晶画面を眺めながら、その人物は座席に腰掛けた。
「……始まりました、ね」
モニターに写った銀髪ツインテールの少女を眺めながら、ぽつりと呟く。
この果てしなく広い地下施設で繰り広げられるであろう殺戮劇。
10の屍と、10の悪魔。
彼等は、その隠された漆黒から逃げ延びる事が出来るのだろうか。
勝つも負けるも、或いは命を捨てる事でリタイアするも全ては貴方達次第。
「――物語の、開幕です」
そう呟いた後、その人物は感情の無い機械のように黙々とキーボードを叩き始めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
静まり返った廊下を、警戒心を張り巡らせながら歩いてゆく。
飛鳥「…妙ね」
かれこれ数十分は歩いているが、何も変わったものは無かった。
他の人物と遭遇する事もなければ、私がこのゲームにおいて何をすれば良いのかを示す物もない。
設置された扉の向こうの、その全てが空き部屋。
最初の部屋の記述から察するに、何か強要されている事はある筈だ。
私が気付いていないだけなのか、或いは発見に至っていないのか……恐らく後者。
ならば私の行動は間違っていない筈。
今のところ『規定時間』という要素は見つかっていない事から、まだ急く必要もないだろう。
もし序盤から急く必要があるのなら、犯人達も思い通りに事が進むようなゲーム構成にしている筈だ。
飛鳥「それよりも、武装していない事の方が問題かしらね…」
どんな危険が訪れるか分からないこの状況で、抵抗する手段を持たない事はイコール死を意味する。
休憩したいのは山々だが、まずは身を守る術を見つけてからだ。
そんな事を考えながら歩いていると、扉ばかりの廻廊では一際目立っている"それ"が視界に入った。
飛鳥「資料……室?」
扉の上に取り付けられているプレートには確かに『資料室』という文字が綴られている。
罠の可能性も考えたが、犯人側からしてみればこのゲームを成り立たせる為の記述をいち早く信じて貰いたい筈。
だから、こんな早々に私達を騙すような罠があるとは思えない。
飛鳥「……なら、調べない手は無いわね」
扉に近付くと、最初に目を覚ました部屋と同様に『開錠』という項目が綴られていた。
『開錠:室内が無人である事、内側から出る際にはこれを適用しない』
飛鳥「…これは」
中に入った人物が部屋を占拠する事が出来る記述。
身を守る用途に使えるかもしれないが、追い詰められた状況では袋の鼠になりかねない。
飛鳥「奇襲を警戒せずに落ち着いて中を調べて貰う目的かしら……?」
そっとドアノブを捻るが鍵が掛かっている様子は無い。
そのまま扉を開けて中に入ると、そこには鉄の板に掘られたこの建物の地図らしきものがあった。
わざわざ頑丈な作りにしてあるのは、この地図をプレイヤーが破壊するだけで圧倒的な情報アドバンテージとなってしまうからだろう。
出来れば破壊してしまいたいけれど、それを実現する為の手段が果たして用意されているかどうか……
飛鳥「…壊すのは諦めるべき、かしらね」
素直にこの地図をただの情報として見ると、『武器管理室』や『料理室』などの今後の役に立ちそうな部屋があるようだが、最も気になるのは地図の右下に『B8F』と綴られている事。
相変わらず真実なのかを見極める術は無いが、これを信じるのならば私は随分と深い階層に居るようだ。
すると、地図を見付けて階段の場所を特定し、地上を目指していく事になるのだろう。
この資料室にはB8Fの地図しか無い事から、階を登る毎に地図を探さなければならない。
飛鳥「――決まりね」
ひとまず、このゲームにおいて私が取るべき行動は決定した。
後は、この地図を記録して持ち運ぶ必要がある。
この情報を記録出来る媒体といえば……
飛鳥「…携帯電話。入れた覚えのない充電ケーブルが鞄に混ざっていたのは、これの為だったのね」
となれば早くこの地図を撮影してここを離れよう、ここはあまりにも目立ちすぎる。
携帯電話のシャッターを下ろし資料室を立ち去ろうとした、その時――
「そ、それ以上近寄らないでっ! 殺すわよ!?」
――扉の外から、恐怖心の滲み出た叫びが聞こえた。




