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シカバネアソビ  作者: Mr.バナナ
Episode2~トリカゴアソビ~
35/150

EP2-001:静山飛鳥

街灯で彩られた夜の町並みを、私は1人歩く。


冬の冷えきった空気に白い吐息が吸い込まれ、その寒さに思わず身震いをする。


飛鳥「……」


誰かに尾行されている様子は無い……か。


トラウマというのはどれだけ時が過ぎようと中々消えないもので、私は人気の無い場所を通る時はどうしても背後を気にしてしまう癖がある。


飛鳥「気にしすぎ……なのかしらね」


"あの出来事"が起きてからもう10年、再び私を狙う者が現れる事は無かった。


思い出したくもない悪夢のような数日間の出来事。


そう、私はあの時……人を殺した。



飛鳥「…!」


私が一瞬警戒を緩めた隙に、首筋に何かが当たる感触。


バチバチッという音と共に全身から力が抜けて、立っていられなくなる。


飛鳥「(まさか……こんな事が――っ!?)」


口に何かが当てられる感触と共に、私の意識はブラックアウトしていった。



………


……




これは後悔から始まった償いの物語。


その償いは他でもない私の為に。


全ては罪悪感を捨てる為に。


静かに、その幕が上がろうとしていた。






シカバネアソビEpisode2


 ~トリカゴアソビ~




◆EP2-001:静山飛鳥



10年前、遠い昔の記憶。


けれど私にとっては昨日の事のように思い出せる。


忘れたいと願ってもそれは叶わず、また私はその記憶を夢として見させられていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆



そこで目覚める前、彼女……静山飛鳥は小学校からの帰路についていた筈だった。


しかし彼女は現在、見た事もない迷路のような封鎖空間をさ迷っている。


飛鳥「なんなんだろう、ここ……」


夢は頬をつねると覚めるものだと聞いた、ちょっと頬を引っ張ってみる。


…痛かった。


飛鳥「……む。夢じゃないなら、早く帰らないと」


しかし何処に出口があるのかなど分かる筈も無く、飛鳥は適当に歩き回る。


その作業にも数分で飽きてしまったのか、飛鳥は何かを思い出したように荷物を漁り始めた。


飛鳥「そだ、これで何か分かるかもしれない…」


取り出したのはB5サイズの紙を折り畳んだもの。


これは飛鳥が目覚めた部屋の机に置いてあったもので、そこには機械で印刷したであろう文字が並んでいた。


『以下に記された条件を満たせ。


静山飛鳥:規定時間内に1人を殺害せよ』


飛鳥「……なんなんだろう。殺せっていっても誰もいないし…」


漢字に振り仮名が振ってあったので飛鳥はその文章の意味を理解する事は出来たが、今度はこれを印刷した人の考えている事が分からなくなった。


考える事を諦めて再び歩いていると、なにやら異臭が漂って来る事に気付く。


その異臭に誘われるままにしばらく通路を歩いていると、"それ"は静かに横たわっていた。


飛鳥「ひっ…!?」


表現するならば、それはかつて"人"だったであろう肉塊。


まるで蜂の巣のように穴だらけになったその肉塊は、明らかに命を落としているであろう事が伺える。


飛鳥「そ、そんな……これって…」


ふと、用紙に印刷されていた『規定時間内に1人を殺害せよ』という記述を思い出す。


つまり、私は"これ"を実行しなければならないのだ。


逆らえばどうなるのか、考えたくもない。


恐怖に足が震えそうになるのを我慢して、飛鳥はその場から走って立ち去る事にした。



◆◆◆◆◆◆◆◆



数時間後。


閉鎖空間を調べ回る中、飛鳥はある部屋でフィクションの話でしか見た事のない鉄の塊を発見した。


飛鳥「これは、ぴすと…る?」


その銃を手に取るが、飛鳥には本物なのか偽物なのか区別がつかない。


銃の下にはご丁寧に図で扱い方の説明が記載された紙が敷いてあり、飛鳥は好奇心から試しに表の通路で発砲する事にした。


飛鳥「これをこうしてから……引金を、引く…と」


恐る恐る引金を引き、耳を塞ぎたくなるような破裂音と想像以上の反動に、飛鳥は思わず銃を床に落とす。


飛鳥「…っ、これ…本物の……!」


先刻の遺体といい正気の沙汰じゃないと確信した飛鳥は、この銃を使って誰かを殺せば自分は解放されるのではないかと思い始めていた。


飛鳥「でも……人殺しは、いけない事…ばれたら捕まっちゃう」






「―――そうだな」


飛鳥「ッ!?」


真後ろから聞こえた声に飛鳥は慌てて振り返ろうとしたが、その腕を掴まれて壁に押し付けられる。


飛鳥「ぐ……っ!」


その男は飛鳥の荷物の中から折り畳まれた紙を探り出して何かを確認している。


「『静山飛鳥、規定時間内に1人を殺害せよ』…。流石にこいつがターゲットではないか……それにしてもヌルい条件だ、子供故のハンデか」


飛鳥「あ、あなた……は?」


「…閏坂雅(うるうざかみやび)


呟くように名乗る雅という男に、飛鳥は底知れない何かを感じていた。


飛鳥「えっと、その…人違いなら早く離して。……ね?」


しかし雅は黙ったまま、何をする訳でもなく用紙を見続けている。


飛鳥「ちょっと……聞いてる?」


雅「自分がどういう立場なのか理解していないようだな……」


静かに呟いて、雅は飛鳥を睨み付けた。


雅「お前の条件は"1人の殺害"、いつ俺を殺すとも知れない人物を野放しにすると思うのか?」


飛鳥「っ!」


明確な殺意を感じて必死に逃げ出そうとするが、子供の力では雅の腕を振りほどく事は叶わない。


飛鳥「や、やめて…っ! 私は、貴方を殺したりなんてしないから、お願いだから……」


雅「成る程、死が怖いか。……そうだな、俺もただ殺して回る作業には飽き飽きしていたところだ」


飛鳥「…!」


"殺して回る"などと軽々しく口にする雅に、飛鳥は目尻に涙を浮かべて首をふるふると横に振る。


雅「安心しろ、命は奪わない。……"命は"、な」


飛鳥「いっ、嫌……!」


視界の片隅に入った銃に手を伸ばそうとするも、それを手にする事は叶わなかった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



静寂に包まれた通路を、飛鳥は歩いていた。


幾度にも渡って散々弄ばれた身体でふらふらと歩き、その瞳には生気が殆ど感じられない。


飛鳥「―――」


唯一の失敗は、飛鳥が銃声で雅を呼び寄せてしまった事。


それさえ無ければ、この痛みも、悲しみも、受けずに済んだのかもしれない。


飛鳥「(早く……帰りたい)」


その望みも、規定時間内に誰か1人を殺さなければ叶わない。


私…ここで死ぬのかな。








「……君! だ、大丈夫か!?」


誰かの声と、駆け寄って来るような足音。


その人は私の姿を見るなり『誰がこんな酷い事を…』と呟き、自分が着ていた上着を被せてくれた。


飛鳥「…お兄さんは、あの人みたいな……痛い事、しないの?」


「する訳ないさ、こう見えても俺は一児の父親なんだぞ。子供には優しく、ってね」


その人は、ふらふらと危なかっかしい飛鳥の肩を支える。


飛鳥「……ぁ」


被せて貰った上着の内ポケットに、私のと同じような紙が折り畳まれて入っている。


飛鳥「(この人の紙には、どんな事が書かれてるんだろう……)」


その好奇心から、飛鳥は気付かれないように紙の内容をこっそり確認した。









『規定時間内に"殺害"が条件に入った人物を殺害せよ。』



―――え?









「そういえば、君の条件はなんだい。俺に協力できそうな事かな?」


飛鳥「…っ!」


この人は、私を殺せば生き延びる事が出来る。


私の条件を知れば、この人は雅という人と同じように敵になってしまうかもしれない。


こうして何気なく私の紙の内容を聞いてきているが、もし正直に話してしまえば……。


飛鳥「(私は、今度こそ殺されちゃう……ッ!)」


2度目の失敗は、許されない。


だから、私は―――!





飛鳥「うあああぁぁぁぁぁっ!!」


何も考えず、ただ死の恐怖に流されるまま飛鳥は無防備なその人の腹部に向けて銃の引金を引く。


銃声と共にその人の腹部からは血が噴き出し、その身体は壁にもたれるように倒れた。


「か……は――っ!」


吐血しながら何が起きたのか分からないような表情で飛鳥を見つめる2つの瞳。


やがて、思い当たる事があったのかその人は口を開く。


「そ……そう…か、これが……君が…帰る為の…」


飛鳥「わ、わたっ……私は………」


そうでは無かった。


この人を殺せば帰れるとかそういうのじゃなくて、ただ……裏切られるような気がしたから。


この人は私を裏切るような人じゃなかったかもしれない、それなのに……。






私―――最低だ。





飛鳥「……っ!」


その人の姿を見ていられなくなって、私はその場から逃げ出した。


なるべく遠くに行けるように、必死に、死に物狂いになって。


けれど、どれだけ遠くに逃げても恐怖は消えない。


やがて私は力尽き、眠るように空き部屋で倒れ……









……次に目覚めた時、私は見慣れた自宅の布団の上に居た。


最初は悪夢だと思ったが、私の鞄の中を見てそうではないと確信する事になる。


『ご協力有難うございました』と印刷された紙と、飛鳥の名前が綴られた通帳。


飛鳥「いちじゅうひゃくせん………何これ」


そこには子供の飛鳥では数え方も分からないような巨額が記載されていた。


飛鳥「これ、お母さんに見せた方が……」


台所に足を運ぼうとして、はっと息を飲む。



「――おはよう飛鳥、よく眠れた?」


お母さんの包丁を見て、自分が何をして生き延びたのかを思い出す。


もし、私が人殺しだって事がバレて、警察の人がこの家まで来たとして……私はお父さんやお母さんの目の前で捕まりたくない。


そしてなにより、お母さんがその気になればいつでもその包丁で私の命を奪えるという状況が、恐くて仕方なかった。


そんな事はあり得ない、けれど「もし」そうなってしまったらという思考が止まらない。


飛鳥「あ、えっと……今日、少し早目に出ないといけないの」


「あら、そうなの……じゃあ飛鳥は準備していて、お弁当箱に詰めてあげるから」


優しく微笑むお母さんを見て罪悪感を感じながらも、私は覚悟を決めてお気に入りの衣服や玩具などをランドセルと手提げ鞄に詰め込み始めた。


飛鳥「(……ごめんね。お母さん、お父さん)」






その日を境に、静山飛鳥が自宅に帰って来る事は無かった。


幸い、通帳に記載された額は本物で飛鳥は餓えに苦しむ事は無い。


もしその通帳が無かったのなら、飛鳥は今も家族と共に過ごせていたのだろうか。



自問自答を繰り返しても、既にそれは遠い昔の記憶。


今はもう、あの時のような孤独の寂しさは忘れてしまった。


何故なら、私は生き延びる為なら手段を選らばない非情な人間へと成長してしまったのだから。



―――もう二度と、あの頃へは戻れない。

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