EP1-032:イツワリの終わり
朦朧とした意識の中、早朝の冷たい空気で徐々に眠気が削られてゆく。
建一「うぅ……ん」
身体を起こすと、そこは見慣れた自宅の一室だった。
実はよく似た作り物で、扉を開けたらまたあの地下空間に居るのではないかと不安になるが、窓を開けて晴れ渡る空を見て安心する。
建一「はぁ……夢、だったか。そうだよな、あんな事が現実であってたまるか」
しかし、制服に着替えようと服を脱ぎ始めた所で建一は固まる。
その足には"ある筈のない"血の滲んだ包帯"がぐるりと巻かれていたからだ。
建一「…違う、よな?」
きっと転んで意識を失ってしまったとか、そういう類いに違いない。
自宅までどうやって帰ったのかも記憶していないし、辻褄も合う。
建一「そうだよな、そうに決まって……」
ふと、手に持った上着のポケットが視界に入る。
あの地下施設の出来事が事実ならば、このポケットには"ある物"が入っている筈なのだ。
ポケットを服の上からなぞり、中に何かが入っている事に全身から血の気が引いてゆく。
建一「まさか……」
出来れば確認なんてしたくない、その現実を知らないでいたい。
けれど建一は、事実を確かめるべく上着のポケットの中に入っている"それ"を取り出した。
――涼路さんのペンダントと光弐への誕生日カード。
手のひらの上で日の光を浴びる犠牲者の形見に、建一は崩れるようにその場で座り込んだ。
建一「夢じゃ……ない」
現実から逃げ出したくなる気持ちを、事実を口にする事で抑える。
何故、俺は生きているんだ…?
観崎と白鷺さんは…あの後一体どうなったんだ?
出来れば、今すぐにでも観崎の生死を確認したい。
けれど、もし生きていたとして……俺はどうするつもりなんだ?
観崎は俺を殺そうとした事を、俺は観崎と由乃を騙してB5Fの通過条件を遂行させた事を。
それぞれが罪悪感を抱き、俺と観崎の距離は開いて行くだろう。
それ以前に、観崎が生きているのかさえ定かでは無い。
建一「…とりあえず。婆ちゃんの飯、作らないとな」
脱ぎかけの私服を再び身につけ、建一は部屋を出た。
◆◆◆◆◆◆◆◆
キヨ子「建一や。学校には行かんのかい…? そろそろ準備せんと観崎ちゃんが来る時間ぞよ?」
朝食に箸を伸ばしながら、縁側に腰かけて空を眺めている建一に声をかけるキヨ子。
建一「今日は、あいつは来ないよ…」
空虚な瞳で空を眺める建一に、キヨ子はデジャヴを感じていた。
10年前、引越して間もない建一もこんな風にずっと空を見ていた事を思い出す。
結局、今も昔も建一を裕武の形見としてしか見れないキヨ子には建一に話す言葉が思い付かない。
お互い口には出さないが、建一とキヨ子は家族であって友人以下の関係だった。
だからこそ、初川観崎は生きている人の中で最も建一の心の深い部分に食い込んでいる存在なのだ。
けれど約束というたった1つの繋がりは、もう途絶えてしまった。
俺と観崎の間には、もう何も無い……。
建一「(…おかしいな。俺は、あいつに約束を破棄される事を待ち望んでいた筈だったのに)」
こんなにも胸に穴が出来たような虚しい気持ちになるのは、俺がそれだけ観崎に依存してしまっていたという事だろう。
◆◆◆◆◆◆◆◆
もうとっくに学校が始まっている筈の時間、建一の予想通り観崎は未だ迎え来ていなかった。
本当に、観崎は無事なのだろうか。
無事だったとして、何事も無かったように学校で授業を受けているのだろうか。
それとも……
建一「……っ」
最後に見た泣き崩れる観崎の姿を思い出し、建一は勢い良く立ち上がった。
キヨ子「…!」
キヨ子は表情はそのまま内心驚いていた、このまま建一は昔と同じように動かなくなってしまうのだろうと思っていたから。
建一は急いで携帯電話を取り出し、ある人物に電話をかけた。
暫く発信音が鳴った後、授業真っ只中である筈なのに、その人物は電話に出た。
『自重してください』
不機嫌そうな少女の声が携帯電話から漏れる。
建一「悪いな、他に頼れる奴がいないんだよ」
『まー、建一先輩からの電話なんて珍しいですしおすし。軽く電話越しの告白をされる程度の事態だと思って教室を飛び出してきましたよテヘペロ☆』
それにしてもこの後輩、実にノリノリである。
建一「お前、確か深夜バイト用とかなんとかで携帯2台持ってたよな?」
『ホゥ……ワタシクに第2の携帯の封印を解けというのか』
悪役的口調でくっくっくと笑われる、てか"ワタシク"ってなんだよ。
建一「観崎とちょっとトラブってな、頼みたい事があるんだ」
『観崎野郎と…トラ、ブル? あぁ……だからヤる時はゴムしろとあれ程…』
イヤン、と意味深な言葉を囁かれる。
建一「いや違うからね!? 授業中のお前にコールする程度に緊急事態だから真面目に聞こうね!?」
『ジョーダンですってば……それで、どうしました?』
隣でばーちゃんが話を聞いている事などお構い無しに、俺はその通話相手に用件を話した。
『なるへそ、確かに私程の適役は他に居ないでしょう。丁度授業中に爆睡するミッションにも飽きてたとこです、引き受けませう』
建一「あぁ、さんきゅうな。今度何か奢らせて貰うよ」
『飯はいらん。先輩の身体で払っ(ry』
ブツッ
いちいち相手をするのも馬鹿馬鹿しいので通話を切る。
キヨ子「建一…あんた……」
建一「…ちょっと出掛けて来るよ、婆ちゃん」
目を丸くしているキヨ子を尻目に建一は玄関へと走って行った。
キヨ子「ようやく、あの子の時間は動き出したようだよ。見てるかい、裕武……?」
一人部屋に残されたキヨ子は、建一と同じように縁側に腰掛けて、澄み渡る空に今亡き息子の姿を浮かべた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
カーテンを閉めて薄暗くなった部屋の中、観崎は部屋の隅でうずくまっていた。
一体どういう風の吹きまわしなのか、こうして犯人側の意思によって解放されたという事は、完全にゲームを終えたという事になる。
恐らく同じ状況だった建一も無事に解放されているだろう。
それは喜ぶべき事なのだが、それでも観崎の表情は晴れない。
観崎「私は、この手で建一を殺そうとしたんだよね……」
少し重みのある拳銃を握った感覚を、未だ手が覚えている。
あの建物内で私が建一を殺そうとした罪が表沙汰になる事は無い。
建一は『お前なら構わない』と言ってくれていたから、多分簡単に私の事を許してしまうのだろう。
だからこそ私が私を許せない、許しちゃいけない。
二度と建一とは会わないようにしよう。
私にはもう……堂々と胸を張って建一の隣を歩く資格なんてない。
観崎「……けど、私。建一にまだ返事してなかったな…」
好きだと言われた事に対する返答、それをしないままだと建一との縁を切れない。
携帯電話に手を伸ばそうとしたその時、まるで私が取りに来るのを待っていたかのようにメールが届く。
観崎「みぎゅ……見た事無いアドレス…?」
迷惑メールだろうか、てっきり建一からだと思っていたから少し落胆する。
…って、何を落ち込んでるんだろう私は。
内容を見て削除しようと思った観崎だったが、そのメールの文面に釘付けにされていた。
『(no title)
今から赤羽建一を処分する。道連れになりたいのなら貴女もどうぞご自由に』
これ、どういう事?
私達……解放、されたんだよね?
観崎「け……建一ッ!」
先刻会わないと決めたばかりなので躊躇はあったが、建一の携帯に電話をかける。
『電波の届かない場所にあるか、電源が入っていない為……』
観崎「っ!」
繋がらない事が分かると、私は携帯を握ったまま考えるよりも先に部屋を飛び出していた。
階段を駆け降りて、靴も履かずに玄関を出る。
建一「よう」
観崎「……!?」
玄関の先には、観崎が助けに向かおうとしていた建一の姿。
観崎「あれっ、建一……どうして?」
建一は観崎が手に握っている携帯電話に視線を向ける。
建一「悪かったな。観崎に届いたそのメールは、あいつに頼んで送って貰ったものなんだ」
呼吸を整えながら観崎は冷静になり、これは建一が観崎に会うために玄関から出てくるよう間接的に送ったメールなのだと理解する。
観崎「……まんまと、騙されちゃったな」
建一「あぁ、お陰で俺達はもう一度会う事が出来た。お前の事だから引き篭る覚悟くらいは決めてたんだろ?」
観崎「はは……ほんと、バレバレなんだね」
悲しげな笑みを浮かべて苦笑する観崎。
それ以上会話は続かず、2人の間に沈黙が漂う。
どれ位そうしていたのだろうか。
その沈黙を破ったのは建一だった。
建一「ごめんな、観崎。皆が悲しむ顔を見るのが嫌で、ずっと光弐について黙ってた」
観崎「そんな…! 私だって、途中から気付いてた事があったのに建一に黙ったままで、命まで狙って…」
建一「言ったろ、それは構わないって」
観崎は小さな声で、でも……と弱々しく呟くが、聞かなかった事にする。
建一「今日は騙していたのを謝りに来たのと、観崎の返事を聞きに来たんだ」
観崎「え……えっと、あの時はちょっと心に余裕が無くて…だから良く覚えてないというか……その…」
誰がどう見ても嘘であると見抜けそうな程動揺している観崎。
けれど、俺も引き下がるつもりは無かった。
建一「もう一度言うよ。俺は観崎の事が好きだ」
観崎「みぎゅ、そ…そんなにはっきり言われると、困る…かも……」
顔を紅潮させて目を泳がせる観崎。
意識して見ると案外可愛い奴なんだな……どうして今まで気付かなかったのだろう。
観崎「でも、私は……建一の隣を歩く資格なんて」
建一「俺はこうして生きてるじゃないか。今1番大事なのは、観崎がどう思ってるかだろ。…違うか?」
観崎「……ぁ」
『1番大事なのは、初川さんが赤羽君を好きなのかどうかだと思います。…どうなんですか?』
同じだ、由乃ちゃんが言っていた事と……
…そうか、私は諦めてたんだ。
私が建一の隣を歩ける程立派な存在じゃないって、心の何処かで自分の気持ちを自分で押し潰してた。
―――本当は、ずっと昔から建一の事が好きだった癖に。
観崎「…私なんかで、いいのかな」
建一「良いに決まってるだろ。それとも駄目だって言って欲しいか?」
建一の言葉に、ずっと自分で押し潰していた感情が湯水の如く溢れ出る。
気がつくと、私は建一の胸に飛び込んでいた。
観崎「私もっ……私も大好きだよ、建一!」
涙を溢しながら観崎は建一の身体を力いっぱい抱き締めた。
こうして数日間に渡って繰り広げられた残酷なゲームは終わり、その生き残りである俺達は強く結ばれた。
あのゲームは一体なんだったのか。
何かに感づいていた観崎に聞けば少しは分かるのかもしれないが、今はまだこの幸せに浸っていよう。
幸せとは最も失いたくないもの、失った時……心の最も深い部分をえぐってしまうもの。
それでも俺は、観崎と共に歩んでゆく。
観崎の居るその場所が、俺の日常だから。
やっと手に入れた幸せを、もう二度と離さない。
イツワリの日々に別れを告げ、建一の新しい日常が始まろうとしていた。
シカバネアソビEpisode1
~サマヨイアソビ~
FIN




