EP1-002:開錠
俺は夢を見ていた。
懐かしい夢、大切な人達の夢。
虚ろな意識がゆっくりと覚醒していく…
建一「…っ」
多分、俺は泣いている。この夢を見た時はいつもそうだ。
こんな所を見られたらアイツに余計な心配をかけてしまう、見られる前に涙を拭いておこう。
だが、目が覚めていくうちに気付いた事がある。
建一「…?」
―――天井が、白いのだ。
俺の家は木造で、天井は茶色の筈。婆ちゃんがボケて塗装でも頼んだのだろうか?
赤羽キヨ子(78)、俺の婆ちゃんで現在の保護者。
近所の人からすれば「古き良き日本を愛する駄菓子屋の婆ちゃん」なのだが、最近はボケてきたのか万引きされていても全然気付かない残念な所が目立つ。
建一「いや、有り得ない有り得ない……いくら婆ちゃんでもそんなヘマはしない筈だ」
ここが自宅でない事に気付くと一気に目が覚めた。
建一「ここは……なんだ?」
俺は真っ白な部屋にいた。
部屋には白い机と白いベットしかなく、俺の体はご丁寧にベットに寝かされている。
建一「病院……か?」
開放感がなくて息苦しい、窓くらい付けておいて欲しいものだ。
建一「いや、待てよ…?」
俺は何処も怪我なんてしていないし、病院に運ばれる理由なんてない筈だ。
それ以前に、私服で寝かされているのがおかしいのか…
建一「そもそも、俺はここに運ばれる前、何をしてたんだっけ…?」
休日。
知り合いに誘われて、仕方なく商店街に繰り出して…
カラオケで何故入っているのか分からないマイナーな曲を歌い続け…
一緒に夕飯を食べ…
解散して…
帰路に付いて…
建一「付いて……家には、帰ってないな……くそっ」
ここまでしか覚えていない。
まるで酔っ払いの爺さんみたいな記憶力だな、俺。
いつも『夜道は危ないから気をつけるんだよっ!』って口うるさく言って来る幼馴染の姿を思い出す。
そんな事を言うアイツは子供っぽいと思っていたけれど、それを守らないで後悔するなんて、俺も負けずとも劣らずだな。
とにかく、ここが病院であってくれれば部屋の外に行けば誰かに会えるだろう。
建一「ここに来た経緯が分からない以上、誰かに話を聞いてみるしか無いな…」
ベットから降りて部屋の扉に向かい、そのドアノブに手を伸ばす。
ガチャガチャ…
建一「げっ、開いてない…」
その扉に鍵らしい物は無く、その代わり扉の中心辺りに小さな文字が綴られていた。
『開錠:部屋に用意した貴方の私物を所持する』
建一「何だこれ、ふざけてるのか…?」
俺の私物なんて、何処にも無かったじゃないか。
もう一度部屋を見渡すと、机の上に俺の外出用のバックがあった。
建一「なんで俺の鞄は白のエナメルなんだろうな、紛らわしい」
勿論俺が選んだからなのだが、そんな事はどうでも良い。
バックの中身を確認すると、休日に出掛けた時のままの状態のようだった。
財布、学割用に放り込んだ学生証、自宅の鍵……それと
建一「お、携帯もあった…」
GPSを使えばここが何処だか調べる事が出来る、便利な時代になったもんだ。
―――圏外
建一「……何処が便利な時代だよ。違法アップロード者の逮捕なんてしてないで、もっと電話線伸ばしてくれよ」
世の中そう都合良くできてる訳じゃないし、愚痴を零しても仕方がない。
気持ちを切り替えて、鞄を持ち上げて肩に提げる。
――カシャリ
建一「ん?」
鞄が机から離れたのと同時、扉から小さな物音がした。
まさか、本当に開いたのか?
俺が私物を回収したから…
建一「どんな病院だよ、さすがにハイテクすぎないか?」
疑いながらも俺の足は扉に向かって進んでいた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
建一「参ったな…」
確かに扉は開いていた、それは良しとしよう。
だが…
人がいないのだ、全くと言って良い程に。
建一「これじゃあまるで、父さんの…」
…いや、違う。
父さんが殺された場所はコンクリが剥き出しになっていたし、こんなに綺麗ではない。
俺は手掛かりを求めて、婆ちゃんに内緒で何度もビデオテープを見直したんだ。
間違い無く別物だろう。
誘拐された可能性があるという意味では、同じなのかもしれないが…
建一「とにかく、少し歩き回ってみるか…」
◆◆◆◆◆◆◆◆
バタンッ
建一以外誰もいない通路に、扉の閉まる音が響く。
建一「この部屋も駄目か…」
さっきからこの繰り返しだ。
人どころか何も無い部屋ばかりで、稀に俺が目覚めた部屋のようなベットと机がある程度。
やはりこの建物には、俺以外には誰もいないのだろうか?
そう考えると、10年前と同じ孤独感を感じそうになる。
建一「……ん、あれは何だ?」
俺の視線の先にはよく学校の廊下で見かけるような、クラスの名前を示す為のプレートがあった。
『資料室』
建一「…資料室、だって?」
確かにプレートには「資料室」と書いてある。
数え切れない無人の部屋と、資料室。
これでは病院というより荷物を運び込む前の大規模な施設って感じだな。
清掃が行き届いていなければ「廃墟」と表現していた所だ。
建一「扉に……何か書いてあるな」
『開錠:室内が無人である事、内側から出る際にはこれを適用しない』
…いや、俺しか居ないんですが?
建一「これが本当なら、俺以外の誰かが来た時に面倒な事になるんだろうけど…」
悩んでいても仕方が無いので、扉を開けて中に入る。
すると、見慣れない"何か"が視界に入った。
建一「な、なんだ…これ?」
右手には刃物、左手にはライフル銃を持った人間の上半身のような機械が置いてあった。
扉から見て右側の壁には大きな文字で「Replica」と書いてあり、そのすぐ近くに説明書きと思われるプレートが設置されていた。
どうやらこの部屋には、正体不明の機械とプレート以外には特に何も無いようだ。
雰囲気は博物館の展示物といった所だろう、俺はプレートに書かれている文字を読み上げた。
『Adjuster:頭部のカメラと温度センサーを使ってターゲットを特定する。ターゲットを確認した場合、一定の間隔で銃弾を発砲しながら接近し、ブレードで切り裂く。また、移動手段は磁気を利用した浮遊で、行動可能なのは施設内のみ』
説明文らしきものにはそう書かれている。
いくらなんでも現実味が無さすぎると思いもう1度読み返すが、間違いないようだ。
建一「アジャスターねぇ……これはアレか、何かの映画に登場する機械だったりするのか?」
コツッ、コツッ…
建一「ッ!?」
…足音だ。
確かに足音が聞こえた。
本当に俺以外の人物が居たのだ、良く考えてみれば当然だ。
俺は自分の足でここに来た覚えは無いのだから、俺を運んだ"誰か"が居る筈なのだ。
頭では理解していたが、あまりに無人すぎて失念していたようだ。
建一「マズいな…」
この部屋は目立つ、もし犯人なら簡単に見つかってしまう。
いや、そうでなくても扉の説明文を読めばこの部屋に誰かがいる事など簡単に分かってしまうだろう。
どちらにせよ接触は避けられない、何かいい方法は無いのだろうか。
そう思案しているうちに――
ガチャガチャッ!
建一「…!」
――まだ見ぬ誰かが、資料室の扉に辿り着いた。