EP1-025:醜き衝動
B3Fに到着して直ぐに、楓が啜り泣き始めた。
楓「全部……私のせいだ、全部っ!」
観崎「みぎゅ、そんな事無いよ。どのみち待ち伏せしてた天真さんとは鉢合わせする事になってたんだし……ね?」
その背中を優しく撫でながら、観崎が宥めている。
そんな光景を見て、建一は悔しさに歯軋りをした。
仲間が目の前で命の危機に曝されているというのに、建一達はあまりにも無力だった。
毛嫌いしていた銃を1丁でも所持しておけば、由乃の力になれたかもしれないのに……それをしなかった建一は助けるどころか由乃の戦いの邪魔になっていた。
その事実が、建一の心に重くのしかかる。
建一「観崎……お前は楓を連れて、帰り道が分かる範囲内で何か特別な部屋が無いか調べてくれ」
観崎「えっ…建一は、どうするの?」
建一「由乃は"絶対に帰る"って言ったんだ……俺はここで待つ」
勿論、それが自分達を思ってついた優しい嘘である事など分かっている。
観崎「それなら、私も…!」
建一「観崎……もしかしたら都合良く武器管理室が見つかって、由乃の手助けになるかもしれないじゃないか」
俺がそう言うと、楓が目を見開いて観崎の手を引く。
楓「…っ! み、観崎さんっ!」
観崎「みぎゅ!? わ……分かったからそんなに引っ張らないで!」
楓はかなりの罪悪感を抱いていたのか、力いっぱい観崎を引っ張ってゆく。
ほんの少しだけでも、楓は天真達と組んで俺達を嵌めたのではないかと考えていた事を反省する。
視界から観崎達が居なくなった事を確認すると、俺は静かに呟く。
建一「…悪いな観崎、嘘ついて」
都合良く武器管理室が見つかって……だなんて、俺1人がここに残る為の出鱈目だった。
勿論武器が見つかれば由乃を助けに行くが、そんな事をしている間に決着がついてしまうだろう。
もし下の階への扉から由乃が姿を現せば、素直に喜べば良い。
しかし、そうでなかった場合は―――
建一「………」
◆◆◆◆◆◆◆◆
観崎達が帰り道を覚えながら走り続ける事十数分。
楓「観崎さん。あれ、資料室じゃないですか…!?」
観崎「――え…う、うんっ」
興奮しながら話す楓に生返事をする観崎だが、焦りの感情を積もらせている楓が気付く様子は無く、先に一人で資料室に走って行ってしまう。
観崎「―――」
なにかが引っかかる。
刃物しか持ってない私達が銃器を手に入れて由乃ちゃんをサポートするのも、由乃ちゃんがこの階層に来た時のために建一が扉の近くで待つのも間違いじゃない。
でも、私は知っている筈だ。
建一は自分の"日常"を失ってしまったせいで、他人のそれが失われることを最も恐れている。
由乃ちゃんと、由乃ちゃんを大切に思っている人達の"日常"が脅かされている今、建一は最も精神状態が危ういはず。
なのに建一は自ら率先して銃器を探そうとせず"扉の前に残った"。
それは、何故―――?
観崎「…っ!?」
―――バチッ、と頭に電流が走るような錯覚がした。
それと同時に、建一の思考を理解してしまう。
楓「観崎さん、ここの資料室は地図でしたよ! 早くこの地図に記された武器管理室に……って、観崎さん?」
私の青ざめた表情に何かを感じ取ったのか、楓ちゃんが「どうしたんですか」と心配そうに声をかけてくる。
観崎「―――なきゃ」
楓「…え、なんて?」
うわごとのように観崎が呟いた言葉を楓は聞き取れず、もう一度聞き返す。
観崎「――建一を止めなきゃ! きっと建一は邦和さん達を殺そうとしてるッ!!」
そう叫んだ観崎は先刻以上に焦りの感情を顕にし、楓の手を引いてもと来た道を走り出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
暫く待っていると、扉の向こうから段々大きくなってくる足音が聞こえてきた。
建一は近くの曲がり角に身を隠し、息を殺して静かにその瞬間を待つ。
そして遂に、その扉が開け放たれた。
邦和「――ッ、ハァ…ハァ…なんとかここまで来れたか。峰沢め、手こずらせやがって…」
まる「は…はいぃ、っ」
そこに現れたのは、由乃との戦闘で負傷した邦和とまるの2人だった。
邦和は右肩と左足の2箇所に被弾、歩くのもままならない状態。
まるは左腕に1箇所被弾していて、あまりの痛さに涙を流し続けている。
建一「由……乃…っ」
2人を相手に、あの状況からここまで頑張ったんだな―――俺達が逃げる時間を確保する為に。
でも、ごめんな。
悲しみで、憎しみで、自分が自分じゃなくなっちまいそうだ。
建一「う……」
もしかしたら、2度も助けてもらった命を無駄にするかもしれないけど、許してくれ―――
―――俺はアイツ等が生きている事が、許せない。
建一「うあああぁぁぁぁぁぁああああっ!!」
それまで我慢していた物が臨界点を迎え、天真に向かって突撃してゆく。
邦和「…っ!」
…が、天真からしてもこれは最も警戒していた事。
右肩を負傷しているため利き手ではない左手でハンドガンを構え、その引き金を引く。
―――ドクンッ!
心臓が激しく脈打つその感覚に、俺はニヤリと笑みを浮かべた。
それは戦う度に味わってきた"世界が止まったように感じる"あの感覚。
邦和が放った銃弾の軌道がはっきりと目に見える。
今まではこれが何なのかを思案し続けていたが、もうどうでもいい。
これで俺は、天真を殺す事が出来るんだからな……!!
建一「天真ぁぁぁぁああああああッ!!」
放たれた銃弾の軌道から身体を反らし、右肩の傷がある場所に傷口を抉るようにブレードを突き刺した。
邦和「ぐぉ……ぉ!」
既に戦う気力など残っていなかったのか、邦和は目を見開いてその手から呆気なく拳銃が落ちる。
建一「殺される側になってみた気分はどうだ……よ!」
その身体を痛めつけるように、突き刺したブレードを前後左右にかき回す。
邦和「グウッ……クク、ク! お前等は甘ちゃん揃いかと思っていたが、赤羽……今のお前、俺みたいな表情してるぜ、ククク…!」
本人は気付いていなかったが、この時の建一は邦和の鏡写しのような悪意に満ちた表情をしていた。
建一「………お前から謝罪以外の言葉を聞く気はない」
痛みつけられている筈なのに笑みを浮かべる邦和に対して、建一はつまらないものを見るような目で言い放つ。
まる「―――くすっ」
建一「…!」
視界の隅に、天真が落としたハンドガンを拾うまるの姿が映る。
邦和「クク……良いぞ珠田。今直ぐそいつを赤羽にブチ込ん……で…?」
だが、まるの姿を見た邦和は言葉を失う。
そして建一も、理解できずに目を見開いてまるを見つめる。
邦和「――オイ、珠田。なんで"俺"に銃口向けてんだ…?」
まる「―――」
かつての無邪気なまるは何処へ行ったのか、人が変わったように無表情。
そして、その口の端がつり上がり……子供のそれとは違う笑みを浮かべた。
まる「―――今までさんざんな扱いをしてくれたようね。フフ……悪い子にはお仕置きをしなくちゃ…」
邦和「な……!?」
純粋無垢だったはずのまるは、冷酷な悪魔へとその心を昇華させていた。
こういった裏切りを恐れて"珠田まる"という純粋な少女を選んだはずなのに、そのまるに裏切られた―――それは天真邦和最大の誤算だった。
まる「―――さようなら、"邦和サン"」
パンッ!
まるが放った銃弾は邦和の喉元に命中し、そこから噴き出す鮮血が建一の衣服に付着する。
この瞬間……確実に、呆気なく、建一達を苦しめてきた天真邦和という男は死んだのだ。
ビーッ、ビーッ!
『施設内に死体反応アリ。回収を行うので、対象から離れて下さい』
建一は血に塗れたブレードを邦和から引き抜き、慌てて邦和から離れる。
まる「クスクスクス……」
そして俺と入れ替わりでまるが天真に近付き、ポケットからギミックと携帯電話を持ち出して去ってゆく。
建一も邦和を殺そうとはしていた。
だが、まるのそれはもっと別の……そう、まるで蟻を踏み潰すような軽い感覚で殺したように見えた。
建一「おい……ま、待てよっ!!」
まる「……お楽しみを邪魔してしまってごめんなさいね。代わりに私が相手をしてあげても良いのだけれど、見ての通り万全じゃないの」
左腕の傷を指差すしてクスクスと笑うまる。
……違和感。
そうだ、この階に上がってきた時……確かまるは傷の痛みに"泣いていた"。
わざわざそんな芝居までする必要があったのだろうか、この階まで登って来なくても瀕死の天真を殺すことは容易だった筈。
いや……本当に今までの珠田まるは全て"芝居"だったのか?
建一「お前――本当に"珠田まる"か?」
まる「くすっ、その位自分で考えなさい……その方が面白いもの」
俺とある程度距離が離れた場所に移動すると、まるは天真の持っていたギミックを取り出し……
まる「次の階層で待ってるわ―――"建一サン"。クスクス……」
そのスイッチが押された直後、厚いコンクリート製の壁が轟音と共に現れ、まるの姿は見えなくなってしまう。
そして視線を壁から天真の遺体へと戻すと、丁度その床が開いて奈落の底へと落下していった。
「う……そ――――」
建一「っ!?」
その呟くような声に振り返ると、4つの眼が血まみれの俺を映し出していた。
観崎「建一……なにを、やってるの…?」
観崎も頭では理解していた筈なのに、それでも現実を受け入れる事が出来ずに血まみれの建一に尋ねた。
実際に邦和を殺したのは豹変したまるだが、そんな事は関係ない。
――建一は邦和を殺そうとした。
――過程はどうあれ邦和は命を落とした。
観崎の質問に、建一は答える事ができない。
楓「なっ、なんとか言いなさいよ!!……っ!?」
建一を問いただそうとした楓が服の胸倉を掴み、そこに付着した邦和の生温かい血の感触に思わず手を離した。
建一「―――見れば、分かるだろ」
観崎「っ!!」
静かに呟いた建一の言葉に、観崎はより一層顔をこわばらせる。
建一を止められなかった、その後悔に憂いを抱く。
建一「その扉から出てきた天真を見て、由乃がこいつ等に殺されたんだって思ったら……もう抑える事が出来なかった。好きなだけ蔑めよ、俺はそれだけの事をしたんだから」
楓「…よくやった!」
建一の両肩に手をつき、楓は笑みを浮かべていた。
建一「……へ?」
観崎「楓ちゃん…?」
建一も観崎も、その理解不能の言動に言葉を失う。
楓「あんな男が世の中に帰ったって、どうせ犯罪ばっか起こすに決まってるじゃん。偉そうに人を見下しちゃってさぁ、ここで浄化された方が地球の為よ!」
うんうんと楓は頷く、俺に……そして自分自身に言い聞かせるように。
楓「―――それに、由乃さんの事は私にだって責任がある。だから、全部1人でやろうだなんて思わないで、あんまりしょい込まないでよ……」
建一「楓……」
観崎達を突き放して、1人でまるの元へ向かう筈だったのに……釘、刺されちまった。
その言葉に少しだけ元気付けられ、俺は観崎の方へと向き直る。
建一「…言い訳に聞こえるかもしれないけど、最終的に天真を殺したのはまるなんだ」
観崎「みぎゅ、そう……なんだ」
戸惑いながらも、観崎は建一の言葉に相槌を打つ。
建一「あいつは"次の階層で待ってる"って言ってた。衝突は避けられないと思うし、俺は由乃を殺した2人を許さない」
その確固たる信念を持った建一を見て、観崎はため息をつく。
観崎「みぎゅ……建一は、私がどんなに止めても戦っちゃうんだよね」
建一「……悪い」
観崎「――なら、私はせめて一緒に"背負う"よ。建一がなんて言おうと一緒に行く」
観崎もまた、確固たる信念を持って建一の瞳を見据える。
建一「まったく……」
観崎も楓も、なんで天真を殺そうとした俺を軽蔑しないんだよ。
俺は2人に嫌われて……孤独になる事も覚悟していたのに。
なんだか身体が軽くて、とても暖かい……
建一「お前等、お人よしすぎなんだよ……っ」
――そうか、これが"嬉しい"って事なんだ。
2人に背を向けて、建一は涙を流していた。




