EP1-024:護り抜くという意思
由乃の威嚇によって邦和は建一達に止めを刺せず、場は膠着していた。
邦和「そういや、俺はあんたの名前も知らないんだが…?」
由乃「……」
その問いに由乃は答えず、ただ邦和が妙な動きをしないか細心の注意を払って観察している。
その姿から、やはり由乃が1番厄介な相手だと判断した邦和は即座に行動に出た。
由乃「…!」
邦和がポケットの中に入れた手で何かをしているのを由乃は理解したが、その時には既に手後れ。
由乃の背後に轟音と共に鉄格子が落下し、建一達と寸断されてしまう。
観崎「ゆ、由乃ちゃん!」
観崎が慌てて格子に駆け寄って持ち上げようとするが、びくともしない。
まる「ほへー、あれって壁みたいなのだけじゃなくて檻みたいなのも出るんですね!」
邦和「らしいな」
その二人の会話に耳を傾けながら、建一は身体を起こす。
思えば、前にも"これ"と似たような事があった。
それは、光弐と白鷺さんの2人と別行動をする事になった原因………通路に突然落下してきた"壁"。
建一「それが、お前の持っていた"ギミック"か……!」
邦和「……なんだ、やはりギミックについて知っていたんじゃないか。"嘘つき"は感心しないなぁ?」
別に嘘をついていた訳では無いと説明する事は出来たが、天真が信じようが信じまいが今この状況ではどうでもいい話だった。
由乃「―――行って下さい、赤羽君…!」
苗字を呼ばれた事で我に帰り、同時にその言葉の意味を理解する。
鉄格子が落ちたのは、次の階への扉の"向こう側"。
つまり、由乃と天真達を除いた俺達3人は"次の階層に進む事が出来る"。
―――由乃を見捨てる事で
観崎「……そ、そんなの駄目だよ由乃ちゃん!」
がしっと鉄格子を掴んでその向こう側に居る由乃を見つめる観崎。
俺達が鉄格子の向こうへと回り込む選択肢があるのに、由乃は何故そんな事を言うのか思案するが、その前に天真が言葉を発した。
邦和「思った通り、お前が一番利口なようだな。要するに後ろの奴等は拳銃の1丁も持ってねぇ"役立たず"って訳だ、ハハハッ!」
建一「――ッ!」
由乃が言い返さない事にショックを受け、また天真の言う事が真実である事も理解する。
由乃「―――大丈夫。ちゃんと帰りますから……ね?」
振り返った由乃の笑顔に、俺達はもう何も言い返すことは出来なかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
赤羽君達が無事次の階へと進んでゆくのを見て、まずは一安心。
扉が開錠していない可能性もあったが、天真さんが赤羽君達を来させないよう私の言動に加担しているのを見て確信に至りました。
まる「えーと、そろそろいいですかね?」
邦和「あぁ、その前に……死に逝く者の名を聞いておこうか。どうせ俺達の事は赤羽や初川から聞いてるんだろう?」
邦和のハンドガンの銃口も由乃へと向けられ、まさに一触即発の状態となる。
由乃「私は―――」
二つ銃口がそれぞれの身体を打ち抜かんばかりに交差する。
緊張が悟られないよう由乃が呼吸を整える。
邦和の殺意が臨界点に達そうとしていた、その刹那―――!
由乃「―――峰沢由乃ですッ!!」
邦和より僅かに早く放たれた由乃の銃弾によって、邦和のハンドガンが撃ち落とされる。
まる「あわわ…!」
邦和「…チィッ!」
二人が激しく動揺したその隙を、由乃は見逃さなかった。
重心を思い切り前へと傾けて、一気に通路を駆け抜ける――!
その際、落下した邦和のハンドガンを後ろ足で後方に蹴飛した。
邦和「……くっ、珠田! 峰沢を追え!」
まる「は、はいっ!」
今のは完全に邦和の不覚、故に由乃の実力を計りきれていなかった事を反省しながら邦和はハンドガンを拾いに向かう。
由乃を逃がすまいと邦和はまるに追跡させていたが、それはあくまで見失わない為のものであって、ナイフしか所持していないまるに勝機は無い。
邦和「……役立たずを抱えてるのは俺も同じって事か、ククッ」
焦る感情を殺しながら、邦和は久々に大物を相手にしている事を実感して笑みを浮かべていた。
邦和「反撃開始―――だ。俺から逃げられると思うなよ…」
◆◆◆◆◆◆◆◆
予想通り、私を追って来たのは珠田さんだけだった。
しかし―――
由乃「……ひ、引き離せない―――ッ!?」
由乃の予想に反して、まるはその幼稚な身体からは想像もつかないスピードで後方から追跡し続けていた。
エアーガンを使った地元のサバイバルゲームで鍛えられた由乃の戦闘スタイルは"隠れる事"に徹したもので、このようにピッタリと張り付かれたのでは邦和達より先にスタミナが切れてしまう可能性があった。
まる「えいっ!」
由乃「ッ!」
背中に向けてまるがナイフを振り翳して来たのをギリギリの所で避け、そのまま足払いをする。
まる「きゃふっ!?」
そのまま珠田さんが転倒し、攻撃するチャンスが生まれる。
しかし……
由乃「……っ」
その幼稚な身体を撃ち抜く事に躊躇いが生まれ、由乃は引き金を引く事が出来ない。
パンッ!
由乃「うぁ―――ッ!?」
瞬間、由乃の左腕がら鮮血が噴き出た。
それが邦和による援護射撃だと理解すると、被弾したのが利き手では無かった幸運に感謝しながら直ぐそこにあった曲がり角を左折する。
邦和「―――チ、まぁ峰沢相手に当てられただけでも充分か」
まる「うぅ……よくもやってくれましたねぇ!」
合流した二人が追って来ているのを確認して、由乃は焦り始めていた。
―――ある程度銃を使い慣れている天真さんと、足の速い珠田さん。
どう考えても分が悪い。
由乃「――――ッ!!」
そして、左腕が今まで感じたことの無い強烈な痛みに悲鳴を上げている。
このままでは―――間違いなく"死ぬ"
そして、天真さん達は私の帰りを待っているかもしれない赤羽君達の命を脅かす。
ドクン、と。
大きく心臓が脈を打ち、サーッと血の気が引いてゆく。
私は"赤羽君達"と、かつて私が傷つけたまま二度と会うことが叶わなくなった"あの子"とを重ね合わせていた。
―――『ねぇ…こっそりでいいから、僕の事話しておいてくれない?』
ちょっと勇気を振り絞れば全てが上手くいったかもしれないのに、その無垢な笑顔を壊さずに済んだかもしれないのに、はっきりとは言わなかったけれど私は助けを求められていた筈なのに……
私が臆病だったばかりに、その子は魂の抜け殻のようになってしまった。
これじゃあまるで、あの時と同じ……
私のせいで、赤羽君達が死んでしまうかもしれない。
私の力不足で、"また"何の罪も無い優しい人が傷つけられてしまうかもしれない。
私の甘さで、"また"守れたかもしれないものを手放してしまうかもしれない。
なら―――!
◆◆◆◆◆◆◆◆
邦和「……なんだ?」
峰沢がいきなり逃げるペースを上げた……というより、全速力で走り出した。
あんな事をすれば直ぐにスタミナが切れてしまうだろうに……焦って冷静に状況を見れなくなったか。
無理もない。いくら射撃の腕があっても、珠田を殺す事を躊躇するような甘ちゃんに被弾経験があるとは思えない……恐らく人生初の激痛に苦しんでいる筈だ。
―――その脆さが命取りだ、峰沢。
この時、邦和は勝利を確信していた。
一気に距離を離して通路を右折する事で自分達の追跡を逃れようとしている単純な行動に、裏など無いと信じて疑わなかった。
由乃「―――」
故に予想外。
通路を右折した直後に視界に映る"立ち止まって銃口をこちらに向けている由乃"の存在に、一瞬だけ邦和達の頭の中が真っ白になる。
由乃にとっては、その"一瞬"で充分だった。
パンッ!
邦和「がァ……ッ!」
由乃が引き金を引く寸前に邦和は状況を把握して回避しようとしたが、由乃が狙ったのは"回避の際に床を蹴ろうとする足"―――支えを失った邦和の身体はそのまま床に叩き付けられる。
まる「あぁ……あ…」
頼もしかった邦和の負傷によって、まるからはさっきまでの楽しそうな表情は失われ、恐怖に震えていた。
由乃「……恐がらなくても大丈夫ですよ、珠田さん。もう私達を殺そうとしないなら、命を奪うつもりはありません」
そんなまるに、由乃は優しく微笑んだ。
元々面白がって邦和と一緒に遊ぶように戦っていたまるは、1人で誰かを殺すような真似はできないだろうと由乃は考えていたのだ。
邦和「おめでたい奴だ……出来れば壁に手をついてでも立ち上がりたいんだが?」
未だ銃口を向けられているせいで、邦和は身動きが取れないでいた。
由乃「駄目に決まってるじゃないですか」
邦和「しかしなぁ峰沢、この角度からだと下着が丸見えだぜ?」
由乃「……っ!?」
銃を構えていない方の手でスカートを押さえようとするが、先刻撃たれた場所に激痛が伴い途中で断念する。
次第に顔が紅潮していく由乃を見て邦和がため息をつく。
邦和「こんな足じゃお前を追うことは叶わねぇ、さっさと行け」
由乃「ま……まだです、銃を置いて下さい」
邦和「――チッ」
恥じらいを抑えながら、冷静に邦和の武装を解かせる。
由乃「それとギミックもです」
あえて携帯電話まで奪わないのは、資料室の地図を保存出来ないと2人が脱出できないと考えた由乃の情けだろう。
邦和「……ほらよ」
大人しくギミックを床に置く邦和、由乃は警戒しながら銃とギミックを取りに向かう。
邦和「これで終わりだ峰沢ぁ――――――ッ!!」
瞬間、悪魔のような笑みを浮かべた邦和の拳がギミックのスイッチに振り下ろされた。
由乃がその行為の真意を理解する前に、その頭上からコンクリート製の厚い壁が急降下して来る。
由乃「しまっ―――!?」
それに気付いて前方に飛び退こうとするが、既に手遅れ。
完全には避けきれず、その背中に壁が直撃する。
由乃「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ―――ッ!!」
由乃の身体がが潰される音は轟音によってかき消され、それに続いて断絶魔が通路に反響する。
邦和「ハ…ハハッ…ハハハハハハハハッ!! 形勢逆転だ!! いいか峰沢、この世界はな……殺らなきゃ殺られる、そういうモンなんだよ! ……って、聞こえちゃいねーか」
ゆらりと壁に手をついて立ち上がり、勝者が笑い狂う。
傍らでそれを見ていたまるは、あまりに悲惨な光景に言葉が出ないでいるようだった。
「―――せ、ナい」
邦和「……あぁ?」
足元から聞こえてくる声に、邦和は笑うことを忘れて目を向ける。
由乃「手ブらでハ……帰サせ、ナい」
まる「―――ひっ!?」
邦和「……こ、こいつまだ生きて――!?」
焦点の定まっていない不気味な瞳に薄ら寒い物を感じて、直ぐにこの場を離れようと床のギミックとハンドガンを拾う。
―――直後
パンッ! パンッ!
まる「あ゛ぁっ!?」
邦和「ぐ――ッ!?」
何処からか銃声が2度聞こえ、邦和の右肩とまるの左腕に銃弾が浴びせられた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
歪んだ景色の中、天真さんと珠田さんが死に物狂いで逃げていくのが分かった。
もう痛みすら感じない、後は眠るように死を迎えるだけ。
その死までのほんの少しの時間、私は思考する事にした。
先刻、私は無意識に何かを呟き、辛うじて潰されていなかった右腕で"何か"を操作していた。
靄のかかった視界では確認する事は出来なかったが、その"何か"によって天真さんと珠田さんに最後の追撃が入れられたのだろう。
そんな中、私は1つの結論に辿り着く。
それはあまりにも信じがたいもので、けれど最初からあった違和感。
由乃「そう……っか」
やっと分かった、このゲームのようなものが何の為にあるのか。
教えてあげないと、赤羽君達に……ううん、きっと天真さん達でさえ説得できる。
"私達は、1人残らず生き残れるんだよ"……って
でも、もう遅い。
私の声は誰に届く事も無い。
どうして、今になって気付くのだろう……もう何も出来なくなった、今になって。
頬を涙が伝う。
宙に浮いたような錯覚がして、意識が靄に包まれて行く。
それでも、もしかしたら真っ暗な視界の向こうには誰かが居るかもしれない。
そんな有り得ない奇跡を祈って、最後の力を振り絞って言葉を紡ぐ。
―――『戦ッ……チゃ、駄目……』―――
そう言葉を紡ぎ終えると、峰沢由乃は眠るようにその命を散らした。




