EP1-016:Snipe
まる「どうしたんですか観崎さん? 反撃してくれないと面白くないですよ……っ!」
観崎「…!」
まるに初川包丁の刃が当たらぬよう配慮しながらも観崎はなんとか迫り来るナイフを受け止め、刃と刃がぶつかり合って奏でられる不快な金属質の音が通路に反響する。
例え相手が自分を殺そうとしている子供だとしても、観崎はまるを攻撃する事をまだ拒んでいた。
邦和「答えるなら早くした方がいい。 初川が死んでしまうかもしれないぞ?」
観崎の様子を音でしか確認する事のできない建一に、邦和は尋問を続ける。
建一「知らないっ……俺は本当に何も知らない!!」
邦和「案外折れないなぁ、それなら……」
天真の腰からナイフが引き抜かれる。
それはまるの持っていたような果物ナイフとは違い、コンバットナイフと呼ばれる代物だった。
邦和「しらばっくれる度にお前の体にコイツをくれてやる。なに、いきなり急所に刺したりはしねぇよ……ククッ」
天真の笑みに恐怖の感情が膨れ上がってゆく、この男は俺が「知っている」という言葉を吐くまで話を聞くつもりは無いのだろう。
もし邦和が建一への尋問を諦めたとしても、そうでなくても、俺と観崎は確実に殺されるだろう。
この天真邦和という男の目が、、言葉が、態度が俺にそう確信させる。
邦和「……もう1度聞こう、どうやって俺の銃を弾き飛ばした?」
建一「―――」
◆◆◆◆◆◆◆◆
建一「うああぁぁぁァァァァッ!!」
建一の叫びが通路に反響する。
観崎「建一…!!」
このままじゃ、建一が死んじゃう…!
嫌だよ、そんなの…っ
瞳から涙が溢れ始める、私は一体どうすればいいの?
建一を助ける以前に、まずは目の前のまるちゃんをなんとかしないといけない。
でも、まるちゃんに怪我をさせる訳には……
建一「ぐああぁぁぁぁぁぁッ!!」
再び、建一の悲鳴が通路に反響する。
観崎「…!!」
私は建一に守って貰ってばっかりなのに、私は何もしないの?
建一が死ぬのと、まるちゃんが怪我をするのとを天秤にかけてどうするの?
酷い言い様かもしれないけれど、ある程度の怪我はそれなりの処置を施せばいずれ治る。
でも、消えた命の灯は……
二度と……
観崎「……」
まる「…あ、やっとやる気になってくれましたか?」
―――私が、建一を守るから
観崎「建一は、死なせないんだから…っ!」
まる「んふふ、やっと面白い戦いが出来そうだねっ」
…ドクンッ!
また、この感触。
建一が「時間が止まっているようだ」と表現した未知の感触。
…体が、私に戦い方を教えてくれるっ!
観崎「はぁぁっ!!」
今までとは比べ物にならない程に感覚がリアルに感じられ、全身に力が染み渡ってゆく。
…けれど、そんな私の猛攻をまるちゃんは辛うじて防いでみせた。
まる「早! もしかして観崎さんも、知らないうちに強くなってたって事なんですかね…」
一瞬自分の身が危険にさらされたというのに、楽しそうに観崎に問い掛けるまる。
観崎「私に、おしゃべりしてる暇はないんだよっ!?」
ガギギッ…!
今度は防ぎ切れずに、まるは仕方なく初川包丁をナイフの刃先で受け流す。
まる「ひぇっ、これは作戦へんこーしかないですねっ!」
観崎「みぎゅ、それってどういう……」
疑問に思ったのもつかの間、まるちゃんは建一達の方に顔を向ける。
まる「邦和さん! 建一さんを人質にして欲しいですっ」
悪意のカケラも感じられない笑顔で、卑劣な戦術を選択されてしまった。
邦和「考える事が黒くなってきたなぁ珠田、そういうのは嫌いじゃねぇぜ……クク」
建一を無理矢理立ち上がらせて喉元にナイフを突き付ける邦和。
観崎「…っ」
ようやくまると戦う覚悟を決めた観崎だったが、建一を人質に取られては手も足も出なかった。
邦和「さぁ、とっととそのブレードを床に置きな」
ここで私が諦めたら建一はどうなるの?
…だからといって、私がこの要求を聞き入れなかったら建一は今直ぐに殺されてしまう。
八方塞がり……か…な。
建一「観崎っ、お前だけでも逃げろ…!」
ずっと痛みに耐えて黙っていた建一が、苦しそうな声で叫んだ。
―――建一!?
駄目、だよ…!
建一がいないと、私は…!
邦和「要求に応じないつもりか? なら、お望み通り赤羽には死んで貰うとしよう」
観崎「…えっ!?」
建一の言葉に動揺していた観崎は、要求の事をすっかり忘れてしまっていた。
そして、それを思い出すと同時に顔が真っ青になる。
観崎「待っ…!」
…だが、邦和は待たなかった。
彼は既に、建一への尋問を諦めていたのだ。
用事が済めば殺す、それが天真邦和という人間のやり方だった。
邦和「死ね、赤羽」
建一「くっ……」
ナイフが建一の喉元に迫る。
観崎「建一ぃぃぃいいいいっ!!」
パスンッ!
邦和「なっ…」
邦和の手からナイフが弾かれて飛んでゆく。
邦和「…な、なんだ!? こいつ等にギミックを作動させる余裕は無かった筈…」
パスンッ!
まる「ひゃわっ!?」
今度はまるの手に握られたナイフが弾き飛ばされる。
邦和「まさか……」
邦和は辺りを見渡す。
今までタイミングの良さに建一達の仕業だと確信していた邦和は、その考えに辿り着かなかった。
別の可能性……"第三者"がこの戦いに介入している事を――
邦和「……チ、やはりっ!」
邦和の視線の先、遥か先の廊下の曲がり角。
「―――」
そこには、ハンドガンを構えている翡翠色の髪の少女がいた。
そのハンドガンにはサプレッサーが取り付けられており、そのせいで銃弾によって武器が弾かれたという結論に辿り着けなかったのだろうと邦和は考える。
邦和「あの距離から俺と珠田のナイフを撃ち落としただと…? チッ……珠田、逃げるぞ!」
まる「は、はいっ…!」
その後の彼等の行動は恐ろしい程に早かった。
床に落ちた武器を拾うという選択肢もあっただろうに、迷う事無く「下の階に通じる扉」の中へと向かう。
まる「観崎さん、また戦いましょうね~っ!」
そして、まるの明るい声と共に邦和達は戦場から姿を消した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
建一「―――」
観崎「建一…!」
まるちゃん達が姿を消して直ぐに建一は気を失ってしまった。
まさか、ナイフで致命傷を負わされたんじゃ…?
観崎が確認すると、ナイフで刺されていたのは左腕と右足に1回ずつだという事が分かった。
とりあえず、この程度の怪我ならなんとかなりそうだ。
観崎「よかっ…た」
……はは、こんな風に建一に駆け寄るの何回目だっけ?
観崎がそんな事を考えていると…
「あの……」
先刻建一達を助けてくれた少女が、おどおどしながら話し掛けてきた。
観崎「…あっ、ありがとうっ! 本気にありがと……う…ぐすっ」
「え? は、はいっ…」
少女は少し困ったような顔をしながら返事をする。
観崎「ぐすっ……私、初川観崎! …お名前、なんていうの?」
涙を拭いて、出来る限りの笑顔で話し掛ける観崎。
由乃「あの、そのっ……私は、峰沢由乃……です」
観崎「由乃ちゃん、さっきは有り難うね? 建一を助けてくれて!」
由乃「はいっ……あの、それなんですけど……彼の苗字は、なんていうん……ですか?」
おどおどしながら質問する由乃、彼女はもしかしたら人と会話をするのは苦手なのかもしれないと観崎は考えた。
観崎「建一の苗字は、赤羽だよ?」
由乃「そう、ですか……」
それきり、話題に詰まってしまう。
観崎「え、えぇと……建一を手当てしたげたいんだけど、地図持ってる?」
由乃「えとっ、地図……ですよね? ありますよ」
携帯を操作して地図の写真を表示して私に見せてくれる由乃ちゃん、確かにその地図には「B6F」と印されていた。
観崎「じゃあ、この『治療室』って所まで建一を一緒に運んで欲しいんだけど……」
由乃「え……ええぇっ!?」
今までずっと呟くように話していた由乃ちゃんが顔を真っ赤にして驚いていた。
観崎「えっと、なんで赤面?」
由乃「私、その……男の人を触った事……あんまりなくて」
それでも由乃ちゃんは恐る恐る建一を抱えるのを手伝ってくれた。
さっきの銃を握っていた時の面影は一体どこにいってしまったのだろう?
観崎と由乃は、建一を抱えながら廊下を歩き始めた。




