EP3-032:Subsist greed
…
……
………
僕は決めたんだ。
守るだけじゃない、可憐と共に生きる選択肢を選ぶと。
それを今更になって『巻き込みたくない』なんて戯言だ。
僕は結局、可憐が大切で、傷付けたくなくて、独りで戦っていた。
だから僕は、もうどんな理由があろうとも、可憐を突き放してはいけない。
双夜「それで? お前にできるのかい。『元』無敗王様の厄病可憐さん」
にやりと挑発的な笑みを送ると、可憐は涙ぐんだ瞳を見開き……
可憐「やる、できなくてもやる! 今度こそ、そーやんの力になるから!!」
挑発的な笑みをそのまま返されて、双夜は諦めたように失笑する。
姜「ああぁぁぁぁっつ苦しいですわね双夜さん。貴方、本性はそんな性格でしたのね。せっかく、草食系僕っ子として重宝して……」
可憐「せやあぁぁああああああああああ!!」
余裕ぶって話す姜に、真っ正面から可憐が突っ込んでいく。
姜はくすりと笑みを溢しながら、銃口を可憐へと向け―――
―――バンッ! バンッ!
姜「くっ」
銃声と共に、薙刀の刀身を素早く左斜め前方へと払い、その『銃弾』を受け流した。
その刀身の先には、拳銃を構えた双夜の姿。
傍らには、可憐が姜を引き付けている間に移動した楓の姿があった。
銃は由乃が浸水した階層に落とされた際に残していったものを、楓が大事に持っていたのだ。
姜「(2丁の拳銃……対となる2つの武器、双夜さんが最も得意とするスタイル。なんてタイミングですの……!)」
双夜「(今、このタイミングだからこそだ。行け、可憐っ―――!)」
双夜が作った一瞬の隙に、可憐の拳が繰り出される。
しかし、姜にとっては『素人の域』を出ない一撃は、流れるように跳躍して簡単に避けられ、頬に擦るだけに留まった。
更に、回避後の姜の立ち位置は、可憐と双夜が直前上に並ぶ場所。
双夜の技量では、姜だけに銃弾を当てる事は不可能だった。
姜「(これでわたくしの―――)」
と、思案した姜の視界が、ぐるりと天を仰いだ。
それが、一撃目のフェイクに続いて、着地点目掛けて放たれた二撃目の足払いだと気付いた瞬間、姜の左手首をがしりと捻り上げる感触。
可憐「―――つかまえた」
背中から床に叩きつけられる前に、姜の手を掴んだ可憐は、ぽつりと呟く。
姜「なっ………汚らわしい地上の手で、勝手にわたくしに触れ―――」
可憐「せりゃああああああああああああああああ!!」
姜「―――はぐっ!?」
拳銃で可憐を撃つべくトリガーを引く前に、姜は可憐に背負い投げられて、倉庫の壁に背中から叩きつけられていた。
ようやく姜への攻撃が届いた瞬間、形成は逆転する。
姜「そ……れは、高坂家の…体術。なぜ、貴女が」
可憐「私は弱い、そんなの知ってる。でも、そーやんが大好きで、そーやんに憧れた弱さは、私に『努力する』ってチカラをくれる!!」
姜「そんな事で、わたくしに一矢報いる力を……。流石は、双夜さんを虜にした方……ですわね」
乱れた呼吸を整えながら銃を構えようとして、姜は自らが既に銃を手放している事に気付く。
何より、姜が侵食したまるの身体は、小柄で小回りの利く反面、ダメージへの耐性は皆無だったのだ。
小さく失笑しながら薙刀を杖換わりに立ち上がろうとして、姜の瞳が驚きに見開かれる。
可憐「……?」
何をそんなに驚いているのかと警戒しながら、様子を伺う可憐だったが、姜の瞳は別のものを見ていた。
それに気付いて、恐る恐る振り返った可憐の瞳に映ったのは―――
楓「え、何? 2人共、どうしたっていうの……?」
双夜「分からない……けど、警戒するべきだ」
―――何が起きているのか分からない様子で、相も変わらず倉庫の傍らに居る2人の姿だった。
可憐「(特に変わった様子は……。この子は一体、何を見て…………ッ!?)」
続いて可憐も『それ』を理解する。
双夜「可憐は、一体どうしたんだ。姜に何か吹き込まれたのか……?」
『1人だけ』異変に気付かぬまま、双夜は2丁の銃を握り締めて警戒する。
だらだら。
ぽたぽた。
双夜「(水音……? まだB5Fが浸水するには早い―――)」
音源を辿って、双夜はゆっくりと背後に視線を向け………。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ばれてない、大丈夫。
ばれる筈がない。
これは自分の感情の問題なんだから、何もしなければ気付かれない。
だから、大丈夫だ。
―――…………イ
大丈夫、ちゃんと我慢してる。
大丈夫。
何の問題もない。
何もしない、しちゃいけない。
―――……イタイ
違う!
私は考えてない、考える筈がない!
私は『そんな事』したくなんか……!!
―――――・・ク
なんで。
・イ―――
くるな。
――――――――――タ・・・・
ワタシは
―――くいたい
ク イ タ イ
喰 イ タ イ !!
喰 イ タ ア ア ア゛ァ ァ あ あ ァ ァ あ ァ ァ ア ア ア あ あ゛ぁ ぁ ア ア ア ァ ァ゛あ ア ぁ ァ ア ア ぁ゛ァ ァ あ ァ ぁ ア゛ァ あ あ゛ぁ ぁ ぁ ア ア ア ァ ァ ア あ゛ぁ ぁ ア ア ア ァ ァ゛あ ア ぁ ァ ア ア ぁ゛ァ ァ あ ァ ぁ ア ア゛ァ ァ あ あ ァ ァ あ ァ ァ ア ァ ぁ ア゛ァ あ あ゛ぁ ぁ ぁ イ゛!!
ぐブちゅっ
◆◆◆◆◆◆◆◆
楓「……っはぁっ! はぁ、はぁ…………っ」
―――いま、一瞬意識が飛んだ……っ!
何も起きていない事を祈りながら可憐さん達の様子を伺うが、意識が飛ぶ直前との変化は見受けられない。
楓「(良かっ……)」
いや。
可憐さんが、何か、言おうと…………。
可憐「そうやああぁぁぁあああああああああああああんっ!!」
声が渇れ果てそうな可憐の叫びに、楓はびくりと身体を震わせて、一歩後ずさる。
……と
びちゃっ。
楓「……へ?」
足元には、大きな『血溜まり』が広がっていた。
その血溜まりの中心には、首の右側面を押さえつけながら必死に床を這いずる双夜の姿。
楓「ひぃっ!? な、何が……!」
両手で口元を押さえようとして、楓はようやく気付く。
顔も、服も、手も、自分の身体中が血にまみれている事に。
そして、口の中、喉の奥にじんわりと広がる鉄のような味、歯に何かが挟まった感覚、胃袋に―――
可憐「そーやんっ、そーやん!!」
双夜「……ぁ……ぅく」
何かを喋ろうとした双夜の首から、血がどびゅっと吹き出した。
まだ意識を保っているのが、奇跡なのではないか……それが楓の純粋な感想だった。
楓「ちがっ……ちがう、の。こんな」
可憐「そーやん、私、どうすれば……! 分からないっ、分からないよぉぉ…………」
楓「白鷺……さん。あのね、ちがう、の……私じゃ、ない、の」
可憐「なんでっ、なんでぇぇええ!!?」
涙でぐしょぐしょになった顔で、可憐は楓を睨みつけた。
双夜が預かっていた由乃の銃を手に取って、可憐は銃口を楓に向けようと……。
双夜「だ………っめ、だ。か…れ……」
可憐「そ、そーやん喋らないでっ! 血が、血が吹き出て!!」
双夜の意思を汲んだのか、殺意以上の焦りがそうさせたのか、可憐は銃を手放して双夜に語り掛ける。
そんな光景を、姜は恍惚とした表情で見つめていた。
それは、悲劇に見舞われた双夜達への感情ではなく……
姜「ふ……ふふふふふ! 『そこ』に居ましたのね…………祭里ッ!」
楓「ひっ、だ、誰の事よ! 私は知らないっ、私じゃない! 私じゃないんだからあっ!!」
パニック状態に陥った楓は、ビーストが立ち塞がっているB4Fへの階段へと駆け出した。
「警告です、プレイヤー・志崎。ここを通ると言うのなら、息の根を止めさせて頂きますよ」
クローのツメがギラリと鈍く光り、楓の姿が写し出される。
楓が忠告を聞かずに突っ込んで来る事を確認すると、ビーストは床に指先が付く程度に屈んでから、大きく跳躍し、宙に舞い上がった。
パニックで判断力が鈍っている楓は、忠告も、図上から迫るクローの意味も理解していなかった。
姜「! やめ―――」
咄嗟に命令を中断させようとした姜だが、もはや言葉では間に合わない。
しかし……
「……っ!」
ビーストは空中で身体を無理矢理捻らせて、すんでの所で楓への攻撃を中断する。
―――ダダダダダダダダッ!!
次の瞬間、楓の図上を無数の銃弾が飛び交った。
ビーストは着地した床を起点にもう一度跳躍し、倉庫の上に姿を隠す。
その好機を知ってか知らずか、楓は階段を使ってB4Fへと駆け上がっていった。
「す、すみません姜様っ! 1人逃してしまいました!!」
姜「構いませんわ。結果的に、祭里ちゃんのシカバネに傷を付けずに済みましたし。けれど……」
ようやく立ち上がる事が出来た姜は、その視線を楓が去った階段とは逆方向に向ける。
飛鳥「まったく、すばしっこい金髪さんね。何処ぞの馬鹿なだけの金髪君とチェンジお願いして良いかしら」
そこには、ようやくイービルフロアに辿り着いた静山飛鳥が、ライフルを構えて立っていた。
「よくも、姜様の命令を妨害してくれましたね……っ」
飛鳥「その頭の機械は……人間のビーストかしら? 『イレギュラーか誘拐犯メンバーを殺せ』と言ったのは、そこの腹黒幼女さんよ。文句を言われる筋合いは無いわ」
ふふん、と不適に笑いながら、飛鳥は姜を睨みつけた。
姜「わたくしに御用があるようですけれど、生憎急ぎの用事が入りましたの」
飛鳥「待ちなさい! 貴女には聞きたい事が……!」
背を向けて階段へと走り出した姜に、飛鳥はライフルで威嚇射撃を試みる。
「0Fリクエスト。ギミック03のthis.エリア発動を要求します」
―――カシャッ
ところが、ビーストの割り込みで飛鳥のライフルはロックされてしまった。
小さく舌打ちしてライフルを放ると、飛鳥は邦和から取り上げた日本刀を引き抜いて、姜の背中へと駆け出す。
「させません!」
ビーストは倉庫の上から目にも止まらぬ早さでクローを振り下ろし、飛鳥は刀の刀身でそれを受け止める。
想像以上に重い一撃に、飛鳥は受け止める事を諦めて瞬時に後退の選択肢を取った。
肩に小さな爪形の切傷が刻まれ、飛鳥は冷や汗を滲ませた。
「良い判断です。その思考力と判断力は、素直に評価しましょう」
飛鳥「どうしても、そこを通す気はないの?」
「姜様には、貴女に構っている暇がありません。邪魔はさせませんよ」
飛鳥「じゃあ、貴女に聞くとするわ」
「……?」
刀の刃こぼれが無いかを確認すると、飛鳥は切っ先をビーストに向けて表情を引き締める。
飛鳥「この施設に、イレギュラー扱いとして『杉森華僑』という人が紛れている。これは本当の事なの?」
「何かと思えば……私達に勝つことを諦めて、対象をイレギュラーに変更したいと、そういう事ですか」
飛鳥「いいから答えなさい!!」
声を荒げる飛鳥を見て、ビーストは違和感を覚えた。
静山飛鳥のプロフィールデータには、冷静な判断力を持ったプレイヤーと記されていた。
本当に誘拐犯達に勝つことを諦めたのなら、ここでは自分の命を優先して交渉に移る筈。
わざわざ攻撃的な態度を取って、余計な敵を作る事に意味は無い。
つまり、プレイヤー・静山には、イレギュラーを気にする理由が他にあるのだ。
思わず声を荒げてしまう程の……。
「まさか、知人……」
ぽつりと呟いた直後、ビーストはハッと自らの口を押さえる。
飛鳥はさらりと肩にかかったツインテールを払いながら、小さく笑みを浮かべた。
飛鳥「そう、いるのね?」
「そんな事は断言していません。仮に居たとして、何だというんですか」
そんな事も知らないのかと鼻で笑うと、飛鳥は苦虫を噛み潰したような表情でビーストを睨みつけた。
飛鳥「彼女は……杉森華僑は、私の『もう一人の母親』よ!!」




