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シカバネアソビ  作者: Mr.バナナ
Episode3~カゲフミアソビ~
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EP3-031:追憶/高坂双夜

日常の裏側に潜む闇、『地下世界』。


出生・歴史・規模、その殆どが謎に包まれている。


地上の驚異となり得る存在に対し、国は秘密裏に力を蓄える事にした。


ひとつは、警察内部に作られた『地下世界対策科』。


そして、別途で形成された『家系』と呼ばれる血縁者集団が存在した。


地下世界の住人達は常識や感覚のタガが外れており、遺伝子レベルで常人の生命力を凌駕している。


それを参考とし試行錯誤を繰り返し、家系と呼ばれる血筋は、今や地下世界の住人と同等の生命力を受け継ぐまでに至った。


言わば、高性能な兵士のようなものだ。


高坂家は『家系』の中でも、表立った行動はせず、情報収集や潜入など工作員のような役回りに特化している。


故に、本来は通学さえ認められていないのだが……、双夜は『婚約者を探して血筋を残す必要があるだろう』と、父の朝栄の首を渋々縦に振らせていた。


本音は『窮屈な家系に嫌気がさして息抜きがしたかった』だけなのだが、そうでも言わない限り、双夜は一生普通の学生のような生活を送る事は無かっただろう。



にも関わらず………





双夜「(まさか初日で目をつけられて、ずっと付き纏われている―――だなんて、口が避けても親父に言えない……)」


しつこく付き纏ってくる可憐の姿を思い出しながら、双夜はどうしたものかと考え込んでいた。


高坂家は隠密行動を基本としている為、苗字で素性に気付かれるような事はないが、だからといって目立った行動をして良い理由にはならない。


つまるところ、無敗王と呼ばれ、注目を集めていた可憐を打ち負かす行為は、最も避けるべきだったのだ。


双夜「(軽率だった。制服に袖を通して……浮かれていたんだろうか。彼女ともう一度勝負して、わざと負ければ……)」




どたばた。



双夜「(……いや、彼女は僕が異常だって気付いてる。とても騙せない。機嫌を損ねれば、余計にややこしい事になりそうだ)」



ばたばたどた。



双夜「(噂が広まって退学させられるのが先か、白鷺さんが僕の自宅を突き止めるのが先か………どちらもタイムリミットは短いな)」



どたばたばたばだ。







双夜「……うるさいぞ!」



部屋の扉を開け放って、雇われているお手伝いさんの1人を捕まえる。


「あぁ、若。お帰りになっていましたか」


双夜「だから『若』はやめてくれと、いつも言っている。それで、これは何の騒ぎだ」


「はぁ、それが……」



◆◆◆◆◆◆◆◆



ひんやりとした空気の漂う石の牢の中で、『ピシャッ!』音を立てて勢いよく鞭が打たれる。


手を縛られたままボロボロの姿になった可憐は、石の牢の床に這いつくばっていた。


長かった髪はばっさり切り落とされ、散らばった髪と血痕の中で、呼吸を荒げている。


それを牢の外側から眺めるのは、高坂朝栄と警官服を着た男性の2人。


朝栄「時に、対策科の方よ。あの娘は吐きそうにないかね」


「相当お腹がすいているみたいなので、胃袋に吐くものが無いんでしょう」


朝栄「いや、そっちの『吐く』ではなく……」


「嫌だなぁ高坂様、ただの冗談ですよ。ウチの科には杉森をはじめとした問題児が揃っていますが、中でも、あの此面蘇花(このも そうか)は群を抜いています。クロならば必ず吐かせますよ」


牢から怒鳴り散らすような声と、可憐の叫び声が聞こえてきて、朝栄は首を横に振った。


朝栄「私には理解しかねるがね。『地下世界の人間』を警察組織に直接組み込むなど……」



そう、此面蘇花は地下世界の人間だった。


未だ地下世界の歴史には不明な点が多いが、中でも蘇花は地下世界の『誕生』に関わった者の子息らしい。


高坂家の長である朝栄でさえ『関わりたくない』と思わされる程の禍々しい狂気を、真っ正面から味わっている少女を見て、2人は地下世界の恐ろしさを再認識した。



「ハイリスクハイリターンというものです。彼女ほどの逸材は、地下世界にもそうは居ない」


朝栄「それで囲い込んだ『此面蘇花』が、切札に使えるとでも? ひとつ間違えば、寝首を掻かれる程度では済まない筈だが」



「『二代目神堂』の件もあります。切札を用意しておくに越した事は……」






蘇花「―――あのォ、こいつガチでシロくせーですよ。つーか、弱すぎ。こいつがアンダーとかあり得ねぇって、凡人には分からんのですかね」


血の付着した鞭と小刀を軽く振り回しながら、牢の中から此面蘇花が現れる。


背後には微かに呼吸だけしながら、身動きひとつせずに横たわる可憐の姿があった。


朝栄「(……一般人、か。双の奴めが、下手を打ったな)」


蘇花「ま、ここまでシメちまったからには、もー殺すしか無ェすけどね……ッフフフフフ!! ねぇねぇどうしちゃいますよ!? 私的には、今すぐ殺すに大賛成だけど!」


蘇花はギラギラと狂気に満ちた目で床に鞭を打ち付けながら、友人に『何して遊ぼうか』と語り掛けるようなノリで話していた。


朝栄「やむを得まい。この娘には悪いが……」


朝栄が目をつむり、蘇花は今か今かと玩具を待ちわびる子供のように期待の眼差しを送る。





―――と、その時。



双夜「親ぁぁ父ぃぃぃぃいいいいいいい!!」


扉を蹴破って現れた双夜が、牢獄の床を踏みしめた。



◆◆◆◆◆◆◆◆



その光景を見た双夜は、血の気が引くような感覚を覚えた。



―――親父と、対策科の制服を着た者が2人。



どう考えても勝ち目は無い面々の奥で、可憐は傷だらけになって倒れていた。


双夜「……僕の、僕の知り合いに、手を上げたのか!!」


2丁のコンバットナイフを両手に持ちながら、双夜は父親に牙を剥く。


朝栄「領地を嗅ぎ回る貉を黙って見過ごす程、私は間抜けではない」


双夜「その臆病が祟って一般人を巻き込んでちゃあ、立派な間抜けだろう!」


朝栄「問題を起こすような知り合いを作った、お前にこそ原因がある。そもそも友人とも呼べない『知り合い』程度に、そこまで入れ込む必要は無い筈だ」


双夜「『程度』だって? 白鷺は僕が初めて、外で知り合った人間だぞ!」




「まぁまぁ、高坂家の若様。落ち着いて……」



双夜「若様って呼ぶな!!」


蘇花「バカ様?」


双夜「ばっ…!? いや、そんな事はどうでもいい。後は僕達高坂家で解決しますので、どうぞお帰り下さい!!」


力の差など忘れて怒りに満ちた表情をしている双夜を見て、警官服の男性はため息をついた。


「仕方がありませんね」


蘇花「ちょっ、ガキ相手に引くのかよ!? これからがお楽しみなのにさ!」


「高坂家最大の武器は『情報戦』………つまり、例えご子息様であろうと、敵に回せば厄介なのです。此面も、こんな事で『目的』を水の泡にしたくはないでしょう?」


蘇花「……」


その『目的』とやらが余程重要なのか、蘇花は口をつぐんだまま立ち去っていった。


朝栄「成程、手綱は握れているらしい」


「勿論ですとも。では、私どもはこれで」


軽く会釈を済ませると、警官服の男性も続いて立ち去っていった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



『一晩、時間をくれてやろう。早朝には処刑を行うのでな』



朝栄はそう言い残して、双夜を可憐と同じ牢に閉じ込めた。


双夜「僕に関わったばっかりに………ごめんよ」


身体中を鞭と刃物で傷付けられ、ボロボロになった可憐に、双夜は頭を下げる事しかできない。


尋問の過程で、白鷺可憐は知りすぎてしまった。


高坂家としては、どんな理由があろうと見逃す訳にはいかないのだろう。


その慎重さが、高坂家の地位を上げる形で功績を残している事も知っている。


親父とて、一般人と分かっていたなら、こんな事はしなかった筈だ。


早朝まで時間をくれたのは、不器用な親父なりの精一杯の謝罪なのだろう。


双夜「なんとか、ならないのか……?」


すっかり短くなってしまった髪の先端に触れた時、可憐の瞳がゆっくりと開いた。




可憐「こー………さか?」


双夜「起きたか」


身体を起こそうとして、可憐は激痛のあまり思わず目をつむり、双夜の膝の上に頭を戻した。


目尻に涙が滲んでいるのを見て、双夜の罪悪感は更に膨れ上がる。


可憐「お腹すいた……。ごはん」


双夜「開口一番それかい。まったく……、食い意地があっても強くはなれないぞ」


当人が目覚めた途端に距離を置いてしまうのは、父親譲りの不器用さのせいだろうか。


可憐「分かってる。高坂の居場所の話……全部、聞いたから」


双夜「それを一般人の君に知られてしまったら………僕達は、君を殺すしかないじゃないか」


爪が掌に食い込む程に拳を握りながら、双夜は涙が出そうになるのを必死に堪えていた。


可憐「私は、後悔してないよ」


双夜「うるさい! 僕が後悔してるんだよ! お前になんか会わなければ……学校に行きたいなんて、子供みたいな事を考えなければ!!」


可憐「私は、会えて良かった。囃し立てられて、誰とも親しくなれなくて、何かを変える努力も諦めて、失望されるのが恐くて、ただ強くあり続けた………。そんな私の強さを、高坂が打ちのめしてくれたんだよ」


双夜「うるさい……僕は……お前なんか…………」


本当に幸せそうに微笑む可憐に向かって、双夜はそれ以上続ける事が出来なかった。


同時に、『絶対に死なせたくない』……と、心底思った。


涙ぐんだ笑顔ひとつで落ちてしまう程、僕は軽い男だっただろうか。


可憐「私も、高坂と同じ世界に立ちたかった。私の強さなんて通用しない、私が弱く在れる場所に……」


双夜「何を考えてる。僕の居場所は、ただの地獄の入口だぞ。冗談でもそんな事―――……」





………同じ、世界?



待て、何かが引っかかる。


僕は何故、白鷺可憐と知り合う事になった?


何を口実にして、普通の生活を手に入れようとした?


それは即ち、親父は『それ』を認めているという事ではないか?


地獄に踏み入れさせてでも救いたいのなら、全てが上手くいくのでは?


明日には天に還る命なら……





双夜「……分かったよ」


可憐「高坂……?」







双夜「お前を、地獄まで引きずり落としてやる」



◆◆◆◆◆◆◆◆





朝栄「クククク……ハァーーッハッハッハッハッハ!!」


「朝栄様、どうなさったのでしょう。昨晩は『一般人の処刑など……』と大変気を落としていらしたのに」


「さぁ……」


高らかに笑う朝栄の姿を見て、高坂家の配下達は心配そうに顔を見合わせていた。


朝栄「双の奴め、まさかあんな………ッハハハ! まったく、やってくれおったわ!!」



………


……




―――早朝、処刑準備をするため牢に赴いた朝栄は、その光景に絶句した。



可憐には、明らかに此面蘇花とは別の誰かに襲われた痕跡が見られたからだ。


そんな事が出来る人間は、同じ牢に居た双夜のみ。


朝栄は双夜を、その場で問い質した。



朝栄「双、これは一体……」


双夜「親父。僕が何の為に家の外に踏み出したか、覚えているかい」


朝栄「……む」


双夜「別にいいよ。個人的なけじめの話だし、納得がいかないっていうなら、僕はこの場で死んでやるだけだ。そうすれば、どちらにせよ親父は、跡継ぎを孕んでいるかもしれない白鷺を延命する」


ナイフを自らの喉元に突き付けながら、双夜は口の端を釣り上げる。





朝栄「―――……手綱はよく握っておく事だ。それを離した時、お前達に『人間』としての居場所は無くなる」


眉間にシワを寄せた表情とは裏腹に、朝栄は泥を被って一般人を守った双夜を褒め称えていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆



盗聴・発信機着用と監視の義務化により、白鷺可憐は無事に……とは言い難いが、日常へと帰還した。


前もって白鷺の両親が騒ぎを起こさぬよう対策科が対処していたらしく、両親に昨晩の事を問い詰められる事も無かったらしい。


変わった事といえば、僕が婚約者兼監視役として、白鷺と同じクラスに移動させられた事くらいか。


白鷺の長かったポニーテールが切り落とされていた事もあって、僕との間に何かがあったのだろうと疑う周囲の目線が気になる所ではあるが、親父曰く『揉め事さえ起こさなければなんとかしてやる』との事だ。

これほど頼もしい言葉は無い。


授業が終わり、教室の人気が無くなってきたところで、白鷺がおずおずと近寄ってくる。


可憐「そ……そー、そ、そ、そっ」


双夜「なんだよ気持ち悪い」


両手の人差し指を合わせてもじもじしている白鷺に、実際の感想とは真逆の言葉を投げ掛ける。


可憐「そーやん」


双夜「はい?」


可憐「こんな事になって、まだ苗字で呼ぶのは他人行儀。だから、そーやん」


いわゆる『あだ名』という奴か。


あんな事があった後なのに、この緊張感のなさはなんなのだろう。


双夜「……あのね。僕が君に何をしたのか、分かって言ってる?」


可憐「そ、それは……」


珍しく真っ赤に顔を紅潮させて、白鷺は目を反らす。


双夜「確かに君は僕の婚約者になったさ。けど、それは『高坂』という権力の傘で、命を守る為のものだろう。好きでもない相手との婚約なんて、形式だけに留めておけばいい」





可憐「……好き、かもしれない」


双夜「は、はぁ!?」


至近距離で顔を覗き込みながら、表情ひとつ変えずにそう言ってのけた白鷺に、思わず素っ頓狂な声が出た。


可憐「心臓がばくばくして、苦しい。身体が熱くて、くらくらする。こうして話しているだけで、立っていられなくなりそう。そーやんには、とても酷い事をされたけど、それも私の為だったなら…………。これ、好きって事かな。多分」


双夜「……知らないよ。僕の周りの恋人関係なんて、高坂の傘に入りたいが為の政略結婚ばかりだった」


可憐「じゃあ、私も? 私にした事も、ぜんぶ形式だけの政略? なんとも思ってなかった……?」


きりきり、と罪悪感に胸が傷んだ。


白鷺はただの知り合いで、高坂家のしがらみに巻き込んだ責任から、無我夢中になって救おうとした。


実のところ、親父を頷かせる為の、形式上のものだったと思う。


双夜「僕は……」



……でも、途中から何かが変わった気がした。


白鷺の孤独を知った時から、彼女は鬱陶しいだけの知り合いではなくなってしまった。


それからは、親父と同じような突き放すような行動ばかりで、ただ『正直になる』という簡単な事さえできない。


双夜「分からないよ。ただ、僕はなんとも思っていない他人を救う程、お人好しじゃない……」


切りたての前髪を指先で弄りながら「そっか……」と呟いて、白鷺は背を向けた。





可憐「じゃあ、私と友達になろう。そーやん」


双夜「なんだって?」


可憐「婚約は形式上だけにする。でも、他人には戻りたくない。友達になりたい。好きか嫌いかなんて、決めるには早すぎたから」


確かに、僕達は駆け足なんてものじゃないスピードで関係が深まって、知らない事が多すぎる。


それに、塀の中で過ごし続けていた僕には、友達と呼べる存在がいなかった。


なりたい。


双夜「いいのかい。自分で言うのもなんだけど、僕は面倒臭い人間だよ」


可憐「いいよ。なろう、友達」


少しばかり強引な白鷺の言動が、今は有難いと思った。


双夜「し、仕方ないな。よろしく白鷺さ……」


可憐「名前で呼んでくれないの? 君とか白鷺とか、そんなのばっかり」


双夜「君も、僕をあだ名で呼んでいるよね……」


可憐「呼んでくれないよりは、ずっといい」


むすー、と頬を膨らませて、苛立ちを表現している白鷺を納得させるには、言う通りにするしかないだろう。


双夜「……疫病神?」


可憐「え゛」


双夜「厄介事ばかり起こされるしね」


可憐「むむう、せめて疫病女神とか、疫病天使とか……」


双夜「ないな。疫病可憐で」



可憐「な、名前を混ぜたからって、嬉しくなんか………むふ」


頬が緩んでいる。


もっと無表情で分かりにくい人なのかと思っていたが、なんて単純なのだろう。


可憐「ところでそーやん。お腹が減ったから手料理を作るべし」


双夜「なんで僕が」


可憐「私を女にした責任を取るべし。私の料理は殺人的に下手だから、そーやんが花嫁修行して」


双夜「やだよ! ほんとに疫病可憐だな!!」


可憐「むふ。もっと呼ぶべし、呼ぶべし、お腹すいた。そーやん、ご飯」


双夜「素敵なカップラーメンをご馳走してやるよ」


可憐「タダで美味しければ、妥協も止むを得ない」





―――まったく、妙な事になった。



こうして僕の、退屈で息苦しい塀の中の日々は終わりを告げる。


そう遠くない未来、僕は地下世界に直接関わり、大きな渦の中に飲まれてゆく事になるだろう。


それまでは、このくだらなくも笑みが零れてしまう日々を生きていたいと思った。


可憐と共に。

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