EP3-030:追憶/白鷺可憐
時は15年前の春。
腰にまで届きそうな青髪のポニーテールを揺らしながら、白鷺可憐は通学路を歩いていた。
「おはようございます白鷺様っ! 今期の活躍も期待してますから!!」
背後からそう声を掛けてくるのは、可憐とは面識のない、知らない女子学生だった。
可憐「あのさ。その『様付け』って流行ってるの? 正直、あんまり嬉しくない呼び名なんだけど」
「いえいえ、白鷺様はまさしくナイト様です! ナイト様に様付けは当然ですよ。ばっさばっさと因縁の対戦校の選手を薙ぎ倒しちゃう無敵のサポーターさんなんですから!」
またしても知らない女性が横から口を挟んで来て、可憐は面倒臭そうに眉をひそめた。
元を辿ると、からかい半分で可憐の弁当を取り上げようとした男子を、豪快にも背負い投げて撃退した事がきっかけだった。
その噂はあっという間に広まり、噂を耳にした運動部が我先にと可憐を引き抜こうとした時期もあった。
今では大会の助っ人に落ち着いているが、知名度は校内全域にまで広まってしまった。
可憐「(ご飯奢ってくれるっていうから、手伝ってるだけなんだけど。こうやって注目されるのは、なんか……違うと思う)」
「お前ら、ナイト様のお通りだ! 図が高い! 道を開けよォ!!」
噂をすればなんとやら。
可憐を見るなり、近くに居た男子生徒がそう叫び、周囲の生徒達は男女問わず道の隅に寄って頭を下げた。
可憐「……ハァ」
いったい、いつからこうなってしまったのか。
期待されているのは素直に嬉しいし、地味に食費が浮いて助かる。
けれど、こんな風になって以来、私には対等な立場の友人が1人もいないのだ。
私だって、ちょっと運動神経が良いだけの普通の女なのに………。
―――ちょっと無視してみよう。きっと皆、私の反応を見て面白がっているだけだ。
次第に可憐の口数は減ってゆき、周囲の人間からは『無敗王』という余計に親しみ難い2つ名が影で囁かれるようになり………。
―――ねぇ、私と話をして。
『きゃー! 私、白鷺様に声掛けられちゃった!』
―――私と友達になって。
『と、友達ッ!? そんな、冗談よして下さいよ~。自分じゃ白鷺様には釣り合いませんってば』
―――私と………。
『高嶺の花だよなぁ。1度でいいからお話してみたい……』
『やめとけって、ファンが団体組んでて、抜け駆けして親しくなろうものなら、恐ろしい制裁があるってもっぱらの噂だぞ』
『ひえー、嫉妬って恐いなぁ』
―――………。
いつしか、可憐に私情で話し掛ける者は誰も居なくなっていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
そうして1年の時が過ぎ、再び春がやって来た。
桜並木を歩く可憐の周囲には、1年前のように話し掛けて来る者はいない。
「ねぇねぇ、知ってる?」
そう声を掛けられた気がしたが、可憐はそれを無視した。
「えー、なぁに?」
何故なら、それは可憐ではない『誰か』に向けられたものであり、彼女は自分に声を掛けてくる者はいないと、既に受け入れていたからだ。
「3年の何処かのクラスに『転校生』が来るんだってさ」
可憐「………」
4月に転校生がやってくる、別に珍しい話ではない。
希望のようなものが胸に灯りかけるが、可憐は周囲には悟られないように小さく首を振り、その考えを捨てた。
「あはは、なるべく早く『洗練』をしてあげないとね。一度嫉妬の対象になったら、大変な事になるし」
「だねー、最近は無敗王直々の制裁があるから余計にね」
そう、今の可憐は、稀に絡んでくる無知な生徒さえ、自分から追い払うようになっていた。
そうしなければ、その生徒は学校中から退け者にされてしまうのだ。
最近は先生達でさえ、可憐を粗末に扱う事を避けている。
可憐「(いつから? 私はどこで間違えた?)」
最近そんな事ばかり考えている。
誰にも悪意なんてものは無かった。
ただ、人よりもほんの少し才能に溢れて、皆に距離を置かれてしまっただけなのだ。
可憐「(善悪と悪意は表裏一体………か)」
―――叶う事なら、もう一度誰かと『普通の話』がしてみたい。
どかっ。
「痛ッ。なんだい、せっかく同じ"ぼっち"同志で話そうと思ったのに、無視して体当たりはないんじゃないの?」
可憐「………」
瞬間、周囲の空気が固まるのを感じた。
誰もが可憐を避けて歩く通学路に慣れすぎていたため、この男子生徒を無意識のうちに無視して、無意識のうちにぶつかってしまったようだ。
しかし可憐は『ごめんなさい』と口にする事はできない。
可憐「放課後。体育館」
「は、はい……?」
可憐「………」
目の前できょとんとした表情をしている少年にそれだけ告げると、可憐は歩き出した。
次の瞬間、それを見ていたギャラリー達が歓声を上げる。
「……なんでこんなに盛り上がってるんだろ。嫌だなぁ、転校早々ぼっちになったりしないといいけど」
失笑しながら転校生は立ち去っていった。
「あーあ、間に合わなかったか……」
「久しぶりに見るなぁ、皆にも教えてやらなきゃ」
周囲の生徒達の心情は、同情と恐いもの見たさが半々で、複雑そうに苦笑いを浮かべていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
その転校生は幸か不幸か可憐とは別のクラスになり、放課後までは何事もなく時が過ぎていった。
「それで、僕に何の用かな?」
分かりきった事ではあるが、転校生は可憐にそう尋ねる。
可憐「大人しくしてれば、直ぐに終わる」
拳を握り締めて構える可憐を見て、転校生は軽く手を打った。
「なるほど分かった。これが巷で言う『拳と拳で語り合う青春』ってやつだね。やっぱり学生はこうでなくちゃ」
何か勘違いをしている転校生は、肩をぐるぐると回しながら意気込んでいた。
可憐「(抵抗されるとなると加減が難しい。速攻で終わらせる)」
床を蹴って転校生に飛び掛かった可憐は、次の瞬間には『天を仰いで』いた。
咄嗟に受け身を取ってから立ち上がると、転校生はばつが悪そうに頭を掻いている。
「ごめんね。喧嘩というか、殴られるのも殴るのも、あんまり好きじゃないから。痛いでしょ?」
可憐「……足掛け?」
「そ、足掛け」
それがどうかしたの?と言いたげに転校生は肩をすくめる。
可憐「悪い事は言わない。君は私に一度殴られた方がいい」
「嫌だよ。というか、いつまで僕はこうしてれば良いの?」
可憐の拳をひらりひらりと避けながら、転校生は退屈そうにしていた。
可憐「殴るか殴られるか、はっきりして。これは勝負なんだから」
その言葉に、転校生の目付きが変わる。
「そっか、『勝負』か。勝ち負けがあるなら……仕方ないね」
一迅の風のように可憐の懐に飛び込み、転校生は可憐の顔面に拳を当てる直前の状態で静止していた。
「続けます?」
可憐「………」
目を見開いて放心しながら、可憐は小さく首を横に振った。
「それじゃ、今後はこういうの、やめてよね」
試合では決して感じた事のない、転校生の瞳に宿った明確な『殺意』に、可憐は身震いさえしていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
転校生が体育館から立ち去って行くのを目にしながら、隠れて様子を伺っていた生徒達は唖然としていた。
「なんてこった……ウチの無敗王様が、こんなにあっさり」
「白鷺様……」
「舐めた態度取りやがって、なぁ、あいつ、皆でとっちめて………!」
可憐「うあああぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁあああぁぁあぁあああぁぁぁあああ!!」
雄叫びを上げて体育館から飛び出してきた可憐を見て、生徒達に芽生えつつあった負の感情は綺麗さっぱり消えていた。
「お怒りじゃぁ………武神様のお怒りじゃぁあ」
「……何キャラ?」
◆◆◆◆◆◆◆◆
可憐「待て!!」
「……ん、なんだい。まだ何か用でも?」
可憐「私、こう見えて大会では負け無しで、それだけが価値だった」
「……へぇ」
しまったと言いたげに目を反らす転校生に、可憐は確信する。
可憐「君は私より強いね。強すぎる。普通じゃない。どうやったらそうなれるの」
「世界は狭いんだよ。オリンピック級の才能を持った人が、案外そこら中に居たりして……」
可憐「誤魔化すな!」
「すみません」
あまりの剣幕に、転校生は頭を下げた。
「でもさ、君は負け無しって言われてたくらいなんでしょう。それ以上強くなって、何の得があるんだい?」
可憐「また誤魔化して……だったら、そういう君にはあるの? 強くなる理由」
「あるさ。男の子には、ヒーロー願望というものがあるからね」
どうも、この転校生は『それ』に触れて欲しくないらしい。
これ以上言及しても無駄だろう。
可憐「分かった、じゃあ名前だけ」
「……僕は高坂双夜だよ。以後『よろしくしないでね』」
私は苛立っていた。
なんだって、こんないい加減な人に、あしらうように負かされなければならないのか。
ただひとつの価値を、踏みにじられなければならないのか。
可憐「私は白鷺可憐。『よろしく』高坂」
理由ならできた。
こいつをぎゃふんと言わせる為に、私はこいつより強くなる。
◆◆◆◆◆◆◆◆
翌日、誰もがその目を疑った。
白鷺可憐が、人目も気にせずに転校生である双夜を真剣な表情でストーキングしていたのだ。
今まで無表情なイメージが定着していた可憐が、睨みを利かせてぶつぶつ文句まで呟いているのだから、余計に異質さを醸し出している。
「白鷺様は、何をしているんでしょう……?」
「さ、さぁ……?」
周囲の目も気にせずに、来る日も来る日も、可憐は双夜の監視を続けた。
登下校は勿論、授業の合間や昼休み、はたまた休日まで町中をうろつく程だ。
最も、双夜も肝心の自宅まで追跡を許した事はなく、可憐の行為は犯罪一歩手前で留まっていた。
可憐「また、逃げられた……」
入り組んだ町中の路地でしょんぼりと肩を落としながら、引き返そうとして……。
可憐「……あれ。ここ、どこ?」
すっかり道に迷ってしまった事に気付き、可憐は2重の意味で肩を落とした。
「君、ここで何をしている」
可憐「えっ―――」
袴を着た大男が真後ろから見下ろしていた事に、可憐は声を掛けられるまで気付く事が出来なかった。
可憐は驚きながらも、藁にもすがる思いで道を尋ねようとするが……。
「その制服。ここら一帯に、"双"と同じ学舎の生徒は居ない筈だがな」
可憐「双……って、高坂の?」
「いかにも。私は双の父、高坂朝栄というが……」
可憐「丁度いい。高坂の家まで案内して欲しい」
これでようやく目的地に辿り着けると意気込む可憐を他所に、朝栄は歯ぎしりをして苛立ちを露にした。
朝栄「者共! この忌まわしき『地下世界の貉』を捕らえよ!!」
天にまで響きそうな朝栄の大声に、周囲の民家からぞろぞろと人が出てくる。
「……地下世界だって!?」
「くそ、こんな場所にまで……!」
可憐は最初、民家から現れた人達はただの野次馬だろうと思っていた。
「とりあえずおとなしくして貰う……ぜ!!」
しかし、その野次馬達にいきなり腕を掴まれ、地面に叩き伏せられた事で、自らが置かれている状況が『異常』であると気付いた。
朝栄「随分呆気ないな。地上に慣れて腕が鈍ったか」
可憐「なんの、話を……」
朝栄「この期に及んでまだシラを切るか。まぁいい……連れていけ」
「はい」
首根っこを捕まれて引きずられながら、可憐は真っ白になった頭の中に、双夜の姿を思い浮かべた。
可憐「(まただ。また……こんなに簡単に、私、また負けた。これが、高坂の居る世界なの……?)」
何も分からないまま、可憐の意識は霞んでいった。




