EP3-028:Betrayer arousal
『プレイヤーの皆様方、ごきげんよう。わたくしの名は末癸姜、この"シカバネアソビ"を企画した組織に属する者ですわ』
地下施設全域に突如鳴り響いた主催者直々のアナウンスに、誰もが驚きを隠せなかった。
飛鳥「……なんですって!? こんな時にっ!」
光弐「というか、これ子供の声じゃないか……?」
怪我人の邦和を連れたまま急いで上の階を目指していた飛鳥達は、『ただでさえ余裕がないのに』と揃えて顔をしかめた。
『浸水現象の救済措置として、浸水の始まった階層の扉は、全て無条件で開錠して差し上げます。勿論、無償で……という訳ではありませんが』
アナウンスに耳を傾けながらも、階段に向けて足を進める飛鳥達。
そんな中、冷静にアナウンスの意図を解釈しようと頭を回転させる事が出来たのは、幼い頃から多くの死地を乗り越えてきた邦和だけだった。
邦和「(最初からろくにルール説明もしなかった奴等が、今頃になって浸水の救済措置だと? これは……)」
『皆様には、この施設に紛れ込んだ"イレギュラー"か、わたくし達"誘拐犯メンバー"の、どちから片方を皆殺しにして頂きますわ』
続いて姜の口から発せられた台詞に、アナウンスの意図を探ろうとしていた邦和さえも、頭の中が真っ白になる。
それは『誘拐犯はプレイヤーに殺し合いをさせたがっている』と踏んでいた邦和の考えが、根本から違っていた事を示す発言だったからだ。
『自らこんな地獄に足を踏み入れた、物好きなイレギュラーさん。皆様を誘拐した、わたくし達の組織。どちらも、皆様にとっては邪魔な存在でしょう? その邪魔者達の片方を根こそぎ排除して頂く、それだけで結構ですわ。それだけで、無事に脱出する事ができますのよ』
邦和「馬鹿なッ! じゃあ、こいつは、こいつらはいったい何の目的で!!」
光弐「わ、分かるけど少し落ち着こうぜ! 余計血が出ちまうぞ!」
誘拐犯の用意した地下施設を利用して楽しむつもりが、意図が『殺し合いをさせる事』でないのなら、俺が素直に誘拐犯組織の指示に従ったのは、愚行のひとことに尽きる。
飛鳥「『物好きなイレギュラー』って、貴方の事じゃないでしょうね……?」
邦和「残念だが、違うな。そりゃあ、こんな楽しげなイベントがあると知れば、参加しない理由はねぇが……」
疑り深い飛鳥は、その発言さえ信じるつもりは無かったが、悔しさに歯軋りをする邦和を見て、それ以上追求する事はしなかった。
『わたくしが今、最も抹殺して頂きたいイレギュラーは―――聞こえてますわよねぇ華僑様? 杉森華僑様~? 生意気にもこの施設を水没させようとした、貴女の事を言っていますのよ』
飛鳥「……!」
『他にも2名ほどイレギュラーはいらっしゃいますが、そちらは害を及ぼすどころか、勝手に潰し合って下さるようなので、まだ名指しにはしないでおきますわ。クスクス……』
それが言葉通りの意味ではなく、疑心暗鬼を引き起こす為に敢えて伏せられた情報だという事は、アナウンスを聞いていた誰もが理解していた。
『……最後に、わたくしに直接挑戦なさる時は、くれぐれも準備を怠らぬよう、気をつけて下さいな。わたくしに敗北し、心を粉々に砕かれ、生涯を玩具として生きる覚悟を決めたのなら、是非おいで下さいませ。皆様の挑戦を、心よりお待ちしておりますわ。クスクスクス……』
その直後、バキッと耳を裂くような音が響いて、通信は途切れた。
邦和「(自分達の生死や、イレギュラーさえゲームの材料にする。その意図はなんだ。狂っているのか。いいや、これはまるで……)」
そう、殺し合いではなく、俺達に『戦わせる』行為を強要する事で、訪れる何かを待ち望んでいる。
今まで好戦的な態度を取っていた俺を見て、誘拐犯どもはさぞ喜んだ事だろう。
邦和「この俺を掌の上で弄ぶたぁ、生意気な奴等じゃねぇか。クク……」
飛鳥と光弐には聞こえないような声量で、邦和はくぐもった笑みを溢した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
マイクを宙に放ると、姜は薙刀を大きく振りかぶり、目にも止まらぬ早さで振り下ろす。
バキィッ!!と大きな音がスピーカーから施設中に流れ、中心からへし折れたマイクは道具としての役目を終えた。
楓「あんた……自分が何を言ってるか分かってるの? 殺してくれって、おかしいでしょそんなの!!」
姜「あら、またわたくしの身を案じて下さりますの? 無用だと言いましたのに、可愛い子………」
品定めをするように視線を這わせ、じゅるりと舌なめずりをする姜を見て、楓は「ひっ」と小さく声を上げて後退りした。
観崎「楓ちゃん。可憐……さん。下がって」
可憐「初川。あの子の発言を真に受けるなんて、どうかしてる」
観崎「可憐さんは分かってない。私達の命は今、崖っぷちに立ってるんだよ……!」
静止を呼び掛ける仲間を振り返る事なく、真っ直ぐ己を睨んでくる観崎の視線に、姜はほくそ笑んだ。
姜「………あら、あらあらあら! これはどういう事なのかしら。貴女は、既に『こちら側』のようですわねぇ?」
観崎「いったい何の話を……」
姜「そうやってわたくしの目は誤魔化せても、『彼女』の目を欺くのに、随分手こずっているようですわね。くすくす………」
にやにやと口の端を吊り上げる姜を見て、観崎は冷や汗を流した。
可憐「初川………?」
観崎「………」
◆◆◆◆◆◆◆◆
由乃「……では、建一君の幼馴染さんは『シカバネ』になって、士島さんと同じような方に蝕まれてしまったんですか?」
建一「そうだ。そいつが言うには『初川観崎は自ら望んでそうした。信じてくれ』だそうだ。飲み込まれたんじゃなく、譲ったって」
由乃「その方も『誘拐犯』なんですよね。嘘をつくにしても、なぜ自ら素性を明かすような事を……」
建一「君の幼馴染を奪ってしまって、すまないとの事だ。他の人達には隠し通すつもりらしいけどな」
何故か楽しげに笑みを浮かべた建一は、ゆっくりとその人物の名を由乃に告げた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
可憐「貴女、初川について何か知ってるの?」
姜「……あらあら。わたくしの発言を真に受けるのがどうこう仰っていた方が、どういう風の吹き回しですの?」
可憐「探求心。初川が隠し事をしているのは、とっくに分かってる」
姜「成る程、くすくす………!」
面白い玩具を見つけたと言わんばかりに、姜は楽しげに笑う。
観崎「だ、駄目だよ可憐…さん。その人に耳を貸しちゃ!」
可憐「なら、初川の口から教えて。私達になにを隠しているのか」
観崎「それは………」
やはり言い淀んでしまう観崎を見て、可憐の苛立ちは臨界点に達そうとしていた。
姜「では、わたくしから答えて差し上げます。その方は、貴女の元婚約者、高坂双夜さんですわ」
可憐「てめー。あんまりふざけた事言うと、がきでも容赦しない」
その発言は苛立ちを抑えていた可憐にとどめを刺す形となり、可憐は今にも胸ぐらを掴みに行きそうな勢いで姜を睨む。
無理もない。
可憐の知る『高坂双夜』という人間は、そもそも男性で、もう何年も前に死亡したとされている人物なのだ。
姜「ふざけてなどいませんわ。『あれ』を御覧下さいな」
姜が指差した先には、青ざめた表情で明後日の方向を向いている観崎の姿があった。
可憐「……初川?」
観崎「…………」
可憐「"そーやん"なの?」
可憐がかつての呼び名で観崎に訪ねると、青ざめた表情が更に険しくなる。
よく『沈黙は肯定の証』などと言うが、可憐はやはり本人の口からそれを聞くまでは、信じる事ができなかった。
やがて、諦めたように深いため息をついて、観崎は可憐に向き直った。
双夜「まったく、折角隠し通すつもりだったのに、お前のしょーもない探求心で台無しだぞ。疫病可憐め」
厄介者を突き放すような物言いは、別人の姿をしていても、確かに可憐のよく知る人物の面影があった。
可憐「うそ、ほんとに、ほんとに、そーやんなの……?」
双夜「さーてね、もう色々と面倒臭くなった。最後までお前に『さん』付けするのは慣れなかったな」
可憐は以前から、観崎と双夜は何処か似ていると感じていた。
それが、気絶して目覚めた時を境にして、より大きくなってゆき……
……今、可憐の目の前にはかつての婚約者がいた。
可憐「そーやん……!」
双夜「寄るな触るな疫病がうつる! こんな時に何をやってるんだお前は!!」
突き放されている事を全く気にせず、可憐はそれ以上に歩み寄って、双夜を困らせていた。
その、なんとも一方的な関係を見つめながら、楓は姜に向けて声を掛ける。
楓「あんた、悪い人なんでしょう。普通に『いい事』したようにしか見えないけど、何がしたかったの……?」
姜「善悪の解釈なんて人それぞれで、曖昧なものでしょう? 彼女には双夜さんがいないと面白くない。そう思っただけですわ」
なんだかんだで可憐にべたべたされるのを許しながら、双夜は姜を睨んでいた。
姜「……くすくす、後に退けなくなってしまいましたわね。双夜さん?」
双夜「やれやれ、やってくれましたね似非貴族さん。可憐が参加するなんて聞いていませんよ」
仲間である筈の2人は、それぞれ薙刀とブレードを構えながらいがみ合っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
由乃「では、その高坂双夜という方は、私達の味方……なんですか?」
建一「あぁ、地上には地下世界に対抗する為の『家系』っていうものがあって、高坂家はそのひとつらしい」
にわかには信じ難い話だったが、建一はそれを信じていた。
建一が知る限り、拓摩の周囲に高坂双夜という人間がいた記憶がない。
記憶がないという事は、少なくとも双夜は、拓摩達が表立って動き出してから加わったメンバーという事だ。
拓摩達に目をつけた地上側のスパイである可能性は、大いにある。
由乃「私には、どうして建一君がその言葉を信じられたのか分かりませんよ」
建一「こんな情報を無償で提供してくれて、理由が『幼馴染を奪ってしまったせめてもの償い』なんて言われたらな……」
例え口車に乗せられただけだとしても、建一の中には純粋に『双夜を信じたい』という気持ちが芽生えていたのだ。
由乃「でも、そうだとしても。建一君の幼馴染さんを奪った方の言葉で……!」
建一「恋人を守りたいそうだ」
由乃「え?」
建一「双夜さんの傍らで気を失っていたのは、彼の恋人らしいんだよ」
勿論、それが嘘である可能性もある。
疑い出したらきりがない。
しかし建一は、面と向かって『恋人を助けたい』と頭を下げられたら、観崎がどうするかを考えてみた。
建一「観崎にそんな話をしたら『是非私の身体を使ってよ』って、身体くらい簡単に差し出しそうだ。あいつは、そういう奴だから……」
由乃「そう、ですか……。建一君が高坂さんを信じているのは、幼馴染さんを信じているからなんですね」
建一「あぁ、そうじゃなきゃ、あいつが『心の強さ』で屈する訳がない」
単純な奴だが、だからこそ観崎の心の強さは本物だ。
観崎が『そうする』と決めたのなら、俺は―――
建一「だから、俺も双夜さんの力になりたい。こんな場所で、どうすれば役に立てるかなんて分からないけど、きっと戦ってる筈だから」
由乃「……分かりました。じゃあ、私も協力します」
建一「病人は大人しくしてなさい」
由乃「うぅ……」
風邪を引いている由乃は、不服そうにベットに身体を埋めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
双夜「……さて、似非下克上といきますか」
双夜が手で合図をすると、可憐は小さく頷いて、素直に離れていった。
姜「あら、双夜さんも言うようになりましたわね。では"一曲"だけ、踊って差し上げますわ」
双夜「"曲"と"局"を掛けてるんだっけ? 子供と踊る趣味はないけど」
カチャリと2つの刃先が同時に音を立て、双夜と姜は戦闘体制に入る。
双夜「――行くぞ!」
姜「――来なさい! くすくすくす…!」




