EP3-027:Answer
由乃「―――っは!? はっ、はっ、はぁっ……!!」
悪夢から舞い戻った由乃は、呼吸を荒げながら建一の姿を探す。
しかし、何処にも建一の姿は見当たらなかった。
由乃「はぁ、はぁ………け、建一君……?」
胸を直接締め付けられたような息苦しさと、言葉では表現できない不安を感じる。
建一に何かあったのではと、慌てて寝室から出ようと扉まで駆け寄ると、ガチャリと音を立てて扉が開いた。
建一「由乃、起きて……ちゃんと『由乃』なのか?」
由乃「あ………」
建一の顔を見てようやく安心した由乃は、目尻に涙を滲ませながら、へなへなと力無く床に座り込んだ。
そして啜り泣き始めた由乃に、建一はそっと毛布を掛けた。
由乃「………」
『毛布をかけた』?
建一「……まぁ、なんだ。まずは落ち着こう」
由乃はそっと、かけられた毛布の下を確認してみる。
……すっぽんぽんだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
由乃が奇妙な夢から目覚めた頃、既に浸水はB6Fに水が流れ込み始めるまで進んでいた。
観崎「この調子なら、私達は間に合いそうだね」
楓「うん……。でも、由乃さん達は、間に合ったかな……」
B7Fからの帰還は困難な上に、それが成し遂げられたとしても、もうB6F水没のタイムリミットは始まっているのだ。
観崎「建一君が一緒だから、きっと大丈夫だよ」
楓「そう……だといいんですけど」
足元数ミリの水がぴちゃぴちゃと音を立てて跳ね上がり、3人の足音が水音となって反響する。
可憐「(初川、幼馴染の命が危ないのに全く動揺してない。……やっぱり怪しい)」
可憐が眉間にしわを寄せていると、それに気付いたのか、観崎は気まずそうに苦笑いをした。
3人はしばらく走り続け、水が靴を覆い隠してしまうまで浸水が進んだ頃に、ようやくB5Fへの扉を発見した。
楓「……これ、変ですよね?」
可憐「うむ」
本来なら、開錠条件が小さな文字で刻まれた扉が存在する筈なのだが、何者かの手によって扉ごと綺麗さっぱり消し去られている。
その代わりと言わんばかりに、即席で作ったものと思われる木彫りのプレートが入口の隣に打ち付けてあった。
『イービルフロアをご存知の皆様、誠に申し訳ありませんが、その知識は綺麗さっぱり捨てて下さいな(ハートマーク)』
楓「(……ま、間違いなくあいつだ!)」
忘れもしない特徴的な言い回しに、楓は息を飲んだ。
それが末癸姜による創作物だという事は、もはや疑う余地もない。
観崎「進むしか、ないよね」
楓「はい……」
浸水さえ無ければ落ち着いて考える時間があったのかもしれないが、今の彼女達に足を水に浸したまま冷静に物事を考える余裕は無かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
由乃「私、もうお嫁に行けません……」
建一「……すまん」
由乃「気付かなかった私が悪いんですよ。私が……」
建一「ほんっと、すまん! もっかい気絶するのとかナシだからな! 頼むから!」
由乃「行けません……行けません………」
魂を抜かれたような表情で、うわごとのように呟く由乃を見て、建一は腕を組んで考える。
建一「こういうのはどうだ? 『由乃がお嫁さんになれるまでは、俺が是が非でも協力する』とか」
それは何処ぞの幼馴染が、建一に対して持ち出した約束と似通っていた。
それには『だから、それまでは頑張ろう』という意味があった事を、今の建一は知っている。
由乃「『それまで』って、いつまでですか……」
建一「いつまでもだよ」
由乃「……本当ですか?」
建一「本当だよ」
由乃「そ、そうですか」
少し顔を赤らめてもじもじしていた由乃だったが、首を激しく左右に振ると、今で通りの落ち着いた表情を取り戻していた。
由乃「本当に、あの『建一君』だったんですね……」
建一「……建一君?」
由乃「あっ、そ、その! ごめんなさい勝手に! もう、なんて呼べば良いのか分からなくなってしまって、私……」
建一「いや、急に呼び方が変わったから驚いただけで……好きに呼んでくれていいよ」
由乃「そ、そうですか。有り難うございます……」
深呼吸をしながら気を取り直して、由乃は再び口を開いた。
由乃「10年前の事が勘違いだと知って、私は『目標を失ってしまった』と思いました」
建一「……すまん」
由乃「もう謝らないで下さい。本当は、私の目を見て『格好良い』って言ってくれた理解者を、失って、寂しくて、何かに没頭したかっただけなのかもしれないと、今は思うんです」
建一「理解者だなんて大袈裟だよ。思った事をそのまま口にしただけで、今でもそう思ってる。右目を見られるのは、そんなに嫌か……?」
由乃「『バケモノ』って呼ばれて……トラウマのようなものですね。子供が珍しい特徴を面白半分で囃し立てるのは、よくある事。理解はしていても、見られて気持ちの良いものではないです」
建一「そっか、変な事聞いちゃったな」
由乃「いえ、こうしてまた『建一君』とお話ができて、嬉しいです」
その幸せを噛み締めるようにひと呼吸置いた後、由乃は声を低くして『その話』を切り出した。
由乃「……お聞ききしたい事があるんですが」
建一「分かってる」
由乃が夢の中で何を見て、何を聞いたのか知っているかのように、建一は小さく頷く。
建一「由乃は『誰に会った』んだ?」
開口一番の質問から、由乃は思わず目を見開いてしまうが、『何故それを』と尋ねても話が進まない事は理解していた。
由乃「……士島雫という方です」
建一「分かった……話を進めよう。まずは『シカバネアソビ』が結局なんなのかって事についてだ」
由乃「やっぱり、知っていたんですね。……いつからですか?」
建一「天真にしてやられる直前に……な」
由乃「……と、いう事は」
その時に建一が何をしていたのかを思い出し、問い詰めようかと言い淀んでいると、建一から口を開いた。
建一「神堂拓摩達の目的、シカバネアソビっていうのは……」
由乃「……っ」
由乃は建一の瞳を見て戦慄した。
赤羽建一でも柳原建一でもない、別人のように深く冷たい瞳がそこにはあった。
建一「神堂拓摩を含んだ『10の記憶』を埋め込まれたプレイヤーの、心と身体を支配する計画。それがシカバネアソビだ」
由乃「い、言っている意味がよく分かりませんよ。心と身体を支配って、つまり私達はどうなってしまうんですか」
建一「乗っ取られるんだよ。俺達の中に眠っているあいつらの記憶は、戦ったり、傷ついたりすることで覚醒していって、最後には俺達の自我は完全に侵食される。文字通り、俺達のシカバネはあいつらの遊び道具になる訳だ」
その『あいつら』の1人が士島雫なのだと理解し、由乃は夢の中で常に感じていた恐怖の正体を理解した。
つまり、夢の中で雫から受けた銃弾は、由乃の精神を削り取り、最終的には自我さえ奪い去る効果を持っていたのだ。
由乃「そんな……!! でも、それなら実験体らしく拘束しておけばいいのに。わざわざ促す必要があるんですか」
建一「……そうだな。それでも、そう遠くない未来には『成功』すると思う。だから、あいつらは何かに焦ってるのかもしれないな」
建一は、知る限り全てのゲーム情報を由乃に話した。
この狂気さえ感じる脱出ゲームは、殺意や絶望、ストレスを蓄積させて、移植した記憶を刺激する為だけにあった。
アジャスターとの戦闘ひとつ取っても、擬似的な殺人を体験させ、拓摩達の『戦いの記憶』を刺激する為にある。
故に、アジャスターは脆く設計され、恐るべき兵器のようでいて、容易に破壊できる。
つまるところ、正規の方法での脱出を目的とする限り、自我を奪われる危険が常に隣合わせになるのだ。
建一「……まんまと踊らされたって訳だ。俺達の敵は、ずっと俺達の中に眠ってたっていうのに」
由乃「では、あの末癸姜という方は……」
建一「あぁ、目の前で人が死んで、恐怖に壊れた少女の心がシカバネとなって、悪魔に全てを奪われたって訳だ」
もしも最初の犠牲者が出る前に、天真の操るアジャスターを破壊できていたなら……と、建一はありもしない理想を浮かべた。
由乃「そんな! まだあんなに幼い子だったのに、酷すぎます……!」
一番最初に、姜が自身を『シカバネに君臨せし悪魔の御霊』と表現したのは、戯言ではなく、そのまま真実を表していた。
このままゲームが進行すれば、1人、また1人と、拓摩達の自我に飲まれてしまう者が現れる。
由乃「この事を早く、皆さんに伝えないと! た、大変な事に……!」
建一「こんな話を信じて貰えると思うか?」
由乃「そ、それは、話してみなければ………」
建一「仮に信じて貰えたとして、真相を知ったショックで『成功』される可能性もある。俺も、それが恐くて何も言えなかったんだから」
建一が10年前の事について話そうとした時の、今にも泣き出しそうな表情を思い出して、由乃は黙り込んだ。
建一「もし、自分のせいで誰かを『成功』させてしまう可能性があるのなら…………」
建一はその先を口にしなかったが、由乃にはそれが分かっていた。
心が死んで尚、身体を他の誰かに好きにされ続けるだなんて、死ぬ事よりも更に残酷だ。
それならば、もしも救えなかった相手を、悪魔に侵食された肉体ごと葬る覚悟を決めておかなければ、無責任というものだ。
その決断をしたからこそ、建一はあんなに辛そうな表情をして、由乃にそれを告げたのだろう。
由乃「私、何も考えずに……すみませんでした」
建一「いや、いいんだ。こんな話を信じてくれただけで、もう充分すぎるくらいなんだから」
落ち込む由乃の頭に手を乗せて、建一は苦笑した。
普段なら『頭を撫でられる』という行為に慣れておらず、赤面しながらあたふたしている所だろう。
しかし、由乃は胸の内に浮かんだ疑問のほうが強く、おずおずと口を開いた。
由乃「それで、建一君はどうして、そんな現実味のない話を信じられたんですか……?」
建一「まぁ……この話の流れからして、当然の疑問か」
うっすらと笑みを浮かべながら、建一は語り始める。
建一「まず間違いなく、俺の中に眠っているのは『神堂拓摩』だ」
由乃「……やっぱり、そうでしたか」
建一の夢の話を聞いていた由乃は、シカバネアソビの全貌を知った瞬間から、その可能性を考えていた。
建一「勿論、少しは勘づいていたから信じられた……っていうのもある」
由乃「一番の理由は、幼馴染さんから聞いたお話だからですか?」
建一「はは、バレてたか。半分正解だよ」
由乃「半分……?」
複雑そうな表情で、瞳には僅かな希望を残したまま、建一は口の端を吊り上げた。
建一「あいつはもう、俺の知ってる『初川観崎』じゃないからな―――」
◆◆◆◆◆◆◆◆
階段を昇りB5Fに到達すると、イービルフロアについての事前知識が無かった楓達は、巨大なホール状の空間に戸惑う。
楓「この階、今までと違う。……なんだろう、凄く嫌な感じ」
観崎「そうだね。気を付けて進まないと……」
細心の注意を払いながら、ホールの中央へと足を運ぼうとした、その時―――
姜「お待ちしておりましたわ。ようこそ、わたくしの用意した舞台へ―――!!」
並んだ倉庫に姿を潜めていた姜が、楓達の前に姿を表した。
園児服から上品な服に着替えていた姜は、相変わらず年相応の少女に似つかわしくない邪悪な笑みを浮かべている。
その手には普通のものよりも少し小さな薙刀が握られており、そのアンバランスさが余計に姜の不気味さを引き立たせていた。
楓「表の木彫りプレートは、やっぱりあんただったのね」
姜「えぇ、浸水の対策はすると約束しておりましたので、ああする他ありませんでしたわ」
その数度のやりとりから、観崎と可憐は、姜が誘拐犯側の人間である事を理解した。
可憐「用意した舞台って、なんのこと」
姜「良い質問ですわ。わたくしもこれから説明しようと思っていた所です。………プレイヤーの『皆様に』ね」
姜は傍らからマイクのようなものを取り出し、そこに言葉を発するべく息を吸い込んだ。




