EP3-026:The cross dream
戸惑ったような仕草を見せる由乃に、それでも建一は告げた。
建一「10年前、俺は父さんを失った。スナッフビデオっていうのかな。父さんが死ぬ瞬間が録画されたものが、自宅に送られてきた。その2日後に、母さんも毒で自殺した……」
由乃「ご両親を……。苗字が変わっていたのも、そのせいですか?」
建一は唸りながら、苗字の事は後で話すと言い、そのまま話を続けた。
建一「それで、他に家族がいなくなった俺は……婆ちゃんに引き取られる事になったんだ。婆ちゃんって言っても、それまで1度も会った事なんて無かった他人同然の人なんだけど」
由乃「そうだったんですか。その方に引き取られて…………あれっ、『引き取られて』? それじゃあ……」
建一「……だから、勘違いなんだよ。全部」
建一に焦点を合わせたまま、由乃は文字通り固まっていた。
勘違い。
ずっと『建一を転校に追い込むきっかけを作ってしまった』と後悔していた由乃にとって、それはあまりにも遅すぎる朗報だった。
既に由乃は、その後悔を糧にして、強くなろうと努力を積み重ねてきた。
今頃になって建一の口から語られた真実は、由乃にとって『10年間の努力は無駄だった』と証明された事に他ならない。
建一「父さんを殺した武器は『銃』だった。だから、由乃から銃を勧められても、首を縦に振れなかった」
由乃「………あは、あははは、はは……。な、なぁんだ。そうだったなら、もっと早く言ってくれれば、良かったのに」
建一「ごめんな」
由乃「私が勝手に、勘違いしちゃっただけですから。謝るべきなのも、悪いのも、全部…………」
乾いたような声で笑う由乃を見て、建一は目を伏せる。
由乃「私ですから」
建一には、次の瞬間に由乃が倒れる事が分かっていた。
否、由乃が『シカバネ』になるという確信があった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
何も見えない、墨をぶちまけたような一面真っ黒な世界。
唯一その世界で他の色を持っていたのは、私だけだった。
由乃「……ここは」
今の今まで、私は赤羽君と話をしていた筈だったのに、一体どうしてしまったんだろう。
これは、夢……?
『―――傷ついたお人形、見ーつけた』
由乃「……! だ、誰ですか!?」
辺りを見渡しても、声の主は見当たらない。
恐い、ただの夢の筈なのに。
『貴女は黒くなった。だから、ここに居る』
由乃「私が、黒くなった……?」
その言葉の意味を、直感的に私は理解した。
この真っ黒で何も見えない世界は、今の『私の心そのもの』を表した世界なのだと。
10年間の努力が全て無駄だったという虚無感が、見渡す限りの『黒』の正体。
それを理解すると同時に、私は『声の主』が恐ろしくなった。
私は自分の心の中に、ふたつもの自我を持っている訳じゃない。
では、今、私は誰と話をしているのだろう。
由乃「なんで、ここに私以外の誰かがいるんですか……!?」
『……貴方に教える意味はない。私は、貴女をイレイズする為に来たのだから』
黒一色の世界の中で、よりいっそう強く深い『黒』が光った。
由乃「ッ、かは――!?」
次の瞬間、真っ黒な軌道を描いた何かに、私の心臓は貫かれる。
痛みはほんの一瞬だけで、私の身体に傷ついた痕跡はない。
当然だ。
私は、私の『心の中』で攻撃されたに過ぎないのだから、現実の身体が傷つく事はあり得ない。
由乃「(心の中で………攻撃された?)」
そう頭の中でもう一度繰り返し、私は思わず息を飲んだ。
少しだけ目眩がして、何もしていないのに精神的な疲労が加わったのは、気のせいではないだろう。
このまま攻撃され続ければ、『私は私でなくなってしまう』ような気がした。
由乃「(……そういえば)」
この世界に投げ出される直前に、赤羽君がくれた忠告は、この事だったのかと理解する。
そう、私はあの時、『変わらず私のままでいる』と赤羽君と約束したんだ。
由乃「(この10年、私はありもしない罪を清算するために、ひたすら頑張っていた)」
全ては勘違いで、全ては無駄だったのかもしれない。
けれどその罪悪感は、例え勘違いだったとしても、私が『変わりたい』と強く願うきっかけをくれた。
罪の幻影が、私を前に進ませてくれたのだ。
だったら、私は―――
由乃「勘違いなんかじゃない、『建一君』と交わしたホントウの約束を………今度こそ!!」
私の虚無感が産み出した、黒一色の世界。
その世界に抗う力を強く望むと、見慣れた2丁のハンドガンが両手に握られていた。
ここは私の心の中、心の強さが現実のものとなる場所。
だったら、気持ちで負けない限り、どんな相手にだって負けはしない……!!
黒の世界に向けてトリガーを引くと、白い軌道を描いた銃弾が見渡す限りの『黒』に亀裂を作り、世界はガラスを砕いたように一瞬で崩れ落ちた。
黒のベールを剥がした向こう側に現れたのは、私の通っていた小学校の図書室。
色々な思い出が詰まっている、私にとっての全ての始まりの場所。
そんな私の心を象徴する場所に、私以外の誰かが入り込んでいるのが、今度ははっきりと目に映った。
読書用テーブルの上に腰かけているのは、真っ黒な髪をしたツインテールの女性。
ゴスロリ衣装に身を包んでいる姿は印象的だったが、それがあまりに様になりすぎていたため、由乃は女性に見とれていた。
故に、女性が『2射目』を放つ為の予備動作を行うまで、危機感が欠落してしまった。
由乃「……痛ッ!」
慌てて銃弾を避けようとしたが、左肩に一瞬だけ激痛が走り、避けられなかった事を理解させられる。
再び目眩に襲われて倒れそうになるが、負けじと右手に持った銃のトリガーを、女性に向けて引いた。
しかし、女性が放った3射目が由乃の銃弾と相殺し、女性が被弾する事はなかった。
由乃「な、なんですか、今のは……」
「………」
動揺する由乃をよそに、女性は更にトリガーを引く。
咄嗟に本棚の影に隠れた由乃は、呼吸を落ち着かせながら冷静に状況を分析する事にした。
由乃「(心の強さが現実のものとなるから、映画の主人公みたいな芸当もできるって事……?)」
試しに、女性の真上から爆弾が降り注ぐイメージを強く浮かべてみたが、それが現実になる様子は無かった。
由乃「……くっ!?」
その代わりに、再び由乃の身体を一瞬の痛みが貫く。
またしても、由乃は女性に撃たれたのだ。
由乃「(な……なんで!? どうして私だけ!?)」
既に3度も被弾していた由乃は、激しい目眩と朦朧とし始めた意識に、焦りを感じていた。
もはや被弾する覚悟で突っ込んで行くしか無いかと、決断を急ぎそうになった時………。
壁に、小さく抉れた痕跡を見つけた。
由乃がそれを凝視していた時、銃声と共に新たな弾痕が壁に刻まれる。
―――跳弾!
そう理解して床に伏せようとした途端、頬を抉られるような激痛が走った。
恐らく、この場所が『私の心』である事から、私にとっての『常識や価値観』の範囲でしか、ご都合的な事は起こらないのだろう。
由乃「それならっ……!」
本棚の裏から飛び出して、2丁の拳銃を女性に向ける。
反動の事を考慮して、本来ならできるだけ使いたくない手段ではある。
由乃「(けれど、それはあくまで『実銃』の話!)」
私が放つは、私が最も強い力だと信じているモノ。
それが『私の心』の中で、特別な意味を持たない訳がない!
由乃が放った2つの軌道を、女性は再び銃弾で相殺させようする。
しかし、女性が放った銃弾は、由乃の放った軌道に触れた途端に黒い霧となって消え去り、次の瞬間には女性の身体を白い軌道が貫いていた。
少しだけ驚いたような表情で、女性は被弾した場所に手を当てる。
「……へぇ、貴女、慣れるの早いんだ」
女性は、由乃が『心の中で戦う』事に慣れる早さにも関心していた。
だが、それ以上に女性が最も注目したのは、由乃が両手に握っていたもの。
銃の形こそしているが、白マジックで「由乃」と名前が書かれているそれは、世間一般に出回っているエアーガン―――玩具の類だった。
「それ………凄く『痛かった』」
由乃「当然です。私が10年もの間に、何度も味わってきた痛みですから」
そう、ここは由乃の心の中。
由乃にとって『心臓を撃ち抜かれた痛み』をイメージしろと言われても、それは実体験に基づくものではない。
心の中においては、由乃本人が体験した事の無いダメージは大幅に削減されてしまうのだ。
それに比べ、由乃にとって生々しく記憶に残っているエアーガンのダメージは『被弾した瞬間のルール的敗北』も相まって、女性の想像を遥かに超えるダメージを与えていた。
由乃「そろそろ教えてくれませんか。貴女が何者なのか」
ゴスロリ服の女性は、机に腰かけたまま足をぶらぶらと前後させて遊んでいたが、その足をぴたりと止めて口を開いた。
「私は……雫、士島雫。あの人の、拓摩のお人形」
由乃「た、拓摩……って、まさか、神堂拓摩さんの事ですか!?」
雫「そ、拓摩。私の持ち主」
由乃「で、でも、何故こんな所に、拓摩さんのお仲間が……」
混乱しそうになる頭を抱えてあたふたしている由乃を、雫はじっと見つめる。
雫「可愛いわ」
由乃「はい……?」
雫「貴女、可愛い。やっぱり、貴女は私の『お人形さん』にする」
雫の発言に、由乃はエアーガンを握る力を強めて警戒する。
しかし、雫の口からは意外な言葉が飛び出した。
雫「……私の力、半分貸したげる」
由乃「力を、貸す……?」
雫「銃の知識、反射神経、瞬間集中力……貴女にはすごく便利だと思う」
雫は天井に向けてトリガーを引くと、跳弾が由乃のエアーガンを撃ち落とし『ほらね』と呟いた。
それが意味するのは、雫が見せた離れ技を、現実で実際に使えるという事だろう。
由乃「……いいんですか?」
雫「いいよ。でも、本来は知らなかった筈の知識を駆使するって事は、私がここで『貴女の心』を攻撃するのと、ほぼ同じ意味を持つけれど」
由乃「!」
それを聞いた途端に由乃はぞっとした。
雫には、この場で由乃に力を使う『代償』を説明しない事も出来た筈なのだ。
そして、それを知らずに雫の力を使って戦い続けていれば、近いうちに由乃の心は壊れていただろう。
それ以前に、慣れない戦い方に身体がついて行けずに、色々な害が出るかもしれない。
由乃「……そんな事をして、なんの意味が。貴女達の目的は、なんなんですか」
雫「たる、眠い」
由乃「た、たる……っ!?」
面倒臭そうに椅子に腰かけて、眠ろうとする雫に、由乃は呆れていた。
雫「あの『建一』とかいう人に、聞けばいい。多分、全部知ってる……」
由乃「………」
確かに、由乃がここに来る直前に、建一は的確な忠告をしていた。
雫「彼、肝心の自分の事については、なんにも覚えていてないみたいだけど………むにゃ、くかー」
最後に意味深な発言を残して、雫は眠りについた。
由乃には、このままエアーガンで雫を攻撃し続けるという選択肢もあったが、無抵抗の相手と戦うのは躊躇われた。
なにより、雫は余力を残していたようだし、勝てる見込みが薄かった。
由乃「………」
こんな強敵を、私はいつの間に、どんな方法で招き入れてしまったのだろう。
もしくは、この現象こそが、今まで謎に包まれていたシカバネアソビの……?
由乃「……建一君」
一刻も早く尋ねたい。
しょうもない事で落ち込んで、心配をかけてしまった事を謝りたい。
様々な想いを脳裏に浮かべながら、由乃は不可解な『夢』から覚めようとしていた。




