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シカバネアソビ  作者: Mr.バナナ
Episode3~カゲフミアソビ~
102/150

EP3-025:Groove of decade

管理搭で途方に暮れていた建一が最初に思いついた事は、とにかく冷えきった身体を休ませる場所を探す事だった。


ここは管理搭、誘拐犯達が生活を送る為の最低限の設備が整っていてもおかしくはない。


建一「……寒い。せめて着替えて身体拭かないと、身体を壊すかもしれないな」


しかし、ビーストの少女が俺達を救ったのは『命令違反スレスレの行為』だという。


無闇に調べ回って別の誘拐犯に見つかるような事は、避けるべきなのではないか。




ぴー


ぴーぴー



建一「……ん?」





頭上から聞こえてきた鳥の鳴き声に視線を向けると、通気孔と思われる小さな穴から小鳥が飛び出してきた。


その小鳥は俺達の周りを何度か旋回したのち、出口と思われる扉のドアノブにとまった。



よく見ると、ビーストの少女と同じデザインの機械が頭と羽に取り付けられている。


この小鳥もまた『ビースト』なのだろうか。



ぴー


建一「まさか、案内してくれるのか……?」


それが小鳥の意思なのか、ビーストの少女の指示なのかは分からないが、俺は慌てて荷物を手に掛けて由乃を背負った。



◆◆◆◆◆◆◆◆



小鳥の後を追いながら管理搭を探索をしていると、どうにも不気味なものが多く目に入った。


地下施設と違って空室が陳列している訳ではないが、代わりにアジャスターの試作機と思われるキャタピラ式やホバー式、二輪駆動式の機械と、黄緑色の液体が入った水槽に、原型を留めていない生き物が保管されていた。


そして、なりよりも不気味だったのは、危惧していた他の誘拐犯との接触が、全く起こりそうに無い事だった。


これだけ大掛かりな実験・開発作業をしていれば、それ相応の人員が必要になる筈だが、ここからは人の気配そのものが感じられない。


もしかすると、浸水が起こされた事により、誘拐犯達は何処かへ避難してしまったのだろうか。



ぴー、ぴー


小鳥の鳴き声に思考を中断して前を見ると、管理搭の案内板のようなものが目の前にあった。


その表示を見る限り、ここはどうやら『管理搭B3F』らしい。


建一「(さっきの場所は『兵器開発スペース』の一端みたいだな。まぁ、言わずもがなだけど……)」


あるいは、案内してくれている小鳥のビーストも、試作兵器のひとつなのかもしれない。


この近くに求めている設備はあるだろうか、と視線を走らせていると、背中で由乃がもぞもぞと動いた。


由乃「……あれ、わたし、何を」


まだ寝ぼけているのか、何処かうわごとのように由乃は呟く。


建一「ごめんな。今、休めそうな場所を探してるから………」


由乃「さ、さむい……頭が、重い…………」


由乃の呼吸は荒く、目覚めたにも関わらずぐったりと俺の背中に身体を預けている。


溺れて衰弱しきった上に、水浸しの衣服を身に纏ったままで、風邪を引いてしまったのかもしれない。


建一「ま、待ってろ、何処かにまともな設備が……あった!」


案内板に『仮居住スペース』と書かれた一帯を発見し、建一は由乃を背負ったまま走り出す。





ぴー……


小鳥のビーストは役目を終えたと言わんばかりに建一達の背中を見送ると、元来た方向へと羽ばたいていった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「本当に、これで良かったと思いますか。ドルフィン、バード……」


自信なさげに、ビーストの少女は弱音を吐く。


『まったく、その答えを私達に聞くのかい? まぁ、まさか私が役に立てる時が来るとは思わなかったね』


『僕は今まで、偵察以外に役目を貰った事が無かったから。ちょっとだけ楽しかったよ、道案内』


頭部のビーストシステムを通じて、イルカと小鳥のビーストからそれぞれ返事が返ってくる。


「君達は満足しているようですね。でも、私は……」


『助けろ』という命令に従ったとはいえ、彼は私の主ではない。


つまり、これは私が私の意思で行った救済なのだ。


「これはきっと、何かのバグです……。早く秋悟様に治して貰わなくては」


『もともと"失敗作"の僕達に、バグなんて今更の話だよね………』


「黙りなさいバード、焼鳥にされたいのですか」


『美味しく焼けたら私にも分けて欲しいな。ふふ』


『あれ、僕、なにか悪い事言ったっけ………?』



デリカシーの無い子鳥のビーストは、何故機嫌を損ねさせてしまったのかと小さな脳で考え込んでいた。


「(……そうだ、私達はしょせん失敗作なのだ)」


こうして自我を残し、主の命令を遂行する為のマシンになりきれていない。


「(……何も考えずに、ただ命令されるがままに生きていたいというのは、私の我儘なのだろうか)」


元来た方向を振り返り、自身が救った2人の姿を思い浮かべるが、胸にこびりついた後ろめたさが消える事はなかった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



『湯』


そんな暖簾がかかった風呂場の前で、建一は立ち止まった。


建一「……やばいよ。流石にそこまで踏み外しちゃ駄目だ」


真っ先に由乃の身体を温めるため、風呂には入るべきだ。


しかし、その為に由乃の衣服を男性である俺が脱がせるのは色々とまずい。


恥じらいを捨てて人工呼吸まで妥協したとはいえ、風呂場となると話は別だ。


建一「えっと、由乃? 自分で風呂に入れたりは……」


由乃「………副露? ポンポンポンロン…………?」


建一「―――野暮な事聞いてすみませんでした」


どうするべきかと頭を回転させた結果……。







―――カコーン



建一「なんかの授業でやって以来だけど、やっぱり気持ち悪いな……」


由乃「………あったかい、です……ねぇ」



着衣水泳、もとい着衣入浴。


既に服は水浸しなのだし、気にする事はない。


上がった後の事は……、考える事をやめた。


由乃「……ぶくぶくぶく、がぼがぼ」


建一「ちょ……!?」


少し気を抜いただけで、この様である。


この調子では、もし地下施設に戻れたとしても、危険な真似はできないだろう。



由乃「……あかば、くん?」


建一「どうした」


由乃「………」


建一「………」


由乃「………」


建一「………」







由乃「これは、どういった状況なんですか」


身体が暖まって正常な判断力を取り戻した由乃から、死刑宣告に近い言葉を浴びせられた。



◆◆◆◆◆◆◆◆



仮居住スペース、寝室。


恐怖とパニックの中、度重なる口論の末、建一建はバスタオルを巻いただけの姿になって自らの衣服を絞っていた。


由乃「―――」


建一「由乃サン。あの、大丈夫ですか」


由乃「―――」


建一「悪かった。でも、俺にはああする以外思いつかなくて……」


なんとか弁解しようと声をかける建一だったが、由乃が全く反応を示さないのを見て、がくりと項垂れた。





由乃「(違う。私が欲しいのは、そんな言葉じゃ………ない)」


服は着ていたものの、気が付いたら混浴状態だった事には、確かに驚いた。


今だって、あって無いような布切れ1枚しか纏わずに男の子と2人きりだなんて、叫びたくなる程恥ずかしい。


でも、そうじゃない。


私は赤羽君じゃなくて、友達で理解者だった『柳原建一』と話がしたいんだ。


その場の勢いだったが、私は彼に『ずっと会いたかった』と告げた。


告白と勘違いされる可能性もある、自分でも赤面ものの台詞だった。


……だったのに、なんだかんだでうやむやになっている。


10年ぶりの再開を、無かった事にされている。


焦れったい。


昔の話がしたい。


報われたい。


許して欲しい。


また、私の右の視界に満面の笑みを振り撒いてほしい。



由乃「(……私、なんでこんなに求めているの。私はただ、約束の為に護るだけの筈だったのに)」


欲望にまみれた自分の心が、酷く醜く淀んでいる気がして、声を出す事もできない。


まだ身体が熱い、頭が痛い。


恐らく、完全に風邪を引いてしまったのだろう。


由乃「(甘えてはいけない。この人にだけは、甘えられない)」


絞った衣服と下着を、大広間から持ってきた椅子の背もたれに掛けると、私は何も言わずにベッドに横になった。


背を向けていた赤羽君は、音でそれを感じ取ったのか、恐る恐る振り返ってから、ほっと胸を撫で下ろす。







由乃「―――なんで」


熱があったからだろうか。


無茶苦茶にして欲しかったからだろうか。





由乃「なんでっ、なんで安心しているんですか! 男の子のくせに!! いっそ欲情でもしてくれれば、私は……私はようやく貴方に償えるのに―――!!」


彼の態度に、なぜか苛立ちが爆発した。


やけになっていたと思う。


それは私の本音なのか、そうでないのか、自分でも分からない。


とにかく、赤羽君じゃない『柳原建一』に、全部ぶつけたかった。


しかし、私の叫びを耳にした赤羽君は、大きく目を見開いて沈黙している。


当然の反応だろう。


由乃「……なんで、何も言ってくれないんですか。私は、約束を2度も破ってしまって、もうどうすれば良いのか分からないんですよぉ………ぐす」


建一「由乃……」


哀れみの込められた瞳を向けられたが、そんな事で言葉を引っ込めるほど、今の私は臆病じゃない。


由乃「私は! ずっと、貴方と対等な立ち位置に戻って、昔みたいに話がしたくてっ、げほ……っげほ!!」


建一「由乃っ、無理するな!」


由乃「それは赤羽君が赤羽君のままだから! 私の知ってる『柳原建一』君じゃないからっ、だから………!!」


ベッドの枕を荒々しく掴んで、由乃は大きく振りかぶる。


が、振り上げた手は建一に捕まれていた。


建一「やめろ」


由乃「だから私はっ……!」


建一「やめてくれ」


由乃「……っ」


建一が苦しそうな表情で懇願するのを見て、由乃はハッと我に返った。



―――届いていたのだ、最初から。



由乃の知っている、かつての柳原建一は、そこにずっといたのだ。


今にも泣き出しそうな建一を目にして、由乃はそれを理解した。



建一「本当は、もっと由乃の気持ちが落ち着いてからが良かった。それまでは、昔の話はしたくなかった」


由乃「……そんな、どうして?」


建一「危険なんだ。由乃の今までを否定して、そのせいで、由乃が『由乃でなくなって』しまったら、俺はどうすればいいんだ」


由乃「否定? 私が私でなくなる? いったい、なんの事を言ってるんですか……」


緊張した顔付きで、投げようとしていた枕を胸元に抱える由乃を見ながら、建一は冷静さを取り戻すべく深呼吸をした。



建一「信じていいか、由乃。何があっても、お前はお前のままで居てくれるって」


由乃「いったい何を……」


由乃には建一の言いたい事が全く分からなかったが、まっすぐで真剣な眼差しに、覚悟を決めて首を縦に振った。





建一「取り繕わずにはっきり言おう。この10年間、由乃はただ『勘違い』をしていただけなんだ」


これが人体実験でなかったなら、俺は迷わずそれを由乃に告げていたと思う。


けれど、今はもう謝罪の気持ちよりも、圧倒的な恐怖に両足が震え上がりそうだった。


これから由乃を、地獄と呼ぶに相応しい戦場に突き落とさなければならないのだから。




恐いんだ。


その戦場こそが『シカバネアソビ』だから、俺には何もしてやれないから。


地下施設から隔離され、形式上のゲームオーバーとなっても、真の驚異は常に俺達のすぐ近くにある。


由乃「勘……違い?」


だから負けないでくれ。


どうか退けてくれ。


心の影を踏みにじろうとする、自分の中の『シカバネの悪魔』に、屈さないでくれ。


建一「由乃。10年前、俺は―――」


由乃を信じて、建一は10年前の真実を告げる事にした。

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