EP3-024:Geme over
Cord-PBHumanと名乗ったビーストの少女が、由乃が言っていた『誘拐犯側の人間』であると理解するのに時間はかからなかった。
建一「ここは……?」
「貴方達のいた地下施設と平行して建っているもうひとつの施設、『管理搭』です。搭といっても、勿論地中に作られたものですが」
寝そべったまま天井をよく見ると、確かに白一色だった地下施設と違って、コンクリート質の部屋になっていた。
それが父親の死亡した建物とあまりに似ていたため吐き気が込み上げてくるが、姿が見当たらないパートナーの事を思い出して堪えた。
建一「……っ! そうだ、由乃は!?」
まだ溺れていた名残で目眩がするのを我慢して、ずぶ濡れの身体を起こして周囲を見渡すと、俺と同じように横たわっている由乃の姿があった。
鞭を打たれたように由乃の傍に駆け寄り、口元に手を翳す。
建一「由乃? 由乃っ! ……い、息してないじゃないか!! どうすれば……」
「落ち着きなさい、マウス・トゥ・マウスです。まずはおでこに手を当て、顎は上げて下さい」
建一「な―――」
突然の事にパニックになりかけるが、今は冷静にならなければいけない時だ。
要するに、この少女は俺に人工呼吸をしろと言っているのだろう。
建一「なんで俺なんだ。同性のお前がやるべきだろう」
反射的にそう口にすると、ビーストは呆れたような目でこちらを睨んできた。
「つまらない事を気にするのですね。貴方達をここまで運んできただけでも、命令違反すれすれの行為なのですよ? その上、私に2度も同じ事をさせないで頂けますか」
建一「2度って、まさか……」
確かに、同じ状況で溺れていた2人のうち、俺だけが自然に息を吹き返すのは少し変だと思っていた。
つまり……
「えぇ、私は貴方に心肺蘇生を施しましたが、なにか問題でも?」
建一「な……お、俺は言った筈だぞ。なんだってするから、由乃を救ってくれって。なんで由乃より先に俺を……」
「なんでもするんでしょう? では、峰沢由乃は貴方が心肺蘇生させなさい。何の為に貴方だけを蘇生したと思っているんですか」
何の為にと聞かれ、由乃が先に目覚めた時の事を考える。
彼女は今、最も精神が不安定な上に、人工呼吸となると恥じらいも加わってパニック状態になってしまうかもしれない。
「私は必要最低限の手しか差し伸べられません。混乱した峰沢由乃の世話など、もってのほかです。貴方はもっと冷静になれる人間でしょう。理解したのなら、早く取り掛かって下さい」
建一「……分かったよ」
ビーストの少女がいなければ、既に失っていた命だ。
それなのに、俺の下らない躊躇で由乃を死なせる訳にはいかない。
言われた通りに由乃のおでこに手を置いて、もう片方の手で顎を持ち上げる。
「その状態で、呼吸が再開する兆しはありますか」
由乃の口元に耳を近付けるが、やはりまだ呼吸をしていない。
俺が首を左右に振ると、ビーストの少女は小さく頷いた。
「では、おでこに置いた側の手で鼻をつまみ、口から息を数度吹き入れて下さい。急がず、ゆっくりですよ」
建一「ああ、分かった」
―――俺は死んだって構わない、ずっとそう思って生きてきた。
俺に幸せな日常を取り戻して欲しいと、観崎が一生懸命にやっていたが、有難いと思う半面、それは無理だと分かっていた。
俺は今でも、父さんと母さんが居た日常が、最も幸せな時だったと思っているからだ。
―――しかし、俺は優柔不断だった。
幸せになれないと確信していたなら、両親が死んだと分かった時に、とっとと後を追って死んでおけば良かったのだ。
もしかしたら………なんて淡い希望を持つから、こんな事になる。
観崎だけじゃない、この峰沢由乃という少女の小さな肩にも、俺は知らぬ間に、なんて重いものを背負わせていたのだろう。
建一「(死ぬな。戻ってこい、由乃!)」
唇を重ねて、ゆっくりと息を吹き入れながら、そう強く願う。
俺は銃が嫌いだ。
父さんの命を奪った武器が憎くて仕方がない。
幼かった俺は、顔も分からない人殺しへの嫌悪を、姿形のはっきりした銃器に向けていたのだ。
正直、由乃の銃に対する執着は、熱中できる趣味としては眩しさを感じるほど羨ましかったが、同時に『悪趣味』だとも思っていた。
だが、裏を返せばどうだろう。
由乃に銃を握らせてしまったのは、他の誰でもない、この俺じゃないか。
10年間、俺が何も知らずに適当に生きている間にも、由乃はずっと仮初めの銃を握って、俺が背負わせた罪悪感と戦っていたというのに。
どの口が由乃を『悪趣味だ』などと言えるのだろうか。
建一「(俺は、なんて………なんて情けない!!)」
ビーストの少女に指示されるがまま、人工呼吸と心臓マッサージとを交互に繰り返すが、時間の経過に比例して焦りは虚しさに変わっていった。
建一「(……なんでっ、なんで息を吹き返さないんだ!)」
あまりに冷たい唇の感触に、脳裏に何度も『既に手遅れだったのでは』という考えが浮かんでは消える。
そんな事はないと否定しながら心肺蘇生を続けるが、いつの間にか俺の目尻には涙が溜まり、身体はガクガクと震えていた。
建一「な、なにか、他になにかっ………なにかできる事は? そもそも、間に合う確証があったから俺だけを蘇生したんだろう。そうなんだよな………?」
「貴方の心肺蘇生はすぐに終わりました。私が貴方の質問に答える時間を差し引いても、タイムラグは殆ど無かったのですよ」
目を伏せて首を横に振るビーストの少女を見て、俺の中でピシリと何かが砕けるような感覚を覚えた。
由乃の身体を抱き起こしながら、目尻に溜まりきった涙が頬を伝うのを感じる。
建一「俺の、せいなのか……?」
俺が由乃に銃を握らせるような罪悪感さえ与えなければ、由乃は天真邦和に立ち向かうような真似はしなかったのかもしれない。
俺が由乃の後を追って水の中に飛び込んだりしなければ、由乃は1人真っ先に心肺蘇生を受けて助かっていたのかもしれない。
俺が存在しなければ、由乃はごく普通の内気な女の子として育っていたのかもしれない。
建一「俺は、どうしていつもこうなんだ……。迷惑ばかりかけて、何もしてやれなくて………」
せっかく、自分が犯していた罪に気付いたのに。
謝って謝って謝り倒して、呆れられても、怒られても、由乃の重荷を解き放つはずだったのに。
建一「なんで、俺じゃなくて、由乃なんだよ………なんで…………なんで………………」
冷たい由乃の身体を強く抱き締めて、建一は止めどなく溢れる涙を流し続ける。
―――しかし、建一が抱き締めているのは"亡骸"ではなかった。
由乃「―――げほ!」
建一が抱き締める力をよりいっそう強めた瞬間、びくりと由乃の身体が仰け反り、その口から大量の水が吐き出されたのだ。
肩にかかった水の感触と、腕の中で再び動き出した鼓動、耳元に聞こえてくる呼吸。
それらが何を意味しているのか、頭がまっしろになっていた建一はなかなか理解する事ができなかった。
由乃「……よ…かった。あかばくん、生きて…………」
そう耳元で囁くと、由乃は安心しきった表情で眠るように気を失った。
建一「おい、由乃? ……由乃!!」
「落ち着いて下さい。ただ眠ってしまっただけですよ」
すう、すう、と聞こえてくる寝息に、ほっと胸を撫で下ろす。
建一「馬鹿だろ。真っ先に俺の心配なんかして………まったく」
悪態をつきながら由乃を床に寝かせ、涙を拭おうとするが、今度は嬉し涙が湯水の如く溢れ出てきた。
我ながら、なんという泣き虫ぶりだろう。
とにかく、良かった。
由乃が無事で、本当に良かった……。
建一「君も、本当に有難う。俺達を救ってくれて」
「……そういう命令でしたからね。しかし、貴方が誘拐犯の仲間である私に礼を言うのは、お門違いというものです」
少しだけ照れくさそうにしてそっぽを向くビーストの少女は、兵器とは思えないほど人間らしかった。
建一「あぁ、そうだ。早く、観崎や楓達と合流しないといけないな。ここから地下施設に戻るには、どうすればいいんだ?」
その人間らしさに期待してしまったのか、それとも浮かれていたのか。
俺は誘拐犯側の"兵器"に、そんな事を尋ねていた。
「――戻れません」
酷く事務的で冷たい言葉が、ビーストの少女の口から発せられた。
建一「……今、なんて?」
「戻れない、と言ったのです。浸水のない本来の仕様ならば、貴殿方2名のプレイヤーは奈落の底へと落ちて死亡するはずでした。故に、シカバネアソビのルールにおいて貴殿方は『死亡プレイヤー』として扱われ、復帰する事は許されません」
建一「な、なんだよそれ! じゃあ、君はこれから俺達をどうするつもりなんだ!?」
「それは私が決める事ではありません。主が戻るまで、貴殿方はこの管理搭に隔離させて頂きます」
直ぐにでも反論して、なんとか地下施設に戻る術を見出だそうとしたが、それよりも『主』という単語が引っかかった。
ビーストの少女の主、地下施設の生物兵器の主、それはつまり……。
建一「まさか、そいつの名前は"神堂拓摩"か…!?」
「……! やはり、その名を既に知っていましたか」
何が『やはり』なのかさっぱり分からないが、ビーストの少女の反応からして、それが真実である確証が持てた。
俺の前で名乗りを上げた"末癸姜"、銀河の記憶を奪ったという"雨ノ宮伸"。
それらの名を地下施設内で耳にした時から、予感のようなものはあった。
神堂拓摩は『実在する』。
そして彼こそが、このシカバネアソビの首謀者にして、"全ての元凶"なのだ。
「私は現在、杉森華僑をはじめとしたイレギュラー対策を一任されています。直ぐにでも戻らなければ、姜様に怪しまれるでしょう」
建一「……待った。ひとつ聞いていいか」
「なんです? 管理搭内での行動ならば、特に制限はありませんよ。制限など設けなくとも、悪足掻きができるとは思えませんが」
建一「いや、そういうのじゃなくて………俺は君の事をなんて呼べばいいんだ? コードなんちゃらっていうのは、流石に呼び辛いだろう」
そう質問を投げ掛けると、ビーストの少女は変なものを見るような目をして黙り込んだ。
俺も負けじと黙り込んだまま見つめ返すが………
建一「……ふぇっくし!!」
ずぶ濡れになって身体が冷えていたためか、俺のくしゃみによって沈黙は呆気なく打ち砕かれた。
「………貴方、私が敵だという事を本当に理解しているのですか?」
建一「まぁ、してるけど……」
「理解はしているが実感が湧かない、といったところですか。情を見せるだけで敵意を失っていては、付け入られますよ。まぁ、今となっては活かせない警告でしょうが……」
そのまま背を向けて立ち去ろうとしたビーストの少女だったが、その足は数歩進んだ所で一度静止する。
「………PBHuman、ビースト、獣などと、好き勝手に呼ばれています。そもそも私には、名前というものがありませんから」
振り返る事なくそう告げた背中には、親近感を覚える孤独が感じられた。
どう声を掛けようか迷っている間に、ビーストの少女は壁の端末らしきものを操作し、開いた床のパネルに飛び込んで行った。
建一「何してんのかな、俺は。のんきに会話してる場合じゃなかったのに……」
二度も命を救ってくれたビーストの少女が悪い人間とは思えず、彼女の内側を探ろうとしてしまった。
命こそ助かったものの、俺達はシカバネアソビにおける"死亡プレイヤー"となり、脱出の権利は剥奪されたのだ。
建一「(ゲームオーバー、か)」
折角、このゲームの真相に近付けたのに、隔離されてしまったのでは元も子もない。
俺達はこれから、いったいどうすれば良いのだろう―――




