EP3-023:Index finger
邦和が吐いた言葉を耳にした途端、強気な態度を貫いていた飛鳥の表情は恐怖と嫌悪に彩られた。
飛鳥「離しなさい、渡ッ! こいつ……! こいつ今、数え切れないほど殺したって!」
光弐「だからって、手負いの無抵抗な人を撃ち殺したら駄目だろ! 常識的に考えて!」
飛鳥は天真邦和という殺人鬼と、かつて自分に拭えない恐怖の記憶を植え付けていった人物とを、心の中で重ね合わせていた。
そして、この男を殺せば、あるいは恐怖を断ち切れるかもしれないと考えてしまったのだ。
飛鳥「こんな奴がいるから! 私は、私は………!!」
邦和「憎いか、小娘」
暴れていた飛鳥の動きが、耳に届いた邦和の言葉でピタリと止まった。
飛鳥「憎いか……ですって? 当たり前でしょう。貴方のような人間は、常に誰かを傷付けるだけで、何も与えない。正真正銘のクズよ」
邦和「……そうか、そりゃあ結構だ。……しかしな、俺の前科を知って『人を殺して欲しい』と金を叩いてくる奴も、それこそ山のように居るんだぜ。己の手は汚さず、邪魔な奴を消したい。そいつらもまた、別の意味でのクズさ」
飛鳥「貴方、いったいなにが言いたいの……」
邦和「世の中には色々な種類のクズがいる。……が、てめぇが一番嫌いなクズは、俺よりも、そいつらよりも、人を殺めちまったてめぇ自身だろう」
心の内を見抜かれたような言葉に、飛鳥の中での嫌悪感が消え去り、恐怖だけが残った。
飛鳥「で、出鱈目言うんじゃないわよ!! それで結局、貴方は何が言いたいの!?」
邦和「俺達は、同じクズにしてやられた者同士だ。信じて貰おうとは思わねぇ……ただ、俺を助けろ。俺が恐いなら、この刀で10本の指を裂いて、何も出来ないようにすればいい」
最初、飛鳥と光弐は、それが邦和の虚言か何かとしか思えなかった。
自ら指を切り落とすなど、正気の沙汰じゃない。
しかし、2人の予想に反して邦和は刀を左手に持ち替え、刀身を右手の人差し指に押しつけた。
邦和「ぬぐ――……ッおおおおぉぉぉおおおぉおおおおっ!!!!」
ぐちゅり、と生々しい音が聞こえたのは最初だけで、後は邦和の唸り声にかき消されて何も聞こえなかった。
ぼとり、と床に血まみれの指が落ち、飛鳥と光弐は声を出す事も忘れて目を見開いていた。
邦和「ひ……『人差し指は"人刺し"の指』ってね。他所では指詰めと言うらしいが」
飛鳥「貴方、ど、どうかしてるわ………」
もはや震える声を隠す事さえできなくなった飛鳥を見て、邦和は痛みに耐えながらも笑みを浮かべる。
邦和「そうでもないだろう。俺ん家では忠誠や謝罪の証明として、便利に使われてる手法でな。己の身を削って生き延びられるなら、指のひとつやふたつ……、いや、この瞳さえも―――」
光弐「いい加減にしろよ! そんな事されても、オッサンが果てしなく不気味で理解できない何かになっていくだけじゃんよ!!」
刀を手放し、自身の左目をえぐり出そうとした邦和の手を、指先が網膜に触れる直前で光弐が食い止めていた。
光弐「悪いな飛鳥、俺はやっぱりオッサンを放っておけねぇわ」
飛鳥「渡……そいつは、人殺しなのよ?」
光弐「分かってる」
飛鳥「そんな……。あ、貴方は恐くないの? 殺されるかもしれないのよ?」
光弐「まぁ、なんつーかさ。確かに恐いし、殺されるかもしれないけど、見殺しにするのは嫌というか」
悪い事をした人だからと見捨てるよりも、生かして更正させるようにする。
なにより、『見殺し』も立派な人殺しなのではないだろうか。
そんな考えを持っているため、邦和が殺人鬼であったとしても、光弐は瀕死の人間を放っておけないのだ。
飛鳥「貴方、本当に馬鹿よ………」
光弐「はは、愛想が尽きたか? 飛鳥まで無理に付き合う事ないんだぜ」
邦和の左手を肩に回しながら笑みを投げ掛けてくる光弐に、飛鳥は諦めのため息をついた。
飛鳥「まったく、元々愛想なんて無いわよ。貴方を見ていると、考えるのが馬鹿らしくなってくるじゃない」
がしゃりとライフルを床に放ると、飛鳥は血まみれの日本刀を拾い上げ、柄の血をハンカチで拭き取り始めた。
飛鳥「とりあえず、これは没収よ。その腰にある鞘も寄越しなさい」
邦和は素直に鞘を渡し、訝しげな目で飛鳥を睨んだ。
邦和「意外だな。てめぇは小僧ごと俺を殺すか、単独行動に出かの2択に絞るタイプだと思っていたが」
飛鳥「さてね。大方、誰かさんの馬鹿が移ったんでしょう」
飛鳥の言葉にきょとんとした表情で黙り込む邦和だったが、遅れて笑いが込み上げてきたらしく、通路に反響するほどの大声で笑い出した。
邦和「おもしれぇ! ホントおもしれぇよここは!! 全ッ然上手くいかねぇ! 訳分かんねぇ!! ッハハハハハハハハ!!!」
計画通りに物事が進まないと気が済まなかった邦和だが、あまりに失敗が立て続けに起こり、怒りよりも爽快感を覚えるまでに至っていた。
その純粋に響き渡る笑い声に、飛鳥はいずれ天真邦和という人間に訪れるであろう変化を予感した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
同時刻、無事邦和を追い返した観崎達は、楓の希望で銀河を迎えに行こうとしていたのだが………。
可憐「やっぱり」
吐き捨てるように呟かれたその一言で、3人は足を止めた。
楓「なにが『やっぱり』なんです?」
可憐「初川、何か隠してる」
びくりと背中を震わせた観崎の反応を、2人は見逃さなかった。
楓「そういえば、可憐さんは観崎さんが居るにも関わらず撃つように指示してきてましたね」
可憐「あのままじゃ全員やられてたから。もしかしたらって、賭けたの」
その結果、観崎が見せた異常な反応速度の回避を思い出し、楓は黙り込んだ。
観崎「い、いやぁ、まさか撃ってくるとは思わなかったから、びっくりしちゃったよ。ホント酷いなぁもう、火事場のなんとやらだよ」
可憐「嘘つき」
観崎「嘘じゃないよ」
可憐「なんで隠すの」
観崎「隠してないってば」
不機嫌そうに唇を尖らせる可憐と、困ったような表情で苦笑いをする観崎。
そんな2人を見ていられなくなり、楓は両手を振りながら間に割って入った。
楓「まぁまぁ可憐さん。何か言えない事情があるのかもしれないし、本当に何も隠してないかもしれないじゃないですか。一旦保留にしません?」
可憐「むう」
あからさまに頬を膨らませながら、可憐は観崎から視線を反らした。
観崎「と、とりあえず。銀河君……だっけ? 早く迎えに行こう」
楓「あ、はいっ。えっと、この十字路を右に曲がってすぐの………」
銀河がいるはずの部屋の扉が視界に入った途端、3人は言葉を詰まらせた。
その廊下には無数の弾痕と散らばった薬莢があり、明らかな戦いの痕跡が見受けられたからだ。
血痕がない事から、被弾した者はいないと推測できる。
楓「……銀河は!?」
銀河を寝かせていた筈の扉を開け放つが、既にもぬけの殻だった。
可憐「おかしい。銃声なんて聞こえなかったのに」
観崎「サプレッサー………だっけ、そういう音を消すやつがあるって聞いた事あるよ。でも、大声で助けを呼べば聞こえない距離じゃないのに」
楓「あいつは………銀河は誰かに助けを求めるとか、そんな器用な事ができる奴じゃないですよ」
建一と由乃に続いて、銀河とまで離ればなれになり、楓は強い喪失感を覚えた。
―――もともと、リア友なんて柄じゃない。
そう思いつつも、つい数十分前まで近くに居た人達が次々といなくなるのが、寂くない訳がなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
苦しい。
息ができない。
それでも彼女の手だけは離すまいと必死に握っていたが、既に握り返す力は無くなっていた。
その記憶を最後に、意識は暗闇の中に飛ばされる。
その暗闇の中では、息ができずにもがいていた苦しさが嘘のように消し飛び、まるで幽体離脱でもしたかのように身体の感覚が無かった。
この状態になるのは2度目だ。
これは、シカバネ………すなわち以前に神堂拓摩の夢を見た時と似たような状態だ。
俺は、死んだのだろうか。
まだ死ぬ訳にはいかないのに、こんな所で、中途半端に朽ち果ててしまったのか。
『解せない』
そんな声が遥か遠くからこだまして、微かに俺の意識に届く。
『死は、あらゆるしがらみから解放される最後の手段。それを選ぶ事への躊躇は今まで存在しなかった』
そういえばそうだったな。と失笑しようとするが、生憎身体が無いのでは笑えるものも笑えない。
あれだけ死んでも構わないと心に決めておきながら、結局最後に死にたくなくなった。
『何故だ』
何故だろう。
やはり、俺なんかの為に多くの時間を割いて、人を護る為の力を求めた彼女の影響か。
嬉しいとは思わなかった。
ただ、彼女が俺をあまりに必死に護ろうとして、それを成し遂げられなかった事に涙まで流されてしまった。
その努力の結末が、涙と共に死ぬなんて事があってはならない。
だから、死ぬ訳にはいかないんだ。
『―――ならば願え、本能の赴くままに』
こだまの主は、声にならない俺の心の言葉を知ってか知らずか、そう言い残して気配を消した。
建一「―――っ、げほっ、げほ!!」
意識が覚醒した途端、何かを吐き出すように大きく咳き込んだ。
凍えそうになる強い寒気と、脳が直接揺さぶられたような気持ち悪さに、起き上がる事を諦めて深呼吸する。
「目覚めたようですね」
頭上から聞こえる聞き覚えのない女性の声に瞼を開くと、長い金色の髪が視界に入った。
耳を覆う特徴的な茶色の毛と、頭に直接取り付けられたゴーグル状の機械。
建一「お前、は……?」
「……貴方と話すのは、これが初になりますね」
キュイッ!と少女の片目が赤白く発光する。
目の前にいる少女がただの人間ではないと理解するには、それだけで充分だった。
「私は、生物兵器ビースト・プロトタイプヒューマンモデル『Cord-PBHuman』です。つまり、貴方達の敵ですよ」




