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不思議な世界の短編集

【短編】僕の幼馴染の顔は、365日いつも違う

作者: 鶴嶌大晩
掲載日:2026/10/21

「あっ! おっはよー!」


 高校への通学路。


 僕・山近了紀(やまちかりょうき)は同じ高校の制服を着ている女子高生から声をかけられる。


「おはよう華奈。あれ、今日はかなりギャルっぽい雰囲気なんだね」


「そうなの。朝起きて鏡を見たらこんな感じだったからさ。ついついピアスとかもしちゃった!」


「なるほどね。よく似合ってるよ、それ」


 高校生にしてはやや派手めな化粧をし、耳に輝くピアスをご機嫌で見せつけてくる、僕の隣を歩く女子高生。


 彼女は幼馴染である高槍凜華(たかやりりんか)、その中身は同世代の他の子と大して変わらないごく普通の高校生だ。


 元気な声の凜華は周囲を明るくするタイプなのだが……実は大きな特徴がある。


「にしてもギャル風のメイクが似合う顔になったらファッションも変わるね。いつもと比べてスカートも短くなってるし……。ねえこれ大丈夫? 強風が吹いたら下着とか見えちゃわない?」


「心配しなくても大丈夫だってば。何なら『見たい奴には見せてやる』ってスタンスよ、今日の私は」


「やっぱり見た目が変わるとそれに連動して性格も変わるなあ。昨日と違って今日はだいぶポジティブだね」


 凜華の大きな特徴。


 それは『偶然性変化顔面症』という、世界的にも非常にまれな病気と共に彼女は生きているということ。


「昨日は物静かそうな顔だったから物静かそうなメイクで物静かそうな性格だったのにね」


「昨日の私は昨日の私。今の私は今の私。どうせこの顔は今日しかないんだからね!」


 この『偶然性変化顔面症』という名前通りの病気によって、凜華の顔は365日の中でランダムに変わる。


 今日はギャル風メイクが似合う彫りの深い顔。

 昨日は物静かで幸が薄そうな顔。

 一昨日は……確か童顔で少し子供っぽい顔だったかな。


 そして驚くべきことにその日の凜華の顔は、彼女が過去に見せてきた他の顔と似ること・被ることは絶対にない。


 まさに一日毎(ごと)、本当に別人と言える顔に変わり続けるという数奇な運命を背負い、凜華は人生を生きているのだ。


「でもちょっと心配だなぁ。今日の服装はさすがにちょっとギャルすぎない? ピンク色のエクステまで付けちゃってるじゃん」


「大丈夫、大丈夫。そもそもうちの学校はフリーダム。学業成績良好で変なトラブルを起こさなければうるさく言われないわよ。私は最近の成績いいし」


 僕と凜華が通っているのは自由な校風で有名な私立高校。


 制服は定められているし校則だってもちろん存在しているけれど、それでも他校と比較すると圧倒的にフリーダムだと表現できる環境だ。


 当然ながら暴力沙汰や喫煙・飲酒レベルの問題はダメ。


 しかし髪型や髪色は好きにしても許されているし、アルバイトだって学業の邪魔をしなければ全然OKという環境だし、それどころか芸能や配信活動を行っている者もそれなりにいる。


 ただ成績には結構うるさく、学業不振がすぎると好きな恰好も許されないような雰囲気になってしまうのでそこには注意が必要となる。


「ま、僕たちはそもそもそういう自由な校風だからここを選んだわけだしね」


「そうそう。じゃないと私はどの高校にも行けない。毎日違う顔の女が『高槍凜華』を名乗って登校するのを許してくれるなんて、この高校ぐらいだよ!」


 当然ながら『偶然性変化顔面症』のせいで、凜華は大変な幼少期を送ってきた。


 小学生になる直前にたまたま出会って仲良くなり、今では家族ぐるみでの付き合いもしている僕たち。


 だからこちらは凜華の病状について慣れたものだし、もう深くは捉えることもなく「そういうもの」だと受け入れている現状。


 ところが他の面々はそうはいかない。


 他者は詳しい事情を知らなくとも、もしくは知ったとしても……。毎日違う人間の顔になる高槍凜華のことを誤解し、気味悪がり、恐れてしまう。


 しかし僕としてもこのことを頭ごなしに批判する気持ちにもなれない。きっとそういう反応を見せる方が『普通』の感覚に近いと思っているからだ。


 だから幼馴染である僕は、普通の人と凜華の間に立つ緩衝材としての役割も果たしている。


「ねえ了紀。今日はみんな、私の顔を見てどんな反応するかな?」


「うーん。まあいつも通りに接してくれるんじゃないかな? もうクラスにいる同級生たちも今はすっかり慣れてきてるからね」


 現在僕らは高校2年生。


 学校の制度としてクラスのメンバーは3年間変わらないというので、入学から1年以上も経てば凜華のことを理解してくれる人たちばかりになっている。


 それに性別にかかわらず僕以外の友人もできているし、何ならクラスの中では『今日の高槍凜華はどんな顔で学校に来るでしょうかゲーム』が毎朝開催されているほど。


「でもこういう濃いメイクの私は久しぶりだからみんな驚くかもなあ。昨日が昨日だったし。なんか楽しみになってきた!」


「毎朝教室に入るたび歓声が上がるからね。凄いよあれ。隣のクラスは引いてるってよ」


 こうして僕らは並んで歩きながら最寄り駅へと進み、電車に乗り込んだ。


 ◇◇◇


「やあ了紀。おはよう☆」


「おはよう凜華。今日は何というか……イケメンだね。そして非常に爽やかだ」


 次の日。


 いつものように朝の通学路で出会った僕らだが、いつもと違って前髪を上げておでこを出している凜華は、風に髪をなびかせながら颯爽と近づいてきた。


「ちょっと待ってくれよイケメンだなんて……。そっちこそ今日もカッコいいよ☆」


「なんか語尾に☆がついているけどこれは何?」


「さあ? 話すと自然と出てきちゃうんだ、私が魅力的すぎるから☆」


「あ、やべえ。ちょっとうぜえ」


 今日の凜華の顔。


 切れ長気味ながら力強い瞳に、輪郭もシャープ。彼女は元々肩ぐらいまで髪を伸ばしているのだが、それがよく似合うカッコいいタイプの顔になっている。


 凜華が患っている『偶然性変化顔面症』という病だが、どれだけ顔が変化しようとそれ以外の部分は変わらない。


 たとえばスタイル。


 対象となるのはあくまでも顔だけであるため、175㎝ある僕の顎ぐらいの身長や(恐らく)平均的であろう体重などは『偶然性変化顔面症』の影響を受けない。


 たとえば指紋。


 顔が変わろうと指紋は一切の変化を見せず、高校では凜華の本人確認を指紋認証で行っている。入学式の日、事情を知る高校側が用意した見たこともない装置に、凜華は非常にビビり散らかしながら人差し指を挿入していた。


 たとえば声。


 これも変化なく本人確認の一種として用いられ、指紋と同様に凜華はビビり散らかしながら初見の超近未来的デバイスに声紋を登録していた。ちなみに僕が彼女から声をかけられた際にすぐ反応できるのも声は変わらないからだ。


 さらに筆跡、髪色、髪型、足のサイズに加えて本来は性格も変わらないはずなのではあるが……。


「今日は英語の小テストの日だよね? 勉強はしたのかい了紀☆」


「その語尾の☆、マジでやめてくれる。イライラして徐々に脳が歪んできた」


 凜華はいつからか吹っ切れたように「その日の顔に合ったキャラになりたい」との感情を抱くようになり、今でもそれを通している。


 だから正確に指摘すれば「顔が変化しても人格面に変化なし」でありながら「変化した顔に適した人格を演じている」ということになるのだ。


「どうしたんだい了紀。いつもと違ってツンツンしてるね☆」


 今日はカッコいいタイプの顔なので女子生徒たちからの注目を浴びるだろう。


 そして凜華としてそれに対応したキャラを演じているつもりなのだろうが、さすがに普段との差が今回はありすぎてこちらが困ってしまう。


「ツンツンしてるね☆」


「……」


「してるね☆」


「……」


「ツンツ……ねえ、ごめん了紀。本当に怒ってる?」


 ただ僕の言動を見た凜華は口調をいつも通りのものに戻し、慌てて怪訝そうな表情を見せてくる。


 確かにこのキャラはうざったい、結構うざったいのだが……。


「別に怒ってないし本当に嫌なわけじゃないよ。むしろさすがだなって感心してる」


 そもそも僕は、凜華が「その日の顔に合ったキャラ・性格を演じられるようになりたい」という考えに至ったことへの過程も散々目にしてきた。


 考えてみて欲しい。


 家にいくつか置いてある鏡に映る自分の顔。

 外出してふとした拍子に目に入る反射した自分の顔。

 大切な思い出のためにと撮影した時の自分の顔。


 それが全部、全部、前の日の自分と違うことを。

 それが全部、全部、過去のどの自分とも違うことを。


 この状態で普通に生きていくなんてとても大変だ。


 それでも凜華は前を向くため、大人になるため、苦しんで苦しんで苦しみぬいた末に、自分自身を受け入れる術として「顔にあったキャラを演じる」という選択肢を見つけたんだから。


 同時に僕としては決意を固めた凜華のことを、すべて受け入れる覚悟はもう随分と前からできていた。


「さあ学校に行こうか了紀。教室で子猫ちゃんたちが待ってるよ☆」


「うーん。とはいえ今日一日、僕はこれに我慢できるだろうか。どこかでストレスが爆発しなければいいけど」


 堂々とした足取りで胸を張り、僕のことを先導するかのように歩く凜華。


 きっとこのまま僕を率いて教室へと入ったその瞬間、あまりにも黄色すぎる女子生徒たちの歓声が上がり、学校中は大騒ぎになるだろうなあ。


 ◇◇◇


「あ……。りょ、了紀。おはよう……」


「おはよう凜華。今日は……また一段と……」


 次の日。


 今日もまたいつものように朝の通学路で出会った僕たちだが、目を伏せてそばに立つ凜華の姿につい言葉を失ってしまう。


「こ、こういうタイプの顔……。本当に嫌なんだよね……」


 いつもよりも声が小さく、恥ずかしそうに髪を耳にかける彼女。


「た、たまーになる系統のやつだけど……。これのせいで登校の途中で声をかけられたら了紀が守ってね……」


 こう話す凜華はゆっくりと顔を上げる。今日の彼女のそれは……まさに絶世の美少女だ。


 僕たちが通っている高校には顔出しで芸能・配信活動をしている子もそれなりに在籍している。


 そしてそういうことをしている女性生徒を校内で見るたび「あの子かわいいな」と思うものの、今の凜華はその誰にも負けていない。


 それどころかテレビやネットで活躍中の「大人気」「国民的」と評されるクラスのアイドルや女優を相手にしても、十分太刀打ちできるレベルの容姿だ。


 どこがどう、という話ではない。


 ただただ美しく、可憐で、目を奪われてしまう。


「あ……。あ、え、えっと。それじゃあ行こうか」


 そんな凜華に思わず僕も見とれてしまったが、すぐに頭を切り替える。


 先ほど彼女自身が話したように「こういうタイプの顔になる」と色々と大変になってしまう。


 高校に行くためには最寄り駅から電車に乗って、それなりに大きな駅で降りなければならない。繁華街に面しているこの駅には何というか……本当に色々な人がいる。


「ナ、ナンパとかスカウトとか……。あの駅の周りだと多いんだよね……。何度か経験あるからよく分かってるんだ……」


 確かに『一昨日の顔』や『昨日の顔』も整っていて、駅周辺を一緒に歩いていると通行人から送られるいくつかの視線はこちらも感じていた。


 ただ登下校の時間帯は特に人通りも増えるうえ正直凜華よりも目立つような若い男女とも結構すれちがってはいたので、そこまでの面倒事が起きることはなかった。


 しかし今日はちょっとレベルが違う。


 これだと仮に人ごみにまぎれたとしても恐らく声をかけられてしまうだろう。


 実は過去も何度か、凜華は今日のようなとんでもない美人モードになったことがある。


 そういう時にはできるだけひとりで出歩かないように注意しているようなのだが、たとえ家族と一緒だろうと、僕だけでなく複数人の友人で防御を固めようと……。


「し、しつこく声をかけられちゃうからね……。ど、どうしようか……」


 困ったように苦笑いを浮かべる凜華。


「こんな時に限ってお父さんは外国へ出張だし、看護師のお母さんも夜勤でまだ帰ってきてないし。だから車での送迎も無理なんだよね……」


 繰り返すが今日のような顔になってしまった際、簡単なのは外に出ないことだ。


 凜華の家族も娘が危険に晒されることは避けたいため、この顔で「学校を休む」と言えば許してくれるに違いない。


 当然ながら学校側も事情を理解してくれているので急な欠席を咎めることなどしないだろう。


 それでも。彼女は学校を休むという選択はしなかった。


「今日はイワ先の誕生日だし……。いつものお礼だってこの日に伝えないと意味がないからさ……」


 イワ先。高校1年生の時から僕らのクラスの担任をしている岩下先生。


 もう70歳を超えるベテランおじいちゃん教師なのだが、校内で特に人気のある偉大な存在だ。


 学業面には非常に厳しく担当している世界史の授業も進むスピードは速い。自分の世界に突入し、授業から派生した世界情勢や政治の話を熱く語り出してしまうことも多々ある。


 だがどんな生徒にも平等かつ親身に接し、凜華を含めた各々の事情も深く理解している。


 イワ先は僕のことも気にかけ、こちらの趣味が映画鑑賞だと知るとそれに関する話題を出してよく話しかけてきてくれる。


 だからみんな、イワ先のことが大好き。そして今日はそんなイワ先の誕生日で祝うための用意していたのだ。


「みんなでサプライズだって計画してるし……。仲間外れは嫌だから……」


 泣きそうな表情をしている凜華、その気持ちは僕だって痛いほど分かっている。


 2週間ほど前から休み時間や放課後を使って話し合い準備を進めてきた。


 自分たちのクラスにいる人間は、みんながみんな仲良し……というわけではない。それでもイワ先の誕生日のため誰ひとり欠けることなくずっと協力していたのだ。


 だから僕はもう動き始めていた。


 凜華がみんなと変わらない時間を過ごすため。凜華が孤独にならないようにするため。


「大丈夫だよ。もうクラスのグループトークで緊急のSOSを出してる」


「……え?」


「しかもほら。すぐにみんなから物騒な返信が来たよ」


 携帯電話の画面を見つめている僕の言葉を聞き、凜華も慌ててスマホを取り出す。


「あっ。本当だ……」


「男子も女子も『凜華には指一本触れさせない。行ける人員は駅に集結させて完璧に近いディフェンス体制を構築する』だってさ。クラスにはラグビー部の主力部員もいるからこれは頼りがいがあるよ」


 気合が入ってきたのか次々と送られてくる威勢のいい文面に目を通し、時にはその内容に思わず笑ってしまう僕。


 すると凜華はスマホを両手で大事そうに握りしめ、目に涙を溜めながら「みんな優しいね」と小さく呟く。


「ま、これも凜華がきちんと真面目に学校生活を送ってきた証拠でもあるでしょ。ほら行こうか」


 時計を確認すると、すでに時間は結構ギリギリ。モタモタしているといつもの電車に乗り遅れてしまう。


 イワ先は優しいが遅刻にうるさく、せっかくの誕生日に機嫌を損ねさせるわけにはいかない。


 だから僕は凜華の細い手を引き急いで歩き出した。


「ありがとう了紀。みんなが協力してくれるのは了紀の人徳のおかげだよ」


 後ろで凜華がぼそっとこうこぼしたが、こちらは聞こえないふりを突き通す。


 こんな風に褒められるとどうにも恥ずかしさが勝つ。


 これが『褒められること自体にあまり慣れていないから』なのか、それとも『凜華から言われたことだから』なのか、そればっかりは自分でも分からないけど。


 でも付き合いの長い彼女には、先ほどの言葉がきちんと聞こえていたことはバレているに違いない。


 ただどう反応すればよいのか分からないという情けない姿勢はずっと変わらないままだ。


 だから僕は前を向いて耳を真っ赤にさせながら、凜華と共に駅へと向かった。


 ◇◇◇


 うるう年。4年に一度だけ訪れる2月29日。僕と凜華にとってとても大事な日。


 この日は彼女の誕生日であるのだが、それ以外にもうひとつ『大事』ということの理由がある。


「了紀。おまたせ」


 待ち合わせ場所の公園。小さい頃からふたりで遊んでいた大切な思い出の場所。


 次の春から高校3年生になる僕たちだが、この日の学校は日曜日で休みというのでふたりで出かけることにしたのだ。


「この顔で会うのは久しぶりだね。4年ぶりだから」


「そうだね。久しぶり、本当の凜華」


 幼馴染である凜華の顔は365日いつも違う。


 変化する顔は過去に出現したどの顔とも被ることはないのだが、実は例外がある。


 4年に一度迎える2月29日。365日という周期から外れた特異な日。


 この日の凜華の顔。それが……彼女にとっての本当の顔なのだ。


「なんかさ、恥ずかしいんだよね。いざ本当の顔で会うとなると」


「そうかな? こっちはワクワクしてたけど」


 僕の目の前にいる凜華。いつもの制服姿とは異なり、バッチリとオシャレをしてきたような私服だ。


 そしてその顔。


「ど、どうかな? 本当の顔を見てガッカリとかしてない?」


 以前現れたギャル風メイクが似合う顔や、イケメンキャラを演じるに相応しい顔や、実物を見たクラスメートたちが腰を抜かして拝み始めたほどの絶世の美少女顔とは違う。


 派手さはなく、おとなしめだけど、とても優しそうな人相で。


 僕が一番大好きな凜華の顔がそこにはあった。


「ガッカリするわけないじゃん。それよりも4年越しに会えて本当に嬉しい」


 僕の言葉を聞いて恥ずかしそうに笑う凜華。


 でも僕がこう思うのも当たり前だ。


 だって小学校へと入学する少し前、初めてこの公園で出会った凜華に一目惚れをしたのは、何を隠そうこの顔なのだから。


「懐かしいね。小さい時はこの病気が今よりもっともっと嫌で嫌で仕方なくて、外にも出たがらなくて引きこもりがちで」


 凜華は公園をぐるりと見渡す。


「でも色んな事情でこっちに引っ越してきて、お父さんとお母さんから『今日はせっかくの誕生日だから』って連れられて来たここで……了紀と会ったんだもんね」


「そうそう。僕は僕で姉ちゃんと喧嘩して家を飛び出して、公園で『ひとり怪獣ごっこ』してたんだよ。ストレス発散のために遊具を想像上の町に見立てて、想像上の破壊をし尽くしてたから」


 僕の放った言葉を聞いた凜華は、口元を抑えながら「あははっ!」と笑い始めた。


「お、思い出したら今でも面白い……! お父さんもお母さんも『あの子はひとりで雄たけびを上げながら何をしてるんだろう……。親御さんはいないのかな……』ってドン引きしてたから……!」


「それ未だに言われるんだけどそんなにインパクトあった? この前も商店街でそっちの母親に会ったらこの話題になって、道のど真ん中で大爆笑されたんだけど」


 僕は口を尖らせながら文句を言うが、凜華は変わらず楽しそうに笑い声を出す。


 だけどその笑顔を見られるだけで僕は嬉しくなる。


 毎日僕は色んな顔の凜華と出会っていて、もちろんそれぞれに魅力を感じている。だが彼女によれば「正直言うと時には気に食わない顔の日だってある」という。


 この『偶然性変化顔面症』の辛さというのは凜華本人にしか分からない。たとえば僕が明日、急に別人の顔になってしまったら言葉にできないほど困惑するに違いない。


 それが毎日、毎日、果てもなく続くのだから。こちらでは理解できない気苦労や不満がたくさんあることだって百も承知だ。


 それでも僕はそんな凜華のことが好きになった。


 初めてこの公園で出会った日、凜華の両親はとても神妙な面持ちで「娘と仲良くしてあげてください。友達がいないんです」とまだ6歳の僕に頭を下げてきた。


 しかしこちらからすると一目見て「この子、かわいい」と思った女の子と仲良くなれるなんて幸運中の幸運。


 それに実際に遊んでみるとお互いに性格も合ったのか、帰り際にもなると凜華の方から「小学校の入学式が来るまでこの公園で会いたい」とお願いをされた。


 そこで翌日、約束した時間帯にまたひとりで公園に向かった。するとすぐに凜華の両親を発見する。


 ところがふたりのそばにいた少女の顔は、昨日会った子のそれとはまったく違っていた。


 僕は思わず驚いてしまうが、そこで初めて病気のことを説明された。


 ただ……当時の僕にとってこの病気は難しくてよく分からなく、それのせいなのかむしろ簡単に「へえ、そうなんだ」と正面から受け入れることができた。


 だって見た目が違っていようと、接してみると凜華はいつも変わらないから。


 たとえ顔が違ってもアニメの感想を言い合ってくれた。

 たとえ顔が違っても並んでブランコに乗ってくれた。

 たとえ顔が違っても僕の話に大きな笑い声を上げてくれた。


 こういうことを繰り返すうち、気づけば凜華の両親は僕の家に来て家族に挨拶をしていた。


 ぼんやりとした記憶だけど、その席でこちらの親にも凜華の病気のことを明かし「引っ込み思案だった娘と仲良くしてくれてありがとうございます」とお礼を言っていた気がする。


 確かそれは小学校の入学式が行われる前日だ。


 それで無駄に人情に厚い僕の父さんが「同じ小学校に行くんでしょ? ならこのバカに任せてください! そちらの娘さんはコイツが守りますから!」とこちらの頭をバンバン叩いてきたことは覚えてる。


 それから僕は自分の役割を、運命を、不思議と悟った。


 人生をかけて、目の前にいるこの女の子のことを、何があっても守ってあげようと。


「それじゃあ駅の方に移動しようか? あっちでご飯食べるんでしょ?」


 目の前にいる凜華はスマホで時間を確認してこう声をかけてくる。


「待って凜華。その前にちょっと」


 だが僕は凜華のことを制すると、バッグの中から四角い箱が入っている袋を取り出して手渡す。


「まずこれ。誕生日プレゼント。ちゃんと母さんと姉ちゃんに相談して買ったから安心して。もしセンスが悪かったらうちの家族の連帯責任だから」


 そしてそのまま……僕は「それと。もうひとつ」と言って大きく息を吸って。


「凜華、大好きだよ。僕と付き合ってくれますか?」


 彼女に向かってこう伝えた。


「……」


「……」


「こういうことってデートの最後に伝えるものじゃないの?」


「自分勝手で申し訳ないけど、恋人同士の初めてのデートを今日にしたいと思って。確かに迷いはあったけどね」


「どうして今日なの?」


「本当の顔の凜華に気持ちを送りたいから。実は4年前も告白しようと思ってたんだけどね……その時はまだ勇気がわかなかった。今はそれなりに大人になったから」


「もし断られたら……了紀はどうする?」


「その時はその時かな。でも断られたらそれは甘んじて受け入れて、泣きながらこの公園を走り回るかも」


 真剣な表情でこう答えた僕に、プレゼントと受け取った凜華は微笑みながら一歩近づく。


「私ね、ここに来るたびに昔のことを思い出すの。了紀と初めて出会った日はもちろん、それ以前のことも」


 凜華は語る。


 幼いながらどうしてこんな病気になってしまったのだろうか悩んだと。

 引っ越す前は周囲の人間や親戚からも気持ち悪がられて辛いことばかりだったと。


「でも了紀と、了紀の家族は違った。子供心に『こんな優しくて情けのある人たちっているんだ』って思ったほど」


 凜華はもう何度も僕の自宅へと遊びに来たことがある。


 もちろんそのたびに異なる顔だったが、こちらの家族はそんな細かいことなど気にしない。


「顔が違うことを触れないんじゃなくて、むしろ積極的に『今日はここがかわいいね』っていつも指摘してくれるよね。あれ、私は凄い嬉しい」


 そのまま凜華は僕の体に手を回し、胸元に顔を埋める。


「ねえ了紀。この先、私がどんな顔になっても好きでいてくれる?」


「当たり前でしょ。告白だけは本当の顔の時にしたかったけど、どの顔の凜華でも好きなのはこの先も変わらないから」


「……イマイチな時でも?」


「それは『凜華の感性』でしょ? 今まで色んな顔の凜華と会ってきたけど、僕の対応が違うことは一度でもあった?」


「ない。ビックリするほどなかった」


「でしょ? これが惚れた女に対する男っていうもんよ」


 そして僕も腕を動かし、凜華のことを抱きしめるような体勢を取る。


「せっかくこういう関係になれたのに受験の年だね。一緒に頑張ろうか彼氏さん」


「そうだね。これで結果がボロボロだったら笑えないから努力しようか彼女さん」


 こうして僕たちはしばらく抱きしめ合い、落ち着いたところでしっかりと手を繋ぎながら、予定通り駅の方向へと足を進めたのだった。


 ◇◇◇


「あー。ママ、また昨日と違うお顔してる」


「そうでしょ。でも仕事に行く前のパパからは『今日も綺麗だね』って言われたもーん」


「うわぁ。いい年してラブラブだ」


「ちょっと。娘が引くのはやめてよ。というかどこで覚えたのよ『いい年して』なんていう言葉を」


 ある町の、あるマンションの、ある一室。


 そこではまだ幼い女の子と母親が朝から仲睦まじい様子で話していた。


「でもあーちゃん。明日は何の日か分かる?」


「明日ー?」


「ほらカレンダー見てごらん?」


 すると母親は机の上にあるカレンダーを手に取り、首を傾げたままの女の子にそれを見せる。


「明日はね、この『2』と『9』が並んでる日。赤いペンで花丸が書かれてる日。ママの誕生日だよ?」


「そうだ! 明日はママが生まれた日なんだ! 遠い昔に!」


「余計なことは言わない! まったく変なところがパパに似たんだろうなあ。で、あーちゃん。明日のママはあそこの写真にいる女の人と同じお顔になるんだよ?」


「ん-? あれー?」


「そうあれ。ふたりが写ってる、あれのことだよ。私は明日がすっごい楽しみなんだ。本当の顔であーちゃんとパパに会えるから」


 そう言って笑顔の母親が指さす先には、ある写真が置いてあった。


 少し緊張気味な表情の新郎と、優しそうな笑みを浮かべているおとなしそうな新婦が並んでいる、結婚式の写真が。

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