真ん中は白
短編です
部屋の片づけをしていたら、机の引き出しから鍵が出てきた。自分の家のものはカバンに入っているし、自転車の鍵よりも大きい。なんだっけ、と記憶を辿って、思い出した。元カレの家の鍵だ。
元カレは画家だった。私と一緒にいるときもずっと絵を描いている人だった。どこかに一緒に出掛けても、気に入った場所の写真を撮ったり、すぐにスケッチを始めてしまって、デートどころではなくなってしまう。最初はそんな彼が大好きだったけど、だんだん、自分へ愛が向いていないのではないかと疑うようになってしまった。
そろそろ別れを切り出そうかと考えていた頃、彼は自宅で亡くなっていた。心臓発作だったらしい。
彼は最期まで絵を描き続けていた。
キャンバスの端から端までを、余すところなく多彩な色で染め上げる。息が詰まるほど、隙間のない、隙のない絵。
凡人の私には、何の絵か全くわからなかったけれど、彼の死後、彼の絵は「令和の鬼才」、「色の魔術師」なんて肩書を付けられて、美術館に飾られるほどの価値がついた。
私の存在を唯一知る彼のマネージャーさんが、展示会に招待してくれて、初めて彼の絵をちゃんと見た。びっしりと絵の具で塗られた、ぼんやりと抽象的な絵。モデルや何かを描いたわけではなく、自分の頭の中を具現化したのだと、彼が教えてくれたことがあった。彼には世界がこう見えていたのかもしれない。
見進めていくと、出口付近のひときわ大きい絵が目に留まった。外側は青、次第に緑がかっていき、黄色、オレンジ、赤と色が真ん中に行くにつれて入れ替わっていく。“君”と題されたその絵には、沢山の人が足を止め、「ほぅ・・・」とため息をついていく。
【この絵は、画家が最期の時まで筆をとり続けた、遺作にして最高傑作と評される作品です。絵の裏には、「太陽のような君へ」と誰かに向けたメッセージが書かれており・・・】
説明書きに書かれている内容が本当なら、コレは私へ向けた絵と言うことになる。
絵のど真ん中には、絵の具がついておらず、彼が描き残した・・・描けなかったと思しき最期の余白が残されていた。
なんとなく、カバンに入っていた合鍵を握りしめていた。
「こんなとこにあったんだ・・・」
彼の残した最後の余白。
ずっと絵を描いていて、彼氏らしいこと、一つもしてくれなかったけど、彼は未だに私の心に残り続けている。
きっと彼は、生涯にわたって、私の余白であり続けるんだろうと思う。何色にも染まらない、何色も乗せられない。
私は合鍵を、そっと引き出しにしまった。
——私の余白——
銀色の余白




