食うか食われるか
カルキノス、と呼ばれる水棲の大型魔獣がいる。
見た目はまあ、カニが一番近いだろう。桁違いの大きさではあるが。
対を成す鋏状の足は、大きめの場合だと牛程度なら掴めてしまう。
比較的広い湖や河川に潜み、近付いた獲物を攻撃し捕食する。
その攻撃は魔獣である為、物理攻撃だけでなく魔術も使ってくる。
水を滝のような勢いと質量で打ち込んでくる以外にもう一つ、
良く分からない攻撃がある。凄まじい轟音と共に衝撃が来るのだ。
真正面からこれを喰らった場合、全身鎧でもひしゃげてしまう。
よって、カルキノスと対峙する場合は「決して真正面に立つな」。
戦場が水辺になる為、あまり遭遇する事がないのが救いだろうか。
◆
水辺であまり日の当たらない場所に群生する薬草が必要になり、
王都周辺にある大きな湖へと来ていた冒険者の二人。少年と少女だ。
少年の方は学生なのだろう、王立中央学院の運動服を着ている。
少女の方は…近寄りがたい呪われていそうな装備に身を固めていた。
五年ほど前に少女の師匠と少年が魔術を通じてたまたま知り合い、
その縁で同い年だった教え子の少女と共に依頼を時々こなしている。
本来は、世間慣れしていない少女が常識外れな行動をしないよう、
少年がお目付け役をという話だったのだが…むしろ逆になっている。
「これじゃないかな、白絹草って」
白い花をつける草を指さす少年はロド。頷いた少女はラーモ。
この一帯に点在しているものが、採集目的の薬草のようだ。
採集前に《警戒》と《索敵》を使い、周囲に脅威がないと確認。
《警戒》を続けつつ、二人は白絹草を採集し始める。
目的数よりやや多めに採集し、丁寧に持ってきた布に包んだ。
ふとラーモが気づく。見れば彼女の耳飾りが水面を指している。
「ロドくんロドくん、水面がなんか泡立ってるよ」
水中は《警戒》の範囲外である。ロドは何か嫌な予感を覚えた。
即座に湖の前に《障壁》を張るが。
轟音が響く。思わず耳をふさいだ二人。
水中から姿を現したのはカルキノスである。
大型魔獣にしては小ぶりだが、それでも大きさは馬はほどある。
さっきの轟音のせいか、二人とも耳がよく聞こえない。
ラーモとの会話は今は無理と判断して《魔術反射》を使うロド。
ラーモは争い向きの性格ではない。それを心配した彼女の師匠は、
ロドへ「ラーモが他人から絡まれないような装備」を依頼した。
それを受けてロドは、ラーモに近寄りがたい見た目の装備を贈る。
ものはついでと、山ほどの自作魔術を彼女の装備に付与してある。
ラーモに付いてくる杖には自動防御と自動反撃の機能を付けた。
何らかの攻撃自体は防いでいるが、さすがに轟音は防げていない。
自動反撃が作動してないので、直接攻撃が当たってはいないようだ。
一先ずラーモに怪我はなさそうなので安心し、カルキノスを見る。
続けてカルキノスがまた何かを放ってきたが、それは反射される。
反射された目に見えない「それ」は、カルキノスの鋏一つを砕いた。
思わぬ反撃を喰らったのが痛かったか、カルキノスは再び何か放つ。
それも《魔術反射》ではじき返すと、カルキノスが衝撃で裏返る。
だが今回は、さっきと違って当たっても粉々にはならないようだ。
長引かせてもいけない。ロドは《熱水の炸弾》をカルキノスに放つ。
本来在り得ない温度の熱水がかかり、湖が瞬時に沸騰する。
しばらくカルキノスはもがいていたが、やがて沈黙した。
◆
戦闘終了し、耳も聞こえるようになったところでラーモが尋ねる。
「今回なんでロドくんは《消耗障壁》を使わなかったの?」
《消耗障壁》。ロドが自作し、手直しを続けている魔術である。
相手の体内魔素を用いて、相手の周囲に強固な《障壁》を構成する。
これは内外からの魔術攻撃を完全に弾き、その間相手は動けない。
体内魔素が尽きると《障壁》の維持の為に生命力が代用されて、
かけられれば干からびるまで終わらないという魔術である。
ロドは、
「んー、なんというか、相手の印象かな?
あの殻のせいで《消耗障壁》で相手から魔素を吸えない気がした。
なので別の魔術で仕留めないと、って」
その結果、今回は干物ではなく茹でカルキノスになったのだが。
なんというか、カルキノスからは香ばしいいい匂いがしている。
「白絹草とは別に、これも持ち帰らない?
直感だけど、なんか食べても大丈夫そうな気がする」
◆
冒険者組合へ戻ると、やはり結構な騒ぎとなった。
またなんかやらかしやがったぞ、こいつら、と。
薬草の方はラーモが納め、ロドは茹でカルキノスを解体場へ。
見たことがない者も多い魔獣なので、野次馬もぞろぞろついていく。
解体場主任に話を通し、大型のノコギリを使って解体してもらう。
しっかり中まで熱は通っており、殻を割ると白い身が現れた。
ロドは身の一部をつまんで口に入れてみる。
「…なんか思ってたよりもおいしいかも」
旨いの?それ以前に食えるの?解体場職員も弥次馬達もざわつく。
「あ、よろしかったら皆さんもどうですか?」
顔を見合わせる彼ら。一人二人と茹でカルキノスへ手を伸ばす。
ラーモが解体場へ顔を出した時には、宴会が始まっていた。
◆
ここからしばらく、高級食材カルキノス捕縛の依頼が増加する。
あの時いた野次馬冒険者から人づてにその味の良さの噂が広まり、
貴族達や商人達は勿論、有名料理店も興味を持ったのである。
王都周辺、領都周辺の湖や河川に腕利きの冒険者が溢れかえり、
結構な数の怪我人と結構な額の報酬に熱狂する事となる。
何せ相手は大型魔獣なのだ、本来なら非常に手強い相手。
実力がなければそうそう倒せなかった。
ロド達もカルキノスをどうやって倒したのか聞き取りが行われ、
どうやら不可視の攻撃は鋏から発生すると情報が共有された。
カルキノスをひっくり返して、鋏を封じれば戦いやすいと。
戦闘手順が確立し、かつてほどカルキノスは恐れられなくなる。
むしろ文字通り「旨味のある」獲物扱いとなっていく。
数年間で、王国の湖や河川からはカルキノスがほぼ姿を消した。
現在は、大公国や都市国家同盟よりの輸入ものが主流である。
思いついた時、自分は多分カニが食べたかったんだと思う。
この世界のカルキノスは、シャコみたいな攻撃もしてくる。
「謎は深みにはまるばかり」から《消耗障壁》は改良中。
《熱水の炸弾》:沸点以上に加熱された熱水を広範囲に放つ。自作魔術。




