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新聞配達

作者: WAIai
掲載日:2026/07/31

「新聞配達に行ってくる」

まだ真っ暗な中、小林は妻に声をかけた。

8月に入り、暑さはますます本格的になってくるが、今は涼しい時間帯だった。

「気をつけて」

「おう」

短く答えると、小林は店を後にする。

配達に使う車はジープみたいな形で、頼れる相棒だった。

運転席に乗り込み、エンジンをかける。

すると、窓が叩かれた。

「どうした?」

娘がパジャマ姿で、立っている。

寝ていると思っていたのに、いつの間にか、起きていたらしい。

「あたしも一緒に行く」

「は? 何でお前が」

「お父さんとドライブがしたいの」

腕を組んで、ふんと鼻を鳴らすと、小林はやれやれと息を吐く。

「つまらなくても知らないぞ?」

「いいよ。朝、気持ちかいい時に、外に行きたいの」

娘は助手席に乗り込むと、車が走り出す。

さて、娘と何の会話をしようかと考えていると、娘から質問がくる、

「お父さんさ、新聞配達、楽しい?」

「楽しいって聞かれてもな…」

小林は車のライトをつけ、自分の存在を伝えるとともに、視野を明るくする。

まるで無人島に来たみたいに、目が慣れるのが遅く、何が飛び出してくるのか、分からなかった。

「どうなの、お父さん?」

「そうだな」

小林は少し悩むと、娘に答える。

「仕事だから。楽しいほうがいいに決まっている。お父さんだって毎日毎日毎日、気分の波があるから、全部が楽しいってわけじゃないけれど…。でも自分の責任だから、やり甲斐はあるわな」

「ふうん。そういうもの?」

娘が窓ガラスに頭をつけ、暗闇を眺めていく。

暗闇の波にのまれて、いなくなってしまわないか心配したが、何かあったら俺が守ると、小林は腹を決めていた。

「お前はどうなんだ? 勉強は楽しいか?」

逆に質問してみると、娘は嫌そうな顔をする。

「秘密!! ドライブのほうが楽しい」

「そうか。それならいい」

小林は追及せず、ハンドルを握る。

娘とこうして会話する機会は滅多にないのだが、嫌われていないのだなと、機嫌が良くなる。

「あ、配達ルートに入った」

独り言のように言うと、小林は自動車を停め、後ろに席に並べた新聞を手に取る。

「ちょっと行ってくる」

「うん」

新聞を小脇に抱え、郵便局ポストを探す。

施錠タイプのもので、蓋を開けると、新聞を挟んでおく。

よし、と誰にも褒められないのだが、自分だけて満足すると、娘が言ってくる。

「新聞って、ああやってさしておくんだね」 

「俺の場合はな。そのほうが、お客さんも取りやすいし」

シートベルトをすると、次の家を目指す。

「CD、流してもいい?」

「いいけど、音量は小さくしろよ」

いつも自分1人だから、音楽なんて聴かないのだが、娘が望むのなら、やりたいようにさせたかった。

「誰の曲だ?」

「うーん。お父さんに教えてもな。でもね、でもね、今、流行のアーティストなの!!」

娘の興奮した様子に、小林は少しだけ目を大きくする。

娘はいつも忙しくて、すれ違いが多いのだが、こんな一面もあるのかと初めて知る。

ー父親、失格だろうか。

ふと思い、娘のことを、何も知らないことに気づく。

今、教えてもらった曲はCMに使われているらしく、娘がふんふんと歌っていく。

「お前、そんなに好きか?」

「好きに決まっていいるじゃん!! かっこいいんだよ!! しかもね、しかもね」

「何だ?」

「あたしの気持ちを分かっているような歌詞なの。共感できて、すごいんだよ!! 天才だと思う」

「そんなにか?」

小林は曲を耳にするが、嫌な音ではなかった。

アップテンポのものや、バラードなど、色んな曲が入っているらしく、自分でも聴けるんだから、娘なんかもっと聴いているに違いないと思う。

「いい曲だな。俺でも聴ける」

「でしょう!! すごいんだよ、今、人気でね!!」

娘のはしゃいだ姿に、小林は涙ぐみそうになる。

娘の楽しそうな姿は幼少の頃くらいしか、見たことがなかった。

いつの間にか、大人の顔をするようになり、近づくのも避けていた。

ー弱い男だな。

娘のほうが何も深く考えていないのか、歌を口ずさむ。

しばらくそのままにしようと思い、新聞を配っていく。

「…あれ?」

娘が何かに気づいたらしく、小林は前に集中する。

そこには、1人のおばあさんがたたずんでおり、「ああ」と、小林は納得する。

「知っているの?」

「ああ。いつも新聞を待っていてくれるんだ。ちょっと行ってくる」

車から降りると、おばあさんに話しかける。

「おはようございます。いつもお世話になっております」

「はい、おはようございます」

おばあさんは丁寧に頭を下げると、手に持っていたものを渡してくる。

「何ですか?」

「おまんじゅう。お腹が空くでしょう? 少しは役に立つといいなと思って」

「いいんですか?」

「いいんですよ。年寄りの相手をしてくれて、ありがとうね」

まんじゅうと交換に、新聞を手渡す。

小林の手には、まんじゅうが温かく感じられ、ずっと持っていたのだろうかと推測する。

「いつも新聞を楽しみにしてくれて、ありがとうございます」

「いいんだよ。新聞を読むのが趣味みたいなものだから」

「あの、1つだけ言うと」

「何だい?」

「暗い中、1人で待っていなくていいですよ。ちゃんと同じ時刻に届けますから。安心してください」

責任をもって小林が言うと、おばあさんは、ははと笑う。

「年寄りの娯楽みたいなものだよ。気にしなくていい」

「そうですか」

「でも心配してくれて、ありがとうね。今、事件事故が多いから、こういう触れ合いが楽しみなんだよ」

「なるほど」

小林がうなずくと、おばあさんは「じゃあ」と言って、家の中に入っていく。

小林は家の中に入るまで見届ける。

「おい、腹が減っているか?」

「は? 何、急に?」

ノリノリだった娘は急に止まり、不思議そうに見つめてくる。

「今、おまんじゅうをもらったんだよ。嫌いじゃないよな?」

「嫌いじゃないよ。普通に食べられる」

少しだけ空の闇が薄くなった頃、娘はおまんじゅうを手にする。

「食べていいの?」

「ああ、俺も食べる」

2人で包み紙を取り、おまんじゅうを口にする。、柔らかな感触と、程良い甘さのあんこ。

小腹が空いていたので、ぺろりと食べてしまう。

「あー美味しい!! 良かったね、良いことがあって」

「良いことか…。そうかもな」

自分は新聞を配りながら、良いことをしているんだと、娘に言われて理解する。

そこにはお金の関係など発生せず、人間と人間の触れ合いが大切だと、静かに心に染み込む。

「お前もやりたいことがあるなら、何でもやれよ」

「え? お父さん、急にどうしたの?」

「いいから。好きなことをして、後悔のない人生にしろ」

「分かった。私も色々と考えているんだ」

娘は最後の一口を放ると、小林に言ってくる。

「お父さんとドライブするの、楽しい。また乗ってもいい?」

「いいぞ。ただし、パジャマ姿だけはよしてくれ」

「そうだね」

2人で笑い合うと、小林ははっと気づく。

最近、笑ってなかったなと思い、しかも娘相手に声を立てて笑うなんて、久しぶりのことだった。

「よし、次に行くぞ」

「うん!! Let‘s go!!」

暗闇の中、ぽつりと光るライト。

それを頼りに、進んでいくのだった。

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