たい焼きの音がきこえる
駅から少し離れた商店街のはずれに、小さなたいやき屋がありました。
木の看板は少し傾き、ガラス戸にはいつの間にか細いひびが入っています。
店主の男は、無口で、ぶっきらぼうでした。
焼き台の前に立つ姿はまじめそのものですが、たい焼きは、ときどき焦げてしまいます。
「またやったなあ……」
そうつぶやいて、ひとつため息をつくのが、いつものことでした。
ある雨の日のことです。
戸がからりと開いて、小さな男の子が入ってきました。白い杖を持っています。
「いらっしゃい」
男は少しだけ声をやわらげました。
「たい焼き、ひとつください」
男の子はそう言って、静かに立っています。
男は手早く生地を流し込み、あんこを入れ、鉄板を閉じました。
じゅう、という音が店に広がります。
そのときでした。
「いまの、いい音ですね」
男の子が言いました。
「音?」
「はい。最初の音より、すこし軽い音になりました」
男は思わず、手を止めました。
「わかるのか?」
「なんとなくです。焼けてくると、音が変わるんです」
男は、もう一度、耳をすませました。
たしかに、さっきよりも音がやわらいでいる気がします。
じゅう……じゅう……
やがて男は、鉄板を開きました。
こんがりと、ちょうどいい色に焼き上がっています。
「ほら、できたぞ」
「わあ、いい匂い」
男の子は、たい焼きを受け取って、うれしそうにほおばりました。
「おいしいです」
その一言に、男は少しだけ驚いた顔をしました。
それからというもの、男の子はときどき店に来るようになりました。
雨の日も、晴れの日も、関係なく。
「いま、少し焦げる前の音でした」
「もうひといきで、甘い匂いが強くなります」
男の子は、焼ける音や匂いを頼りに、そう教えてくれます。
男はだんだんと、目で見るだけでなく、耳で、鼻で、たい焼きを感じるようになりました。
ある日、男はふと聞きました。
「どうして、そんなにわかるんだ?」
男の子は、少し考えてから言いました。
「見えないぶん、音とか匂いを、ちゃんと聞こうと思うんです」
男はうなずきました。
そして、焼き台の前に立ち、そっと目を閉じました。
じゅう……
音が、いつもよりはっきり聞こえます。
生地がふくらむ気配、あんこがあたたまる気配。
見ているときよりも、ずっと近くに感じられました。
「……こんな感じか」
男がつぶやくと、
「はい。いま、いい音です」
と、男の子がうれしそうに言いました。
やがて、たい焼きはきれいに焼き上がりました。
「どうだ?」
「きっと、おいしいです」
男の子はそう言って笑いました。
男も、少しだけ笑いました。
その日から、店のたい焼きは、あまり焦げなくなりました。
けれどそれよりも、店の中に流れる時間が、やわらかくなったようでした。
帰りぎわ、男の子は言いました。
「また来ますね」
「ああ、待ってる」
男はそう答えました。
戸が閉まったあとも、店にはしばらく、焼ける音が残っていました。
じゅう、じゅう、と。
男はもう一度、そっと目を閉じます。
見えなくても、わかることがある。
聞こえないふりをしていたものが、ちゃんと聞こえてくる。
焼き上がるたい焼きの音は、今日もやさしく、店いっぱいに広がっていました。




