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たい焼きの音がきこえる

作者: 北大路京介
掲載日:2026/05/06

駅から少し離れた商店街のはずれに、小さなたいやき屋がありました。

木の看板は少し傾き、ガラス戸にはいつの間にか細いひびが入っています。


店主の男は、無口で、ぶっきらぼうでした。

焼き台の前に立つ姿はまじめそのものですが、たい焼きは、ときどき焦げてしまいます。


「またやったなあ……」


そうつぶやいて、ひとつため息をつくのが、いつものことでした。


ある雨の日のことです。

戸がからりと開いて、小さな男の子が入ってきました。白い杖を持っています。


「いらっしゃい」


男は少しだけ声をやわらげました。


「たい焼き、ひとつください」


男の子はそう言って、静かに立っています。

男は手早く生地を流し込み、あんこを入れ、鉄板を閉じました。


じゅう、という音が店に広がります。


そのときでした。


「いまの、いい音ですね」


男の子が言いました。


「音?」


「はい。最初の音より、すこし軽い音になりました」


男は思わず、手を止めました。


「わかるのか?」


「なんとなくです。焼けてくると、音が変わるんです」


男は、もう一度、耳をすませました。

たしかに、さっきよりも音がやわらいでいる気がします。


じゅう……じゅう……


やがて男は、鉄板を開きました。

こんがりと、ちょうどいい色に焼き上がっています。


「ほら、できたぞ」


「わあ、いい匂い」


男の子は、たい焼きを受け取って、うれしそうにほおばりました。


「おいしいです」


その一言に、男は少しだけ驚いた顔をしました。


それからというもの、男の子はときどき店に来るようになりました。

雨の日も、晴れの日も、関係なく。


「いま、少し焦げる前の音でした」


「もうひといきで、甘い匂いが強くなります」


男の子は、焼ける音や匂いを頼りに、そう教えてくれます。


男はだんだんと、目で見るだけでなく、耳で、鼻で、たい焼きを感じるようになりました。


ある日、男はふと聞きました。


「どうして、そんなにわかるんだ?」


男の子は、少し考えてから言いました。


「見えないぶん、音とか匂いを、ちゃんと聞こうと思うんです」


男はうなずきました。

そして、焼き台の前に立ち、そっと目を閉じました。


じゅう……


音が、いつもよりはっきり聞こえます。

生地がふくらむ気配、あんこがあたたまる気配。

見ているときよりも、ずっと近くに感じられました。


「……こんな感じか」


男がつぶやくと、


「はい。いま、いい音です」


と、男の子がうれしそうに言いました。


やがて、たい焼きはきれいに焼き上がりました。


「どうだ?」


「きっと、おいしいです」


男の子はそう言って笑いました。


男も、少しだけ笑いました。


その日から、店のたい焼きは、あまり焦げなくなりました。

けれどそれよりも、店の中に流れる時間が、やわらかくなったようでした。


帰りぎわ、男の子は言いました。


「また来ますね」


「ああ、待ってる」


男はそう答えました。


戸が閉まったあとも、店にはしばらく、焼ける音が残っていました。


じゅう、じゅう、と。


男はもう一度、そっと目を閉じます。


見えなくても、わかることがある。

聞こえないふりをしていたものが、ちゃんと聞こえてくる。


焼き上がるたい焼きの音は、今日もやさしく、店いっぱいに広がっていました。


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