第一章 森での目覚め6
「よし──まずは、できることから始めましょう」
ルビーがルミナの肩を軽く叩いた。
その手つきは明るいのに、どこか優しさが滲んでいる。
「お、お願いします……!」
ルミナは深く頭を下げた。
胸の奥にはまだ“属性なし”のショックが残っている。
それでも──前に進みたいと思った。
ルビーはルミナの前に立ち、手のひらを広げる。
次の瞬間、掌に小さな炎が生まれた。
赤い光が揺らめき、森の影を淡く照らす。
「まずは火。これを真似してみて」
ルミナは息をのみ、震える手を前に出した。
炎をイメージする。
熱。色。揺らぎ。
心の奥にある“何か”を掬い上げるように──。
ぼっ、と小さな火がルミナの掌に灯った。
「……え?」
ルミナ自身が驚いた。
だが、それ以上に驚いたのはルビーだった。
「ウソ……なんで一発で……?」
目を丸くし、口を半開きにして固まる。
ルミナはその反応に戸惑い、視線を落とした。
「す、すみません……」
「謝ることじゃないよ!」
アリスがぱっと笑顔で言った。
ルビーはその表情を見て、そっと肩を叩いた。
「いい? これはこれで本当にすごいことなのよ。胸を張りなさい」
ルミナは小さく頷いた。
「じゃあ──森で実践練習ね」
ルビーはそう言うと、体から淡い魔力を放ち、森の奥へと歩き出した。
「強化魔法、覚えてる?」
「は、はい!」
ルミナも体に魔力を纏い、ルビーの後を追う。
森の奥で、数匹のゴブリンがこちらに気づき、ギャッと叫びながら突進してきた。
「ルミナ、やってみて!」
ルビーの声が飛ぶ。
ルミナは深呼吸し、手を前に突き出した。
──炎の矢、複数。
イメージした瞬間、赤い光が弾け、炎の矢が次々と放たれた。
矢は正確にゴブリンへ突き刺さり、瞬く間に殲滅する。
「……やった……!」
ルミナの胸が熱くなる。
ルビーは目を見開き、そして満面の笑みを浮かべた。
「すごいじゃない! 本当に初心者とは思えないわ!」
アリスもぱちぱちと手を叩く。
そのとき──
「ルミナ、後ろ!」
ルビーの声が鋭く響いた。
振り返ると、矢を構えたゴブリンがすぐそこにいた。
ルミナの背筋が凍りつく。
「避け──!」
言い終わる前に、ゴブリンは何もせず崩れ落ちた。
その背後に、サンが立っていた。
大剣を軽く振り払うと、刃についた血が地面に散る。
「……危なかったな」
ルビーが呆れたようにサンを見る。
「なんで気づいたのよ?」
サンは答えず、片目をそっと伏せた。
その瞬間、ルビーは気づく。
サンの片目が、淡く光っていた。
「……あなたもたいがい過保護ねぇ」
ルビーがため息をつくと、サンはそっぽを向いた。
ルミナの瞳には、これまでになかった“希望の色”が宿っていた。
その後も訓練は続いた。
火。
風。
水。
土。
闇。
光。
ルミナは驚くほどの速さで、全属性の基礎魔法をほぼ一発で成功させた。
そして──
「ちょっと待ってルミナ!」
ルビーが叫んだ。
「えっ、な、なにか……?」
「あなた今、火と風を同時に使ったわよね!?」
「え……? 同時……?」
ルミナは本気でわかっていない顔をしていた。
ルビーは頭を抱え、信じられないというように叫ぶ。
「普通はね! 他の属性を同時に使うなんて絶対に無理なの!
魔力の流れが干渉して暴発するのよ!?」
アリスも目を丸くしている。
「ルミナ……すごい……すごすぎる……!」
ルビーはルミナの手を掴み、真剣な目で覗き込んだ。
「あなた……本当に何者なの?」
ルミナは答えられず、ただ視線を落とす。
だが、ルビーはすぐにその手を優しく握りしめた。
「大丈夫。これは“才能”よ。誇っていい」
その言葉に、ルミナの胸は少しずつ温かくなっていった。
そして──一週間も経たないうちに、初級魔法はすべてマスターした。
森の魔物たちは、もはや敵ではなくなっていた。
翌日。
ルミナは胸の奥に小さな期待を抱きながら、ルビーの前に立っていた。
「じゃあ今日は──中級魔法に挑戦してみましょう」
ルビーが手をかざすと、空気が震え、先ほどよりも濃い魔力が渦を巻いた。
炎が形を変え、槍のように鋭く伸びる。
「これが中級。やってみて」
ルミナは深呼吸し、手を前に出した。
炎の形、熱、魔力の流れ──
頭の中で何度もイメージを重ねる。
……しかし。
何も起きない。
「もう一度」
ルミナは歯を食いしばり、魔力を込める。
……沈黙。
空気すら揺れない。
「も、もう一回……!」
何度も、何度も、何度も。
手のひらが熱くなるほど魔力を流し込んでも──
炎の気配すら生まれなかった。
やがてルミナの肩が震え、視線が地面へ落ちる。
「……どうして……?」
その小さな声は、風に溶けて消えた。
ルビーはその様子を見て、強めにルミナの肩を叩いた。
「大丈夫。すぐにできるようになるわ。焦らないの」
明るく言うが、その声には優しさが滲んでいた。
しかし──
「ルミナは初級魔法の天才だね!」
アリスが無邪気に笑いながら言った。
その瞬間、ルミナの胸がきゅっと締めつけられた。
「……初級だけ、か……」
ぽつりと漏れた言葉は、誰にも届かないほど弱かった。
自分の才能が“そこまで”なのだと突きつけられた気がした。
ルビーはすぐにアリスの頭を軽く叩いた。
「こら、言い方ってものがあるでしょ」
アリスは「へへへ……」と笑って誤魔化す。
ルビーはルミナの前にしゃがみ込み、目線を合わせた。
「ルミナ。初級を全部一発でできる人なんて、ほとんどいないの。
中級ができないのは普通。あなたが遅いんじゃない。
むしろ、初級が早すぎるのよ」
その言葉は、沈んでいたルミナの胸に、少しだけ温かさを戻した。
「……はい」
ルミナは小さく頷いたが、心の奥の不安はまだ消えていなかった。




