第八章 リメインズ6
サンはゆっくりと立ち上がった。
その動きは、まるで深い闇の底から引き上げられるように重く、静かだった。
黒い靄が足元から立ちのぼり、空気がわずかに震える。
ヘイズはその気配に気づき、反射的に後退った。
いつもの余裕はどこにもない。
目の奥に、初めて“恐れ”が浮かんでいた。
「や……やめろ……来るな……!」
声が震え、喉がひきつる。
サンは返事をしない。
ただ、無表情のまま一歩、また一歩と近づく。
その歩みは遅い。
だが、確実だった。
逃げ場を奪うように、静かに迫ってくる。
サンの周囲に漂う黒い靄は、触れた空気を歪ませる。
焦げたような匂いが漂い、地面が微かに軋む。
だがサン自身はその靄に侵されるどころか、触れるたびに何かが修復されるように見えた。
ヘイズは理解できず、声を荒げた。
「なぜ……近づける……?
なぜ……影響を受けない……?」
サンは答えない。
その沈黙が、言葉よりも恐ろしく響いた。
ヘイズは逃げようとした。
だが──動けない。
サンの放つ圧が、まるで巨大な獣に睨まれた小動物のように、身体を縫いとめていた。
サンが目の前に立つ。
その瞬間、空気が凍りついた。
サンはゆっくりと手を伸ばし、ヘイズの胸元の核を握るとヘイズの表情が変わる。
「お前は……
あなた様は……まさか──」
言葉の途中で、パキンと何かが割れる音が響きヘイズの身体を支えていた“黒い核”が粉々に飛び散った。
そして、彼の存在は霧が晴れるように薄れていった。
音もなく、ただ影が消えるように。
サンの周囲の黒いオーラがふっと消え、
彼は糸が切れたように倒れ込んだ。
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その光景を、離れた場所から見つめていた者がいた。
リフレだった。
「……愚かなやつ。
だから私の言うことを聞いていればよかったのに」
しかしその声には、どこか満足げな響きがあった。
「まあ……最後は役に立ったか」
リフレはサンを見て微笑み、影の中へ消えた。
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しばらくして、応援に駆けつけた騎士たちがサンとアリスを見つけた。
「勇者様! しっかりしてください!」
「聖女様、意識が……!」
治療班が呼ばれ、二人は応急処置を受けるが、意識は戻らない。
騎士たちの間に焦りとざわめきが広がる。
「城へ運べ!」
馬車が準備され、二人は慎重に運び込まれた。
その時──
「魔族がまだいるぞ!」
遠くで騎士の声が響いた。
倒れていたルミナを見つけたのだ。
「隊長、どうしますか?」
隊長はルミナを見下ろし、ゆっくりと口角を上げた。
「始末はしない。王妃様のもとへ連れていく」
ルミナは乱暴に拘束され、馬車へ運ばれていった。
その身体は小さく、意識は戻らないままだった。
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