第二章 街の影6
鬼が咆哮し、巨大な腕を振り回した。
空気が裂け、かすっただけで地面が削れる。
拳風が肌を切り裂き、ルミナの頬に血が滲んだ。
「っ……!」
後退しながら、震える手を前に突き出す。
「お願い……当たって……!」
風、闇、土、炎、光──
五つの初級魔法を連続で放つ。
だが鬼は避けもしない。
魔法を受けながら、ただ一直線にルミナへ迫ってくる。
「嘘……全部効かない……!」
鬼の腕が振り下ろされ、
地面が爆ぜるように砕けた。
ルミナは必死で転がり、
辛うじて直撃を避ける。
(どうすれば……どうすれば……!)
鬼の影が覆いかぶさる。
「お願い……!」
ルミナは両手を突き出し、
胸の奥の“冷たい何か”に触れた。
空気が凍りつき、
巨大な氷柱が形成される。
「いけぇっ!!」
氷柱が鬼の肩に深々と突き刺さった。
鬼の顔が初めて苦痛に歪む。
「……効いた……!」
ルミナの胸に希望が灯る。
「氷……氷が弱点……!」
次々と氷柱を生み出し、
全力で投げつけた。
氷柱はすべて命中し、
鬼は悲鳴をあげて片膝をつく。
「もう少し……!」
その瞬間──
パキン。
乾いた音が響き、
刺さっていた氷柱がすべて地面に落ちた。
鬼がゆっくりと顔を上げる。
ニヤリ。
「……っ!」
ルミナの血の気が引いた。
鬼はスライム状の体で氷柱を掴み、
“苦しんだふり”をしていただけだった。
「本気で……初級魔法で通用すると思ったのか?」
鬼は腹を抱えて笑い出す。
次の瞬間、
鬼の腕がスライム状に伸び、
ルミナの腕を掴んだ。
「──っ!!」
そのまま持ち上げられ、
骨がメリメリと嫌な音を立てて折れた。
「ぎゃあああああああ!!」
ルミナの悲鳴が地下室に響く。
鬼は楽しそうに言った。
「脆いな。もっと楽しませろ」
その時──
「やめて!!」
鎖に繋がれた第二王女アンが、
鬼の足にすがりついた。
鬼はしゃがみ込み、
アンの顔を覗き込む。
「アン王女。どうしたいんだ?」
アンは震える声で言った。
「……あなたの言うこと……全部聞くから……
あの子を……助けて……」
俯きながら、涙を落とす。
鬼は大笑いした。
「お前が何をしようが関係ない。
お前は洗礼を受け、俺の子を産むんだよ」
アンの瞳から希望が消えた。
ルミナは倒れたまま、その光景を見ていた。
(……いや……いやだ……
こんなの……絶対に……)
「……お願い……
力を……貸して……」
その叫びに、どこからか声が返る。
「なんで? 死ねば楽になるよ」
ルミナは震える声で叫んだ。
「私の……初めての友達……
アンを……助けたいの……!」
声は少しだけ沈黙し、
やがて静かに言った。
「力を貸してもいいけど……
終わったら、想像を超える痛みに襲われて……
死んじゃうかもよ?」
ルミナは迷わなかった。
「……わたしは……どうなってもいい……!」
「……わかった」
その瞬間、
ルミナの体が光に包まれた。
鬼が異様な気配に気づき、振り返る。
光の中から、
フラフラとルミナが立ち上がった。
「なんだ……ただのコケ威しか」
鬼は鼻で笑う。
声が囁く。
「今の君では……一発が限界。
外さないで」
ルミナは残った片腕を鬼に向けた。
光が集まり、
掌に小さな光球が生まれる。
「……いけっ!!」
光球が高速で鬼の頭へ飛ぶ。
当たる──と思った瞬間、
鬼は顔をわずかに振り、ギリギリで回避した。
「ははっ! そんなも──」
ルミナの顔が絶望に染まる。
だが声が言った。
「まだだよ」
光球が空中で破裂した。
「なっ──!?」
鬼の体が光に包まれ、
悲鳴をあげる間もなく、
煙となって消滅した。
ルミナはその場に膝をついた。
次の瞬間──
心臓が破裂しそうなほど暴れ、
全身の血管が焼けるような痛みが襲った。
「っ……あ……あああああ……!!」
呼吸もできない。
気を失うことすら許されない。
アンは鎖に縛られたまま叫ぶ。
「ルミナ!!」
声は焦ったように呟いた。
「やば……やばいよ……怒られる……
しょうがない、これはサービスだよ」
淡い光がルミナを包む。
痛みが少しだけ和らぎ、
ルミナはそのまま意識を失った。




