第二章 街の影5
扉を押し開けると、修道院の中は異様なほど静かだった。
薄暗く、冷たい空気が肌にまとわりつく。
壁にかかった古い絵は埃をかぶり、
蝋燭は半分溶けたまま、誰にも触れられず放置されている。
「……何も、ない……?」
ルミナは辺りを見回し、小さく呟いた。
だが──
「こっち……こっち……」
声は確かに奥から聞こえる。
ルミナは慎重に歩みを進め、
女神像の前に立った。
声は──像の下から聞こえていた。
「女神様……なの……?」
問いかけても返事はない。
ただ、誘うように声だけが響く。
「こっち……こっち……」
ルミナは息を呑み、
「ごめんなさい」と呟いて像を押した。
重い石像がずれ、
その下から階段が現れた。
階段を降りると、
そこは薄暗い巨大な地下室だった。
空気が重い。
息を吸うだけで胸がざわつく。
湿った土と鉄の匂いが鼻を刺す。
部屋の中央には、
おどろおどろしく光る巨大な魔法陣。
その周囲には修道服の男が六人。
そして──
魔法陣の中心に、
鎖で縛られた少女がいた。
青い髪の少女。
「……っ!」
ルミナは走り出した。
「何してるの!!」
少女は顔を上げ、
涙で濡れた瞳で叫んだ。
「ルミナ……逃げて!!」
その瞬間、
ひときわ豪華な修道服を着た男が
ゆっくりと笑い出した。
「第二王女ともあろう者が……
魔族の味方とはな」
男は少女の髪を掴み、
乱暴に引き上げた。
少女は痛みに顔を歪める。
「国王も同じだ。
女神様の寵愛を受けているくせに、
魔族と手を組むとは……」
吐き捨てるように言い放つ。
「だからこいつは、
これから“女神様の洗礼”を受けるのだ」
男は少女を地面に叩きつけた。
「やめて!!」
ルミナが叫ぶと、
周囲の修道士たちが一斉に杖を構えた。
光が集まり、ルミナに向けられる。
(……また……!
また私だけ……!
なんで……!)
胸の奥で、怒りと恐怖が混ざり合い、
燃えるように膨れ上がる。
「ルビー……お願い……
力を貸して……!」
ルビーに教わった炎の矢を複数生み出し、
一気に放つ。
炎の矢は修道士たちに直撃し、
豪華な服の男以外はあっけなく倒れた。
あまりの簡単さにルミナは一瞬戸惑う。
(……私……こんなに……?)
だがすぐに男へ向き直り、
少女を指さして叫んだ。
「その子を離して!!」
男はニヤリと笑った。
「勝ったと思ったか?」
胸元から小瓶を取り出し、
中の黒い液体を一気に飲み干す。
すると──
先ほど倒れた修道士たちの体が
黒いスライム状に溶け始めた。
「なっ……!」
黒い塊はうねりながら男にまとわりつき、
融合していく。
骨が軋む音。
皮膚が裂ける音。
肉が膨れ上がる音。
焦げたような匂いが立ち込める。
魔法陣が狂ったように光を放つ。
そして──
男は五メートルを超える
鬼のような怪物へと変貌した。
皮膚は黒く、
目は血のように赤く光り、
口からは蒸気のような息が漏れる。
ルミナは即座に炎の矢を放つ。
直撃。
だが──
怪物は微動だにしない。
「……何かしたつもりか?」
怪物は嘲笑い、
巨大な腕をゆっくりと持ち上げた。
その動きだけで、
空気が震え、床が軋む。
ルミナの背筋に冷たいものが走った。




