第二章 街の影2
「……、……、お姉さん。おねーさーん」
遠くから呼ぶ声がして、ルミナは涙で濡れた顔をゆっくり上げた。
そこに立っていたのは──青い少女。
髪も瞳も、淡い青。
年は十五歳ほど。
普通の服なのに、どこか“気品”が滲み出ている。
街の喧騒の中で、彼女だけが異質なほど美しかった。
少女はルミナの前にしゃがみ込み、優しく微笑む。
「どうしたの? こんなところで泣いて」
その声は、冷え切った心にそっと触れるように柔らかかった。
ルミナは言葉が出ない。
喉が詰まり、胸が痛くて、何を言えばいいのかわからない。
ただ俯いて、涙を拭うことしかできなかった。
少女はその様子を見て、ふっと微笑むと──
「来て」
そう言って、ルミナの手をそっと握った。
その手は温かくて、優しくて、
拒絶ばかりだった今日の中で、初めて触れた“救い”だった。
抵抗する間もなく、少女は軽やかに走り出す。
ルミナはなすがままに引かれ、街の中心へと連れていかれた。
走りながら少女は振り返り、笑顔で言う。
「私はアン。あなたは?」
「……私は……ルミナ」
「ルミナ。いい名前ね」
アンは嬉しそうに微笑み、さらにスピードを上げた。
やがて目の前に現れたのは──
立派な宿屋だった。
豪華すぎるわけではない。
だが、清潔で、格式があり、
“良い宿”だと一目でわかる佇まい。
アンは慣れた様子で扉を押し開けた。
その瞬間──
「いらっしゃいませ、お嬢様!」
大勢の従業員が一斉に深く頭を下げた。
ルミナは呆然と立ち尽くす。
自分が入っていい場所ではないと、本能が告げていた。
アンはそんなルミナの手を離し、受付に向かって言う。
「一名、泊まれる部屋をお願い」
従業員の一人がすぐに走り、鍵を持って戻ってきた。
「最上階のお部屋をご用意いたしました」
アンは鍵を受け取り、ルミナの手にそっと握らせた。
「女の子はね、綺麗な格好をしなきゃ」
その言葉に、ルミナは自分の服を見下ろす。
破れた布、泥だらけの裾。
恥ずかしさが込み上げ、俯いた。
アンは優しく微笑む。
「明日の朝、十時に迎えに来るね」
そう言い残し、青い髪を揺らして走り去っていった。
ルミナは呆気にとられ、しばらくその背中を見つめていた。
(……お礼、言ってない……)
胸がちくりと痛む。
「明日……ちゃんとお礼を言わなきゃ……」
小さく呟いたその時、従業員が静かに近づいてきた。
ルミナはびくっと肩を震わせる。
また拒絶されるのではないかと、体が勝手に怯えてしまう。
だが──
「こちらへどうぞ、お客様」
従業員は丁寧に頭を下げ、柔らかい声で案内した。
ルミナは驚きながらもついていく。
階段を上り、最上階へ。
案内された部屋の扉が開くと──
そこには、信じられないほど綺麗な空間が広がっていた。
ふかふかのベッド。
磨かれた床。
窓から見える街の夜景。
机の上には、湯気の立つ温かい料理が並んでいる。
ルミナはしばらく呆然と立ち尽くした。
そして──
アンの優しさが胸に溢れ、
堪えていた涙が一気にこぼれ落ちた。
「……う、うぅ……っ……」
大粒の涙が頬を伝い、床に落ちていく。




