“設計された理想”に、私はどこまで乗っかれる?
数日後。
打ち合わせ室に入った私は、テーブルの上に並べられた資料に目を疑った。
──仮想プラン:リリィ・アルバ=リュミエール様 ご成婚想定・婚礼式設計案。
「ちょっと、これ……!」
「僕が作ったんです。勝手にだけど、ちゃんとプロに相談して構成は固めたよ」
そう言って微笑んだのは、他でもないアルフォンス。
「本気で言ってるの?」
「うん、全部。“リリィさんならきっと嫌がるだろうな”ってところまで想定済みで」
「嫌がるに決まってるでしょ!?」
私はプリントの束をばさっと裏返した。
……ただ、裏返す直前、一瞬だけ目に入ったのだ。
“式の開幕は、音楽隊ではなく、リリィが一人で歩く森の小径から”
──ちゃんと、私の「歩幅」まで指定されていた。
「あなた、なんでこんな……」
「設計図って、気持ちがないと描けないでしょ。僕にとってこれは、建築じゃなくて“手紙”なんだよ」
目がくらみそうになる。ずるいよ、そんなこと言われたら。
でも、私はプランナーだ。
感情に流されて、誰かの“設計した私像”に安易に乗っかるのは──怖い。
「このプラン、よくできてるとは思う。でも……違和感があるの。これ、“私が主役”じゃなくて、“あなたの理想のヒロイン像”で作ってない?」
「……ああ」
アルフォンスは、意外なほどあっさりとうなずいた。
「それ、当たってる。だから、ここから一緒に書き換えたい」
「え?」
「このプランは、過去の僕が想像してた“リリィ像”でしかない。でも、今のリリィはもっと自由で、もっと強い。
その“今のあなた”を、一緒に設計していく式にしたい。僕の理想を、あなたの現実で、塗り替えてほしいんだ」
……なんなんだ、この男は。
あまりに誠実で、あまりに不器用で、なのにまっすぐで。
「じゃあ──これ、ひとつずつダメ出ししていい?」
「むしろ、それが目的です」
私は資料を取り戻し、ペンを手に取る。
“誰かに設計されたヒロイン”になるのではなく、
“自分自身のヒロイン”になるために。
この日、私は人生で初めて、
「自分の式を、自分でプロデュースする」という仕事に、真っ向から向き合い始めた。