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「どんな式を挙げたいか」って、そんなに難しい質問だった?

「自分の理想の式を、まずは一から考えてみたい」


 そう言って式の予約を“保留”にしてから数日。

 私は、まさにその“理想”の定義に頭を抱えていた。


 頭の中には、これまでプロデュースしてきた数百の式が並んでいる。

 青空と森のチャペル、ステンドグラスとパイプオルガンの厳粛な挙式、夕暮れにランタンが灯るガーデンウェディング。

 豪華もシンプルも見てきた。それぞれが誰かの「理想」だった。


 ──でも、私にとっての「理想」って?


 まさか、自分のほうがいちばんわかってないとは。


「つまり、設計者なのに“施主”になったとたん、仕様が未定ってこと?」


 そう自嘲すると、デスクの向かいからアリサがぼそっと呟いた。


「でもさ、リリィさんって、いつも他人の式には正解を提示してきたでしょ。

 自分の式になると、正解じゃなく“好き”が問われるんだよ。そりゃ、悩むよ」


 ──好き。


 そう。これは「どうあるべきか」じゃなくて、「どうありたいか」の問題なのだ。


 その日の帰り、私は久々に一人で式場のチャペルに立ち寄った。

 静まり返ったバージンロードに、窓から夕日が差し込んでいる。


(私なら、どんな式がしたい?)


 沈黙が問いかけてくる。

 そしてその問いに、思いがけず“答え”を返してきたのは──


「こんにちは、リリィさん。少し、話せますか?」


 ──アルフォンスだった。


 スーツを脱ぎ、私服姿の彼はどこか柔らかく、少年のような雰囲気をまとっていた。


「あなた……どうしてここに?」


「予約したんです、見学って形で。もう、式場の予約は保留になったから」


「それでも来るの、変じゃない?」


「変でも、来たい場所だったから」


 チャペルの中心で、彼はまっすぐ私を見た。


「子どものころ──僕の記憶の中で、リリィさんはいつも自信満々で、何かに夢中で、眩しかった。

 でもいまのリリィさんは、自分のことになると、すごく不安そうで……僕は、そこがもっと好きになった」


 なんてことを言うんだこの人は。


「好きだなんて、そんな、軽々しく……」


「軽々しくないよ。今度こそちゃんと、出すよ。手紙も、気持ちも」


 アルフォンスは、胸ポケットから一枚の封筒を取り出した。

 宛名には、私の名前が書かれていた。筆跡は、子どものころのような丸文字ではなく、静かで誠実な大人の文字。


 私はまだ、怖かった。

 でも──“理想の式”を見つけるためには、“誰と挙げたいか”を無視できない。


「……その手紙、受け取るかどうかは、読んでから決める」


「うん、それでいい。読んでもらえるだけで、嬉しいよ」


 彼の笑顔は、昔と違って、少しだけ切なくて、少しだけ強くなっていた。

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