私はまだ、自分の“式”を設計していない。
昼休み、スタッフルームの空気がざわついていた。
「ねぇねぇ、今の予約、見た?」「また新郎候補が……」
「リリィさんって、王族なの? なんでプロポーズ予約が連発してんの?」
──もうやめて。
私、ラブストーリーのヒロインじゃないの。
第二の“新郎候補”──ジーク・ヴァレンティノ。
名前だけ聞いて、あっと思った。
中等教育の魔術学院で同級生だった、名門貴族のボンボン。
あのとき私が叱責した一言──「努力もせずに“魔法が下手”は通用しない」──に彼は心底ムカついたらしく、それ以降ろくに口もきかず卒業したはずだった。
なのにその彼が、“新婦・リリィ”の名で、キャンセル待ち登録……?
(復讐? 嫌がらせ? それとも──)
さっぱり読めない。
アルフォンスは真剣だった。ジークは不明。だけど、どちらも“この私”を名指しで選んできた。
私の人生、仕事一筋で一直線だったはずなのに。
結婚式をプロデュースする側であって、自分が“主役”になる日は、まだ遠いと思っていたのに。
この数日で、世界がぐらついていた。
「──どうするんですか? 本当に、式を挙げるんですか?」
同僚アリサが、真顔で尋ねてきた。
「……違う。違うの。私はまだ、誰の花嫁にもなる準備なんてできてない。
ていうか、そもそも“自分の式”について、ちゃんと考えたことすらなかった」
その瞬間、ふと気づいた。
私は、何百ものカップルに式を提案してきた。ドレスも、チャペルのレイアウトも、演出も──無数に見てきた。
けれど。
「……私、自分の“理想の結婚式”って、考えたことなかったんだ」
静かな衝撃だった。
ずっと、誰かのために、誰かの希望を叶えるために走ってきた。
でも──私自身が何を望んでいるのか、誰と挙げたいのか、どんな気持ちで花道を歩きたいのか。
空白だった。
人生の設計図から、肝心なページが抜けていた。
だから私は、宣言した。
「この式、保留にします。
まずは“自分の気持ち”と、“自分の式”を、ちゃんと設計し直したいんです」
社内に動揺が走る中、私の内心は、すこしだけ晴れていた。
──ブライダルプランナー、リリィ。
今からやっと、自分の“式”をデザインしはじめます。