恋と設計図は、やり直しがきかない。
式場の図面と進行表を広げながら、私は思考をフル回転させていた。
彼の一言一句を「プランナー目線」で受け止めようとすればするほど、感情が邪魔をしてくる。
(これはただの勘違いだ。私情は抜き。職務に徹するべし)
そう自分に言い聞かせながらも、私の手は震えていた。
──だって、彼は“私”のために、この式を企画していたから。
「ここは、リリィさんが設計したチャペルですよね。光の入り方、計算され尽くしてて本当に美しい」
「……ええ、計算してます。午前中の逆光でも、花嫁のドレスが透けすぎない角度で設計してますから」
「やっぱり。そういうところが好きなんです、リリィさんの仕事」
「仕事」の部分にだけ反応したふりをするのが限界だった。
「で、式のテーマは……“日常の延長にある奇跡”、でしたっけ」
「はい。派手すぎない、けど特別。そんな雰囲気がいいなって」
アルフォンスの言葉には、どこか“私”を知っている人間にしか出せない温度があった。
それが怖かった。
(どうして、こんなに“わかってる風”なの……?)
資料のすみには、私が過去に匿名で公開した「ブライダル論考」の文章が引用されていた。
──あれを書いたのは、数年前。
プロとしての自信が揺らぎながらも、自分の美学を信じて記したもの。
それを、彼は読み込んでいた。付箋までついていた。
「アルフォンスさん、あなた……何者なんですか?」
「ただの、あなたのファンですよ。小学生のころから」
「……ストーカー?」
「ちがいます。尊敬と好意を“予約”という形に変えただけです」
くっそ、うまいこと言ったみたいな顔しないで。
思わず顔をそらした先にある、真っ白なウェディングドレス。
そのレースは、私がセレクトしたものだ。自分のためではなく、誰かの夢のために。
「……この式、まだ白紙にできますよ」
ぽつりと、私は言った。
それは「やめてほしい」という拒絶ではなく、「逃げ道もありますよ」という確認。
だが、アルフォンスは首を横に振った。
「白紙にはしません。この式が、僕にとっての始まりなんです。
リリィさんともう一度向き合う、“今”の出会いのはじまりです」
心臓が、痛い。
まるで、白紙にしたくてたまらないのに、すでに描かれてしまっているような感覚。
──どうして、この人は、こんなにも迷いがないの。
私はブライダルプランナーだ。
誰よりも多くの「誓いの言葉」を聞いてきた。
でも、こんなふうに自分に向けてまっすぐに語られることが、こんなに重たいなんて──知らなかった。