私の人生に、ブーケトスはまだ早い。
ブライダルプランナーとして働く私は、日々の忙しさに追われながらも、幸せそうなカップルたちを送り出す日々にやりがいを感じていた。
華やかな式場。感動的な誓いの言葉。ゲストの笑顔。
そのすべてを支える裏方として、私は今日も走り回る。走り回るが、恋は置き去りだ。
「──そろそろ、自分の式も考えたら?」
同僚に冗談交じりに言われたとき、私は笑って返した。
「私の結婚は、式場の空きができたらね。つまり永遠に未定」
そんなふうに言い切れるくらい、私は仕事に全振りしていた。
恋なんて後回し。私のドレス姿? フィッティングルームでの試着止まり。
ブーケはトスするものだし、受け取る暇もない。仕事柄、飛んでくる前に回避してしまうスキルまで身についていた。
──だからこそ、その日、私は目を疑ったのだ。
「……え? え?」
新規予約のシステムを開いた私は、スクリーンを凝視した。
登録された内容には、こう書かれていた。
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【新郎】アルフォンス・クラヴィス
【新婦】リリィ・アルバ=リュミエール
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私の、名前だった。
リリィ・アルバ=リュミエール。
それは他でもない、この私。現在独身、恋人ナシ、予定ナシの、ウェディングプロデューサー。
いたずら? 間違い? それとも、なにかのバグ?
「ねえ、この予約、誰が担当?」
「ん? あ、それ、今朝メールで来てたよ。先方からの指名で、担当は──リリィ、君だよ」
「──は?」
まるでプロポーズを受けた花嫁のように、私はフリーズした。
いや、まだ誰も私にプロポーズなんてしていない。していないはずだ。
だって、そんな相手、いない。
なのにどうして、“新婦・私”なんて予約が入ってるの?
そして、“新郎・アルフォンス・クラヴィス”って……どこかで、聞き覚えがあるような、ないような……。
動揺しながらも、私はその名前をスケジュールに刻まれた予約日に見つける。
それは、三か月後。しかも、式場のベストシーズン、私が死守していたはずの“空白の一日”。
──誰が、いつ、どうやって、私のスケジュールを押さえたの?
答えの出ない疑問とともに、私は深呼吸をして、そっと言った。
「……ちょっと、式場の設計図と契約書、確認してくる」
ブライダルプランナー人生で初めて、自分が“主役”にされていた。
この謎の予約が、私の運命を大きく変えるとは──まだ知らなかった。