聖剣折りのコウ
「なぁ、私と一緒に逃げてくれないか」
夕暮れのギルドの酒場で、何をトチ狂ったのか、幼馴染のコウがそんなことを言い出した。
「あー……急にどうした?」
「実はだな……前に貴族全員参加必須な王城のパーティーに参加しに行った時にだな」
「お前ドレスとか着れんのか?」
殴られた。話の腰を折るな、と。はい、スンマセン。
にしても、パーティーか。コウは辺境伯の娘で、こんななりでも貴族だ。常日頃から革の鎧を装着してても、これでも貴族なのだ。
そんなコウがパーティー? 暴れなかったか? パーティー会場は無事か? 死人出てないよな?
「……話を続けて良いか? それでな、王城に着いた時、正門前でまいむMA☆I☆MUを踊っている、勇者ニノマエキンサブロウの像に何故か目が惹かれてな」
え、あれ、夜になると動き出すって噂だったけど、ホントに動くんだ! 怖っ! そっか、コウが参加したのって夜会か。
「だが、実は私が惹かれていたのはその、ニノマエキンサブロウではなく、彼の持つ聖剣でな。何を思ったのか、私は彼の手から聖剣を抜き取ってしまったのだ」
マジか。踊ってる銅像によく近づこうと思ったな。コウさん、パネェ。
あれ、そういえば聖剣って勇者しか持つことが出来ないんじゃ……。
聖剣抜いた時点で、王族共に囲われそうだけど、お前なんでここにいんの? 王族病院送りにしたの? 流石にそれはまずいと思うぜ?
「そうしたら、パーティーの主役だった王太子が求婚して来てな」
「待て待てそこんとこもう少し詳しく」
「……お前は王太子に求婚されたかったのか?」
「待てやめろその勘違いを即刻忘れろ同性愛には興味ない」
「つまり異性なら愛する余地があると」
「生まれてこの方誰かを好いたことはないがな」
待て、ホントなんでこんな話題になった。
俺が知りたいのはコウが勇者になったか……じゃなくて、いやそれもだけど、
「なんで求婚されたんだ?」
「勇者は王族と結婚する慣わしなんだと」
「ほーん……」
ふーん、コウは王太子と結婚するのか。コウに貴族の生活は出来ないってのに。俺と冒険者やってる方がとっても活き活きと笑ってるのに。ふーん。
あ、でも、王太子と結婚するのはコウが勇者として魔王を無事倒してからか。魔王との戦いで命を落としたら王太子は別のやつと結婚するんだろうな。尻軽男め。
「だからな、聖剣を折ってきた!」
それはもう良い笑顔で。コウは言った。
コウは膝を曲げて、真ん中からボキッと折るようなジェスチャーをする。
「……。っ、あはははっ! マジか、よくやった」
「ついでに、『僕の創ったスーパーハイパーギャラクシー物凄いキラキラデンジャラス魔王ぶっ殺す絶対ぶっ殺す聖剣』を無断で抜いた上に、焦って折ってしまった! と、言ってきた」
「マジか。教えたの俺とはいえ、よく正式名称覚えてたな。聖女になんか言われなかったか?」
「言われた。神の御言葉です。若気の至りだから、ヤメテ……つーかなんで知ってるの……とのこと。羞恥死しそうなので黙ってあげてください、って言われた。柄を持って叫びながら王城中を走り回ってやろうと思ったのに。それで、騒ぎになってパーティーは始まらず、めでたく私も勇者じゃなくなったぞ!」
まさかのパーティー始まらず。まぁ、今回の被害は聖剣と、コウ対策として待機していた医者か。今回何も起こらなかったから給料出ないだろうし。
あー、はっはっはっは。息ができない。よくやった、コウ。コウを殺さずに済んで良かった。
聖剣は魔王を殺せる唯一の武器と言われている。
遥か昔に世界を滅ぼそうとする魔王を倒すため、神が人類に聖剣を創って与えたのだ。
……と、まぁこの国には伝わっているが、本当のところは違う。いや、違くはないけど、情報が足りない。
聖剣は神をも殺せるのだ。
世界を創ったばかりの幼神は、溢れ出る厨二病に飲み込まれ、愚かな名付けをしてしまったのだ。だから、聖剣の正式名称を言うだけで簡単に神を再起不能にできる。
「とまぁ、そうやって帰ってきてだな。王宮から誰か来る前に逃げ出そうと思ったわけだ」
「やっと繋がった唐突な冒頭に」
ここまで何文字使ったんだ……じゃない、どれだけツッコミ所があったんだ……。
「で、逃げるとしてお前はどこへ行くつもりだったんだ? つーか領主様は許可したのか?」
「使用人達には愛の逃避行をしてくると言ってきた」
「あいのとうひこう」
何故愛を付けた。もっと良い言い訳なかったのか。
「使用人総出でハンカチ片手に、お土産とお子さん待ってますと見送りだされた」
「いやそれで良いのか辺境伯家。つーか逃避行は帰ってこないからお土産も何もないだろ」
うん、昔は可愛かったのにな、コウ。
魔族の眼と同じ赤い髪だーって虐められて、俺に慰められて。俺は好きだよ? 俺と同じ色だし。
なのに、いつからボケ担当になった。漫才する気はねーぞ。
「んで、親御さんの許可は?」
「父上は雰囲気に流されて、何も分からず使用人達と送り出してくれた。母上は、私凄腕のアーチャーなのよぉ〜。これから魔王のところへ行くのでしょう? 加勢しましょうかぁ〜? って。断固拒否してきた」
「ナイス」
コウのこれは天然だったか……。蛙の子は蛙。
数年後、勇者は魔王を倒して帰ってきた。
王国の歴史によると、前髪で眼が隠れた従者の少年が勇者の持つ魔王の首に向かって「ドンマイ、デュラハン」と言ったらしいが、それがどういう意味かは数十年経っても分かっていない。
???
勇者コウの幼馴染。コウとは両者とも無自覚な両片思い。
コウ
辺境伯家のご令嬢。この子のボケは決して天然ではなく、養殖である。子供の頃虐められていた時に幼馴染に助けられてはニホンという国に連れて行って慰めてもらい、沢山の娯楽に触れた。
神
黒歴史を抹殺したい。数百年に一度の頻度で温厚な魔王をガチギレさせ、世界を滅ぼされそうになっている。強気な子も好きで、コウが気になっているとか絶対言えない。
ニノマエキンサブロウ
本名・二之前金三郎。57で召喚され、まいむMA☆I☆MUを流行らせ、建てられた自分と瓜二つの銅像の額を見て打ちひしがれ、魔王に悩み相談し、年下の王女にロリコン扱いされ、どうしても覚えられない横文字の名前を夜な夜な音読暗記してた人。王宮七不思議のうち、踊る銅像と『俺はロリコンじゃない……』の呻き声、夜に聞こえる愛人羅列はこの人が発端。
コウのママ
昔は社交界で大活躍だった恋のキューピッド。今もこの国の貴族らはこの人に頭が上がらない。聖剣を折ったコウが無罪だったのもこの人のおかげ。
王太子
聖女と結婚した。
医者
パーティーのたびに怪我人を出すコウ対策として準備万端。ただし給料は時給でなく、仕事をした分だけ。怪我人が出ないと給料貰えない。
受付嬢さん
「な、何故魔王が冒険者に……?」「暇だったから」 → 神よ、私にどうしろと。
デュラハン
ワイの頭返せ、ドロボーッ! 身体は今日も頭を抱えたいと頭を抱えている。