第六章:ひとときの温もり、そして火の朝
その夜、透とリリスは同じ部屋で夕食をとった。
食卓には、魔族の料理とは思えないほど繊細な味付けのスープと、香ばしく焼かれたパン、そして果実酒が並んでいた。リリスが「あなたの世界の味に近づけてみたの」と微笑んだとき、
透の胸に何かがじんわりと広がった。
「……リリス料理上手なんだな」
「ふふ、意外だった?」
「いや、なんか……“魔王”ってもっと怖い存在かと思ってたから」
「じゃあ、今の私は“魔王”じゃなくて、“ただの女の子”に見える?」
その問いに、透は少しだけ頬を赤らめた。
「……ああ。少なくとも、魔王には見えないな」
リリスは驚いたように目を見開き、そして、ふっと笑った。
食後、今日はたくさん話し疲れたので眠ることになった。ベッドは広く、距離を取ることもできたが、リリスはそっと透の隣に腰を下ろした。
「ねえ、透。怖くないの?」
「何が?」
「私と、こうして一緒にいること。……私の中には、確かに“魔王”としての力がある。いつか、それが暴走するかもしれないのに」
透はしばらく黙っていたが、やがて静かに答えた。
「怖くないって言ったら嘘になる。でも……君がそれを恐れてる限り、俺は君を信じられる」
リリスの目に、わずかに涙が浮かんだ。
「……ありがとう。あなたに出会えて、本当によかった」
その夜、二人は言葉少なに、けれど確かに心を通わせながら、まどろみに落ちていった。
静寂は長くは続かなかった、朝。
遠くから、鐘の音が鳴り響いた。
それは祝福の音ではない。警鐘――敵襲を告げる音だった。
「……来たのね」
リリスが窓を開けると、遠くの地平線に、聖教連盟の軍旗が翻っていた。白銀の鎧に身を包んだ兵士たちが、黒い大地を踏みしめて進軍してくる。
「人間側が……攻めてきた」
透は立ち上がり、右手に意識を集中させてみる。そうすると魔力が集まり、空間が揺らぎ、彼の手に漆黒の大剣が現れた。
「リリス、行こう。俺がこの世界で、どこまでやれるのかその目で確かめてくれ」
リリスは頷き、彼の隣に立つ。
「ええ。あなたとなら、どんな運命でも壊せる気がするわ」
人間軍の進行が迫る中、二人は城の外へ急いだ